特集:新型コロナ禍における北米地域の新たな消費トレンド新型コロナ禍でテキサスのアルコール飲料市場が変容(米国)

2022年2月10日

「ギルティー・プレジャー(guilty pleasure)」。米国でよく使われるこの言葉は、若干の後ろめたさがあるものの、やめられない楽しみを指す。飲んだ後の「締めのラーメン」もその1つだろう。テキサス州では新型コロナウイルス感染拡大後の規制緩和で、アルコール飲料がより手軽に手に入るようになった。ただ、多少の後ろめたさもあるのだろうか、人気があるのは健康志向の商品ハードセルツァーだ。創業からほどないテキサスのメーカーが躍動する。

州の新型コロナ対策がアルコール消費を後押しする結果に

テキサス州では、さまざまな種類のアルコール製造所が各地に広がる。楽しみ方には、こと欠かない。また、この州にはドイツ移民の歴史が多く残る。毎年秋に各地でオクトーバーフェストが開かれ、プレッツェルやソーセージとともに豪快に地産ビールを楽しむイベントが多い。ワイナリーも州内に400以上ある。ワイン生産量は州別5位を誇る。毎年10月はテキサス農務省がワイン月間に指定し、州内のワイン製造者協会主催の品評会などで盛り上がる。ウイスキーも人気だ。オースティン周辺を中心に、ダラス、ヒューストン、サンアントニオと、州内各地に蒸留酒製造所が多数ある。これら地場ウイスキー製造所を巡るガイドマップが「テキサス・ウイスキー・トレール」だ。年間150ドルのトレイル会員になると、蒸留酒製造所ツアーなどの会員限定特典がついてくる。

全米を見渡すと、テキサス州はアルコール消費量が突出して多い州ではない。テキサス州民1人当たりの年間消費量は2.26ガロン(約8.6リットル)、全米50州中31位(2018年時点、全米アルコール乱用・中毒研究所の2020年4月の発表)だ。ただ、コロナ禍でアルコール消費に勢いが出ている。米国内で感染が急拡大した2020年3月までの1カ月間、ビールやワイン、ウイスキーなどを楽しむ人のツイート件数ではテキサス州発が最多となった。ニューヨーク州にあるバッファロー大学が2021年12月に発表したコロナ禍での米国内のアルコール消費量に関する研究結果(2020年3~6月実績を2018、2019年実績と比較)によると、テキサス州はケンタッキー州やバージニア州と並び、顕著な伸びが見られたという。各地で消費が減ったビールも、テキサス州では増加した。 また、テキサス州を含む米国各州でアルコール飲料の電子商取引を手掛けるある事業者は、新型コロナ感染拡大後は業績絶好調。売り上げがコロナ前を大幅に上回っているという。巣ごもり需要の拡大が、日本酒を含め、アルコール販売の追い風になっているようだ。

テキサス州で自宅でのアルコール飲料をより手軽に楽しめるようにもなった背景には、新型コロナ感染対策に伴うテークアウト販売解禁などがある。グレッグ・アボット知事(共和党)は2020年3月19日、新型コロナ感染拡大を受けて、レストランやバーなどの店内飲食を禁止する知事令を発出した。一方、知事はその前日の18日、レストランなどからアルコール飲料をテークアウトするのを時限的に可能とする措置を講じていた。5月にはこの許可を無期限とし、1年後の2021年5月12日には州法にも規定された。一連の措置の狙いは、コロナ禍の影響を受けたレストラン業界支援にある。

この規制緩和は新たなビジネスにもつながっている。食品配送サービス大手のドア・ダッシュ(DoorDash、本社カリフォルニア州サンフランシスコ、注)は2021年9月20日、テキサス州を含む米国20州でレストランからアルコール飲料のテークアウトや小売業者からのデリバリーを開始した。アルコール飲料についてドア・ダッシュがそれまで扱っていたのは、大型注文だけだった。しかし州政府の規制緩和で、一般家庭への少量配達開始に道筋がついたかたちだ。

もう1つの規制緩和は、アルコール飲料の店頭販売可能時間の拡大だ。テキサス州では従来、日曜日は店舗でのビールやワインなどのアルコール飲料販売が正午以降に規制されていた。しかし2021年9月1日以降は、午前10時から店頭で販売可能になった。地元大手スーパーH-E-B(エイチ・イー・ビー、本社テキサス州サンアントニオ)では、店内随所でビールとワインの販売時間の拡大を宣伝している。

若年層に人気のハードセルツァー

アルコール飲料の中でも売れ筋の1つは、若年層を中心に注目されるハードセルツァーだ。「2020年の旺盛な消費を受け、需要に応えられるよう生産量を3倍に増やした。2021年も市場は伸び続けている」。2016年にテキサス州オースティンで創業したアルコール炭酸飲料事業者マイティ・スウェルのジョン・ビール社長兼最高経営責任者(CEO)は、ハードセルツァー人気をこう断言する。ハードセルツァーとは、主にサトウキビ由来のアルコールに炭酸水と果物のフレーバーを足したもの。グルテンフリー、低糖質、低カロリー、低脂質が特徴だ。かつてハードセルツァー業界は、数社で寡占されていた。しかし最近では、中小ブランドが進出を始めた。テキサス州内だけでもこの10年で、オースティンを中心に多数のメーカーが創業している(表参照)。

