特集:アジアで進展する貿易円滑化と現場の実態改善はみられつつも広範囲に求められる貿易円滑化措置(ベトナム)

2020年3月17日

貿易円滑化についてのベトナムでの課題は、程度の差はあるものの広範囲にわたる。現地進出日系企業からは、特にHSコードや原産地証明書の解釈についての場当たり的な対応についての事例が聞かれる。ハードインフラや物流サービスの質では向上がみられる中、ベトナムではどのような貿易円滑化措置が求められているのか、以下で分析する。

幅広くみられる課題

ジェトロ調査によると、「貿易取引を改善するために必要だと思われる貿易円滑化措置」(複数回答)について、在ベトナム日系企業が答えた傾向は、アジア大洋州地域の他国と似ている。最も回答割合が高かったのは「貿易制度や手続きに関する情報の充実」で、以下「港湾当局や担当者間での関税分類評価などに関する解釈の統一」「事前教示制度の導入と利用可能な運用」などが続いた(図参照)。ASEAN平均を上回る項目も目立った。さらに、「特になし」という割合は16.1%で、全体平均の24.1%、ASEAN平均の21.8%より低く、幅広い項目で改善が求められている状況といえよう。

図:貿易取引を改善するために必要な措置(複数回答)
1位貿易制度や手続きに関する情報の充実47.7%(ASEAN44.2%)、2位港湾当局や担当者間での関税分類評価などに関する解釈の統一40.9%(ASEAN35.1%)、3位事前教示制度の導入と利用可能な運用38.1%(ASEAN34.7%)、4位電子化・ペーパーレス化、洗練されたICT システムの導入34.6%(ASEAN32.1%)、5位税関書類の簡素化、国際基準への統一化・フォーマット化27.8%(ASEAN24.8%)、6位新たな貿易手続き・通関制度・検査の導入や改正について、効力発生前の確実な発出・通知26.9%(ASEAN25.7%)、7位貨物の到着から引き取りまでに要する平均的な時間の公開、予見可能性の向上22.2%(ASEAN23.7%)、8位貿易手続きにかかる照会窓口や情報センターの設置21.6%(ASEAN22.1%)、9位輸入ライセンス取得手続きの迅速化、簡素化19.1%(ASEAN23.8%)、10位特になし16.1%(ASEAN21.8%)

注:上位10項目だけを抜粋。
出所:ジェトロ「2019年度アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」

HSコードや原産地証明書の解釈で場当たり的な対応

回答割合が最も高かった「貿易制度や手続きに関する情報の充実」に関連し、ある日系物流会社は「輸入の取引規模が大きくないため、手続き面で困っていることは少ない」としつつ、「税関に事前に法令、手続きの確認にいくと『通達を読むように』といわれる」「扱いに慣れていない品目については、手続きについて都度問い合わせにいく」と説明する。外資系企業にもアクセスしやすい制度にし、手続きの情報が一元化されていれば、このような課題は緩和されるだろう。

2番目に高かった「港湾当局や担当者間での関税分類評価などに関する解釈の統一」は、従前から存在する課題といえる。在ハノイの日系商社は「税関の担当官が代わった際に、輸入対象商品のHSコードの解釈が変わってしまうこともあった」「日ベトナム経済連携協定(EPA)を活用し、関税分類変更基準を満たすことで関税ゼロを享受していたが、突如、活用できなくなったことがあった。原産地証明書において、当該基準を示す記入コードはCTCだが、『CCと表記されるべき』との指摘を受け、その際は関税を支払って輸入した。ただ、ほどなく、CTCと表記するよう指示があった」という。在ホーチミンの日系商社は「担当官が代わったことでHSコードの解釈が変わり、関税が高くなった」といい、地域を限らず今でもこれらの声が聞かれる。

回答割合が3番目に高かった「事前教示制度の導入と利用可能な運用」に関しては、先述の物流会社が「事前教示制度は、時間がかかるから使っていない」としている。そのため、必要なときに税関まで確認に出向いている。また、同社は「当社のような中小規模の企業については、税関の認知度が低く、輸出入手続きに必要な書類についての照会に対応してくれないケースがある」とし、企業規模によって、対応の違いや手続きに関する情報の入手が容易ではなくなってしまう事態が起きている。

他方、輸出加工企業(EPE)からは、これらのような貿易手続きに関する課題についての声があまり聞かれなかった。EPEであることで、輸入部材に係る関税、付加価値税(VAT)が免除されていることが要因と考えられる(注)。

