ロシアの本格たい焼き店、事業拡大へ
秘訣(ひけつ)はリピーターづくりと日本で学んだレシピの励行

2020年3月25日

本格的なたい焼きをロシアに―。たい焼きに魅せられたロシア人が2015年、サンクトペテルブルクに「たい焼きカフェ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」を開店した。店舗では、日本の名店に学んだオーナーによる本格的なたい焼きを中心に、カレーやおにぎり、豚丼といった家庭料理も提供している。また、日本文化セミナーが開かれることもあるという、来店者が描いた絵を飾った温かい雰囲気の店内も特徴だ。日本のテレビ番組でも取り上げられたので、ご存知の方も多いだろう。

開店から5年、店舗拡大を計画するなど、ビジネスは好調に推移しているもようだ。概況や今後の計画、ロシアの日本食市場の展望について、オーナーのアナスタシア・ベレゼネツ氏に聞いた(3月5日)。


オーナーのアナスタシア・ベレゼネツ氏(たい焼きカフェ提供)
質問:
たい焼きを扱うきっかけは。
答え:
2012年にニューヨークを訪れた際、初めてどら焼きを食べ、あんこのおいしさに心から感動した。当時、ロシアにはあんこはなく、その優しい甘さに感動した。ロシアに戻ってインターネットで検索したところ、たい焼きの存在を知った。ユニークな魚のお菓子であんこを味わえることに面白さを感じ、たい焼きを作ろう、ロシアの消費者にも受け入れられると考え、現在のビジネスを始めた。また、日本語の「おめでたい」に通じ、喜びをもたらす食べ物であることも私がたい焼きを扱う理由の1つだ。
質問:
企業概要や運営体制について。
答え:
現在、サンクトペテルブルク市内に2カ所の店舗(カフェ、持ち帰り)を経営している。企業形態は個人事業主。店舗スタッフは27人で、2020年夏に増員予定。自分はオーナーとして、経営に関わる仕事のほか、メニュー開発や内装など、カフェのブランディングを担当している。税務などの総務関係はパートナーの別の企業(個人事業主)に委託している。

店舗外観(ジェトロ撮影)
質問:
店舗コンセプトと他店との違いは。
答え:
日本の「おもてなし」がコンセプト。日本好きはもちろん、そうでないお客にも日本の温かい雰囲気を感じてほしい。ロシアの冷たい接客を変えたいと考えている。
本物のたい焼きを提供することで他店と差別化を図っている。作るからには、日本人も楽しめるメニューを作りたい。たい焼きやだんごは、日本で教わったレシピを守っている。品質を一定にするため、マニュアルを細かく整備した。

店内のカウンターの様子(たい焼きカフェ提供)
質問:
ビジネスの状況は。
答え:
足元では、前年比での売り上げと利益がそれぞれ約50%増加している。要因は、ノウハウが蓄積されたことで、日本の文化をより正確かつ魅力的に伝えることができ、それがお客へのより良いアピールになったためだと考えている。
質問:
客単価、客層は。
答え:
単価は、カフェ型店舗が1人当たり900ルーブル(約1,260円、1ルーブル=約1.4円)。持ち帰りが中心のもう1店舗は1人当たり490ルーブルだ。持ち帰り店ではたい焼き3つと飲み物のセット(490ルーブル)が人気。
客層は女性が多い。75%が女性、中でも17~35歳の若年層が中心だ。最近は、家族連れや好奇心の強いIT技術者が増加している。日本好きのお客さんの割合は約60%。残りの40%は、今まで日本に関心はなかったが新しい体験をしてみたい、という人たちだ。