表:テキサス州に拠点を置くハードセルツァー企業メーカー
会社名 所在地 設立(年) 従業員規模(注)
カルバフ・ブルーイング テキサス州ヒューストン市 2011 C
ズィルカー・ブルーイング テキサス州オースティン市 2012 A
オースティン・イーストサイダー テキサス州オースティン市 2013 C
ユーレカ・ハイツ・ブルーイング テキサス州ヒューストン市 2015 B
マイティ・スウェル・スパイクド・セルツァー テキサス州オースティン市 2016 B
ショットガン・セルツァー テキサス州オースティン市 2019 B
ブルー・ノーサー・ハード・セルツァー テキサス州オースティン市 2019 A
ランチ・ライダー・スピリッツ テキサス州オースティン市 2019 B
ローンリバー・ビバレッジ テキサス州ミッドランド市 2019 A
カンティーン・スピリッツ テキサス州オースティン市 2019 A

注:従業員規模は、LinkedinまたはBizjournalsの定義に基づく。A: 1~10人、B:11~50人、C: 51~200人。
出所:Chron.、 Austin Food Magazine、各企業ウェブサイトなどを参考にジェトロ作成

コロナ禍で、巣ごもり消費の波にうまく乗ったテキサス企業もある。オースティン市で2019年に創業したランチ・ライダー・スピリッツは、その一例と言える。

同社は、テキサス大学オースティン校ビジネススクール出身者が立ち上げたスタートアップ企業だ。同市内のエンジェル投資家から支援を受けて、2020年1月にハードセルツァーの販売を開始した。 米国アルコール専門オンラインショップのドリズリー(本社マサチューセッツ州ボストン)の 「レディ・トゥ・ドリンク(缶飲料)」部門で、2020年の売り上げ2位を獲得するまでに急成長した。バーやレストランの営業停止後、自宅でカクテルを楽しみたいという消費者の需要にずばりはまったようだ。

テキサスでは長年、アルコール炭酸飲料に親しみ

なぜ、テキサス州にハードセルツァーメーカーが多いのか。その原点は、1960年代にさかのぼる。同州西部の農場で同年代、ランチ・ウォーター(Ranch Water)と呼ばれるテキーラとライム果汁を炭酸水で割ったアルコール飲料が誕生した。州内の主要都市圏のうち、特に西寄りに位置するオースティンやサンアントニオで人気だったという。もともと、炭酸水で割ったアルコール飲料にはなじみがあったというわけだ。同州のジョークの1つが「テキサスにも四季がある。春、夏、8月、冬」。厳しい夏には冷たい炭酸飲料が合うのは感覚的にもよくわかる。

テキサス発ハードセルツァー、ランチウォーターが全国拡大する動きもある。大手アルコール飲料メーカーのハイネケンUSA(グループ本社オランダ、米国法人本社ニューヨーク州)は、テキサス州で販売している「ドス・エキス・ランチウォーター(Dos Equis Ranch Water)」 をアラバマ、コロラド、イリノイ、テネシー、ウィスコンシン各州にも展開すると発表した。


ドス・エキス・ランチウォーター(ジェトロ撮影)

テキサス発ランチウォーターは米国外から見ても「買い」のようだ。英国のアルコール飲料大手ディアジオは2021年3月、テキサス州ヒューストンのファー・ウェスト・スピリッツを買収したと発表した。ファー・ウェスト・スピリッツは2019年にオースティンで創業したハードセルツァーメーカーのローン・リバー・ランチウォーターを所有していた。 (1)コロナ禍により、すぐに飲める缶飲料部門の需要が米国で高まったことと、(2)低糖質、低カロリー、グルテンフリー、自宅で気軽に楽しめる飲料が求められるようになったこと、がこの買収を後押ししたようだ。

ハードセルツァーの売り上げ拡大は、新型コロナウイルス感染拡大後に顕著だ。2020年4~6月、米国内の売上高は前年比約3倍増となった(図参照)。さらに、米調査会社グランド・ビュー・リサーチは、米国内のハードセルツァー市場は2021~2028年にかけて、年平均30.3%増の急成長を遂げると予測する。この見立て通りに行くと、7年間で6倍以上に伸びる計算になる。ハードセルツァー人気で、テキサス州のアルコール飲料業界が一層活気を帯びそうだ。

図:米国のハードセルツァー売上高推移
米国のハードセルツァー売上高は、2020年3月21日は前年同期比6,060万ドル増加し、7,390万ドル。2020年3月28日は前年同期比4,720万ドル増の6,150万ドル、2020年4月4日は前年同期比4,870ドル増の6,380万ドル。2020年4月11日は前年同期比5,240万ドル増の6,840万ドル、2020年4月18日は前年同期比5,150万ドル増の6,920万ドル、2020年4月25日は前年同期比5,960万ドル増の7,770万ドル、2020年5月2日は前年同期比6,800万ドル増の8,640万ドル、2020年5月9日は前年同期比6,630万ドル増の8,570万ドル、2020年5月16日は前年同期比6,650万ドル増の8,780万ドル、2020年5月23日は前年同期比7,680万ドル増の1億490万ドル、2020年5月30日は前年同期比7,730万ドル増の1億1050万ドル、2020年6月6日は前年同期比7,280万ドル増の1億120万ドル、2020年6月13日は前年同期比7,440万ドル増の1億440万ドル。

出所:Statistaデータを基にジェトロ作成


注:
ドア・ダッシュは、2021年1月にジェトロの対日投資事業を活用して日本法人を設立している。詳細はジェトロのウェブサイト参照。
執筆者紹介
ジェトロ・ヒューストン事務所
ホールドストック 絵里花(ホールドストック えりか)
2021年からジェトロ・ヒューストン事務所勤務。日本企業の対米進出および米企業の対日進出をサポート。