特集:アジアで進展する貿易円滑化と現場の実態より一層の貿易円滑化とリードタイム短縮が求められるミャンマー

2020年3月17日

ミャンマーはこれまで、WTOやASEANの枠組みに従って貿易円滑化に取り組んできた。しかし、世界銀行が発表している物流パフォーマンスのランキングでは世界160カ国中137位と低く、貿易・物流が企業進出のボトルネックにもなっている。2016年に電子通関システムが稼働して通関がスムーズになるなどの改善がみられるものの、長時間にわたる税関プロセス、煩雑な輸入手続き、必要書類の多さ、不透明な制度運用などが、依然として問題になっている。今後、より一層の貿易円滑化が期待されており、利便性が向上すれば、進出日系企業だけでなく、これから進出を検討する企業にとってもプラス材料となるだろう。

履行が望まれるWTO貿易円滑化協定

貿易円滑化に関する各種協定への加盟をめぐるミャンマーの状況については、同国が世界税関機構(WCO)の税関手続きの簡易化・調和に関する国際規約である改正京都規約(2006年)には加盟していないものの、WCOの国際貿易の安全確保および円滑化のためのWCO SAFE「基準の枠組み」(2005年)については実施を表明しており、同枠組みおよびWCOのガイドラインに基づいて、認定事業者(AEO)制度の導入を進めている(2019年5月現在、注1)。

また、ミャンマーは世界貿易機関(WTO)の加盟国であり、WTO貿易円滑化協定(2017年)を2015年12月に批准し、履行を進めている。2019年12月現在の履行状況は実施済み(カテゴリーA)は5.5%にとどまっている。具体的に履行しているのは第4条「異議の申し立てまたは審査の請求のための手続き」、第6条2項「輸出入や輸出入に関連して課する税関手続きの手数料・課徴金に関する特定の規律」、第10条5項「船積み前検査の廃止」である。ほかに、履行時期は未定であるものの、カテゴリーBとして9.2%の条項について履行を約束している。残る85.3%はカテゴリーCとなっており、キャパシティビルディング(能力構築)などの支援を受けて履行する予定だ(注2)。

東南アジア諸国連合(ASEAN)の枠組みでは、同地域内の貿易協定であるASEAN物品貿易協定(ATIGA)の第5章の第45条~第50条に貿易円滑化条項があり、貿易円滑化の作業計画、モニタリング、ASEANシングルウィンドウの創設などの事項を約束している(注3)。シングルウィンドウに関しては、国際協力機構(JICA)の支援により、ミャンマーで2016年11月に電子通関システム「MACCS(Myanmar Automated Cargo Clearance System)」がすでに稼働している。

物流パフォーマンスは世界137位、進出の阻害要因に

世界銀行が隔年で発表している物流パフォーマンス指標(LPI)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますをみると、2018年のミャンマーのスコアは2.3ポイントで、世界160カ国中137位となっている。近隣諸国との比較では、ベトナム(39位)、ラオス(82位)、カンボジア(98位)、バングラデシュ(100位)に劣後している(図1参照)。ミャンマーの2014年のスコアと比較しても、大きな変化はみられない。項目別に世界ランキングをみると、「適時性」は117位と健闘しているが、「物流能力」(156位)、「国際貨物」(151位)、「税関」(150位)の3項目が世界でもワースト10位に入るなど、足を引っ張っている。

図1:物流パフォーマンス指標(LPI)2018年
2018年のミャンマーのスコアは2.3ポイント。近隣諸国との比較では、ベトナム(3.3)やカンボジア(2.6)に劣後している。ミャンマーの2014年のスコア(2.3)と比較しても、大きな変化はみられない。

