量子技術時代の到来に向けて-深化するグローバル・イノベーション技術の蓄積と未来への発展
量子技術向上に挑む日本の研究開発力(1)

2026年3月13日

本特集「量子技術への世界的関心の高まり(1)市場予測と欧米の戦略」、「量子技術への世界的関心の高まり(2)日本の戦略」で概観したとおり、日本を含む各国が量子技術の向上を図る取り組みを強化している。日本では、2023年以降に複数の「国産量子コンピュータ」が製造されてきたが、産業化に向けてさらなる技術向上の追求が続いている。背景には、企業や研究機関のたゆまぬ地道な努力がある。本稿(前編)では、日本における量子コンピュータと関連技術の開発に係る動向や、日本の技術力に着目する。後編では、量子技術の研究開発において根幹を担う主要な研究機関の取り組みを取り上げる。

開発途上にある量子技術

量子技術の中で、量子通信、計測、センシングなどと並び研究が進められているのが量子コンピュータの開発だ。現代の一般的なコンピュータは、情報の最小単位「ビット」を用いており、1ビットを「0」または「1」のどちらかで表して計算している。一方、量子コンピュータの情報単位は「量子ビット」であり、1量子ビットに「0」と「1」を同時に表して並列計算を行うため高速処理が可能とされている。ただし、今はまだ量子コンピュータの黎明(れいめい)期にあり、エラー(誤り)などの課題も多いのが現状だ。

量子コンピュータには複数の方式がある。計算方式の違いから、最適化問題に特化した「アニーリング方式」と、汎用(はんよう)型の「ゲート方式」の2つに大別される。世界初の商用量子コンピュータは、2011年にカナダ発祥のD-ウェーブ・クオンタム(D-Wave Quantum/旧称:D-Wave Systems、本社:米国)が発売したアニーリング方式だ。また、ゲート方式では、米国のアイ・ビー・エム(IBM)やグーグル(Google)などの大手グローバル企業が注力している「超伝導」方式をはじめ、「イオントラップ」「中性原子」「光」「半導体(シリコン)」という方式別に研究開発が進められている(注1)。一部は既に実証施設などで稼働しているほか、ビジネスにも活用されている。現時点ではどの方式が台頭するかなど見通しが立たない状況であり、数多くの企業や研究機関が、それぞれ注力するハードウエアやソフトウエアの開発に取り組んでいる。

世界に示す日本の技術開発力

これまでの量子技術の発展に、日本人研究者も大きく貢献してきた。例えば、東京工業大学大学院理工学研究科の西森秀稔教授(現在は東京科学大学特任教授)らは、1998年に量子アニーリングの理論を初めて発表した。前述のD-ウェーブ・クオンタムが商用化に成功したアニーリング方式の量子コンピュータも西森教授の理論が基になっている。また、NEC基礎研究所の中村泰信主任〔現在は理化学研究所(以下、理研) 量子コンピュータ研究センター長〕らは、1999年に世界で初めて「固体素子で作った超伝導量子ビット」を開発し動作実証に成功した。この研究成果は、世界の量子コンピュータの研究開発の進展に寄与した。

現在では、日本のさまざまな企業や研究機関が連携して量子コンピュータ実機の開発を進めている。これまでに複数の「国産量子コンピュータ」の稼働が発表されてきた。方式としては、超伝導量子コンピュータの開発が先行し、量子ビット数は約2年間で64量子ビットから256量子ビットに増加した(表)。

表:国産量子コンピュータ実機の稼働変遷(2025年9月時点、注1) 注1:多様な企業・研究機関が実機開発を進めているため表内の情報に限られない場合がある。 注2:量子ビットベースの量子コンピュータではなく、連続的な変数(アナログ)に対して演算する「連続量(アナログ)量子コンピュータ」。インターネットを介したクラウドシステムから利用可能。 注3:実際の稼働は53量子ビット。 注4:稼働開始時には28量子ビットの正常動作を確認。今後144量子ビットまで拡張予定。
発表年月 名称・機種 方式 量子
ビット数
主な関与組織・企業 設置場所
2023年3月 国産初号機(叡) 超伝導 64(注3) 理研、産業技術総合研究所(AIST、以下、産総研)、情報通信研究機構(NICT)、大阪大学、富士通、NTT 理研(埼玉県)
2023年10月 国産2号機 超伝導 64 富士通、理研 理研(埼玉県)
(理研RQC-富士通連携センター)
2023年12月 国産3号機 超伝導 64 大阪大学、理研、産総研、NICT、アマゾンウェブサービスジャパン、イーツリーズ・ジャパン、富士通、NTT、キュエル、キュナシス、セック 大阪大学(大阪府)
2024年11月 汎用型光量子プラットフォーム(注2) 記載なし  理研、東京大学、科学技術振興機構(JST)、NTT、フィックスターズアンプリファイ 理研(埼玉県)
2025年4月 256量子ビット機 超伝導 256 富士通、理研 理研(埼玉県)
(理研RQC-富士通連携センター)
2025年7月 純国産量子コンピュータ 超伝導 144(注4) 大阪大学、理研、富士通、アルバック、キュエル、キュナシス、TIS、セック、イーツリーズ・ジャパン 大阪大学(大阪府)

