特集:アジアで進展する貿易円滑化と現場の実態島国フィリピンにおける貿易円滑化、港の混雑に起因する問題が課題に

2020年3月17日

フィリピン進出日系企業の8割以上が、貿易円滑化措置の必要性を求めている。進出日系企業にヒアリングしてみると、電子システムの脆弱(ぜいじゃく)さと一部残るペーパーワークが円滑化の妨げになっているという声や、港の混雑による物流の遅れとリードタイムの管理が難しいといった声が上がった。フィリピンで求められる貿易円滑化措置について、ジェトロによる調査結果と進出日系企業の声を基に分析する。

他のASEAN諸国と比べ、港湾の混雑などが特に課題に

ジェトロが2019年8月から9月にかけて実施した「2019年度アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」(以下、日系企業調査)によると、在フィリピン日系企業117社のうち、貿易円滑化措置の必要性の有無について、81.2%の企業が「必要あり」と回答している。これはASEAN平均78.2%と比較しても高く、フィリピン進出日系企業の多くが貿易円滑化措置の必要性を認識していることが分かる。

では、フィリピンでどのような円滑化措置が求められているのであろうか。日系企業調査によると、「貿易取引の改善に必要な貿易円滑化措置」について、在フィリピン日系企業による回答割合が3割を超えた項目は、高い順に、1位「貿易制度や手続きに関する情報の充実」、2位「電子化・ペーパーレス化、洗練された情報通信技術(ICT)システムの導入」、3位「湾港や国境における物流の改善」、4位「貨物の到着から引き取りまでに要する平均的な時間の公開、予見可能性の向上」の順であった(図1参照)。この中で、1位と2位の項目はフィリピンがそれぞれ47.9%、37.6%なのに対して、ASEAN平均もそれぞれ44.2%、32.1%と3割を超えており、ASEAN平均でも上位に挙がっていることから、ASEAN域内において共通の課題といえよう。一方、3位と4位の項目は、フィリピンがそれぞれ34.2%、33.3%なのに対し、ASEAN平均はそれぞれ16.2%、23.7%とASEAN平均との乖離が見られ、周囲のASEAN諸国と比較して、フィリピンでは両項目を課題と捉える日系企業の割合が高いことが分かる。

図1:貿易取引を改善するために必要な措置についての回答割合(%)
(複数回答)(上位10項目のみ抜粋)
在フィリピン日系企業による回答割合が3割を超えた項目は、高い順に、1位「貿易制度や手続きに関する情報の充実」、 2位「電子化・ペーパーレス化、洗練されたICTシステムの導入」、3位「湾港や国境における物流の改善」、 4位「貨物の到着から引き取りまでに要する平均的な時間の公開、予見可能性の向上」の順であった。

出所:ジェトロ「2019年度アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」

電子システムの脆弱さと一部残るペーパーワークが円滑化の妨げに

最も回答割合の高かった「貿易制度や手続きに関する情報の充実」については、ある日系メーカーからは「貿易関連規則の頻繁な改定があり、その対応が悩ましい」という声が聞かれた。制度改定にあたっては、企業側がアクセスしやすい制度・手続きの情報の公開が求められる。

2番目に高かった「電子化・ペーパーレス化、洗練されたICTシステムの導入」については、フィリピンでは、2017年から通関手続きを電子化するために、税関と各省庁をつなぐ「トレードネット」というシステムが導入されている。しかし、ある日系物流企業からは、「通関のシステムについては、最近は改善されたがシステムダウンが頻繁に生じていた」「システムの動作が遅い場合が多く、逆に円滑化の邪魔をしてしまっているケースが多い」として、システムの導入という広い意味での改善はされてきているものの、システムの脆弱性による問題が生じているとの声が上がった。また、前述の日系メーカーは「貿易関連申請は電子化の仕組みが構築されている箇所もあるが、最後のプロセスで書面の手続きが必要になるため、結局、管轄税関が所在するマニラ港まで行く必要が出てくる」と、円滑化の阻害要因について説明する。

フィリピン政府は2018年12月に、前述の「トレードネット」と、ASEAN内の貿易関連手続きの電子化などを進めるASEANシングルウィンドウとの相互接続を実行するなど、円滑化の加速に向けて取り組んでいる(2019年01月17日付ビジネス短信参照)。今後、さらなる円滑化を進めるためには、システムの脆弱性の改善や、電子化の徹底といった取り組みが求められるであろう。

