特集:各国進出企業に聞く-RCEPへの期待と発効を見据えた事業戦略オーストラリアと東南アジアのビジネス橋渡しも

2021年8月19日

オーストラリアでは、2020年11月に署名した地域的な包括的経済連携(RCEP)協定が輸出機会の拡大をもたらすとともに、貿易相手国の多様化につながることが期待されている。オーストラリア住友商事会社の石川義一社長に、RCEP協定への期待と発効を見据えた事業戦略について聞いた(インタビュー実施日:2021年7月28日)。


オーストラリア住友商事の石川社長(本人提供)
質問:
住友商事のオーストラリアでの事業概要について。
答え:
オーストラリア住友商事は1961年8月の法人設立から今年でちょうど60周年を迎える。現在の主なビジネスラインとして、西オーストラリア州での油井管(注)SCM(サプライ・チェーン・マネジメント)ビジネスや、発電事業、肥料販売事業の展開、資源関係ではクイーンズランド州での一般炭、原料炭事業のほか、ニューサウスウェールズ州での銅鉱山事業を展開している。その他、自動車リースやタイヤ輸入販売事業なども行っている。ニュージーランドでは、植林・伐採・販売事業を展開している。水素関連事業の開発にも取り組んでおり、オーストラリアのビクトリア州ラトローブバレーでは液化水素国際間サプライチェーン構築実証試験に参画しているほか、クイーンズランド州グラッドストンでの水素エコシステムの創造に向けた共同検討を開始した。これは、水素製造に加え、都市ガス・モビリティー用途などでの幅広い水素利用について検証し、域内での水素コミュニティー構築に取り組むもので、将来的には水素の大規模製造・輸出の可能性を追求する。
質問:
大局的な視点から、RCEP協定への評価やビジネスへの影響について。
答え:
アジア各国の成長を取り込んでいくことは今後のビジネス戦略上重要であり、これらの国々を網羅するRCEP協定は、非常に有益な枠組みとなるポテンシャルを有している。その中でオーストラリアは、地理的にも域内各国と近く、農業や鉱業が盛んで、先進国でありながら経済成長を続けている、非常にユニークな立ち位置にある。世界の成長の中心で人口の伸びが著しい域内各国は、食料安全保障やエネルギー安定供給の観点からも、オーストラリアが有する豊富な資源の輸出先として有望だと考える。オーストラリアの広大な土地と降り注ぐ日光を活用した太陽光発電をはじめ、再生可能エネルギーの分野でも新たなビジネスが生まれる可能性がある。デジタル関連技術についても、今後発展が見込まれる域内各国で先進国として一定程度の技術を有するオーストラリアは、日本などとの連携によって、RCEP域内でプラットフォームを作っていくことも可能だと考える。RCEP協定がデジタル関連分野の各種規制や行政手続きの透明性強化・迅速化につながっていくことを期待する。
質問:
RCEP協定の発効・発効後を見据えた事業戦略、特にサプライチェーンの観点での展開など。
答え:
前述のとおり、RCEP域内でオーストラリアの有するポテンシャルを生かせる場面が想定されるにもかかわらず、オーストラリアのビジネスはこれまで、どちらかと言えば中国に傾注してきたため、東南アジアに進出しているオーストラリア企業はまだまだ少ないと聞く。一方で、日本企業は東南アジアで既に基盤があり、ノウハウを有している。よって、将来的には商社の知見を生かし、オーストラリアと東南アジアのビジネスの橋渡しが可能だと考えている。
サプライチェーンについては、新型コロナウイルスの感染拡大によって、コンテナ不足による世界的な混乱が発生し、東南アジアでも脆弱(ぜいじゃく)性が露呈した。これまでの在り方を見直し、全体最適化を急ぐ必要があるが、サプライチェーンを再構築する過程では、RCEP協定の枠組みも有効に働き得るだろう。
質問:
RCEP協定発効に伴うその他のビジネス上の関心や懸念事項は。
答え:
RCEP域内での自由な貿易投資の実現に当たっては、地政学的なリスクや法的安定性の問題からも、明確な投資仲裁のルールが確保されていることが重要となる。過去の経験では、法制度が整っていない国でビジネスを進める際に、国際投資紛争解決センター(ICSID)のような強力な紛争解決手続きの存在が身を守る防波堤となった。 また、貿易の自由化に伴う日本の国内産業への影響についても、しっかりと見極める必要がある。新型コロナの影響によって大きく打撃を受けている業界も多く、より一層の国際競争力の強化が必要だ。RCEP協定は、日本にとっては中国、韓国と初めての経済連携協定(EPA)であり、このような多国間協定の締結を機に、これまでの日本を中心としたビジネス戦略を見直し、日本企業が海外で有するアセットも活用して、第三国間でのビジネス連携を支援するような取り組みも必要なのではないか。
質問:
現地ビジネス環境に関して、RCEP協定に加えて考慮すべき変化は生じているか。
答え:
オーストラリアと中国の関係悪化は、中国の輸入制限による直接的な影響や、国際商品市況の上昇による間接的な影響など、短期的には大きなインパクトをもたらした。一方で、オーストラリアの関心が中国からシフトする動きも見受けられ、安定した関係を維持している日本との関係に再び目が向き始めるなど、日本にとっては良い影響もあった。ただし、オーストラリアと中国は、互いに重要な貿易相手国で、その関係は今後も継続すると見ている。

注:
石油や天然ガスの採掘(開発・生産)に使用される鋼管。
執筆者紹介
ジェトロ・シドニー事務所
住 裕美(すみ ひろみ)
2006年経済産業省入省。2019年よりジェトロ・シドニー事務所勤務(出向) 。