特集:ロシアでの日本食ビジネスの新たな潮流「粉モノ」の先駆者が挑む日本産抹茶の普及(ロシア)

2020年8月21日

モスクワで、新しいタイプのカジュアルな日本食を提供するカフェ・レストランが増えている。その中で、「日本に対する思い」を前面に出すのが、ダンゴのエレーナ・コジナ共同オーナーだ。ダンゴは、「J’PAN」(ジェパン)の運営を手掛ける。アニメから日本食へ関心が移り、ロシアでたこ焼きやたい焼きを振る舞うようになる。高じて、日本食ビストロの経営に至った。現在は、日本米や抹茶の普及に情熱をかける。同オーナーに話を聞いた(インタビュー実施は2019年11月29日)。

質問:
「J'PAN」の概要について。
答え:
店舗のスタイルはあえて「ビストロ」と称している。レストランよりもカジュアルな雰囲気やサービスで営業しているからだ。
来客は週末で120人、その他の曜日は60人程度。持ち帰りも多いので、それを入れると週末の回転率は10回ほど(約300人が来場)。人気のメニューは牛丼だ。
顧客の平均年齢は25~30歳で、客単価は1,100ルーブル(約1,650円、1ルーブル=約1.5円)。食事が丼物で650ルーブル、飲み物が350ルーブルで、これに当店で力を入れているデザートを加えると、この程度の金額になるになる。若者の客の場合、抹茶をはじめとする飲み物だけで済ます場合も多い。
「J'PAN」では、面積当たりで他の日本食料理店よりも多くのスタッフを配置している。調理人は通常3人体制で、金曜日と土曜日は5人に増やす。ウェイターは2~3人で、30席の規模のレストランにしては多い。丁寧な雰囲気やサービス・料理の質を維持するためだ。
質問:
日本食ビジネスに取り組むことになったきっかけは何か。
答え:
子供のころから、日本の代表的な漫画やアニメ「美少女戦士セーラームーン」が好きだった。それが高じて、2014年に約1カ月間、日本に滞在した。そこで日本食のユニークさに触れ、ロシアにも広めたいと思った。たい焼き機、たこ焼き機を購入し、ロシアの自宅で知人らに振る舞い始めた。たこ焼きは、作る過程でのひっくり返す動きをはじめとするパフォーマンスもあり、知人たちを楽しませた。
その後、数年を経て、たこ焼きやたい焼きの販売をビジネスとして立ち上げた。その後に、類似の商売が出始めたため、自分がロシアでの「粉モノ」文化の基礎をつくったと自負している。「J'PAN」を開くことになったのは、(「RA’MEN」(ラーメン)などを経営する)レフチェンコ兄弟と知り合ったためだ(本特集「カジュアル日本食も多品種のメニュー展開が必要」参照)。

粉モノと抹茶の伝道師を目指すエレーナ・コジナ共同オーナー(ジェトロ撮影)
質問:
他のカジュアル日本食店と比べ、「J'PAN」はたい焼きをはじめ甘味が充実しているようだ。
答え:
たい焼きは、大人気だ。顧客の多くは最初に魚の形のユニークさ、かわいらしさに魅了され、次第にその味にひかれていく。値段は1個当たり150~200ルーブルと決して安くはない。しかし、誕生日に20~30個購入する客もいる。
ロシアでは知られていない日本食であっても、食べてみればおいしいと分かる、あるいは次第にその良さが分かってくるものはある。これまで見たこともない料理やデザートは、受け入れられるまでに時間を要する。少しずつ広めていきたい。例えば、「餅」はロシア人にとっては奇妙な食感だ。私自身も最初は違和感があった。しかし、次第に慣れてきて、今では「餅」好きになった。将来的には、白あんも含めた日本の甘味を扱う店を開きたい。

客席からも見える、たい焼きコーナー(ジェトロ撮影)
質問:
抹茶の普及にも注力していると聞いているが。
答え:
「J'PAN」では15種類の抹茶飲料を提供しており、抹茶のプロモーションに力を入れている。ロシアの消費者の多くは、抹茶の味の違いは分からない。レストランやカフェでも、抹茶の質の良しあしを分かっていないところがみられる。カフェでは、非常に安価で抹茶とは言えないような(日本産ではない)粗悪品使っているところが多い。「抹茶バー」の開店に関心があり、ロシアの消費者に日本の香り高い本物の抹茶を提供したい。
日本は多くの抹茶の産地がある。「抹茶バー」開店の暁には、宇治、福岡、鹿児島のものも取り入れたい。

抹茶系デザートも充実(「J’PAN」提供)
質問:
日本食材の取り扱いについて。
答え:
日本からの輸入は食材全体で50%、抹茶は100%。ソース、コメ、調味料、海藻、メンマのほか、塩漬けの桜も日本から輸入している。他方、食肉、魚は価格の問題から、ロシア産を使用している。将来的には納豆も輸入したい。もっとも、納豆はロシアでは受け入れられないかもしれない。
食材輸入で苦労する点は通関だ。書類、検査証明などで追加文書提出要求に直面する(注)。日本側の輸出者に協力をお願いしているが、なかなか理解してくれない。通関に時間がかかり、追加の保管費用が発生している。
質問:
ロシアで今後の日本食の展開に必要なものは。
答え:
新しい日本製品を紹介していく必要があると考える。例えば抹茶は、これまでになく、新しい。しかも、おいしい飲み物だということが知られ始めている。また、ロシアの食材との組み合わせも、日本食を広める上での必須条件だ。現在、日本料理に携わるシェフは、どのようなロシアの食材を使って日本食を提供していくか、試行錯誤している状況だ。それらが明らかになってくると、新たな展開が開けるのではないか。
買ってすぐ食べ歩きができる、いわゆる「ストリートフード」、丼物、鍋、すき焼きなども広まるだろう。スシ(ロール)を超えた、メインディッシュとしての新しい日本食も求められている。

注:
ロシアで事業者が直面しやすい通関問題やトラブルについては、2019年9月5日付ビジネス短信を参照。
執筆者紹介
ジェトロ・モスクワ事務所長
梅津 哲也(うめつ てつや)
1991年、ジェトロ入構。本部、ジェトロ・モスクワ事務所、サンクトペテルブルク事務所などに勤務。主な著書に「ロシア 工場設立の手引き」「新市場ロシア-その現状とリスクマネジメント」(いずれもジェトロ)。