グローバルサウスでの競争激化、求められる日本企業のポジショニングとは地政学リスクが促すタイへの分散投資
タイの競争環境(後編)

2025年3月13日

米中対立に代表される地政学リスクの高まりで、グローバル企業による生産拠点分散やサプライチェーンの大規模な再編が進んでいる。

中国や台湾の大手プリント回路基板(PCB)メーカーの多くが、タイへ分散投資を決断。タイが同産業の新たなグローバルハブに台頭している。日本企業にとっては、現地での人件費の高騰や人材獲得競争の激化への対応が新たな課題になる。

前編に続き、現地市場での競争激化の実態について報告する。

プリント基板製造、中国からタイへの分散投資が加速

近年の対タイ直接投資(FDI)案件では、電子部品、中でもPCBの製造拠点を新たに設立する動きが目立つ。タイ投資委員会(BOI)によると、2021~2022年、PCB関連の投資奨励申請額は年間150億バーツ(約660億円、1バーツ=約4.4円)にとどまっていた。しかし、2023年以降は飛躍的に拡大。2023年1月~2024年9月で、申請総額が1,620億バーツに上った(件数では95件)。とりわけ、中国および台湾からの進出が目立つという(注1)。

BOIは、その背景として、「市場の急速な成長に加え、地政学的な対立や激化する貿易摩擦・技術競争が、投資の流れに大きな転換をもたらしている」と指摘。具体的には、(1)グローバルPCBメーカーが、主要な生産拠点である中国、台湾からリスク管理のために生産拠点を分散し、サプライチェーンを特にASEAN地域で拡大する必要に迫られていること、(2)ASEANの中でも、タイがPCBの戦略的製造拠点として位置づけられ、政府の支援、インフラ、物流システム、人材の質の高さにより、新たなPCB ハブとして台頭していること、があると説明している。

タイ・プリント回路協会(Thailand Print Circuit Association:THPCA)によると、2023年時点で、世界のPCB生産のうち53%が中国に集中している。これに続くのが、台湾の14%、韓国11%、日本が9%だ。タイのシェアは5%ながら、2028年には8%まで拡大する推計になっている(注2)。

次の表は、世界のPCBメーカー上位20位(2023年売上高ベース)の主な製造拠点立地先だ。

表:世界のPCBメーカー(売上高上位20社)製造拠点立地状況(2024年)
メーカー 米国 欧州 日本 中国 台湾 韓国 タイ ベトナム マレーシア インド
Zhen Ding Tech Group (台湾)
Unimicron Technology (台湾)
Dongshan Precision (中国)
Nippon Mektron (日本)
TTM Technologies (米国)
Compeq Manufacturing (台湾)
Tripod Technology (台湾)
Shennan Circuits (中国)
AT & S (オーストラリア)
Kinwong (中国)
Kingboard Group (中国)
Yonung Poong Group (韓国)
Ibiden (日本)
HannStar Board (台湾) 〇■
WUS Group (マレーシア)
Nan Ya PCB (台湾)
Samsung Electro Mechanics (韓国) 〇■
Meiko (日本) 〇■
BH Co (韓国) 〇■
Victory Giant Technology (中国)

〇は既存の製造拠点(稼働中)。
■は新たに設立発表済み、または建設中(稼働前)の製造拠点。
注:企業名横のカッコ内は、本社所在国・地域。
出所:THPCAの資料からジェトロ作成

日本のPCBメーカーの動きとしては、次の例がある。

  • メクテック(2024年7月に日本メクトロンから社名変更):1995年にタイに進出。以来、現地でフレキシブルプリント基板を製造してきた。2023年には、総額9億2,000万バーツのPCB製造拡大プロジェクトを、BOIが承認している(BOIウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。
  • 日本シイエムケイ(CMK Corporation)は、2022年9月に新工場建設を発表(日本シイエムケイ資料参照PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(198KB))。2024年から稼働を始めた。
  • キョウデンは2022年5月、チョンブリ県に130億円を投資。自動車向けのプリント基板を製造する新工場(第4工場)の建設を発表した(キョウデンウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。当該工場新設の狙いは、自動車の電動化・電装化により大幅な需要増が見込まれる多層系プリント配線板の生産拡充にある。

THPCAのプタナ・タオルアン・ゼネラルマネージャーは、「タイ国内産のPCBは、大半が世界市場に輸出されている。日本企業の生産するPCBは現状、高付加価値・高性能な用途向けで、市場では差別化されている。他方、中国企業や台湾企業は圧倒的な価格差に加え、技術力を高めてきた。今後世界の高付加価値市場でも、競争が強まる可能性がある」という見方を示した(注3)。

加えて、中国などからの分散投資が急増したことに伴い、以前からタイ国内で稼働している日本のPCBメーカーにとっての懸念材料も生じる。すなわち、人件費高騰が加速し、人材獲得競争がますます熾烈(しれつ)化することだ。

グリーン認証や高付加価値化で差別化を

市場での差別化が難化し、人材獲得競争が激化することは、PCB産業に限らない。進出日系企業にとってのいわば共通課題と言える。そこで、対応を模索する日系進出企業の事例を紹介する(注4)。

A社(金属部品製造):高付加価値品市場に特化し、タイ国内に2カ所の生産拠点

A社は、タイ国内で製造した建築設備や機械部品の約5割を日本市場向けに輸出するほか、タイ国内、ASEAN・米国市場を含め、幅広く販売している。

近年、とりわけタイ国内やASEANで、中国製品との競合がますます厳しくなった。シェアを奪われるケースも増えている。「顧客のコスト引き下げ志向の強まりに加え、最も競合する中国製製品の品質が向上した。このことにより、汎用品などを中心に、当社製品から中国製品への切り替えが進んでいる」という。

