量子技術時代の到来に向けて-深化するグローバル・イノベーション量子技術の発展に欠かせない国際連携と日本の取り組み
2026年6月25日
量子技術は確立途上の新しい技術だ。関連市場は黎明(れいめい)期にあり、用途は未知の領域に及ぶ。そのため、一国の力だけで実用化を図ることは難しく、他国との連携が不可欠だ。政府や産業界もその点を強く認識しており、国際協力に関する文書が多く交わされている。本稿では、日本の量子技術における国際連携の状況を整理し、実用化の要の1つである国際標準に関する取り組みを紹介する。
先行する欧米との連携
これまでにない技術の研究、開発、実用化に向けては、国内に閉じていては発展は見込めず、海外との連携が欠かせない。量子コンピュータはその最たるものであり、日本政府は、複数の国・地域と協力覚書や協力趣意書を取り交わし、欧米を中心に協力関係を強化している(表1)。二国間のみならず、多国間での連携も重要だ。2025年6月にカナダで開催されたG7・カナナスキス・サミットでは、G7が数ある声明の1つとして「量子の未来のためのカナナスキス共通ビジョン
(146KB)」を発表した。量子技術の潜在性を最大限生かすためには、官民投資の促進や、幅広い関係者を巻き込んだユースケースの発展・適用、ベストプラクティスの共有、人材開発、公正で開かれた市場環境の整備、信頼できるエコシステムの構築などが求められる。これらに向け、同志国であるG7各国の政府や産業界、研究者らが国際的に協働する必要性が認識された。
| 年月 | 国 | 協力覚書/趣意書/声明 | 内容 |
|---|---|---|---|
| 2019年12月 | 米国 | 量子協力に関する東京声明 | 量子科学技術の将来性と、国際的なパートナーシップによって新たな技術の実現が加速するとの認識の下、協力を強化・継続する。 |
| 2025年1月 | デンマーク | 量子技術分野における協力覚書 | 量子分野での量子学術界、産業界、政府間にわたる広範な協力を推進する。 |
| 2025年4月 | 英国 | 量子技術分野における協力覚書 | 量子分野での量子学術界、産業界、政府間にわたる広範な協力を推進する。 |
| 2025年5月 | EU | 量子科学技術に関する協力趣意書 | 日本とEUの量子技術に関する協力関係を広域で強化し、人材交流、共同研究、情報共有などを加速する。 |
| 2025年6月 | ドイツ | 科学技術・イノベーションに関する協力趣意書 | 両国の科学技術協力協定締結50周年などを契機に協力関係をさらに強化。量子技術、フュージョン(核融合)、AI(人工知能)、ロボティクスなどの分野での協力を模索する。 |
| 2025年10月 | スイス | 量子技術分野における協力覚書 | 過去の協力協定などを基盤に、幅広い分野で連携を強化し、量子エコシステムの発展を促進する。 |
| 2025年10月 | 米国 | 技術繁栄ディールについての協力に関する覚書 | AI、量子、フュージョン、宇宙など、戦略的な科学技術分野において二国間の協力を一層強化する。 |
| 2026年1月 | シンガポール | 量子科学技術に関する協力覚書 | 「日・シンガポール経済連携協定」を基盤に連携強化し、量子研究、学術・民間交流、人材育成、標準化など8つの分野で協力する。 |
| 2026年5月 | インド | 量子科学技術およびイノベーションに関する協力趣意書 | 研究開発から社会実装、産業協力、人材育成に至るまで、幅広い分野での連携を進める。内閣府およびインド科学省の下、両国の大学・研究機関、関連機関などが主体となって実施することを想定。 |
出所:内閣府の公式発表からジェトロ作成
政府間に限らず、新技術のブレークスルーを目指して切磋琢磨(せっさたくま)している世界の主要企業、スタートアップ、研究機関などとのつながりも重要だ。こうした中、さまざまな企業や研究機関が、それぞれ独自に国内外の連携を拡大している。
