特集:各国進出企業に聞く-RCEPへの期待と発効を見据えた事業戦略大連進出企業、関税撤廃スケジュールを注視(中国)

2021年9月10日

中国の大連市は、地域的な包括的経済連携(RCEP)協定への理解促進を積極的に努めている。2021年3月には、市内各地区の商務部門職員や貿易関連企業担当者向けに、ウェビナーを開催した。また、6月には大連市の「RCEP協定の先行アクションプラン」(注)が打ち出された。アクションプランでは、RCEP協定活用に必要な大連市の事業環境整備のポイントが示された。例えば、通関手続きの簡素化、越境電子商取引(EC)プラットフォームの活用促進、知的財産保護ステーションの設置などが盛り込まれている。

大連に進出する日系企業はRCEP協定をどのように捉えているのか。本稿では、住宅建具メーカーA社、電子機器メーカーB社、食品メーカーC社、物流企業D社の4社にヒアリングを実施。意見をとりまとめた(ヒアリング実施時期:2021年8月)。

RCEPの利用には、輸入関税撤廃スケジュールが重要

1990年代~2000年代、進出日系企業の多くは当初、いわゆる加工貿易の輸出拠点として大連を位置づけていた。すなわち、原材料を日本から調達、製品化して日本や欧米へ輸出するというビジネスモデルだった。しかし、中国の経済発展、所得向上に伴い、原材料の国内調達と国内市場向け販売のウェイトが高まった。

2001年に大連に進出した住宅建具メーカーA社も同様だ。日本向けに製品を輸出する加工貿易でスタートした。その後、日本の国内市場が縮小する中、中国市場向けの販売を増やす必要があった。中国市場では、価格は高くても日本の品質を重視するユーザーにはある一定程度受け入れられている。同時に、中国の事業者は初めから大量取引を求める傾向もあり、なかなか対応が難しい側面もある。そのため、当面輸入に頼らざるを得ない比較的小さいロットの部材の調達にはRCEP協定の活用が適している、という。

あわせてA社は、「輸入部材がどのようなスケジュールで関税削減されるのかがポイント」と指摘した。大連の人件費高騰のスピードは速い。RCEP協定で関税撤廃が長期スケジュールで設定されている場合、人件費負担の方が重くなる可能性もあるからだ。

中国市場向け販売が過半を占める電子機器メーカーB社は、日本や韓国などから電子部品および半導体を輸入する。RCEP協定の関税撤廃によるコスト削減効果は大きいという。また、要素技術と微細加工技術で省電力化・小型化を実現している電子部品は日本企業に強みがあり、今後も日本が生き残る分野とみる。他方で、メモリーなど半導体分野では、韓国企業の競争力が強い。問題は、RCEP協定による中国の対日・対韓輸入関税が撤廃のスケジュールが関税撤廃までに時間がかかる場合、中国が技術面でキャッチアップして輸入に依存する必要がなくなりかねないことだ。このように、業界勢力図が変わっていく可能性があるという。

A社、B社ともに、中国市場向け販売のウェイトを高めていく中で、日本からの輸入関税が撤廃されることはプラスの要素とした。ただし、そのタイミングによっては、必ずしも大きなメリットにならないことがあると指摘したかたちだ。

安定的な経営基盤の構築が優先課題

大連市には、日本向けに輸出する日系食品関連メーカーが多い。食品メーカーC社は、生産品の約半分を日本向け輸出に振り向ける。RCEP協定は日中両国が初めて参加する自由貿易協定(FTA)で、いきおいその注目度は高い。同社の生産品は同協定関税譲許の対象外とされた。しかし、税関に確認したところ、冷凍にした場合はHSコードが変更され、RCEP協定の特恵適用対象になるという。現在、同社の日本向け生産品には15%~23%の関税がかかる。冷凍製品の関税の完全撤廃は16年目になるため、メリットをどう捉えるかが難しいという。冷凍製品を輸出するには、加工方法の変更に伴う初期投資、コールドチェーンを利用した輸送・保管コストなどが生じる。冷凍製品への変更に伴うコストと、16年かけて関税優遇を段階的に享受するメリットを天秤(てんびん)にかけることになる。

他方、タイ、マレーシア、シンガポール、ベトナムの4カ国を中心とする第三国向け輸出も、全体の約25%を占める。当面は、むしろこちらのボリュームを増やすことが優先になるとした。東南アジア市場は、縮小傾向にある日本市場とは対照的に、需要が比較的安定。原料高騰に伴う価格転嫁もハードルが低い。中国からASEAN諸国への輸出はすで関税優遇を受益済みで、RCEP協定の発効に大きなインパクトはない。だとしても、重点市場と位置付け、メリットの最大化を図りながら、安定的な経営基盤の構築を目指す。

税関実務の効率化にも期待

物流企業D社によると、大連税関では手続き面の電子化が相当進んでいる。倉庫、通関、船の入港など、税関業務に関するあらゆる状況がオンラインで把握できるよう、システム導入済みだ。その水準は、日本のNACCS(税関その他関係行政機関に対する手続きおよび関連民間業務をオンラインで一元的に処理するシステム)と同等以上という。従って、税関手続きの簡素化・効率化の面ではRCEP協定の活用促進が期待できる、とみている。

また事前教示制度も、大連で導入済みで現実に運用されている。ただし、税関から書面による回答を受けた場合、現状では1年間有効だ。RCEP協定では3年間有効とされているので、利用する価値は大きいという。ただし、大連税関では輸入貨物のHSコードの修正が度々起きており、現状では同制度が広く活用されているとは言いがたい。そのため、スマートフォンで気軽に事前教示制度に基づく照会ができるようになるなどの利便性向上にも期待しているという。中国では携帯電話アプリが様々な生活・ビジネスシーンに応用されているため、それも現実に十分可能性がありそうだ。


注:
「RCEP協定の先行アクションプラン」は、大連市開放工作指導グループが公表した。RCEPに関連する33事業項目(および当該事業を担当する市の部局)が指定されている。具体的な事業項目としては、例えば、通関手続きの迅速化(空港、港湾貨物の引き取りにかかる時間のRCEP基準準拠)などがうたわれた。日本との関連では、投資誘致重点分野として自動車および部品、新エネルギー関連、ハイエンド設備製造、次世代IT、ファインケミカルなどが幅広く指定された。
執筆者紹介
ジェトロ・大連事務所長
重岡 純(しげおか じゅん)
1990年、ジェトロ入構。香港センター、国際経済課、ジェトロ・青島事務所勤務などを経て、2020年9月から現職。