グローバルサウスでの競争激化、求められる日本企業のポジショニングとは中国企業の攻勢で塗り替わる現地市場の勢力図
タイの競争環境(前編)
2025年3月13日
日本企業にとってASEAN最大の製造業集積地であるタイで、目下、進出企業の最大の経営課題に浮上しているのが中国企業との競合激化だ。自動車関連産業、電気電子部品産業を中心に、中国企業の現地生産拠点設立が相次ぎ、市場における勢力図を急速に塗り替えている。
攻勢を強める中国企業にどう立ち向かうか。近年の中国の投資動向の分析、アンケート調査の結果、現地でのインタビューなどを基に前編・後編の2回に分けて報告する。
シンガポールを経由した中国企業の投資が増加
タイ投資委員会(BOI)の発表(2025年1月)によると(BOIウェブサイト参照)、2024年に申請を受けた対タイ海外直接投資(FDI)プロジェクトは、件数ベースで前年比51%増の2,050件、投資額ベースでは同25%増の8,321 億1,400 万バーツになった。国・地域別ではシンガポールからの投資額が最大で、その後、上位順に、中国、香港、台湾が続き、日本は第5位。日本からの投資申請(271件、491億4,800万バーツ)は、同年の投資申請件数の13.2%、金額ベースでは5.9%を占めた。またBOIによると、最大となったシンガポールからの投資額の大半は、中国または米国に本社を有する企業がシンガポールを経由した投資が占めるという。これらの経由分を考慮すると、中国は同年の対タイ投資で最大の投資国に位置づけられる。
BOIは、シンガポール経由での中国・米国企業による投資は、特にデータセンターおよびクラウドサービスの構成比が高く、「両国の技術競争を反映したこれらの投資プロジェクトが、地域のデジタル経済の発展に大きく寄与している」と報告した。また、中国企業によるプリント回路基板(PCB)やエアコンの生産拠点設立も多額の投資申請がある。その背景として「経由国であるシンガポールを投資拠点とする戦略により、リスクを分散し、地域における貿易協定を活用することが可能になる」と説明している。
現地日系企業を経営する上で最大の問題は、中国企業との競争激化
タイにおける中国企業の存在感の拡大は、現地に進出する日系企業の競争激化に直結する。バンコク日本人商工会議所(JCC)が2025年1月28日に発表した「2024年下期日系企業景気動向調査」(調査実施期間:2024年11月26日~12月18日、有効回答559社)によると、業況が前期比で「上向いた」企業の割合から「悪化した」企業の割合を引いた業況感DIは、2024年上期実績がマイナス21ポイント、2024年下期見通しがマイナス11ポイントになった。2023年上期から4期連続でのマイナスだ。経営上の問題点(複数回答)として挙げられた主な項目の中で最多になったのが「他社との競争激化」で、全体の3分2 が同項目を挙げた(66%)。第2位~第5位の「総人件費の上昇」(42%)、「国内需要の低迷」(41%)、「原材料価格の上昇」(35%)、「為替変動の対応」(34%)などと比べても、競争激化がより深刻な問題になっている実態がうかがえる。
また、現在競合が激しくなっている競争相手・分野(複数回答)としては、「タイ国内で中国企業」「中国企業からの輸入」(いずれも43%)が最多となった。次いで「タイ国内で日系企業」(37%)、「タイ国内でタイ企業」(34%)だった。さらに、将来、競合が激しくなると想定する競争相手・分野(複数回答)としては、「タイ国内で中国企業」が過半を占め(53%)、「中国企業からの輸入」(40%)、「タイ国内でタイ企業」(34%)が続いた。加速する中国企業の対タイ事業展開により、日本企業の現地での競争環境は、今後一段と厳しくなることが見込まれる。
ジェトロが2024年8~9月にアジア・オセアニアの20カ国・地域に進出する日系企業を対象に実施したアンケート調査の結果も〔調査レポート「海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)(2.4MB)」参照〕、主要国・地域の中で、とりわけタイで中国企業が台頭していることを如実に示す(注1)。進出国・地域別に、現地市場で競争力が最も強い相手として「中国企業」と回答した企業の割合(製造業)を見ると、ASEANは26.5%で、南西アジア(11.3%)、オセアニア(9.7%)地域より突出して高い(注2)。また、ASEAN主要6カ国の比較では、タイが33.2%と最も高い。業種別では、電気・電子機器部品、化学・医療、輸送機器部品などで、特に高い結果になった(表1参照)
表1:現地市場での最大競争相手に「中国企業」を選択した企業の割合
国名 | 割合(%) |
---|---|
タイ(226) | 33.2 |
マレーシア(122) | 32.0 |
シンガポール(65) | 30.8 |
ベトナム(256) | 24.6 |