産業技術総合研究所(以下、産総研)の量子・AI融合技術ビジネス開発グローバル研究センター(G-QuAT)は、14カ国の政府傘下機関、研究所、個別企業などと連携協定(MOUなど)を締結した(表2)。産総研における連携方針は、(1)有志国であり、日本企業の進出機会獲得にも貢献し得る、(2)量子コンピュータのサプライチェーンやユースケース開拓につながる、(3)国をまたいだ人材育成や交流促進のきっかけとなる、(4)標準化など国際連携に寄与する、のいずれかをカバーするよう配慮されている。これらは、G-QuATの国際ネットワークづくりにおける重要なステップとなっている。G-QuATは、量子・古典融合計算基盤、評価テストベッド、超伝導量子回路試作施設という3つのサービスを1カ所に集約している。この利便性が評価され、協定を皮切りに具体的な連携協議が進んでいる。このように、G-QuATは日本を代表する量子ハブ機能を担い、他国・地域の各ハブとつながることで、人材の往来・交流を加速する。さらに、日本企業のグローバル市場へのアクセス促進を目指し、商用化に向けた実証や研究開発の機会をアカデミアや民間企業に広く提供している(注1)。
| No | 国・地域 | 機関名 | 連携内容 |
|---|---|---|---|
| 1 | 米国 |
国立標準技術研究所 (NIST) |
量子技術における協力 |
| 2 | カナダ | カナダ国立研究機構(NRC) | 量子技術における協力 |
| 3 | 韓国 | 韓国標準科学研究院(KRISS) | 量子情報科学における協力 |
| 4 | 米国 | キーサイト・テクノロジーズ | 量子制御と低温エレクトロニクス、モデリングとシミュレーション、標準化 |
| 5 | 米国 | IBM | 次世代量子コンピュータ、サプライチェーンおよび実用的なビジネスユースケースの開発 |
| 6 | 米国 | QuEra Computing | 量子コンピュータの商業的応用に向けたコラボレーション |
| 7 | フィンランド | Bluefors | 次世代希釈冷凍機の開発 |
| 8 | フィンランド | IQM | 各業界における量子コンピュータ実践の推進 |
| 9 | 米国 | Intel | シリコン量子コンピュータの産業化 |
| 10 | 英国 | ORCA Computing | スケーラブルな光量子コンピューティングの産業化 |
| 11 | 英国 | Universal Quantum | イオントラップ型量子コンピュータとその周辺技術の開発 |
| 12 | シンガポール |
シンガポール科学技術研究庁 (A*STAR) |
影響力のある量子コンピューティングのユースケース研究 |
| 13 | 米国 | IonQ | スケーラブルなイオントラップ量子コンピュータの開発 |
| 14 | オランダ | Quantum Delta NL | 人材交流、テストベッド、テストプロトコル |
| 15 | アイルランド | Equal1 | ユースケース、コンピューティングシステム開発、サプライチェーン |
| 16 | ドイツ |
ドイツ航空宇宙センター (DLR) |
ユースケースとアルゴリズム、量子コンピュータ・HPCハイブリッドコンピューティング |
| 17 | 米国 | NVIDIA | 量子・AI(人工知能)ハイブリッドコンピューティング |
| 18 | タイ | QTFT | リアルユースケース創出と実証 |
| 19 | デンマーク | Quantum Denmark | 二国間での量子システム交流 |
| 20 | 英国 | 国立物理学研究所(NPL) | 標準化活動での連携や人材交流 |
| 21 | 英国 |
国立量子コンピューティングセンター (NQCC) |
量子コンピューティングとAI技術の融合を促進 |
| 22 | マレーシア | マレーシア国民大学(UKM) | 人材交流とユースケース開拓 |
| 23 | 台湾 | NCHC(National Center for High-Performance Computing) | 量子コンピュータ・HPCハイブリッドコンピューティング |
| 24 | 豪州 | Pawsey Supercomputing Research Centre | 量子コンピュータ・HPCハイブリッドコンピューティング |
| 25 | フィンランド | VTT | ユースケースとアルゴリズム、量子コンピュータ・HPCハイブリッドコンピューティング |
注:時系列順。同表では量子に関連するもののみを抜粋。一覧にある機関・企業とは、覚書の中で量子以外に関する協力への言及があるものもある。