来店客が描いた絵が店内を彩る(ジェトロ撮影)
質問:
あんこは、ロシア人には受け入れられないという印象があったが。
答え:
たい焼きの具は複数種あるが、実はあんこが一番人気。その理由は、新しいものを食べたい顧客に刺さったからだ。リピーターも多い。迷ったお客がいた場合、スタンダードな味としてあんこを勧めているのも要因だろう。
あんこの材料は日本産を使用し、日本と同じ味を提供している。ここまでおいしいあんこを作る店はロシアにほかにないと自負している。現在は、白あんを試作中。教えてくれるパートナーも見つかったが、タイミングや設備機材の問題でなかなか実現しない。
質問:
日本からの輸入食材の割合は。
答え:
約25%。あんこの材料や茶、ソフトドリンクのほか、団子用の小麦粉やもち米も日本産にこだわっている。そのほか、カレールーや豚丼のソース、お好み焼きソースといった調味料も日本からの輸入だ。

看板メニューのたい焼き。具は、つぶあんのほかに、ハムチーズやキノコなど13種類
(たい焼きカフェ提供)
質問:
集客で工夫している点は。
答え:
口コミを重視。来たお客が友人に勧めてくれるようなカフェ作りに尽きる。以前はインターネット広告も打ったが、好影響はなかった。一方で、インターネット上のレビューはお客の声として大切にしており、指摘された点は改善するよう努めている。最近では、自分なりにトヨタのカイゼン方式を取り入れて店舗運営をしている。
口コミを重視はするが、来店客にSNS投稿を促すようなキャンペーンはあえてしていない。無理に口コミを増やすのではなく、自発的に友人に勧めるような、本当にロイヤリティーの高いお客を増やしたいためだ。広告を打たず、来店客を大事にするという今の考えは、味と雰囲気でお客を獲得する日本での修行先のたい焼き店に影響を受けた。
質問:
従業員管理の工夫は。
答え:
勤務態度に問題のある従業員に対しては、ペナルティーは設けない代わり、雇用契約の解消を辞さない態度で臨んでいる。こうした従業員にペナルティーを科すだけで済ませるロシア企業もいるが、そうした従業員に働いてもらっても、会社にはプラスにならない。
また、従業員のモチベーションを上げるため、インセンティブを設けている。1日の売り上げ目標をクリアすれば、日給に加えて7%の賞与を払う「サムライ」制度だ。ゲームのような制度で、従業員も楽しく働けるようにしている。
質問:
現在の課題は。
答え:
メニューの種類が少ないこと。新メニュー開発は進めているが、ロシアのほかの日本食レストランと比べるとまだ少ない。ロシア人は外食時、メニューに多くの選択肢があることを好む。当店も自分でメニューを開発したいが、手に入る食材や機材、ノウハウなどの問題もあり、限界があるのが実情。
質問:
今後の計画は。
答え:
会社としての初期段階のステップから抜け出すこと。まず、お客を待たせることなく、サービスを提供できるようになることを目指す。特に週末は待たせてしまうこともある。 キャパシティーや厨房(ちゅうぼう)設備を改善するため、2020年夏をめどにカフェ店舗の移転・改修を計画している(たい焼きカフェ動画外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます参照)。移転予定先のキャパシティーは72人で、現在の2倍以上。設備もより充実したものになる。移転・改修に向けた投資も広く募集中だ。現時点で160万ルーブルの投資を集めたが、目標額は1,400万ルーブルだ。
質問:
ロシアの日本食市場をどうみるか。
答え:
日本食はブームではなく、1つの市場を形成するカテゴリーになっている。幸いなことに、ロシアではプロフェッショナルな日本食レストランが増えているが、日本食市場の発展はそうした店舗がどれだけ増えるかにかかっているだろう。市場性に目を付けて利益を追求するだけの企業が増えると、本物の味を提供するプレーヤーが少なくなり、市場の発展は望めない。当社としては、プロフェッショナルな日本食レストランをライバルと捉えている一方、そうしたレストランの出現を歓迎するし、尊敬している。
執筆者紹介
ジェトロ・サンクトペテルブルク事務所長
一瀬 友太(いちのせ ゆうた)
2008年、ジェトロ入構。ジェトロ熊本(2010~2013年)、展示事業部アスタナ博覧会チーム(2015~2018年)などを経て2018年4月より現職。