注1:多様な企業・研究機関が実機開発を進めているため表内の情報に限られない場合がある。
注2:量子ビットベースの量子コンピュータではなく、連続的な変数(アナログ)に対して演算する「連続量(アナログ)量子コンピュータ」。インターネットを介したクラウドシステムから利用可能。
注3:実際の稼働は53量子ビット。
注4:稼働開始時には28量子ビットの正常動作を確認。今後144量子ビットまで拡張予定。
出所:各種報道・プレスリリースを基にジェトロ作成

2025年7月に発表された純国産量子コンピュータは、主要な部品やソフトウエアに至るまで全て日本製だ。翌月の2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)の企画展では、来園者がクラウド経由で遠隔操作を体験できる展示イベントを開催。この純国産量子コンピュータの開発・製造に携わった、大阪大学量子情報・量子生命研究センター(QIQB)の根来誠教授は、「複数の日本企業や研究機関が密に連携して、日本の技術力を証明できたことに大きな意義がある。その上で、この先も続いていく量子コンピュータ開発において、より良いものを作るためには海外との連携も必要であり、さらに日本の技術を海外に売り出していく姿勢も重要」と語った(注2)。日本の量子コンピュータ開発は、国内の技術力を底上げしつつ、世界にも目を向けた広い視野で新たなブレークスルーを追求していく流れになるだろう。

量子ビット数では、富士通と理研が開発した256量子ビットの超伝導量子コンピュータが、外部のユーザーが利用できる実機として、2025年4月の発表時点において世界最大級だ。今後の展望として、富士通および理研は、2026年度内に1,000量子ビットの超伝導量子コンピュータの稼働を目指している。富士通は川崎市のFujitsu Technology Parkに新たな量子棟を建設中で、1,000量子ビットの超伝導量子コンピュータはその中に設置される予定だ。さらに同社は、その先のロードマップとして、2030年度に10,000量子ビット超の超伝導量子コンピュータの構築を目指す研究を開始すると表明している。

量子コンピュータの産業化に向け勢い加速

富士通が10,000量子ビットの実現を目指す一環で採択されたのが、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業」に係る「量子コンピュータの産業化に向けた開発の加速」の委託・助成事業だ(事業期間:2025~2027年度)。本事業には15の事業テーマおよび複数の実施先が採択され〔「2025 年度ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業 /ポスト5G情報通信システムの開発 /量子コンピュータの産業化に向けた開発の加速(委託、助成) 実施予定先一覧PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(115KB)」参照〕、それぞれの事業テーマの下、超伝導、中性原子、光などの方式に係るシステム開発、部素材の高度化、ミドルウエア開発などが実施されている。

このNEDO事業では、富士通が超伝導量子コンピュータ開発に取り組むほか、中性原子量子コンピュータを開発する京都大学発スタートアップのヤクモ(Yaqumo)が、量子ビットをコントロールするレーザーやシステム、量子回路設計、誤り訂正などの一連の機能開発に取り組むとしている。光関連の電子部品や機器を製造販売する浜松ホトニクスは、中性原子量子コンピュータの大規模化に必要な超高速カメラ、多画素空間光変調器(注3)、レーザー安定化技術の開発を目指している。その先には、光方式やイオントラップ方式の量子コンピュータへの応用を見据えている。また、光量子コンピュータを開発している東京大学発スタートアップのオプトキューシー(OptQC)は、産総研で構築中の商用1号機の後継機開発などへの取り組みに意欲を示している。産総研の量子・AI融合技術ビジネス開発グローバル研究センター(G-QuAT)も採択組織の1つであり、部素材の高度化においてオプトキューシーとともに光検出システムの高度化を図っていく。さらにG-QuATは、前述のヤクモ、浜松ホトニクスの事業を含めた他10の事業テーマにも共同研究機関として参画しており、包括的に技術開発を支えていく姿勢だ。このNEDO事業で採択された他の事業テーマでも最先端の研究開発が進められることから、量子コンピュータの産業化がさらに現実的になることが期待される。

日本において、量子コンピュータや関連技術の開発の多くは、さまざまな企業や研究機関の連携により推進されている。本稿では主に国内で蓄積されている開発力に着目したが、それぞれの企業や研究機関による国際的な連携も進んでいる。国内外の連携拡大により国内の技術力がさらに高まり、量子技術の向上が進展するという好循環につながり得る。日本での量子コンピュータや関連技術の開発においては、前述のNEDO事業に限らず、多様な国家プロジェクトが実施されている。量子技術の産業化に向けた勢いはさらに増していくだろう。


注1:
各方式は実装方法が異なる。「超伝導」は、超伝導回路に閉じ込めた電子を量子ビットとして利用。「イオントラップ」は、電磁場でイオンを捕捉して量子ビットとして利用。「中性原子」は、レーザー光により捕捉・冷却された中性原子を量子ビットとして利用。「光」は、光子の量子状態を利用。「半導体(シリコン)」は、半導体技術を基盤とした方式。本文に戻る
注2:
量子コンピュータの海外連携に関しては、2025年10月9日付「日本の技術力 世界にアピール 純国産量子コンピューター稼働」を参考のこと。 本文に戻る
注3:
光の振幅、位相、または偏光の空間的な分布を、電気的に制御する光学デバイス。本文に戻る

量子技術向上に挑む日本の研究開発力

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執筆者紹介
ジェトロイノベーション部戦略企画課
森谷 弥生(もりや やよい)
公的機関、民間企業勤務を経て、2024年、ジェトロ入構(常勤嘱託員)。