港の混雑と、それよる物流の遅れに悩む声

3番目に高かった「湾港や国境における物流の改善」は、ASEAN平均と比べて18.0ポイント高く、他のASEAN諸国と比べて円滑化措置が求められている項目である。ある日系商社は、マニラ首都圏西部に位置し、国内全体の貨物の多くを取り扱うマニラ港について「港湾の処理能力の低さと、輸入が多く、輸出が少ないという貿易構造のため、空コンテナが港にたまり、港の混雑が発生する」とし、「港の混雑により出荷が滞ることがクリスマスなどシーズンごとに起こる」という。フィリピンでは、国内全体の貨物の多くを取り扱うマニラ港の混雑が従来から問題となっており、2018年には長期にわたる混雑が発生し、前述の日系商社は「港の混雑が2018年は1年間継続して続き、最大1カ月間の遅れが発生した」とした。また、ある日系食品メーカーは「コンテナヤードのキャパシティも課題」とし、「空コンテナを引き取ってくれず、保管料が発生するなど余計なコストが発生する」と述べた。港の混雑により、企業に輸送費以上の負担が生じている事例もみられる。

なお、フィリピンでは、日系企業が入居する工業団地のあるカラバルゾン地方の南方に、バタンガス港も存在するものの、複数の日系企業がガントリークレーンなどの設備面やキャパシティの問題を指摘しており、その利用は限定的である。

リードタイム管理の難しさをあげる声も

4番目に高かった「貨物の到着から引き取りまでに要する平均的な時間の公開、予見可能性の向上」も、ASEAN平均と比して9.6ポイント高く、前述の「湾港や国境における物流の改善」と同様に、他のASEAN諸国と比べて円滑化措置が求められている項目である。

前述の食品メーカーは「マニラ港の混雑により、港の荷降ろしにかかる時間が読めず、リードタイムの管理が難しい」と、前述のマニラ港の混雑により起因した問題が生じているとした。

リードタイムの予見の難しさは、他の調査結果でも現れている。世界銀行が2年ごとに実施し、税関業務の効率性、物流インフラの質、輸送の適時性など6つの基準に基づき1~5の範囲で算出する「物流パフォーマンス指標(LPI)」によると、フィリピンの「適時性(予定、期待された配送時間での配送)」の項目は、2007年が150カ国・地域中70位(スコア3.14)なのに対し、2018年は160カ国中100位(スコア2.98)と低下している(表参照)。

表:「物流パフォーマンス指標」におけるフィリピンの項目別スコア推移
項目 2007年 2018年
税関(通関手続き等の効率性) 2.64 2.53
インフラ(貿易、交通インフラ等の質) 2.26 2.73
国際出荷の容易さ(競争的な価格での出荷) 2.77 3.29
物流サービスの質(輸送事業者等) 2.65 2.78
トラッキング、追跡能力 2.65 3.06
適時性(予定、期待された配送時間での配送) 3.14 2.98
総合 2.69 2.90
順位(位) 65 60

出所:世界銀行「物流パフォーマンス指標」(2007年、2018年)

リードタイムの予見が難しい問題に対し、前述の商社は「1週間はバッファをみておく」とし、ある日系の金属加工メーカーは「通関してから自社への納入について、混雑するクリスマスなど時期によっては1カ月の遅れを見込んで対応する」としており、各社ある程度の遅れを見込んだ計画を立て、対応しているようだ。しかし、前述の日系物流企業は「いつモノが入ってくるのかが分からないのは製造業の顧客にとって非常にリスク。島国であるので、港が止まると全てが終わってしまう」と述べる。

港の混雑という問題に対して、フィリピン政府は2019年3月に、効率的な港の運用のため、運輸省、関税局、フィリピン湾港公社、湾港を運営する民間企業などと合同で合意書を交わし、空コンテナの撤去を促す取り組みを行うなどの対策を講じている。

一方、ジェトロの日系企業調査では、「輸入通関手続きは過去2~3年で改善したか」という設問がある。回答結果について、フィリピンは「改善した」と「やや改善した」と回答した割合の合計は21%と、ASEAN平均の32.5%よりも低く、「改善した」と回答した企業の割合は0.8%と、全18カ国・地域中で最も低い(図2参照)。今後、フィリピンが貿易円滑化に向けた課題を解決していくには、港の混雑の問題を含め、さらなる改善に向けた取り組みが必要といえそうだ。

図2:輸入通関手続きは過去2~3年で改善したか(国・地域別、平均通関日数順)
フィリピンは「改善した」と「やや改善した」と回答した割合の合計は21%と、ASEAN平均の32.5%よりも低く、「改善した」と回答した企業の割合は0.8%と、全18カ国・地域中最も低い。

注:迅速化、簡素化、効率化、電子化の進行、透明性や予見可能性の向上などの観点で改善したかどうかを聞いている。
出所:ジェトロ「2019年度アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」


注:
迅速化、簡素化、効率化、電子化の進行、透明性や予見可能性の向上などの観点で改善したかどうかを聞いている。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課
三木 貴博(みき たかひろ)
2014年、ジェトロ入構。展示事業部海外見本市課、ものづくり産業部ものづくり産業課、ジェトロ岐阜を経て2019年7月から現職。