量子技術時代の到来に向けて-深化するグローバル・イノベーション 最先端を切り拓く研究機関
量子技術向上に挑む日本の研究開発力(2)
2026年3月13日
日本では、国産量子コンピュータの開発が進みつつあり、量子技術の産業化に向けてさらなる技術向上が追求されている。背景には、企業や研究機関のたゆまぬ地道な努力がある。前編では、日本における量子コンピュータや関連技術の開発に係る動向や日本の技術力に着目した。本稿(後編)では、量子技術の研究開発において根幹を担う主要な研究機関の取り組みを取り上げる。
期待される研究機関同士の横連携の促進
本特集「量子技術への世界的関心の高まり(1)市場予測と欧米の戦略」、「量子技術への世界的関心の高まり(2)日本の戦略」のとおり、量子技術は世界各国で注目されている。グローバル市場での産業化や安全保障対策に向けた議論や戦略が展開されており、日本政府も包括的かつ戦略的に量子技術の向上を推進していく姿勢だ。内閣府による「量子技術イノベーション戦略
(883KB)」の下、2021年2月に量子技術イノベーション拠点(QIH)が発足した。QIHには、理化学研究所(以下、理研)を中核組織として、量子技術の研究開発に取り組む主要な大学や研究機関などが各拠点組織として位置付けられている。2025年6月には京都大学がQIHに新たに認定(注1)され、拠点数は12に上る(表)。
| 組織名(注) | 拠点機能、取り組み分野 |
|---|---|
| 理研 |
QIHのHeadquarters/ 量子コンピュテーション開拓 |
| 大阪大学 | 量子ソフトウエア研究 |
| 沖縄科学技術大学院大学(OIST) | 量子国際連携 |
| 京都大学 | 光量子科学 |
| 産業技術総合研究所(AIST/以下、産総研) | 量子・AI融合技術ビジネス開発グローバル |
| 情報通信研究機構(NICT) | 量子セキュリティ |
| 東海国立大学機構 | 量子化学産業創出 |
| 東京科学大学 | 量子センサ |
| 東京大学-企業連合 | 量子コンピュータ利活用 |
| 東北大学 | 量子ソリューション |
| 物質・材料研究機構(NIMS) | 量子マテリアル |
| 量子科学技術研究開発機構(QST) | 量子技術基盤・量子生命 |
注:中核組織の理研以外は50音順。
出所:QIHウェブサイトを基にジェトロ作成
QIHでは、量子技術イノベーション拠点推進会議の下、「国際連携分科会」「知財・標準化分科会」「産官学連携分科会」「人材育成分科会」の4つの分科会が形成され、主要研究機関を通じた連携が期待されている。一方、拠点組織はそれぞれが量子技術における日本の主要なアカデミア組織だ。各組織の研究者がおのおのの研究に注力しているため、現時点では組織間の横断的な連携は限られているのが現状だ。こういった背景から、内閣府の量子技術イノベーション会議
では、QIHの機能強化に向けた予算確保や産業界との連携強化の必要性などが議論され、令和7年度補正予算として33.5億円を確保した。これにより、国内外の他研究機関や企業との面的な連携を可能とし、QIHなど各拠点の強みを結集したフラッグシッププロジェクトを実施予定だ。
また、QIHは、内閣府や他関連組織とともに、量子科学・技術・イノベーション国際シンポジウム(Quantum Innovation)を年に1度開催している。このシンポジウムでは、世界から産学官の関係者が一堂に会し、量子情報技術に関して、技術や実用化動向を情報発信するとともに、国際協力を推進している。今年度は、2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)に合わせて大阪で開催された。
学術研究のパイオニア:理化学研究所
QIHの中核組織である理研は、最先端の科学技術をリードする自然科学の総合研究所として、各地の研究拠点
において幅広い分野で研究開発を行っている。量子分野では、内閣府のムーンショット型研究開発制度などの国家プロジェクトに多くの研究者が参画している。
研究拠点の1つ、理研量子コンピュータ研究センター(RQC)
は、世界で初めて「固体素子で作った超伝導量子ビット」を開発し動作実証に成功した中村泰信氏がセンター長を務めている。「超伝導」「光」「半導体(シリコン)」「中性原子」といった複数方式の量子コンピュータについて、ハードウエア、ミドルウエア、ソフトウエアまで一貫した研究開発を行っている。技術的に先行する超伝導量子コンピュータ開発において、理研の連携先の1つが富士通だ。理研と富士通は、2023年以降の国産量子コンピュータ開発にも貢献しており、今後の継続的な連携も発表されている。RQCは、量子コンピュータの根幹ともいえる「量子ビットチップ」(注2)の精度や、量子ビットの忠実度の向上に取り組んでいる。2025年7月に発表された超伝導方式の純国産量子コンピュータの量子ビットチップも、RQCが提供したものだ(本特集「量子技術向上に挑む日本の研究開発力(1)技術の蓄積と未来への発展」参照)。