出所:世界銀行

こうした物流パフォーマンスの低さ、リードタイムの長さは、日系企業の進出阻害要因にもなっている。ミャンマー進出を支援する日系商社A社は「ミャンマーに輸出メーカーの工場設置が進まない要因の1つに、物流やリードタイムの懸念がある」と指摘する。A社によると、ミャンマー国境近くに工場を持つタイ進出日系メーカーはミャンマー人を多数雇用するが、ミャンマー国内に生産拠点は設けない方針という。「ミャンマーで生産した方が人件費は抑えられるかもしれないが、輸出を考えると、ミャンマーの港より、タイのレムチャバン港を使った方がスムーズであり、リードタイムの点で、納期に遅れるリスクを考えるとタイの方が安心」とA社は話す。また、タイ国内のセットメーカーに部品を納入する場合でも、ミャンマーで生産した製品をタイへ陸送するより、「ミャンマー人労働者に越境してタイ工場まで来てもらう方が、現状では低リスクで合理的と判断されている」(A社)ようだ。

マニュアル審査、検査率の高さ、税関の営業時間に課題

ジェトロが2019年8~9月に実施した「2019年度アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」(以下、ジェトロ調査)では、ミャンマー進出日系企業に貿易制度上の問題点(有効回答:135社)を聞いた。貿易業務に関わりが薄いとみられる、その他非製造業(事業関連サービス、通信ソフトウェア業など)を中心に35.6%の企業は「特に問題なし」と回答したが、製造業、卸売・小売業、建設業、運輸業などでは不満がある企業が少なくない(図2参照)。

図2:ミャンマー進出日系企業の貿易制度上の問題点
貿易業務に関わりが薄いとみられる、その他非製造業(事業関連サービス、通信ソフトウェア業など)を中心に35.6%の企業は「特に問題なし」と回答したが、製造業、卸売・小売業、建設業、運輸業などでは不満がある企業が少なくない。具体的には「通関に時間を要する」(38.5%)、「通関等諸手続きが煩雑」(37.0%)の2点を指摘する企業が多く、特に製造業、建設業、運輸業などで回答が高い。

注:グラフ内の色分けは、各横棒グラフを100%とした場合の業種別内訳を示す。
出所:ジェトロ「2019年度アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」

具体的には、「通関に時間を要する」(38.5%)、「通関等諸手続きが煩雑」(37.0%)の2点を指摘する企業が多く、特に製造業、建設業、運輸業などで回答が高い。ジェトロ調査によると、ミャンマー進出日系企業(延べ有効回答数:90社)の輸入にかかる平均通関日数は6.4日となっており、インドネシア(4.5日)、フィリピン(4.3日)を大幅に上回り、ASEANでは最も時間を要するという結果になっている。

日系物流業B社は「MACCSの導入により通関はスムーズになったものの、マニュアル対応が必要な部分が残っている」と指摘する。また、「電子化されたシステムがあるにもかかわらず、書類を印刷して税関内で7~8人が署名して稟議を行っている」のが実態だという。そのため、税関幹部が不在だと審査プロセスが長引き、貨物の引き取りができない。日系商社C社も、日本では1日で済む通関が「(ミャンマーでは)7日間から10日間かかっている」と嘆く。C社の場合も、MACCS導入後も残るマニュアルのプロセスが原因だとし、「リードタイムが長くなり、キャッシュフローや在庫の面で無駄が生じている」と言う。

MACCSでは、貨物によって審査区分がグリーン(自動審査のみ)、イエロー(書類審査)、レッド(検査)の3つに分類される。当初は貨物の割合では60%がグリーン、30%がイエロー、10%がレッドという想定であった(2016年6月10日付ビジネス短信参照)。しかし、日系商社D社は「実際はレッドが6割、イエローが3割、グリーンが1割ではないか」と、検査率の高さを問題視する。日系物流業B社も「多くの貨物が『レッド貨物』と判定される」という。特に自動車の輸入などでは、細部まで検査されて時間がかかる。日系物流業E社も「MACCSにより、以前に比べれば通関は改善している」としながらも、「検査頻度が引き続き高い。より効率的に運用して利便性を高めてほしい」と希望している。E社の輸入貨物も「全量を開封され、X線検査に通されるオペレーションが多い」とする。

