量子技術時代の到来に向けて-深化するグローバル・イノベーション日本の戦略
量子技術への世界的関心の高まり(2)

2026年3月13日

世界各国で産業競争力と安全保障の両面から量子技術の向上を目指した戦略が策定されており、企業や研究機関による技術競争や国際連携の動きも活発化している。前編ではグローバルな市場予測と諸外国の政策動向を取り上げた。量子技術向上については、日本も世界を先導する一員として、研究開発だけでなくビジネスへの応用や市場機会の創出に乗り出している。本稿後編では、日本の量子戦略を概観する。

日本が描く量子未来社会

日本政府は、内閣府を中心に量子に関連する戦略を策定している。内閣府が主導する統合イノベーション戦略推進会議(注1)において、2020年1月の「量子技術イノベーション戦略PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(883KB)」を皮切りに、「量子未来社会ビジョンPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(1.88MB)」(2022年4月)、「量子未来産業創出戦略PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(1.12MB)」(2023年4月)の3つの国家戦略が策定された(表)。また、これらを補完するものとして、量子技術イノベーション会議(注2)において、主に国際連携に焦点を当てた「量子産業の創出・発展に向けた推進方策PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(1.38MB)」(2024年4月)や、量子エコシステム構築の課題や対応策を示した「量子エコシステム構築に向けた推進方策PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(938KB)」(2025年5月)が発出されている。

表:日本の量子関連戦略および推進方策(2026年2月時点)

戦略(統合イノベーション戦略推進会議にて策定)
戦略 策定年月 概要
量子技術イノベーション戦略 2020年1月 諸外国の量子技術に対する取り組みに後れを取らず、日本の強みを活かし、研究開発や産業化・事業化を促進するための国家戦略として策定。(1)重点領域の設定、(2)量子拠点の形成、(3)国際協力の推進、を重点推進項目に位置付けた。
量子未来社会ビジョン 2022年4月 「量子技術イノベーション戦略」以降の量子技術の用途拡大や経済安全保障上の重要性の高まりなどを受け、量子技術により目指すべき未来社会ビジョンやその実現に向けた戦略を策定。2030年に目指すべき状況として3つの目標を設定(本文参照)。
量子未来産業創出戦略 2023年4月 「量子未来社会ビジョン」で策定されたビジョン・目標を実現すべく、量子技術の実用化・産業化に向けた重点的・優先的な取り組みをまとめた戦略。
推進方策(量子技術イノベーション会議にて策定)
推進方策 策定年月 概要
量子産業の創出・発展に向けた推進方策 2024年4月 量子技術の進展や各国の戦略、国内外の実用化・産業化の状況変化にいち早く対応するため、国際連携など早急に強化・追加すべき具体的な取り組みをまとめたもの。
(位置付け:2030年の目標に向けて「3つの戦略を強化し補完する方策」)
量子エコシステム構築に向けた推進方策 2025年5月 著しく進展する量子技術を取り巻く国際情勢の中、量子技術の産業化を世界に先駆けて達成するために、特にエコシステム構築に向けて必要な取り組み内容をまとめたもの。
(位置付け:2030年の目標に向けて「3つの戦略を強化し補完する方策」)

出所:内閣府資料を基にジェトロ作成

「量子技術イノベーション戦略」に基づき、日本が強みを持つ技術領域を中心に国際競争力を確保・強化し、基礎研究から技術実証、オープンイノベーション、人材育成などに至るまで産学官の一気通貫で取り組む拠点形成が重要との観点から、2021年2月には量子技術イノベーション拠点(QIH)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(本部は理化学研究所)が発足した。大学など複数の主要研究組織がQIHとして指定され、その数は2026年2月時点で12拠点に上る。

「量子未来社会ビジョン」は、量子技術が人々の暮らしに浸透することで社会全体の転換が促される「経済・環境・社会が調和した未来社会」を描いている。この戦略の中で、2030年までの主要目標として、(1)量子技術の国内ユーザーを1,000万人に増やすこと、(2)量子技術による生産額を50兆円規模にすること、(3)量子ユニコーンベンチャー企業を創出することが掲げられた。

上記戦略や「量子未来産業創出戦略」に基づいて、2023年7月には量子・AI融合技術ビジネス開発グローバル研究センター(G-QuAT)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますが産業技術総合研究所(産総研)に設立され、QIHの1つとして、日本のすそ野産業の広さを生かしたビジネスの創出、産業化の支援を中心に取り組んでいる。G-QuATは国内外の連携促進を担う役割もあり、最先端の設備や環境を連携企業などに提供できる強みを有する。同センターはまた、量子コンピュータの産業化において世界最高水準のグローバル・ハブとなることを目指している。