コンピュータ「叡(えい)」(国産量子コンピュータ初号機)(ジェトロ撮影)

2025年10月には、シリコン量子コンピュータ開発に向け、日立、理研、アイメック(imec)(注3)の3者による覚書(MoU)締結が発表された。グローバルな研究開発ネットワーク構築によって、シリコン量子コンピュータの研究開発の勢いも増すことが期待される。
理研が取り組むのは、量子コンピュータ開発や量子技術の研究だけではない。理研の計算科学研究センター(R-CCS)
は、計算科学(注4)の研究を、運営するスーパーコンピュータ「富岳(ふがく)」などのハイパフォーマンス・コンピューティング(HPC)で行っている(HPCは一般的なコンピュータと比較すると計算がはるかに速いコンピュータだが「古典コンピュータ」に該当する)。量子コンピュータは、古典コンピュータでは膨大な時間を要する計算の高速処理を叶えると期待される一方で、その制御には多くの課題があり、古典コンピュータの性能がその課題を補うと見込まれている。R-CCSでは、量子コンピュータと古典コンピュータを連携させるシステムソフトウエアを研究・開発し、量子HPC連携プラットフォームを整備し、その有効性を実証する取り組みを進めている(注5)。
理研は、スーパーコンピュータ「富岳」や量子コンピュータを開発している。理研によれば、スーパーコンピュータと量子コンピュータの両方を自ら開発している研究機関は珍しく、世界的に先駆けとなり得る取り組みが可能だという。また、米国の量子コンピューティング企業クオンティニュアム(Quantinuum)のイオントラップ方式量子コンピュータ(「黎明(れいめい)」と命名)、米国IBMの超伝導量子コンピュータといった複数の量子コンピュータを所有している。

量子技術の産業化に特化したエキスパート:G-QuAT
産総研の量子・AI融合技術ビジネス開発グローバル研究センター(G-QuAT)
は、「ビジネス開発」と「グローバル」をセンター名称に冠し、「量子技術分野におけるグローバルビジネスエコシステムの中核を担う世界唯一無二の研究拠点」を目指す機関だ。企業を主体とした産業化支援と、世界の企業や研究機関との戦略的な連携拡大を推進している。
G-QuATでは、世界トップレベルの技術を採り入れた最先端の研究設備を備え、量子・古典融合計算基盤(ABCI-Q)、超伝導量子回路試作施設(Qufab)、評価テストベッド(Qubed)を通じて、研究開発からビジネス創出までを一体的に支援している。最先端設備の一例を挙げると、例えば「ABCI-Q」は、米国のエヌビディア(NVIDIA)のGPU(注6)を搭載したスーパーコンピュータを中核に、富士通の超伝導量子コンピュータ、米国のクエラ(QuEra)の中性原子量子コンピュータ、日本の量子スタートアップ(以下、SU)であるオプトキューシー(QptQC)の光量子コンピュータ(注7)を採用している。さらに2025年7月には、米国のキーサイト・テクノロジー(Keysight Technologies)の世界最大規模(注8)の商用量子制御システム(QCS)がG-QuATに納入された。利用方法などはG-QuATウェブサイト
で確認できる。これらの設備環境を強みに、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の事業に参画(本特集「量子技術向上に挑む日本の研究開発力(1)技術の蓄積と未来への発展」参照)するなど、組織間の横断的な連携にも積極的だ。

設置された機器。GPUスーパーコンピュータ
(産総研G-QuATの公式パンフレットより引用)

(産総研G-QuATの公式パンフレットより引用)