日系商社C社は「過去実績で問題がない企業や信頼できる企業の貨物に関しては『グリーン貨物』にするといった認定事業者制度や、事後調査にするといった方式にしてほしい」といい、「新規で輸入する物品は別として、定期的に輸入している物品を毎回検査しても意味がない」と考えている。日系商社D社も「(ヤンゴンの港湾の)コンテナ取扱量が100万TEU(20フィートコンテナ換算)から200万TEUへと増加していく中、認定事業者制度などを導入して税関検査の効率化をすべきだ」と同様の意見を述べる。日系機械部品メーカーF社では、「急ぎの部品を空輸で取り寄せたが、ヤンゴン空港で1週間止まってしまった」ことがあるという。輸入貨物が急増するミャンマーにおいては、空港や港湾で取り扱い許容量を超えてしまうことがある。

日系企業の進出が進むティラワ工業団地近くのティラワ港では、税関の営業時間が昼頃から夕方までとなっており、通関できる時間帯が限られることが日系企業の悩みの種になっている。税関の担当官は、朝にヤンゴンの庁舎に出勤し、同市内からティラワ港までバスで臨時的に通っている。夕方になると、ヤンゴン市内に戻って退勤するので、ヤンゴン市内とティラワ港の往復時間も含めた時間が業務時間となる。ティラワ港に税関職員が到着するのが午前10時30分頃で、午後3時~4時には窓口を閉めて帰宅準備を始めるため、実質的には5時間ほどしかティラワ税関は営業していない。貨物が検査待ちの状態であっても、営業延長はされないため、日系企業は翌日昼まで通関を待たなければならない。

85%の企業が貿易円滑化措置を求める

ジェトロ調査では、ミャンマー進出日系企業(有効回答:106社)の84.9%が、貿易取引の改善に向けて、何らかの貿易円滑化措置を必要としているという結果がでている。これは、ASEANの平均(78.2%)より高いが、カンボジア、ベトナムと同程度の水準になっている(図3参照)

図3:貿易円滑化措置が必要とした企業の割合
ミャンマー進出日系企業(有効回答:106社)の84.9%が、貿易取引の改善に向けて、何らかの貿易円滑化措置を必要としているという結果がでている。これはASEANの平均(78.2%)より高いが、カンボジア、ベトナムと同程度の水準となっている。

注:かっこ内は有効回答数。
出所:ジェトロ「2019年度アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」

具体的に、ミャンマー進出日系企業(有効回答数:106社)が必要とする貿易円滑化措置をみると、「貿易制度・手続き情報の充実」が49.1%と最大であった(図4参照)。特に製造業や建設業など、物流を本業としない業種で情報の充実を求める声が多い。実際、日々のジェトロへの問い合わせでは、貿易制度や輸出入手続きにかかる具体的な運用を聞かれることが多い。ミャンマー側としては、ATIGAの13条に基づいて貿易関連情報の各国データベース「ナショナル・トレード・レポジトリー」のミャンマー版である「ミャンマー・トレード・レポジトリー外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」を構築済みで、十分に情報を整備しているというのが本音だろう。しかし、こうした情報が専門の物流業などを除いて伝わっておらず、日本語での情報リソースも少ないことが、日系企業の情報の充実を求める声につながっていると考えられる。また、各種データベースには、制度や手続きの一般的な情報はあるものの、実際の貿易実務を行う上での運用や当局の判断が分かりにくいという意見も多い。

図4:貿易取引の改善に向けて必要な貿易円滑化措置(措置別、有効回答)
「貿易制度・手続き情報の充実」が49.1%と最大であった。続いて、「関税分類評価などの解釈統一」も48.1%の企業が改善を求めている。「事前教示制度の導入と利用可能な運用」(37.7%)、「予見可能性の向上」(36.8%)などの措置を求める声も多い。「税関書類の簡素化」、「電子化・ペーパーレス化」はともに34.9%の企業が回答した。

