特集:各国進出企業に聞く-RCEPへの期待と発効を見据えた事業戦略グローバル・バリューチェーン戦略の多様化に寄与(タイ)
手続き簡素化や利便性次第で、RCEPに切り替えの可能性も

2021年7月30日

2020年11月に署名された地域的な包括的経済連携(RCEP)協定について、タイに進出する日系企業はどのような活用を考えているのだろうか。RCEPは、具体的な運用や手続きがまだ不透明な状況にはある。そうした中にあっても、各社は将来的なサプライチェーンを構築するツールの1つとして情報収集に関心を寄せている段階だ。グローバル・バリューチェーン上で、自社がどのような位置付けに入るのかというポジション戦略の多様化にも寄与するとみられる。

在タイ日系企業の自由貿易協定(FTA)利用率は8割を超えている。既存のFTAを十分に活用できている中、利便性の高さや調達先の多元化など、RCEPを活用するメリットが明らかになってくれば、RCEPの利用が進む可能性がある。

EVなど新たな産業でのRCEP利用が期待できる

タイとRCEP加盟国との間には、既にASEAN物品貿易協定(ATIGA)、日タイ経済連携協定(JTEPA)、日ASEAN経済連携協定(AJCEP)、ASEAN韓国自由貿易地域(AKFTA)、ASEAN中国自由貿易地域(ACFTA)、ASEANオーストラリア・ニュージーランド自由貿易地域(AANZFTA)が発効している。既存の自由貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)がある中、RCEPによるメリットを得るには、どのように活用を検討していけばよいのだろうか。

ジェトロは6月25日、バンコク日本人商工会議所(JCC)専務理事の石井信行氏に、在タイ日系企業のFTAの活用状況や問題点、RCEPに対する期待感について話を聞いた。同専務は、出向元の大阪商工会議所で原産地証明書(C/O)発行などに携わり、在タイ日系企業のFTA/EPA利用事情に詳しい。石井専務は、「ほとんどの在タイ日系企業は何らかのFTAを活用している状況」と指摘する。


バンコク日本人商工会議所(JCC)の石井専務理事(ジェトロ撮影)

ジェトロの「2020年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」によると、在タイ日系企業(有効回答:445社)でFTA/EPAを利用している企業は67.6%に上る。対して、利用できていない企業は16.6%、利用対象外の企業(輸入している物品がFTA/EPA適用外の品目の場合や一般関税が無税・免税の品目である企業などが該当)が15.7%だ。利用対象外の企業を除いた分を有効回答として計上すると、利用率は80.3%にも及ぶ。同調査によると、輸出では韓国、ASEAN、中国向けなどで、輸入では韓国、ASEAN、日本からの物品で利用率が高い。

このように既存FTAの利用率が高いだけに、「現状でFTAを活用できている企業では、RCEPが発効したとしても、すぐ切り替えるといった動きは考えにくい」と石井専務理事は予想する。新たなFTAを利用するには、企業がこれまで独自に構築してきたマニュアルや手続きフローなどのノウハウを変える必要が出てくる。FTAに内在する最大のリスクは、書類や通関の手続きに起因する。FTAを切り替えることにより、書類・通関トラブルが発生する事態を避けたいという意識が働くためだ。「FTAの利用で最も重要なのは、円滑に通関されること」と石井専務理事は強調する。税関での書類チェックなども、発効当初は厳しく審査されることが予想される。そうしたリスクをとるより、現状で円滑に利用できているのなら、既存制度を使い続ける企業が多いだろう、というのが、石井専務理事の見解だ。

他方、「新しい産業、例えば電気自動車(EV)など、既存の生産ネットワークが存在しない産業では、日本・中国・ASEANなどを包含した新たな生産網の構築が進む可能性がある」(石井専務理事)という。従って、「RCEPなどの新たな制度の活用も進む余地があるのではないか」と期待する。また、「企業にとってはFTA/EPAの選択肢が増えること自体がプラスになる。RCEPにより、サプライチェーンの前工程に入ったり、後工程に入ったり、バリエーションが増えてくるのはメリット」と話す。

RCEPの利用は、運用上の使いやすさがカギに

日系大手物流業A社の幹部は「発効直後は、実務上で問題なく利用できるかが一定のハードルとなるだろう」と、石井専務理事と同様の認識を示す。企業が試験的にRCEPを用いる場合でも、利用にあたってはコストと工数がかかる。「既存FTAを利用して特恵税率を享受できている場合、RCEPに切り替えることで、どれほど便益があるのか明瞭でない部分もある。原産地証明書の取得手続きも、企業にとっては慣れていて、一番楽に使えるものが好まれる」と指摘する。

従って、「RCEPを用いることにより、現行の手続きを変える、という煩雑さを上回るメリットがあれば利用は進むだろう」とみる。他方、A社の顧客においては、「ASEANにとどまらず、東アジアやインドなどといった大きなサプライチェーンを俯瞰して中長期的な戦略を練る上で、RCEPの情報を得ようとする動きがみられている」という。

日系物流業B社にも見解を聞くと、「例えば(輸出入国以外の第三国を経由することがある)陸上トラック輸送の際は、RCEPの原産地証明手続きがシンプルで使いやすい形になれば、利用が進む可能性はある」という。B社によると、コンテナ不足などで海上運賃の高騰などが問題になる中、日系企業の間では、陸上でのクロスボーダー・トラック輸送への引き合いが増加している。