(産総研G-QuATの公式パンフレットより引用)
また、産総研、理研、富士通、NECは、量子コンピュータの実用化に向けた部素材などの高度化とサプライチェーン構築の重要性をふまえ、報告書「大規模量子コンピュータシステムに向けたサプライチェーンに関する技術ロードマップ -超伝導方式-(4.7MB)」を作成した。この報告書の公開により、日本が強みとする素材・製造産業界から量子産業界への参入を促すとともに、安定したサプライチェーンの構築につなげることを目指している。他の方式についても今後報告書を取りまとめていく予定だ。
量子技術開発を支えるアカデミア
多くの大学などでも量子技術の研究が行われている。大阪大学の量子情報・量子生命研究センター(QIQB)は、量子コンピュータ開発に加え、幅広い量子技術研究を行っており、国産量子コンピュータの開発にも注力してきた(本特集「量子技術向上に挑む日本の研究開発力(1)技術の蓄積と未来への発展」参照)。QIQB発のSUのキュエル(QuEL)は、量子コンピュータの稼働に不可欠な制御装置(注9)の製造開発を手掛けている。
東京大学でも、さまざまな量子物理学の研究が進められている。2001年には学内に「量子相エレクトロニクス研究センター(QPEC)
」を設立し、現在も複数の組織と連携して研究を行っている。2020年6月には、日本IBMと連携して「IBM東大ラボ
」を発足させ、2020年7月に「量子イノベーションイニシアティブ協議会(QII)
」を設立した。2022年10月には、科学技術振興機構(JST)の共創の場形成支援プログラムに、東京大学が代表機関として提案した「サスティナブル量子AI研究拠点(SQAI)
」が採択された。東京大学は産官学をつなぐ研究開発のネットワーク構築をリードしている。SQAIでは、慶応義塾大学、理研、OIST、シカゴ大学、川崎市、参画企業と産官学一体の研究に取り組んでいる。また、光量子コンピュータの開発を進めるオプトキューシーや、量子コンピュータに必要なソフトウエア開発を手掛けるキュナシス(QunaSys)など、東京大学発のSUが国内外で活躍している。
QIHに含まれる研究機関をはじめ、他の大学などでも、量子技術の研究が進められている。量子研究を牽引する研究機関や大学は、人材育成や国際連携にも積極的だ。実用化前である量子技術において、大学を含む研究機関の役割は特に重要だ。研究機関が担う基礎研究の重要性はそのままに、同時並行で量子技術の出口として、産業界との連携を強化し、研究成果の社会実装を進める必要性が一段と高まっている。日本には、高い研究成果を打ち出す研究機関と、産業化に向けた支援をする研究機関の両輪による盤石な体制がある。さらに、国内外で広がる連携により、技術力向上の加速も見込まれる。こうした取り組みの積み重ねが、日本が量子技術開発において世界をリードしていくための原動力となるだろう。
- 注1:
-
統合イノベーション戦略2025
(3.5MB)が閣議決定されたことによる。 - 注2:
-
量子情報媒体の最小単位である量子ビットをつくり、制御する集積回路チップ。量子コンピュータの頭脳的な役割を持つ。
- 注3:
-
ベルギーの世界的な半導体研究機関。
- 注4:
-
コンピュータシミュレーションを用いて自然の諸現象や幅広い分野の諸問題の解明を目指す学問分野。
- 注5:
-
NEDOの「計算可能領域の開拓のための量子・スパコン連携プラットフォームの研究開発」に、理研、ソフトバンク、東京大学、大阪大学が共同提案したプロジェクトが採択され、名称をJHPC-quantumとして、量子コンピュータ(QC)とスーパーコンピュータ(HPC)を連携させるためのシステムソフトウエアを研究・開発した。それを用いて、量子HPC連携プラットフォームを整備し、その有効性を実証している。詳細は、JHPC-quantum「計算可能領域の開拓のための量子・スパコン連携 プラットフォームの研究開発
」参照のこと。 - 注6:
-
画像や映像を処理するプロセッサー。NVIDIAはGPU市場をリードする。
- 注7:
-
2025年度中に導入され、2026年度に稼働開始予定。
- 注8:
-
1,000個以上の超伝導量子ビットを制御可能な初の商用量子制御システム。
- 注9:
-
ソフトウエアからの演算指令をマイクロ波にして量子ビットに出力し、その結果をマイクロ波で読み出し、ソフトウエアに戻す装置。
量子技術向上に挑む日本の研究開発力
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- 執筆者紹介
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ジェトロイノベーション部戦略企画課
森谷 弥生(もりや やよい) - 公的機関、民間企業勤務を経て、2024年、ジェトロ入構(常勤嘱託員)。






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