グローバルサウスでの競争激化、求められる日本企業のポジショニングとは部品サプライヤー、中国や地場が競合に
ベトナムでの競争環境(4)

2025年3月13日

ベトナムを取り巻く事業環境は近年大きく変化し、同国の生産拠点としての重要性がますます高まっている。日本企業や韓国企業などはこれまで、コストメリットを生かし、エレクトロニクス製品を中心に、輸出拠点として同国での投資を継続してきた。周辺国での生産コスト増に加え、2018年ごろからは米中貿易摩擦など地政学的緊張の高まりが顕在化し、サプライチェーンの分散化・強靭(きょうじん)化の観点から、同国はその再編の受け皿として重要度が増している。とりわけ、米国や欧州、中国企業などの非日系企業も、生産拠点を中国からベトナムにシフトさせる動きを見せる。また、中長期的には、地場企業の成長や発展も期待される。

シリーズ第4弾では、ベトナムに進出する日本企業向けのヒアリングを基に、輸出型企業向けの部品サプライヤーや、日系企業向けにサービスを供給する企業にとってのベトナムの競争環境を紹介する。

部品サプライヤー事例1:顧客ニーズに基づき開発段階で自社製品をスペックイン

光学部品や精密部品を製造するL社は、販売・営業戦略で「縦」と「横」の両面で競争力を維持・強化している。「縦」は、ベトナムに進出する既存日系顧客との付き合いの中でシェアを伸ばしていくこと。足下ではベトナムでの進出日系企業の生産は増え、部品サプライヤーへの受注は増えているものの、中長期的には必ずしもさらなる急拡大は期待できない。同社は、既存顧客に対してより高いレベルの新規開発や商品を提案し、顧客単位でシェアを伸ばすことを戦略としている。「横」は、既存のビジネス領域だけではなく、新規分野でビジネスモデルの展開にチャレンジしていくことだ。同社担当者は「既存分野だけではなく、ヘルスケア、車載関連などの新分野で成功事例ができると、他社も含めて横展開のきっかけになり得る」という。このように「縦」と「横」の両面から営業やマーケティング活動を行っている。

同社にとって主要な競争相手は台湾の大手メーカーで、当該企業の生産・販売規模やコスト競争力ではかなわないという。一方、同社の強みは、ベトナム拠点で設計から大量生産まで一気通貫で対応できることだ。日本の本社とベトナム工場で分業体制を敷いているが、顧客とのコミュニケーションは現地だけではない。本社の技術営業部隊が顧客と研究開発や製品設計を進め、ベトナム工場で生産する体制を構築している。日本の大手OA機器メーカー向けの長年の納品経験を生かし、大手部品サプライヤーでは手間がかかって対応できないような、ニッチで開発に時間がかかる分野で、技術力を武器に顧客にアピールする方針だ。

部品サプライヤー事例2:競合相手は台湾企業、今後は地場企業が競合に

電子部品を製造するM社も、「日本企業向けの受注に当たっては、日本でのつながりを大事にしている」という。同社の日系取引先では、製品仕様の決定権を持つ責任者はベトナム法人ではなく、日本の本社にいることが多い。従って、顧客の本社向け営業を強化し、顧客の企画開発段階で同社製品のスペックインを狙うような営業・マーケティング方針をとっている。非日系企業との取引開拓も、欧州や米国の海外展示会への出展機会を利用しながら、顧客の本社との関係構築を目指す。

現時点で同社にとっての競合相手は台湾企業が多いが、今後は中国企業が競争力をつけるとみる。さらに、地場企業も技術力をつけており、2017年進出当初には地場製品での生産対応ができなかった製品が、現在では地場企業が対応できるようになったものもあり、脅威と感じるという。海外の大手メーカーのベトナム進出に伴う技術移転で、地場部品サプライヤーは品質・価格の両面で競争力をつけるとみている。そうした状況を見越して、顧客との関係で自社のポジションを取るための営業強化をしている。

部品サプライヤー事例3:主要顧客はリスク分散のため複数社購買を開始

機械部品メーカーのN社は、ベトナムの投資環境の課題として、労働コストの上昇や、人手不足、法規制の運用の不透明性などを指摘する一方で、「多くの国・地域との間でEPA(経済連携協定)、FTA(自由貿易協定)などの経済連携が締結されるなど、輸出拠点として制度的な環境が整っている」点を評価する。近年、日本企業のみならず、韓国、台湾、中国、欧米など世界の大手企業がベトナムでの生産を拡大させる中、地場企業への技術移転も期待される。同社は「今後、10年スパンでみると、ベトナムの機械産業の発展が見込まれる。地場大手ビンファストによる電気自動車(EV)生産でさらなる発展可能性を感じる」と期待を寄せる。

同社が手掛ける主要製品は世界で高いシェアを持ち、世界各国・地域の生産拠点から顧客向けに供給している。一方、競争相手の台湾企業は多くの場合、台湾や中国の工場で大量生産し、世界に供給する体制を取っている。

近年、新型コロナ感染拡大に伴う都市封鎖で需要ショックが発生した際には、供給面でも工場操業ができずに、部品供給を停止せざるを得ない状況が続いた。同社製品でも過剰注文が積み上がり、入荷まで数年かかるケースも発生した。こうしたリスクを踏まえ、同社の主要顧客の中には、安定的な部品調達やリスク分散の観点から、複数社へ購買先の分散を開始した企業もあり、注文の一部が競合にも流れている。