また、競合品のブランドが変わってきた。中国地場ブランドというより、むしろ日系や欧米系のブランド名で中国企業が受託生産(OEM)する日系・欧米系ブランド品が増加している。多様なブランドのOEM生産を引き受けることで圧倒的な生産量を確保しつつ、単価引き下げを実現できている。

中国製競合品との価格差は、大きいもので価格の3割に達する。この状況を受け、「2024年の販売数量は、ピーク時(2018年)に比べ4割程度下がった」という。

激化する競合への対応策として、同社では、別ブランド名を冠した製品を市場投入した。このことで、従来のブランドイメージを維持しながら、中国製品との価格差を縮める取り組みを行っている。しかし、「同一工場の同一ラインでブランドだけを付け替えているのが実態。コストの引き下げには限界がある。今後、(別ブランド品について)検査頻度を落とす可能性があるものの、中国製品との圧倒的な価格差を埋めるのは難しい」と話す。

なお、中国企業と差別化するための戦略として、タイ政府の推進するグリーン産業プロジェクトに基づく「グリーン産業認証」を取得することがある(注5)。近年、「タイ政府から国内の大手企業などに対して、部品や材料の調達先として、可能な限りグリーン産業レベルの高い企業を選定するように指示が出ている」と認識しており、今後、そのような動きが強まれば、「高いグリーン産業レベル認証を受けることが、中国企業をはじめとする企業との競合において有利に働く可能性がある」とみる。同社ではすでにレベルⅢの認証を取得しているが、今後、現在目指しているレベルⅣやレベルⅤの認証取得のプロセスにおいては、「認証取得の条件として、地域社会への貢献活動や、従業員に対する教育・研修など、基準や取得方法が不明なものも多く、対応に苦慮している」という。

B社(EV向けなどを中心とする金属部品):タイ国内で製造・加工し、欧米や中国市場向けに輸出

B社は、タイ国内で、中国系企業との人材獲得競争が激化していると指摘した。「EV産業では中国企業のタイ進出が加速。日系企業に比べて高い賃金を提示し、垂直立ち上げに必要な大量の人材を雇用している。IT人材やエンジニアや経理担当者など、多くの職種で、日系企業を含む同業他社から、ヘッドハンティングで人材が抜かれているのが実態」と話す。もっとも、B社では、(1)人事評価制度の整備(毎月の能力評価に応じ、インセンティブを提供することなど)や、(2)福利厚生制度の充実(医療費の補助、食堂の完備、幅広いエリアをカバーする通勤バスの提供など)を通じて従業員定着の取り組みを実践。その結果として、高い人材定着率を実現できているという。

今後のタイ事業については、「生産拠点の拡張を続ける」方針を示した。「タイの役割は、工程分散型の量産工場ではない。より付加価値の高い提案型・開発型の製造モデルを日本ともに担っていくことで競争相手との差別化を図る。人材や技術レベルを考慮し、東南アジアでは唯一、タイだけがそのような機能を担えると評価している」とする。

さらに、「輸出市場で競合する中国製品には価格が半値程度のものもある。コスト重視の中国市場で、勝負を挑むのは難しい。他方、踊り場にある欧州や米国のEV市場が再び成長軌道に乗ると、勝算はある」と話す。加えて、「米国の新政権が、中国からの輸入に新たな追加関税を課す動きがある。EUでも、中国製EVへの追加関税導入などを受け、欧米の顧客からは、脱中国サプライヤーの動きも見え始めた。これは、当社にとってビジネスチャンスになり得る。戦略的に2年後の市場を見据えて設備投資し、コスト競争力を高めながら、EV以外の産業機械などの分野へ多角化を進めていく」と語った。


注1:
BOIウェブサイト「ゲームチェンジャーとしてのPCB産業-タイを技術先進国へと推進」から抜粋。
注2:
THPCAが2024年に提供した資料。内容的には、2023年末時点。
注3:
バンコク市内での筆者インタビューに基づく(インタビュー日時:2025年1月24日)。
注4:
事例は、いずれもバンコク近郊工業団地での筆者インタビュー結果に基づく(インタビュー日時:A社₋2025年1月24日、B社₋2025年1月23日)。
注5:
タイ工業省は、国内産業の発展と環境保全を両立させる目的で、Green Industry Projectに基づく認定制度を創設した。継続的な環境配慮活動と、持続可能な工業発展への貢献から、達成レベルを5段階(Level 1~5)で評価。同レベルの「グリーン産業マーク(Green Industry Mark)」を与える。
なお、工業省工業局(DIW)は、事業者がグリーン産業認証を申請するためのガイドラインとして、「グリーン産業マニュアルPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(1.85MB)」を提供している(参考情報:2021年3月17日付ビジネス短信参照)。
執筆者紹介
ジェトロ調査部国際経済課長
伊藤 博敏(いとう ひろとし)
1998年、ジェトロ入構。ジェトロ・ニューデリー事務所、ジェトロ・バンコク事務所、企画部海外地域戦略主幹・東南アジアなどを経て現職。主な著書:『FTAの基礎と実践:賢く活用するための手引き』(編著、白水社)、『タイ・プラスワンの企業戦略』(共著、勁草書房)、『アジア主要国のビジネス環境比較』『アジア新興国のビジネス環境比較』(編著、ジェトロ)、『インドVS中国:二大新興国の実力比較』(共著、日本経済新聞出版社)、『インド成長ビジネス地図』(共著、日本経済新聞出版社)、『インド税務ガイド:間接税のすべてがわかる』(単著、ジェトロ)など。

この特集の記事

今後記事を追加していきます。