注1:データベース構築などオンライン情報の整備など。
注2:港湾当局や担当者間での異なる判断の防止など。
注3:HSコード分類、関税評価、原産地規則などについての事前教示制度。
注4:貨物の到着から引き取りまでに要する平均的な時間の公開など。
注5:国際基準への統一化・フォーマット化など含む。
注6:洗練されたICT システムの導入など。
注7:新たな貿易手続き、通関制度、検査の導入や改正の効力発生前の確実な発出・通知など。
注8:貿易手続き、通関制度、検査の導入や運用に関する意見表明の機会の設置を含む。
注9:衛生植物検疫措置(SPS)、貿易の技術的障害(TBT)などについて。
注10:オンライン上での貨物申告データの事前申請など。
注11:必要書類の原本の代わりとなる電子ファイルでの受理。
注12:複数の省庁や機関が求める必要書類・データを一元的に提出可能な窓口の設置。
注13:グラフ内の色分けは、各横棒グラフを100%とした場合の業種別内訳を示す。
出所:ジェトロ「2019年度アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」

続いて、「関税分類評価などの解釈統一」についても、48.1%の企業が改善を求めている。日系物流業B社は「対応する税関の担当官によって解釈が異なることがある」という。一方、日系商社C社は「担当官によって関税分類の判定が変わる問題は、以前に比べて減少した。しかし、HSコードや関税率の変更を突然通達してくることはいまだにある」という。こうした点で、ジェトロ調査では「事前教示制度の導入と利用可能な運用」(37.7%)、「予見可能性の向上」(36.8%)などの措置を求める声も多い。C社は「事前教示制度は利用しやすくなったが、まだ手続きが煩わしく、手数料も高い」と指摘する。ミャンマーの事前教示制度では1回あたり手数料として3万チャット(約2,250円、1チャット=約0.075円)がかかる(有効期間は3年間)。1回の手数料は少額でも、部品などは点数が多くなるため、取り扱い製品や業態によっては金額が大きくなる。

「税関書類の簡素化」と「電子化・ペーパーレス化」は、ともに34.9%の企業が回答した。国境税関にもMACCSの導入が進んだことで、国境まで書類原本を届けるような必要性はなくなっているが、前述の通り、税関内では印刷した書類で稟議(りんぎ)される運用が多い。自由貿易協定(FTA)の原産地証明書などが「政府の書式と違う」と否認されるケース、輸入ライセンスなどの書類の書き方が「通常と異なる」として審査に入るケースなどがある。

物品によっては、特殊な追加書類が必要となる。日系物流業B社は「自動車の輸入では一般的な書類以外に、形状や大きさなど事細かに情報を記載した書類が必要となる」という。また、中古車の輸入の場合は、10年間使えることを証明する書類(Recondition Certification)などが追加で必要だ。そのほか、建設機械の輸入では利用する建設プロジェクトの内容や建設期間などを証明する追加書類、鋼材切断機のスペア刃には森林局の推薦状が必要(切断機自体には刃が付属していても推薦状不要)になるなど、想定できない書類を求められる事例も少なくない。

このように、物流全般や通関にかかる問題が多いミャンマーだが、日系企業の間では「MACCSにより改善がみられる」という点では意見が一致しており、徐々にではあるが利便性が向上しているのは確かなようだ。今後、貿易がよりスムーズになり、物流や港湾インフラの整備とともに、リードタイムが向上していけば、進出日系企業の経営や、進出検討する日系企業にとってもプラスの材料となるだろう。


注1:
Myanmar National Trade Portal “Best Practices in Trade Facilitation外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます”(2019年12月18日閲覧)。
注2:
WTO Trade Facilitation Database “Myanmar - Rate of implementation commitments外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます” (2019年12月18日閲覧)。
注3:
石川幸一(2009)「新AFTA 協定の締結PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(665KB)」国際貿易投資研究所、国際貿易と投資 Spring 2009/No.75。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課 リサーチ・マネージャー
北見 創(きたみ そう)
2009年、ジェトロ入構。海外調査部アジア大洋州課(2009~2012年)、ジェトロ大阪本部ビジネス情報サービス課(2012~2014年)、ジェトロ・カラチ事務所(2015~2017年)を経て現職。