インドネシア(213) | 17.8 |
フィリピン(33) | 15.2 |
国名 | 割合(%) |
---|---|
電気・電子機器部品(16) | 50.0 |
化学・医薬(20) | 35.0 |
輸送機器部品(55) | 34.5 |
鉄・非鉄・金属(38) | 34.2 |
一般機械(34) | 29.4 |
プラスチック製品(19) | 26.3 |
注:製造業のみ。
出所:ジェトロ(2024年12月)、「2024年度海外進出日系企業実態調査アジア・オセアニア編」(調査期間は2024年8~9月)
電子部品や自動車などで、中国企業に存在感
fDi markets(注3)の登録データによると、2023~2024年の2年間に発表された世界の主要な対タイFDIプロジェクト331件のうち、中国からの案件が54件で最多だった。電子部品では全28件のうち11件が、自動車OEM(完成車)では全11件のうち8件が、中国案件だ。また産業機械でも中国が6件と、国別でドイツと並び最多だった(表2参照)。
国・地域名 |
ビジネス サービス |
ソフトウエア・ ITサービス |
産業 機械 |
運輸・倉庫 |
電子 部品 |
通信 | 化学 | 不動産 |
自動車 OEM |
金融 | 合計 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
中国 | 5 | 1 | 6 | 2 | 11 | 4 | 2 | — | 8 | — | 54 |
米国 | 8 | 6 | 2 | — | 2 | 6 | 2 | 1 | — | 1 | 43 |
日本 | 2 | 4 | 3 | 8 | 1 | 2 | 1 | 6 | 1 | 2 | 38 |
シンガポール | 5 | 6 | 1 | 3 | 1 | 1 | — | 4 | — | 1 | 28 |
ドイツ | — | — | 6 | 4 | 2 | 1 | 3 | — | — | 1 | 23 |
インド | 1 | 2 | 2 | 1 | — | 2 | 3 | — | — | — | 15 |
香港 | 1 | 4 | — | 4 | — | 2 | — | — | — | 1 | 14 |
英国 | 4 | 1 | 2 | 1 | — | 1 | — | 2 | — | 1 | 13 |
フランス | 1 | 2 | 1 | 2 | 1 | — | 1 | — | — | 1 | 12 |
台湾 | — | — | 4 | — | 6 | — | — | — | — | — | 11 |
合計 | 41 | 36 | 36 | 34 | 28 | 25 | 13 | 13 | 11 | 11 | 331 |
注:グリーンフィールドFDIのみ、件数発表ベース。
出所:fDi Markets, Financial Timesからジェトロ作成
また、同データベースが捕捉する2023~2024年の世界のタイ向けFDIプロジェクト上位20件(投資額ベース)のうち、中国が7件を占める。中国からの主要FDIプロジェクトを見ると、電気自動車(EV)製造に関わるものが上位10件のうち5件、データセンターが2件、PCB製造が2件を占める(表3参照)。このうち、最大のプロジェクトは、中国のデータセンター開発・運営事業大手GDS Servicesによる(タイ子会社Digitalland Servicesを通じた)チョンブリ県での大規模データセンター建設プロジェクト〔総額280億バーツ(約1,232億円、1バーツ=約4.4円)〕で、2024年11月にBOIがプロジェクトの承認を発表している(BOIウェブサイト参照)。
投資金額でGDSに続くのが、大手家電ブランド「ハイアール(Haier)」がチョンブリ県で進めるエアコン製造プロジェクトだ。2024年9月にBOIが約4億ドルの投資プロジェクト申請を承認したと発表した(BOIウェブサイト参照)。ハイアールの計画によると〔ハイアールウェブサイト参照(タイ語)
〕、新工場は年間600万台のエアコン生産能力を有し、第1段階では300万台の生産能力を2025年9月までに整備・稼働させる。また、2027年までに全プロジェクトを稼働させ、それまでに3,000人以上の従業員を雇用。同工場が本格稼働すると、東南アジア最大のエアコン製造工場になるという。日本ブランドが高いシェアを誇るタイや東南アジアのエアコン市場でも、中国企業との競争が一層激化することになろう。
発表年月 | 企業名 | 分野 | 内容 | 投資額 |
---|---|---|---|---|
2024年11月 | GDS Services | 通信 | データセンター建設 | 808.0 |
2024年9月 | Haier Group | 家電 | スマート家電製造 | 400.0 |
2023年4月 | Changan Automobile Group | 自動車(完成車) | EV製造 | 286.0 |