出所:各種ウェブサイトを基にジェトロ作成
G-QuATの位置する茨城県つくば市の周辺には、筑波大学や宇宙航空研究開発機構(JAXA)、物質・材料研究機構(NIMS)、防災科学技術研究所(NIED)といった研究開発施設が複数所在している。これらは、量子コンピュータの活用先として親和性が高いとされる分野を担っており、ユースケース開発に適した環境といえる。G-QuATの堀部雅弘副センター長は、「国内はもちろん、海外からの優れた企業のインキュベーション施設への入居も歓迎しており、本施設の立地環境を生かしながらイノベーションを起こしてほしい」と語る。
量子技術による新産業創出協議会(Q-STAR)は、「量子関連の産業・ビジネスの創出」を目的に設立された協議会で、2026年5月時点で158法人が会員として名を連ね、外国企業の日本法人も10社以上含む。会員の半数以上はユーザー側法人で構成される。「量子暗号・量子通信部会」や「量子マテリアル・デバイス・センシング部会」といった7つの部会が存在し、部会ごとにさまざまなテーマでユースケースの探索や仮説・立案・検証が、企業の垣根を越えて協力して行われている。
部会に加え、政策提言や人材開発などを担う部会横断のワーキンググループ(WG)が9つあり、その中の1つに海外産業連携WGがある。同WGでは国外の量子関連団体との連携が図られており、2023年1月に米国のQuantum Economic Development Consortium(QED-C)、カナダのQuantum Industry Canada(QIC)、欧州のEuropean Quantum Industry Consortium (QuIC)とQ-STARの4産業団体で、International Council of Quantum Industry Associations(ICQIA)を設立した。
さらにQ-STARは、英国の政府間MOUと連動して、2025年4月に同国の量子産業コンソーシアムであるUKQuantumと、また2025年10月にはデンマークの量子コンピュータ研究開発機関Novo Nordisk Foundation Quantum Computing Programme(NQCP)と、それぞれ協力に関する覚書を締結した。2026年5月には、UKQuantumと韓国量子産業協会(KQIA)が新たにICQIAのアライアンスに加わり、広がりをみせている。これらはいずれも、量子技術の国際的な協力体制の構築に向けた重要なマイルストーンだ。同WG長の森弘史氏は、「量子業界のグローバルなトレンドや各国の最新情報を入手し、日本の取り組みを積極的に海外に発信することでプレゼンスを高め、日本がサプライチェーンの重要なピースであるという認識を広めるために活動している」と話す。
各機関が個別に海外とのつながりを深める中、G-QuAT、Q-STARとジェトロは2026年3月に、量子技術分野における国際連携促進に関する連携協力覚書を締結した(2026年3月6日付記者発表、2026年3月11日付ビジネス短信参照)。3者は、国内外の企業・研究機関・大学・行政機関などとの協業を促進し、日本の量子分野におけるイノベーション創出、産業化の加速、エコシステムの高度化を図ることで、国際競争力の強化を共同で目指すとしており、相乗効果が期待される。
日本の強みが生きる国際ルール形成に向けて
量子コンピュータはグローバルに研究開発が進められ、今後も利用が拡大していくと見込まれる。このため、国際標準化の議論も重要となる。日本では、経済産業省の日本産業標準調査会基本政策部会により、「新たな基準認証政策の展開-日本型標準加速化モデル2025-」(2025年6月)(注2)が公表され、「量子」を含む5つがパイロット分野に指定された。量子は技術・市場が未成熟であるため、国際標準化のルール形成で日本が先行することで、市場創出を図る方針だ。
