特集:新型コロナ禍における北米地域の新たな消費トレンド高まる健康・ウェルネス関心が消費を推進(カナダ)

2022年2月2日

「新型コロナウイルス感染拡大によって、カナダ人の77%がより大きなストレスを感じるようになっている」カナダのダルハウジー大学が2021年4月に公表した調査結果だ。この調査によると、ストレス要因として最も深刻なのが、「家族や友人からの孤立」、次いで「新型コロナウイルス自体に対する恐怖」「ワークライフバランス」と続く。また、(新型コロナ)パンデミックによって、回答者の4分の3弱(74%)に「食習慣に影響があった」、ほぼ5人に3人(58%)に「望ましくないかたちで体重が変化した」とされる。

本記事では、新型コロナ禍で高まった健康・ウェルネスへの関心、それがもたらした消費性向を取り上げる。

ミレニアル世代に広がるペットブームが消費を喚起

カナダ統計局のデータによると、自分の心の健康を「まあまあ(fair)」または「悪い(poor)」と回答した人数が過去5年で増加。年代別に比較すると、特にミレニアル世代(18~34歳)の増加傾向が著しく大きいことが分かる(図参照)。

図:自分の心の健康状態がまあまあ、または悪いと回答した人数の推移
2015年は、12~17歳で88,500人、18~34歳で497,200人、35~49歳で439,200人、50~64歳で456,600人、65歳以上で250,500人。2016年は、12~17歳で94,200人、18~34歳で625,600人、35~49歳で447,600人、50~64歳で576,000人、65歳以上で309,600人。2017年は、12~17歳で123,500人、18~34歳で668,900人、35~49歳で493,000人、50~64歳で536,800人、65歳以上で288,400人。2018年は、12~17歳で144,700人、18~34歳で798,500人、35~49歳で540,500人、50~64歳で574,000人、65歳以上で281,800人。2019年は、12~17歳で132,000人、18~34歳で968,000人、35~49歳で554,500人、50~64歳で532,700人、65歳以上で307,600人。2020年は、12~17歳で190,200人、18~34歳で1,082,300人、35~49歳で745,300人、50~64歳で672,100人、65歳以上で332,100人。

出所:カナダ統計局

一般論として、そもそも若年成人層は精神疾患に陥りやすいという心理学者の指摘がある。それに加えてミレニアル世代は、2008年の世界金融危機、いわゆるリーマン・ショックの影響で多くが希望どおりの就職をできなかった。学生ローン、不安定な雇用、手の届かない住宅価格など人生の悩みを抱え、それが精神的な負担になっているという。

新型コロナウイルス感染拡大による在宅勤務や外出自粛は、ペットブームを引き起こしたといわれている。カナダの調査会社ナラティブ・リサーチが2020年11月に公表した調査結果によると、ペットを飼育する世帯のうち18%が、パンデミック期以降に(2020年3月中旬~)新しいペットを飼い始めたと回答した。新規ペット購入者を世代別にみると、18~24歳が最も多かった(38%)とされる。

こうしたペットブームを背景に、関係業界の見通しはこれまでになく明るいといわれる。グレイウルフ・アニマル・ヘルス(注1)の創業者兼最高経営責任者(CEO)、イアン・サンドラー博士は「ミレニアル世代がこの分野の成長を牽引している」と語る(「グローブ・アンド・メール」紙2021年11月10日)。オンタリオ州獣医師会によると、犬を飼うための年間平均費用は3,724カナダ・ドル(約34万円、Cドル、1Cドル=約91円)。子犬の場合は、4,589~4,666 Cドルだ。しかし、サンドラー氏によると、「結婚もせず子供も持たず、犬や猫を子供の代わりのように見ている」というミレニアル世代は、他の世代に比べて4〜5倍も支出しているという。

特に、検査や治療、高級ペットウェア、プレミアムフードなどへの支出が目立つ。例えば、心拍数、脈拍、血圧などを記録するスマートウォッチタイプのペット用首輪が人気で、飼い主は、スマートフォンのアプリでデータをモニターするといった新しい飼育スタイルが見られる。

オタワに拠点を持つ製品開発会社デザインファーストの特設ウェブページ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますでは、いわゆるペットテックの商品例を参照することができる。犬にボール投げをしてくれる「自動ボールランチャー」や、セルフクリーニング機能付き「猫用トイレ」、ペットのマイクロチップを読み取って開閉する「ペット用小型ドア」、などが一例だ。SNS(ソーシャルメディア)に投稿するため動画撮影用カメラを犬に固定できるハーネスなどは、ミレニアル世代のライフスタイルが商品開発に反映されているといえそうだ。


ボール投げをしてくれる自動ボールランチャー
(デザインファーストウェブサイトから)