グローバルサプライチェーンの構築に当たっては、米中競争をはじめとした地政学リスクも含め、考慮すべき複雑な要素が多くある。「選択」と「集中」、顧客の需要地などバランスを見ながら決定している。過去には中国工場で大量生産し、米国へ輸出している製品もあったが、2018年以降は米国政府による関税賦課の影響で、日本工場に生産移管をしたものもある。今後、ベトナム工場の生産能力が高まれば、米国など主要市場向けの製品にもチャレンジしたいと語る。

軽工業の事例:生産拡大で良好なビジネス環境、中台との競争は徐々に激化

日本ブランド向けを中心にベトナムでの委託生産を行うO社は、ベトナム南部に10社程度の協力工場があり、商品企画や品質・工程・物流管理などを行っている。同社によると、「ベトナムでの軽工業(縫製、靴、履物など)生産は、中国からの生産移管に伴って拡大傾向にある」という。同社製品ではないが、米国のトランプ第2次政権の発足前に、駆け込みで北米向けに発送しようという意識から、オーダーが集中したとも聞かれる。「軽工業ではベトナムでの生産が集中し、地域として生産供給能力はタイトになっていると感じている。」という。同社が取り扱う製品もバイヤー側からの要求に伴い、これまで中国だけで生産していた商品について、新たにベトナムでの生産を開始した。

ベトナムで繊維素材を供給するP社も、「繊維業界ではこれまで、中国が圧倒的に大きな生産エリアだったが、近年は東南アジアやインドなどへの移管が目立つ」という。特にベトナムは中国に代わる世界向け繊維製品の供給基地としての位置づけが増し、日本の繊維・衣料品メーカーもベトナムでの生産に注力している。

同社は、ベトナムでの縫製工程に必要な繊維素材を周辺国の生産拠点から供給する体制を取っている。一方、中国、台湾メーカーが糸や生地など繊維素材の生産拠点をベトナムに設立している。同社によると、数年後にはこれら現地生産を行っている中国、台湾企業が脅威になり得るという。繊維素材のベトナム現地生産の開始は、特に米国向け縫製品の素材の産地を中国以外に切り替えるためのもので、主にブランド側の要求によることが背景にあるようだ。同社はベトナムに進出する各国の素材メーカーとともに、製品の開発・生産に取り組んで対応している。

日系向けサポート事業の事例:非日系開拓や高付加価値サービスで差別化

ここまでみたように、ベトナムへの生産シフトの傾向は増しているが、これらの生産活動を支援する事業関連サポートを担う日本企業にとっての競争環境はどうなっているのか。まず、物流業では、確かに同国での生産増加に伴って物流需要は増加基調にあるとしながらも、「日本企業の新規進出そのものはピークを迎えた印象があり、多くない」(物流業Q社)というコメントがみられる。とりわけ、進出日系企業を主たる顧客ターゲットする物流業では、日本企業同士での受注の奪い合いになる傾向があるほか、サービス内容によっては安価な地場企業への切り替えを模索する日本企業もあるようだ。対応策として、同社が強みを持つ物流ノウハウやソリューションを基盤に、大型商材や特殊貨物での営業・マーケティングを強化している。

ベトナム北部の工業団地でも、「日本の大手企業による進出では追加投資があるものの、新規案件は減少している」(物流業R社)という。近年、既存の進出企業による事業規模は縮小化傾向にあり、製造業で新規に進出するのは中国、台湾企業のほか、地場企業が目立つ。物流サービスの提供という観点では、日系物流プレーヤーが進出を果たしており、既存の日系企業間の競争が激化している。さらに、進出してから一定の期間を経た日系企業の中には、地場の物流企業によるサービスを利用する企業も多い。進出当初は生産や財務、調達、物流などの各機能の責任者は日本人駐在員が担うことが多いが、数年が経過すると、ベトナム人責任者に交代して現地化させていく。進出日系企業向け営業は、日本人駐在員同士を主体とした関係性を超えたものに変化を見せている。

情報通信業S社も、「進出日系企業の追加投資に当たっては、地場のITサポート企業への切り替えを検討することが多い」という。進出して数年が経過している日系企業では、IT責任者をベトナム人社員が担当するようになり、地場企業への発注に切り替える傾向にある。同社にとっては、低コストサービスとの競争に直面する。一方、新規進出が顕著な中国、台湾や欧米企業など非日系企業向けのビジネス機会はどのようなものか。「ベトナムに進出する中国企業向けのITサポートは、中国本国の企業から提供されることが多いようだ」という。同社では、欧米企業向けや地場、タイ企業による工業団地拡大を商機と捉えるほか、各企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)支援や、セキュリティー対策支援などのサービス強化を検討している。

執筆者紹介
ジェトロ調査部アジア大洋州課長
藤江 秀樹(ふじえ ひでき)
2003年、ジェトロ入構。ジェトロ・ジャカルタ事務所(10~15年)、海外調査部アジア大洋州課(15~18年)、シンガポール事務所(18~22年)などを経て、2024年9月から現職。編著に「インドネシア経済の基礎知識」(ジェトロ、2014年)、「分業するアジア」(ジェトロ、2016年)がある。

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