日本政府は量子を重点分野に位置付け

2025年10月に発足した高市政権下でも、量子技術は重視されている。同年11月に新たに設置された「日本成長戦略本部」が掲げる17の戦略分野PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(154KB)の1つに「量子」が含まれ、政府は必要な予算の確保や、官民連携による投資促進を目指す。また、2025年11月に公表された第7期「科学技術・イノベーション基本計画」(2026~2030年度)の骨子案PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(1.10MB)説明資料PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(824KB)の中で、量子は「技術領域の戦略的重点化」として16分野ある「新興・基盤技術領域」の1つ、かつ同領域の中の「国家戦略技術領域」6分野の1つに位置付けられている。同計画は、内閣府の総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)(注3)の下に設置された基本計画専門調査会にて検討されている。日本政府、当該分野に各府省庁予算を重点配分し、研究開発から産業化までの一気通貫支援や研究開発投資のインセンティブ重点化を進める計画だ。同骨子案では、量子を含む科学技術・イノベーション全般にわたり、国家安全保障政策との有機的な連携やデュアルユース技術の推進、得られた成果の社会実装を図るとしている。

各省庁ではさまざまな枠組みを活用し、量子コンピュータの実用化に向けた取り組みを行っている。例えば、CSTIが決定した10あるムーンショット目標外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますの1つには「2050年までに誤り耐性型汎用(はんよう)量子コンピュータ実現」が掲げられ、文科省所管の科学技術振興機構(JST)が主体となって進めている。このほか、CSTIが司令塔機能を持つ国家プロジェクトである「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」の枠組みの中でも量子に関する取り組みがある。また、文科省は「光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)」を創設し、2018~2029年度までの長期的なスパンで量子科学技術の社会実装に向けた研究開発を推進している。

2025年度には経済産業省管轄の下、「量子コンピュータの産業化に向けた開発の加速及び環境整備事業」に対して総額1,009億円超(うち2024年度補正予算額518億円)を投じ(注4)、産業競争力強化のため、技術開発と環境整備を推進している。技術開発面は、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業(量子コンピュータの産業化に向けた開発)」に約495億円を充て、複数の対象事業を公募・実施している。環境整備面では、約515億円をG-QuATの施設や計算・評価設備などの拡充に充てている。2026年度に向けて、補正予算額として前年度の約2倍となる1,004億円(注5)を確保し、(1)次世代機に向けた研究開発加速および人材育成、(2)ユースケース創出のための大型実証、(3)G-QuATの拡充の3本の柱を掲げ、産業化に向けた強化策を継続する。

世界の主要国同様、日本政府も、人工知能(AI)やデータ連携基盤などの重要な技術インフラの発展に貢献することが期待され、安全保障にも大きな影響を与え得る量子技術を重要視している。量子技術の研究開発の先を見据え、産業創出、人材育成、エコシステム構築など包括的な取り組みが推進されている。技術的に確立しておらず、市場も黎明(れいめい)期である量子コンピューティングにおいては、産官学が一体となって技術開発や市場機会創出に取り組む必要がある。また、既にある自国の強みの維持に加えて、グローバルな連携も欠かせない。以降の各稿では、国際的な取り組みにも焦点を当てながら、日本を取り巻く量子コンピューティングと量子関連技術の現状を見ていく。


注1:
統合イノベーション戦略推進会議は、総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)を含むイノベーション関連の司令塔会議について、横断的かつ実質的な調整を図るとともに、同戦略を推進するために内閣に設置された。 本文に戻る
注2:
量子技術イノベーション会議は、統合イノベーション戦略推進会議の下、関係府省などが連携・協力してあらゆる方策を検討し実行に移していくことが必要という背景から設置され、政府と産学の有識者で構成されている。 本文に戻る
注3:
CSTIは、内閣総理大臣を議長とし、日本の科学技術を俯瞰(ふかん)し、各省より一段高い立場から、総合的な科学技術政策の企画立案と総合調整を行う。2001年1月に「重要政策に関する会議」の1つとして内閣府に設置(旧称:総合科学技術会議)。 本文に戻る
注4:
2024年度補正予算額が518億円、1,009億円は国庫債務負担行為などを含めた総額。詳細は経済産業省資料PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(1.90MB)を参照。 本文に戻る
注5:
2025年12月16日に成立した2025年度補正予算による。詳細は経済産業省資料PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(1.53MB)参照。 本文に戻る

量子技術への世界的関心の高まり

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(1)市場予測と欧米の戦略

執筆者紹介
ジェトロイノベーション部戦略企画課
森谷 弥生(もりや やよい)
公的機関、民間企業勤務を経て、2024年、ジェトロ入構(常勤嘱託員)。
執筆者紹介
ジェトロイノベーション部戦略企画課 課長代理
谷口 嘉那子(たにぐち かなこ)
2010年、ジェトロ入構。海外調査部 欧州ロシアCIS課/総務部 秘書室/ビジネス展開支援部 途上国ビジネス開発課 BOP班/日本食品海外プロモーションセンター(JFOODO)海外プロモーション事業課を経て、2024年8月から現職。