量子技術時代の到来に向けて-深化するグローバル・イノベーションD-ウェーブ・クオンタムに聞く、日本量子市場の魅力と成長の鍵

2026年5月13日

現在の量子コンピュータには、組み合わせ最適化問題に特化した量子アニーリング方式コンピュータと汎用(はんよう)性の高い計算を可能とする量子ゲート方式コンピュータがある(2026年3月13日付地域・分析レポート「技術の蓄積と未来への発展」参照)。

世界で唯一、この2つの方式の量子コンピュータを開発している企業が、1999年にカナダで設立されたD-ウェーブ・クオンタム(D-Wave Quantum/旧称:D-Wave Systems、本社:米国)だ。同社は、アニーリング方式量子コンピュータを商用提供している世界で唯一の企業であり、日本国内においても活用事例が公開されている。2026年1月には、クォンタム・サーキット(Quantum Circuits)の買収を発表した(D-ウェーブ・クオンタムウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。誤り訂正型超伝導方式量子コンピューティングシステムの開発を手掛けるクォンタム・サーキットの買収により、D-ウェーブ・クオンタムは実用的な超伝導方式量子コンピュータの開発を加速させ、同量子コンピュータの提供を2026年内に開始する予定だ。

D-ウェーブ・クオンタムは2019年、日本法人D-ウェーブ・ジャパン(D-Wave Japan)を設立。これまで大学、研究所、企業にアニーリング方式量子コンピュータ環境を提供してきた。量子コンピュータにおける日本市場の魅力や期待について、D-ウェーブ・ジャパンのジャパンカントリーマネージャー、松嶋信吾氏に聞いた(取材日:2026年3月21日)。


松嶋信吾氏(同社提供)

先進的な産業集積と豊富なユースケースが日本の魅力

質問:
日本を進出先として選択した理由は。
答え:
日本は世界有数のGDPを有する経済大国であり、多くの先進的な産業や研究機関が集積する非常に魅力的な市場だ。また、日本は量子アニーリング理論の発祥の地(注1)でもあり、当社が量子クラウドサービスを開始した当初から多くのユーザーの利用があった。産業界および学術界の双方において大きな成長の可能性を有する市場だと判断し、2019年に日本法人を設立した。
質問:
実際に事業を展開する中で感じる日本市場の特長や魅力は。
答え:
日本市場の特長としては、ユーザーの多さが挙げられる。企業、研究機関、大学など幅広い分野にわたり、多くの組織が利用している。業種別では、特に製造業において多くのユースケースの研究・開発が進められている(注2)。また、通信会社や製薬会社などにおいては、実際の業務における世界的にも先進的なユースケースの開発が進められており(注3)、量子アニーリングの特長や利点が理解されていると感じる。

D-ウェーブ・クオンタムのアニーリング方式量子コンピュータ「Advantage2」(同社提供)

D-ウェーブ・クオンタムのアニーリング方式量子コンピュータに用いられる超伝導量子チップ(同社提供)

検証から実運用へ ― 日本量子市場の次なる課題

質問:
日本がより魅力的な量子産業市場となるための課題や期待は。
答え:
海外の多くの国・地域において、技術研究や検証のフェーズから実際の運用フェーズへと、比較的速いスピードで移行が進んでいる。日本においては前述のとおり、これまで数多くのユースケースの検証や開発を積み重ねてきた実績があるため、本番運用への適用に進み、具体的な効果を創出・享受するとともに、その成果を世界に向けて発信してもらいたい。

デュアルプラットフォームでさらなるユースケース創出

質問:
日本での今後の事業展開計画は。
答え:
日本市場での需要の拡大を受け、営業および技術チームの体制強化を進めていきたい。あわせて、顧客の実運用を見据えた開発プロジェクトへの支援体制を一層強化していく。
質問:
2026年1月に発表されたクォンタム・サーキット社買収に伴う日本市場への影響は。
答え:
これまで培ってきたアニーリング方式量子コンピュータの技術に加え、ゲート方式量子コンピュータ技術も提供することで、世界で唯一のデュアルプラットフォームを有する量子コンピュータベンダーとして、より幅広い課題にワンストップで対応できる体制を目指していく。日本市場においても、これまで以上に多様なユースケースの創出やサービス開発の加速を支援できるよう、取り組んでいく。

グローバルの強みを生かした「双方向」の市場戦略が重要

質問:
日本進出を検討する外国企業へのアドバイスは。
答え:
各社の製品やサービスの特性によって最適な戦略やアプローチは異なるため一概には言えないが、グローバル企業としての強みを生かすことが重要ではないかと考える。 具体的には、海外における先進事例を日本市場に紹介するとともに、日本で生まれた先進的な取り組みや成果を海外へ発信するなど、双方向の知見共有を促進することで、双方の市場が発展していくような取り組みが有効なのではないか。

これまで、日本人研究者による成果が世界の量子コンピュータ開発に貢献してきたほか、日本企業の地道な取り組みを通じて、量子技術の多様なユースケースが見いだされてきた。今後、日本が量子技術の産業化をリードする存在となるためには、海外企業との連携を強化するとともに、迅速な現場実装を進め、日本で生まれた成果を世界へ発信していく取り組みが重要だろう。


注1:

1998年、東京工業大学(現在の東京科学大学)の西森秀稔教授と大学院生の門脇正史氏(当時)が、「量子アニーリング」についての論文を発表。D-ウェーブ・クオンタムのアニーリング方式量子コンピュータも、両氏が発表した理論が基になっている(2026年3月13日付地域・分析レポート「技術の蓄積と未来への発展」参照)。 本文に戻る

注2:
国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が2025年2月に公開した「量子コンピューターユースケース事例集PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(9.4MB)」では、ユースケースの代表例として取り上げられている6つの産業領域のうち、2つは製造組み立て、製造プロセスとなっている。同事例集には、D-ウェーブ・クオンタム社のソリューションの活用事例も掲載されている。 本文に戻る
注3:
日本たばこ産業はD-ウェーブ・クオンタムと共同で概念実証を行い、量子コンピュータと生成AIを組み合わせることで、従来の手法と比較して、より「薬らしい」 性質を持つ分子構造の生成に成功し、本格導入に向けた次のステップとしてパイロットプロジェクトを実施した。また、NTTドコモはD-ウェーブ・クオンタムのアニーリング方式量子コンピューティング技術を活用したパイロットプロジェクトにより、基地局における通信混雑を15%削減した。現在、このネットワーク信号の最適化技術は日本全国で導入されている。さらに、学術分野では、東北大学が日本でのアニーリング方式量子コンピューティング技術の導入と実装を加速するため、D-ウェーブ・クオンタムと戦略的パートナーシップを締結している。 本文に戻る
執筆者紹介
ジェトロイノベーション部ビジネスデベロップメント課
阿部 薫子(あべ かおるこ)
外資系IT企業勤務を経て、2023年にジェトロ入構。