特集:各国進出企業に聞く-RCEPへの期待と発効を見据えた事業戦略RCEPで一体化が進む中国・ASEAN市場
デジタル分野でスピード感持って協業を

2021年8月17日

中国政府は2021年4月に地域的な包括的経済連携(RCEP)協定の国内手続きを終え、関税、原産地証明をめぐる準備作業を進める。三菱商事(広州)有限公司の張月華総経理に、中国政府のRCEPに対する評価、今後のRCEPを活用したビジネス展開、今後の展望について聞いた(2021年6月9日)。


張月華総経理〔三菱商事(広州)有限公司提供〕

高まる金融、サービス貿易の重要性

質問:
大局的な視点から、RCEPへの評価を聞きたい。
答え:
中国政府のRCEPの評価、それを踏まえた当社のビジネス展開について、以下のように整理している。
  • RCEP協定は加盟国全体で世界のGDPの30%を占めるメガFTA(自由貿易協定)だ。加盟国間の経済格差は大きいが、加盟国地域の経済のポテンシャル、ビジネスの拡大余地は大きい。
  • サプライチェーンの補完関係が強い。大洋州は資源とウールなどの初級製品の輸出がメインで、日本や韓国は先端産業(自動車、電子製品など)の川上に位置し、中国は先端産業の川中・川下、ならびに労働集約型産業の川上にあり、ASEANは労働集約型産業の川中と川下に位置している。
  • RCEP協定は初めてサービス貿易の詳細内容を入れたFTAで、金融やヘルスケア産業などサービス貿易の重要度が高まる。中国企業の海外進出がさらに進む。2020年7月の中国商務部主催の説明会では、加盟各国の経済の特徴やルールに合わせて投資を行う方針を示している。例えば、ASEANでは現地企業との合弁というかたちで投資を行い、機能のアウトソーシングを進めるとみられ、日本や韓国などの先進国ではM&Aを中心に、研究開発などに力を入れるという。
  • 中国にとってRCEPはスタート、中国政府はその後の日中韓FTAや米中FTAなどを見据える。

食品原料の再輸出ビジネスを検討、詳細な規定の早期発表を希望

質問:
貴社のRCEP活用の見通しや期待について。
答え:
当社としては、RCEPによる関税引き下げの効果を期待している。特に自動車や環境、新エネルギー分野など、時間はかかるが確実に関税が下がっていくことは、当社のビジネスにとって大きなメリットになる。食品分野にもチャンスがある。例えば、食品原料を日本から海南省に輸入・加工し、付加価値をつけてASEANに再輸出するようなビジネスを考えられるかもしれない。
質問:
貴社でFTA/EPA(経済連携協定)やRCEP協定を活用する上で、現状の課題や今後の懸念点は。
答え:
詳細な規定がまだ発表されていないことが懸念としてある。特に、サービス貿易や越境ECなどの分野について、早期発表が望まれる。当面はヘルスケアや食品分野を中心に事業を進めていく予定だ。
質問:
RCEP協定発効を見据えた事業(投資)計画について。
答え:
コンビニ事業の拡大など、まずは既存ビジネスの拡大を中国・ASEANそれぞれで図り、今後の事業展開を検討していく。

一体化進む中国とASEAN市場、デジタル分野のスピードアップが必須

質問:
日本企業と中国企業のASEANにおける競合、協業についてどう考えているか。
答え:
日本企業にとってRCEPの成立以前は中国市場とASEAN市場は別々だったが、RCEP協定発効後は2つの市場は一体化するとみている。ASEANで中国の存在感はさらに高まる。中国はデジタル技術の発展や社会実装のスピードが速く、日本企業の競争力が問われている。
ASEANにおける日本企業の強みは、オフラインの企業同士のネットワークや伝統産業(自動車や電気・電子などの製造業)分野だ。中小企業が多く進出しており、現地の信頼性も高い。中国企業の場合、国有企業は進出しているが、民営企業の進出はまだ少ないものの、中国企業によるECなどのプラットフォームが構築されており、危機感を強めている。 また、EV(電気自動車)などの新興分野でも中国企業の成長は非常に速い。ASEANでも中国のEVが増えており、自動車市場でも徐々に日本企業のシェアが奪われていく可能性もある。
こうした中で、ASEANにおいて、中国企業は競争相手であると同時に、協業相手でもあるという可能性を検討する必要がある。協業の切り口としては例えば、越境ECや海南島の活用などが考えられる。
デジタルやビッグデータなどの分野は中国企業が先行する部分が多く、デジタル分野で日本企業と中国企業が協業を進めるためには、日本企業の対応スピードを上げる必要がある。一般的に、中国企業から日本企業はDX(デジタルトランスフォーメーション)などの取り組みを始めてはいるものの、実行までのスピードが遅いとの見方が多く、改善が必要だ。
質問:
米中摩擦や新型コロナウイルス感染拡大などの影響などを含め、RCEPに加えて考慮すべき貴社の現地ビジネス環境の変化は。
答え:
米中関係の悪化は、依然として一部ビジネスに直接的・間接的に影響している。データセキュリティーの変化には特に注意が必要だ。EVや水素など新しい分野には必ずデータが関わってくる。5G(第5世代移動通信システム)やデジタル分野のデータ取り扱いにかかる対応もこれから避けて通ることのできない課題だ。
日本企業のデジタル分野やビッグデータへの対応が遅れることになれば、中国市場だけでなくASEAN市場でもアリババや京東など先行する中国企業に市場を押さえられてしまう懸念もある。
特にASEANの一部の国では、中国が成功しているECのビジネスモデルを横展開する動きが出てきているため、日中の企業が越境ECで協業し、かつそれを横展開することも今後検討できるのではないかとみている。
執筆者紹介
ジェトロ・広州事務所
田中 琳大郎(たなか りんたろう)
2015年4月、ジェトロ入構。海外調査部中国北アジア課、ジェトロ・成都事務所、企画部企画課を経て2020年7月から現職。