マイクロチップを読み取り開閉するペット用小型ドア
(デザインファーストウェブサイトから)

自宅用フィットネス市場も大きく成長

新型コロナ禍が生んだもう1つの流行は、自宅でのエクササイズだ。スポーツジムは新型コロナ感染予防対策として閉鎖された時期が長く、今後も制限の対象になりやすい。そうした中、オンライン・デジタルフィットネス、フィットネスアプリ、フィットネス機器、フィットネストラッカーの各市場が大きく成長した。2020年の売り上げは40.6%の成長を遂げ、2021年末には新型コロナ感染拡大前の水準と比較して66.3%の成長が予測されている。

人気が高まった家庭用フィットネス機器の中でも、「ペロトンバイク」は2020年のゲームチェンジャーと呼ばれる(注2)。この商品は高価なエアロバイクで、価格は2,000Cドル以上もする。しかし、バーチャルフィットネスクラスに毎日24時間アクセスできるライブストリーミングや、自分の好きなコンテンツを流せるタッチスクリーンなど、多機能性・高機能性が評価された。

バンクーバー発のルルレモンも、業績好調だ。同社が手掛けるのは、ヨガウェアなどスポーツアパレル。在宅時間が長くなり、人々の服装がスーツからパーカーやレギンスになった。オフィス勤務へ回帰した後も、服装のカジュアル化は進んでいるという。こうした需要を背景に、同社の2021年第3四半期決算によると、純売上高は前年比30%増の15億Cドルに達した。

ルルレモンが事業対象とするのは、もはやアパレルだけではない。自宅フィットネス用の鏡を開発する米国企業のミラーを2020年7月に買収し、販売を始めている。拡張現実(AR)を楽しめるこの鏡は、スイッチを入れると、ルルレモンのウェアを着たデジタルのインストラクターが現れる。サブスクリプション(定額利用コンテンツ)により、ライブ(ストリーミング)およびオンデマンドのワークアウトにアクセスできる。また、ワークアウトのコンテンツとしては、ヨガ、キックボクシング、瞑想(めいそう)などメニューがある。

植物由来食品への注目が高まる

健康への関心の高まりと、環境問題、そして持続可能な食品生産システムという観点から、植物由来の食品はカナダでの支持を増やしてきた。米国の調査会社ニールセンによると、その年間売上高は11億米ドル。2020年比で17%増加し、42%の世帯が購入したという。また、今後数年間も急速に増加することが予想されている。

カナダの政策も、これを後押ししてきた。連邦政府は2018年、カナダのイノベーション支援制度「スーパークラスター」を立ち上げ、対象に5つの技術分野を指定した。その1つがプロテイン産業で、4億2,500万Cドル以上を投じている。2021年11月、新たに採択された高級肉代替品の開発プロジェクトには、日系のウィズメタック・フーズも参画している。このプロジェクトでは、消費者の期待に沿うよう、高品質でおいしく、かつ健康と持続可能性につながる植物性の代替肉の開発を目指していくとした。

日照時間が少ない冬は、元々、うつ病が懸念される。その対策として、冬季には精神衛生への対策が講じられてきた。例えば、気分の変調に影響するといわれるビタミンDの摂取が奨励されてきた。また、トロント市の公共図書館には日照時間を補う目的で、ライトセラピー用の電灯が設置されている。しかし近年は、新型コロナ感染拡大により精神衛生の悪化傾向が加速したといわれている。

そこで2021年10月に発足した第3期ジャスティン・トルドー内閣(2021年10月27日付ビジネス短信参照)は、メンタルヘルス対策に力を入れていく所存だ。この点は、公約でも示されていた。今回の組閣でメンタルヘルス・依存症対応相のポストを新設。財源や人的資源を確保した上で明確な権限を与え、直面するこの大きな問題に対処。既に、州・準州に対して5年間で45億Cドルの予算を提供することが発表されている。もっとも、具体的施策についてはまだ開示されていない部分も多い。おそらくは、カウンセリングなどのメンタルヘルスサービス(各州の健康保険制度でカバーされていないもの)を無料で受けられるようにすることが柱になっていくものと思われる。

このように、市場では個人ごとの健康・ウェルネス志向が高まってきた。併せて、政府が今後整備していく公的サービスでも、新型コロナで影響を受けた人々への対策を加速させていくことが期待されるところだ。


注1:
グレイウルフ・アニマル・ヘルスは、カナダで動物用医薬品を取り扱う企業。
注2:
ペロトンバイクは、米国でフィットネス事業を展開するぺロトン・インタラクティブが開発した。
執筆者紹介
ジェトロ・トロント事務所 次長
江﨑 江里子(えざき えりこ)
国際交流部、貿易投資相談センター、総務部などを経て、2016年8月から現職。