2024年6月 | Alibaba Cloud Computing | 通信 | データセンター建設 | 266.0 |
2023年7月 | Chery Automobile | 自動車(完成車) | EV製造 | 209.6 |
2023年8月 | Guangzhou Automobile Group | 自動車(完成車) | EV製造 | 209.6 |
2024年1月 | Great Wall Motors (GWM) | 自動車(完成車) | EV製造 | 209.6 |
2023年3月 | Zhejiang Hozon New Energy Automobile | 自動車(完成車) | EV製造 | 209.6 |
2024年5月 | Olympic Circuit Technology | 電子部品 | PCB製造 | 200.0 |
2023年11月 | Shennan Circuits Co. | 電子部品 | PCB製造 | 183.2 |
出所:fDi Markets、Financial Timesからジェトロ作成
また、中国の上位10件のFDIプロジェクトのうち、5件を占めたのが自動車(完成車)メーカーによるEV製造だ。このうち最大のChangan Automobile Group(長安汽車)は、中部ラヨーン県で2025年中にもバッテリー式電気自動車(BEV)やプラグインハイブリッド車(PHEV)の生産開始を見込む(2023年11月20日付ビジネス短信参照)。また、Chery Automobile(奇瑞汽車)、Guangzhou Automobile Group(広州汽車集団)なども、ほぼ同時期にタイでのEV生産を発表している。
日本の直接投資累計額でASEAN最大、世界でも第4位(注4)の規模を有するタイの輸送機器産業では、近年、BYDをはじめとする中国資本系自動車メーカーがBEVの現地生産を続々と開始(2024年12月16日付地域・分析レポート参照)。これに伴い、現地市場における日本企業のプレゼンスが顕著に低下している。日系ブランドが国内市場(自動車販売台数)全体に占める構成比は、2019から2021年にかけて9割近くを占めていた。それが2022年は85.4%、2023年77.8%、2024年76.7%。市場シェアが、ここ数年で急速に低下した(2025年2月6日付ビジネス短信参照)。
ジェトロの集計によると、2024年(8~12月)の時点で活動が確認された在タイ日系企業数は6,083社(うち製造業2,411社)。このうち、輸送用機械器具製造に属する企業は457社と、業種別では金属製造・加工業(590社)に次ぐ規模になっている(注5)。これほどの企業集積を誇るタイの輸送機器産業で、急速な中国企業の台頭と市場の変化にどう向き合うか。
変化にいち早く直面した中国国内の自動車市場では、競争の激化を受け、中国地場企業と日系企業が協業連携し、コスト低減や製品・サービスの付加価値向上を図る動きも広がりを見せつつある(2024年12月23日付地域・分析レポート参照)。従来の取引関係やビジネスモデルを見直し、停滞を打破する取り組みが求められる。
後編では、プリント回路基板(PCB)メーカーによるタイへの分散投資や、日本企業の差別化の取り組みを報告する。
- 注1:
- 文中リンクの報告書26~27ページ(競争環境の変化)に、詳細を記載。
- 注2:
- 北東アジアのうち、在中国日系企業の競争相手となる「中国企業」は「地場企業」に集計されるため、同数値に含まない。
- 注3:
- Financial Timesが提供。世界中の主要なグリーンフィールドFDIプロジェクトをリアルタイムで捕捉。発表ベースに基づく。
- 注4:
- 財務省「本邦資産負債残高」によると、日本の輸送機械器具の対タイ直接投資残高は、2023年末時点で1兆5,247億円。国別で、米国、中国、インドに次ぐ。
- 注5:
- ジェトロ調査部、バンコク事務所(2025年2月)、「タイ日系企業進出動向調査2024年度」。

- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部国際経済課長
伊藤 博敏(いとう ひろとし) - 1998年、ジェトロ入構。ジェトロ・ニューデリー事務所、ジェトロ・バンコク事務所、企画部海外地域戦略主幹・東南アジアなどを経て現職。主な著書:『FTAの基礎と実践:賢く活用するための手引き』(編著、白水社)、『タイ・プラスワンの企業戦略』(共著、勁草書房)、『アジア主要国のビジネス環境比較』『アジア新興国のビジネス環境比較』(編著、ジェトロ)、『インドVS中国:二大新興国の実力比較』(共著、日本経済新聞出版社)、『インド成長ビジネス地図』(共著、日本経済新聞出版社)、『インド税務ガイド:間接税のすべてがわかる』(単著、ジェトロ)など。