産業構造動向
2025年のサウジアラビア自動車産業(2)

2026年7月1日

2025年のサウジアラビアは、石油部門の回復を背景に経済成長を維持し、自動車市場では乗用車・商用車ともに販売が増加した。高水準の金利環境が自動車ローンに逆風となる中、同国政府の積極的な財政出動やメガ・ギガプロジェクトの波及効果が市場を支え、プラス成長を維持した。前稿では、同国自動車市場で一段と激化している競争環境を取り上げた。本稿では、国家改革戦略「ビジョン2030」の下で構造転換期にある同国自動車産業の、電気自動車(EV)の普及に向けた取り組みや現地生産体制の整備を取り上げる。

EV市場、現地生産化の進展で産業構造が転換期に

サウジアラビアでは「ビジョン2030」の下で、脱炭素化と産業多角化を柱とした自動車分野の電動化が進展している。従来、同国市場ではガソリン車が圧倒的なシェアを占めてきたが、EVやハイブリッド車(HEV)の導入は着実に拡大している。EV市場は依然として黎明(れいめい)期にあるものの、政府主導の普及促進策や充電インフラ整備を背景に、実装・拡大段階への移行が進みつつある。

特に注目されるのが、同国政府系ファンドの公共投資基金(PIF)を軸とした国内製造基盤の構築だ。米国のEVメーカー、ルシード・モータース(2025年8月6日付地域・分析レポート参照)の現地生産開始に加え、同国初の国産EVブランド「Ceer(シーア)」の立ち上げ(2022年11月7日付ビジネス短信参照)はその象徴といえる。国家産業開発センター(NIDC)担当者によれば、「Ceerは2026年第4四半期にEVの量産開始を予定している」という(取材日:2026年4月20日)。また、PIFとの合弁で生産拠点を整備している現代自動車も、同じく2026年第4四半期の稼働開始を目標にしており(2025年5月21日付ビジネス短信参照)、2026年末は同国の自動車産業にとって大きな転換点となる見通しだ。

販売面では、中国EVメーカーを中心とした新規参入が市場を活性化させている。2024年に参入した比亜迪(BYD)は、国内主要都市での拠点開設(2024年10月8日付地域・分析レポート参照)を加速させており、事業拡大の意向を明確にしている。2025年4月には米国のテスラがリヤドに初のショールームを開設したほか(2025年10月28日付ビジネス短信参照)、ガソリン車とEVを併売する吉利汽車(GEELY)などの参入により、消費者の選択肢は急速に広がっている。

これに対し、既存シェアを持つ現代自動車や起亜自動車も、得意とするハイブリッド車を含む電動車ラインアップの拡充で対抗しており、電動車市場における主導権争いは一層激化している。こうしたサウジアラビア国内におけるEVの現地生産体制の確立は、同国が長年続いてきた「完成車(EV以外を含む)の輸入市場」から、EV分野においては「自国生産・輸出拠点」へとパラダイムシフトが進んでいることを意味する。既に、自国産業保護を目的とした関税制度の見直しや、政府調達における現地生産車の優先(ローカルコンテンツ要件の厳格化)といった政策誘導が進められている。今後、国産EVの販売が本格化する中で、輸出主体で参入している外資系メーカーにとっては、単なる販売競争にとどまらず、現地でのバリューチェーン構築を含む抜本的な戦略の再構築が不可欠となっている。


リヤド市内のテスラのショールーム(ジェトロ撮影)

水素モビリティーの展開と課題

EVの導入が進む一方、サウジアラビアでは燃料電池車(FCEV)を活用したモビリティーも注目されつつある。「ビジョン2030」では、再生可能エネルギー(再エネ)の拡大と並び水素産業の育成が重要政策に掲げられており、自動車分野でもFCEVの実証や関連インフラの整備が進められている。この動きを支える基盤となるのが、紅海沿岸の大規模開発プロジェクト「ネオム(NEOM)」だ。