普段からASEAN域内やインドとの貿易にFTAを活用している在タイ日系電気機器メーカーのC社の幹部は、「RCEPでは自己証明制度の導入が見込まれ、原産地証明書の発行費用や負担を低減できるようになる。そのため、間違いなく使っていくと思う」という。また、「RCEPを利用することにより、同協定に加盟する複数国の原材料・部品を使うことができる。調達の多様化にも効果があると期待している」とした。

縫製業はRCEPに強い期待を示す

RCEPを含め、FTA/EPAの利用を促進する上では、中小企業の利用促進がカギとなる。タイでは、日本からの中小企業の進出は少なくない。しかし、貿易や物流などの専門部署を持たない例も多く、FTA/EPA活用にはしばしばハードルが高く受け取られる。ジェトロによる前述調査によると、FTA/EPAの利用対象の日系製造業の場合、大企業(有効回答数79社)の利用率は92.4%に上る一方で、中小企業(166社)は78.9%。その差は、確実にみられるのだ。

中小企業のFTA活用上の問題点はどのような部分にあるのか。また、RCEPをどうみているのか。ジェトロは6月17日、複数のタイ進出中小企業の経営者などに座談会形式でヒアリングし、RCEPの活用方法に関する意見を聞いた。

まず、縫製業のD社は、RCEPに高い期待を寄せている。現在、D社はJTEPAやATIGAを利用している。しかしRCEPを利用すれば、中国製の綿糸や綿布などを原材料としてASEANで縫製し、RCEPの特恵税率を利用して日本への輸出が可能になる。D社は「繊維・アパレル業界では中国の原材料のボリュームが大きい。RCEPは大きなインパクトがある」という。機械メーカーのE社も、「当社グループ全体でみると、これまでFTAが存在しなかった日中間の貿易がある。そうした取引については、RCEPが効果的に利用できる」とした。

物流業F社は「新型コロナ禍や米中対立などで、企業のサプライチェーンの見直しの動きが活発になっている。その中で、企業はRCEPの活用の仕方を考える必要がある」と述べる。タイには既存のFTAが多数ある中でRCEPが加わり、「自社が様々なグローバル・バリューチェーンの一部として、その後方に入るのか、前方に入るのか。どの部分に組み込まれるかによって、最適なFTAが変わってくる」とする。「二国間協定か、複数国間協定なのか。ATIGAで済むのか、ASEAN+1でのFTAなのか、RCEPなのか、といった具合に思案が必要となる。RCEPが発効することで、最適なサプライチェーンの絵を描きやすくなる可能性はある」と述べた。

HSコードの解釈のずれやトラブルを解決する事務局機能に期待

他方、現在抱えているFTA活用上の問題点やRCEPに対する懸念点について聞いたところ、金型メーカーのG社は、「中小企業の場合、自社で取り扱う全品目の税率を網羅できていないケースがある」と指摘した。G社でも、自社製品についてAJCEPとJTEPAのどちらが有利かなどは整理しきれていない状況だ。「大企業のように物流や貿易の専門部隊がいたり、大量の物品を輸出したりする訳ではない。当社のように毎回品目のHSコードを調べる必要がある企業では、RCEPの追加によってさらに選択肢が増える。そのため、調査だけでも大変だ」と懸念を示した。

物流F社は「問題はHSコードの解釈・判定」という。F社が危惧するのは、RCEPの交渉は2012年から行われたため、基準となるHSコードが2012年版で古いという点だ。「実際に通関する段階では最新のHSコードで申告するため、輸入国税関とのトラブルが懸念される」と指摘する。また、「RCEPの関税の削減は、数年前の最恵国待遇(MFN)税率を基準として行われるため、最新のMFN税率の方がRCEPの特恵税率より低い問題(いわゆる逆転現象)も考えられる。よって毎回、仕向け地ごとに厳密に調査・確認が必要だ」(F社)とした。F社によると、HSコードが分かれば、税率は容易に調べがつく。しかし、「難しいのは当該コードの確定」という。「判断の迷う物品については、輸入国側税関により高い税率のHSコードで判定されることが予想される。事前教示制度を積極的に活用すべきだ。RCEPで自己証明制度などを利用する際は、輸出者にさらに説明責任が生じるかもしれない」とした。

縫製業のD社では、必ず事前教示制度を使っているという。D社の経営者は「新しい商品に関しては毎回、HSコードを確認している。実際、異なる判定をされて何度も悔しい思いをしたことがある。C/Oに不備がある場合は、その原本を戻して修正しないといけない。日本側税関で修正要求を受けタイ側で修正しようとしたところ、タイ側も間違っていないと言い張り、修正に応じてもらえなかったこともある」と体験を語った。

こういったトラブルは、現実に想定される。そのため、ゴム製品メーカーのH社は「RCEP加盟国の間で、品目分類の解釈のずれが生じたりトラブルが起こったりした場合に解決する機関の存在が重要」と指摘。「そうした事務局機関がうまく機能するとよい」と期待感を表明した。

執筆者紹介
ジェトロ・バンコク事務所
北見 創(きたみ そう)
2009年、ジェトロ入構。海外調査部アジア大洋州課、大阪本部、ジェトロ・カラチ事務所、アジア大洋州課リサーチ・マネージャーを経て、2020年11月からジェトロ・バンコク事務所で広域調査員(アジア)として勤務。

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