世界銀行調査ではインフラ、物流サービスの質などで改善傾向

ベトナムの貿易円滑化は、ある程度進んできたと評価できる面もある。世界銀行が2年毎に実施し、税関業務の効率性、物流インフラの質、輸送の適時性など6つの基準に基づき1~5の範囲で算出する「物流パフォーマンス指標」(LPI)によると、ベトナムは2018年調査では全160カ国・地域中39位(スコア3.27)となっている(表1参照)。ベトナムは2007年調査において、150カ国中53位(2.89)だった。インフラ(貿易、交通インフラなどの質)や、物流サービスの質(輸送事業者など)の項目がこの期間に大きく改善され、総合スコアも上がっている。インフラについていえば、ベトナムでは近年、2015年にベトナム南部でホーチミン~ゾーザイ間、北部ではハノイ~ハイフォン間の高速道路の開通、2018年には同じく北部でラックフェン国際港が開港、中部ではダナン~クアンガイ高速道路が全線開通するなど、ハードインフラの整備が進んできている。

一方、2007年と2018年で比較すると、「税関」の改善が最も進んでいない。日系企業から挙げられていたような、通関手続きの効率性を妨げている「古くて新しい課題」の解決が求められていることが示されている。

表1:「物流パフォーマンス指標」におけるベトナムの項目別スコア
項目 2007年 2018年
税関(通関手続きなどの効率性) 2.89 2.95
インフラ(貿易、交通インフラなどの質) 2.50 3.01
国際出荷の容易さ(競争的な価格での出荷) 3.00 3.16
物流サービスの質(輸送事業者など) 2.80 3.40
トラッキング、追跡能力 2.90 3.45
適時性(予定、期待された配送時間での配送) 3.22 3.67
総合 2.89 3.27
順位(位) 53 39

出所:世界銀行「物流パフォーマンス指標」(2007年、2018年)

求められているのは予見可能性が高められる措置

ジェトロ調査でも、通関手続きの効率性に関し、「輸入にかかる平均通関日数」と「輸入通関手続きは過去2~3年で改善したか」という設問がある。表2は、平均通関日数がベトナムに近い国・地域について、後者の設問で「改善した」の回答割合、また「改善した」と「やや改善した」の回答割合の合計をまとめたものだ(ニュージーランドや台湾など、開発途上国以外も含まれている)。輸入通関手続きが「改善した」と「やや改善した」の回答割合の合計は、アジア大洋州地域全体では30.3%だったが、この項目で同数値を上回ったのはベトナムだけだ。通関日数は他国と比較しても遜色はなく、通関手続きの改善度合いへの評価は高いといえる。

他方、ジェトロ調査における「貿易取引の改善に必要な貿易円滑化措置」の有無についての設問で「ある」とした回答割合は、表2で示した国・地域の中で最も高い。世界銀行調査でも、通関の効率性が課題となっていた。ベトナムの課題は、手続き自体というよりも、手続きに関する事前の情報収集が難しいことや、法令の解釈・運用が担当者によって異なるといった、予見可能性の低さにある、といえそうだ。

表2:通関日数と輸入通関手続きへの評価
国・地域 平均通関日数 「輸入通関手手続きが改善した」の割合 「改善した」と「やや改善した」の割合合計
アジア大洋州地域全体 4.0 7.6 30.3
タイ 3.7 6.8 26.9
ニュージーランド 3.6 6.2 12.4
ベトナム 3.6 7.5 37.1
台湾 3.4 5.1 16.8
マレーシア 3.2 3.6 20.0

出所:ジェトロ「2019年度アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」


注:
貿易円滑化とは別の課題であるが、EPEについては数年前から、税務調査が厳しくなってきているという声が聞かれるようになってきている。当該企業の把握している材料の残数と、税関の把握している材料の残数が一致せず、免除された部材輸入に係る関税、VATの税制優遇の適用が否認され、追徴課税されてしまうというものだ。概要はビジネス短信2016年2月24日付2017年2月24日付を参照。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課 課長代理
小林 恵介(こばやし けいすけ)
2003年、ジェトロ入構。ジェトロ・ハノイ事務所勤務(2008~2012年)。2015年より現職。専門は、ベトナム経済を中心としたメコン地域の調査。主要業績として『世界に羽ばたく!熊本産品』(単著)ジェトロ、2007年、『ベトナムの工業化と日本企業』(部分執筆)、同友館、2016年、『分業するアジア』(部分執筆)、ジェトロ、2016年など。