その一環として、産業都市オキサゴン(OXAGON)では、世界最大級の商用グリーン水素製造施設「ネオム・グリーン・ハイドロジェン・カンパニー(NGHC)」の建設が、2027年中の稼働開始を目指して最終段階に入っている。本プロジェクトは、4ギガワット(GW)を超える太陽光および風力エネルギーを利用する。これにより、1日当たり最大600トンのグリーン水素を製造する計画だ。製造された水素は年間約120万トンのグリーンアンモニアとして輸出されるだけでなく、国内輸送セクター、特にEV化が困難な長距離トラックや公共バス、重機などの脱炭素化において不可欠な役割を果たすと期待されている。

また、実用化に向けた検証も進展している。2026年1月には、トヨタ自動車などによるFCEVの導入・運用に関する実証プロジェクトの第2フェーズ(2026年2月20日付ビジネス短信参照)が完了した。さらに、同年4月には西部ヤンブーのロイヤルコミッション(RCJY)との連携の下、アブドゥル・ラティフ・ジャミール・モーターズ(ALJ Motors)とトヨタ自動車によるFCEVバスの公道実証プロジェクトが実施された。同プロジェクトは「ヤンブー・フラワー・フェスティバル」の期間中に合わせて行われ、一般の来訪者を対象にゼロエミッション・モビリティーの体験機会を提供するとともに、過酷な環境下での実運用データの収集が行われた。

このように各地で機運が高まっている一方で、現場レベルでは、2030年に向けた導入規模や具体的なロードマップ、さらには詳細な工程表について、依然として策定途上にある。

本格普及に向けた最大の障壁は、経済性と制度設計の乖離だ。同国内では既存燃料の価格が低水準(2026年4月16日付ビジネス短信参照)に抑えられているため、製造コストの高いグリーン水素は、十分なインセンティブ設計なしには経済合理性の確保が難しい。さらに、高圧ガスに関する安全基準や運用基準の整備・統一が十分でないことも、計画段階における不確実性を高めている。こうした状況を踏まえると、鉄道網が限定的でトラック輸送への依存度が高い同国において、商用車を起点に定常的な需要を創出するインフラ整備は、極めて合理的な戦略ともいえる。商用車は乗用車と比較して走行距離が長く、1回当たりの水素の充塡(じゅうてん)量も多いため、限られた拠点数でもステーションの稼働率を早期に引き上げ、採算性の確保につながると考えられる。併せて、運用面の課題克服も急務だ。同国は夏季には50度を超える高温環境となるため、水素充塡時の温度管理や車両の心臓部である発電装置(燃料電池ユニット)の冷却効率に大きな負荷がかかる。さらに、砂塵(砂嵐)環境も加わることで、空気吸気系フィルターの保守や電子部品の耐久性確保が不可欠となる。

こうした環境条件を踏まえ、現地の気候特性に最適化された技術仕様の確立とともに、専門的な保守体制の整備が社会実装に向けた重要な前提条件となる。次なる展開として期待されるのが、NEOMやヤンブーで計画されている、再エネを用いて1日当たり約600トン規模の水素を生産する計画の一部を国内モビリティーへ転用する「地産地消」モデルの構築だ。こうした供給体制の整備を見据え、2030年のリヤド万博を象徴的な契機として、市場形成の加速が見込まれる。具体的には、PIFや投資省主導のトップダウンによる合意形成を軸とし、地場ディストリビューターを巻き込んだ「車両・インフラ・運用」の一体的なパッケージ展開が、社会実装に向けた重要な取り組みとなるだろう。こうした動きは、サウジアラビアが電動化の普及を進めるとともに、水素については商用車やエネルギー分野を軸に、国際的な供給拠点としての地位確立を目指す戦略の一環とみられる。

2025年のサウジアラビア自動車産業

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(1)競争環境の変化

執筆者紹介
ジェトロ・リヤド事務所
林 憲忠(はやし のりただ)
2005年、ジェトロ入構。市場開拓部、ジェトロ大阪、ジェトロ・プノンペン事務所、ジェトロ・チェンナイ事務所、農林水産部、国税庁、海外調査部中東アフリカ課を経て、2022年8月から現職。