量子分野の国際標準化は、量子技術全般と、究極のセキュリティと呼ばれる盗聴不可能な暗号鍵共有技術である量子鍵配送(QKD)など、個別分野それぞれで進められている。前者は国際電気標準会議(IEC)/国際標準化機構(ISO)の合同技術委員会であるJTC 3が、後者は国際電気通信連合電気通信標準化部門(ITU-T)が推進役となっている。量子技術全般を扱うISO/IEC JTC 3には、2026年6月時点で44カ国が参加し(注3)、現在8つの作業部会(WG)が設置されている。日本は、実機の技術的な側面だけでなく、産業での活用事例を提示することで社会実装や研究開発の促進を目指している。そのための手段として、国際標準の活用を委員会で提案している。ISO/IEC JTC 3の国内審査を担う業界団体Q-STARは、日本の競争優位性と産業界にとってのメリットが確保された国際標準の制定に向け、参加法人などの意見を取りまとめている。また、WG12「量子コンピューティングのベンチマーク」において、技術内容の取りまとめ責任者である主査(コンビーナ)として、日本からG-QuATの堀部副センター長が選出された。量子コンピュータの性能評価の指標などの国際標準化を主導し、日本の存在感を高めている。
個別分野においては、日本は量子鍵配送(QKD)の開発に積極的に取り組み、世界最高性能のQKD装置を開発してきた。その技術を基にした日本の提案は、ITU-T初のQKDに関する国際標準の骨格を形成した。関連する標準化の検討が加速し、QKD関連の製品開発やサービス創出に向けて企業が投資しやすくなり、ユーザーの導入を促すことが期待される。
このように、日本は政府、研究機関、産業界が一体となって主要国と連携し、技術開発やユースケース創出に取り組んでいる。同時に、国際標準化に向けた枠組みにも積極的に参画し、日本の強みが生きるルール形成を目指している。今後大きく拡大が見込まれる量子関連市場で、技術のみならず国際標準を通じた市場形成を主導できるかが、日本の競争力を左右する重要なカギとなる。
- 注1:
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G-QuATは、GPUを搭載したスーパーコンピュータと、3種類の量子コンピュータ(超伝導方式、中性原子方式、光量子方式)を接続したクラウド利用環境である量子・古典融合計算基盤「ABCI-Q」のサービス提供を開始している。さらに、部材などの評価を行う評価テストベッド「Qubed」や、超伝導デバイスなどの製造代行を担う超伝導量子回路試作施設「Qufab」を提供することで、研究開発から試作、評価、利用に至る一連の環境を構築し、次世代計算基盤の社会実装を推進している。
- 注2:
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2023年6月に日本産業標準調査会基本政策部会が取りまとめた「日本型標準加速化モデル」策定以降の環境変化に対応して取りまとめられたもの。量子以外のパイロット分野は、水素・アンモニア、バイオものづくり、データ連携基盤、ペロブスカイト太陽電池の4分野。
- 注3:
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JTC3の参加44カ国のうち、投票権のあるプロジェクトメンバー国が34カ国(米国、イスラエル、英国、ドイツ、フランス、日本など)、投票権のないオブザーバー国が10カ国(シンガポール、タイ、ベルギー、南アフリカ共和国、メキシコなど)となっている。全参加国の詳細はIECウェブサイト
を参照。
- 執筆者紹介
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ジェトロイノベーション部戦略企画課 課長代理
谷口 嘉那子(たにぐち かなこ) - 2010年、ジェトロ入構。海外調査部 欧州ロシアCIS課/総務部 秘書室/ビジネス展開支援部 途上国ビジネス開発課 BOP班/日本食品海外プロモーションセンター(JFOODO)海外プロモーション事業課を経て、2024年8月から現職。
- 執筆者紹介
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ジェトロイノベーション部戦略企画課
筒 博司(つつ ひろし) - 民間企業でディスプレイの研究開発・企画業務に従事。また、公的機関で太陽光発電の国際標準化の業務に携わった後、2026年、ジェトロ入構。





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