成長続くエジプト、環境・エネルギー事業に商機
2022年の注目点(2)

2022年4月1日

エジプト経済は好調

エジプト経済は、新型コロナウイルス禍にあっても好調だ。国際通貨基金(IMF)は2022年の同国経済成長率を5.2%と予測。3年連続のプラス成長が見込まれている。夜遅くまでにぎわうカイロ市内の繁華街や、外国語が飛び交う紅海沿岸のリゾート地の明るい雰囲気は、新型コロナ禍前の様相だ。英誌「エコノミスト」は2022年1月、日常生活における新型コロナ禍の影響を数値化した「正常化指数(Normalcy Index)」で、エジプトを世界1位に位置付けた。

成長の背景には、政府が進める積極的な公共投資と消費がある。

インフラ開発が急速に進む様子は、高度経済成長を迎えた1960年代の日本経済を彷彿(ほうふつ)とさせる。その一例が、新行政首都(NAC)をはじめとする20のスマートシティー、工業団地〔スエズ運河経済特区(SC Zone)を含む〕、発電所、高速道路や鉄道網の拡張などだ。

政府は、IMFをはじめとする国際機関からの借り入れを活用し、貧困対策にも巨額の予算を投じてきた。その結果、国民の将来見通しはおおむね前向きだ。これが、消費の拡大にも寄与している。2021年の新車販売台数は、前年比25.5%増の29万台。日産自動車の乗用車「サニー」は特に好調だ。都市部には不動産や携帯電話の看板広告が並び、巻き寿司(ずし)を主に提供する、多くの日本料理店が流行に敏感な若者を引き付けている。

外貨収入増の一方、高い債務比率に懸念材料

エジプトの主な外貨収入源には、石油・天然ガスの輸出、スエズ運河の通行料、観光収入、海外出稼ぎ労働者からの送金などがある。目下、それぞれ堅調だ。

世界的に脱炭素が叫ばれる中、欧米系資源メジャーは新規投資に慎重になっている。しかし、その状況下でエジプトへの関心は増している。例えば2022年1月には、イタリアのENIが地中海沖を含む複数の石油および天然ガス鉱区における採掘権を落札。今後10億ドル以上を投資する予定だ。天然ガスも、ウクライナ情勢が緊迫化する中、価格の高止まりのほか、新たな供給元を求める欧州諸国に向けた輸出量の増加が見込まれる(2022年2月22日付ビジネス短信参照)。

スエズ運河は2021年3月、大型タンカーの座礁事故で一時通行不可となってしまった(2021年3月26日付ビジネス短信参照)。しかし、ふたを開けてみると、2021年の通行量は前年を上回った。2022年3月からは通行料を値上げ(2022年3月3日付ビジネス短信参照)。運河収入は、さらに増加する見込みだ。

2020年に大打撃を受けた観光業も復調している。ロシアからの直行便再開の影響で、観光収入は新型コロナ禍以前の水準(2019年、130億ドル)まで戻っていた。2022年は大エジプト博物館(GEM)の開所、ツタンカーメン王墓発見100周年など注目イベントが続く。昨今の情勢でロシア、ウクライナからの観光客は大きく落ち込む見込みではある。しかし、欧州やアジアなどからの旅客がある程度相殺するとみられる。なお、2021年の海外送金は前年比微増だった。

一方で、懸念材料もある。例えば、債務のGDP比率が90%と高いことだ。エジプトへの外貨収入の流れはおおむね安定してはいる。しかし、歳出の中で、借入金と利子返済額が大きく膨らんでいる。新行政首都や原子力発電所の建設、医療の拡充、公務員給与の賃上げなど、政府支出も増加傾向だ。世界的な相場上昇に伴い、価格が上昇傾向にある小麦・パン、燃料への補助金など生活支援サービスも財政負担になっている。歳入を増やすため、法人税、消費税、関税などの確実な徴収に関する取り組みは続きそうだ。

注目産業は、環境・エネルギーや自動車

国連気候変動枠組み条約第27回締約国会議(COP27)が、11月にシャルムエルシェイクで開催される。この会議は、2022年の最重要イベントになりそうだ。

エジプトは2035年までに発電の42%を再生可能エネルギー(再エネ)で賄うという、意欲的な目標を掲げる(2021年11月22日付ビジネス短信参照)。炭素排出量が多い石炭や石油などの化石燃料から、太陽光や風力といったグリーンエネルギーへ、電源構成を大きく切り替えることになる。その歩みは順調に進む。2022年までに再エネ比率を20%に高める中間目標は、2021年に前倒しで達成した。エジプトはこのことについて、COP27の議長国としてPRするはずだ。ウクライナ情勢に関連して天然ガスの輸出が伸びると、産油・産ガス国としての顔を国際社会に印象付けることにつながる。またエジプトには、IMFや世界銀行のほか、環境分野への関心が高い欧州復興開発銀行(EBRD)などからの開発資金が流入している。途上国の立場で国際協力による成果を発表し、先進国からアフリカへの援助をコミットさせることができると、域内でのプレゼンス向上にもつながる。

多くの外国企業が、環境・エネルギー分野でビジネス機会を模索している。実際、(1)再エネによる発電、(2)天然ガスを原料とするアンモニアや水素の製造、(3)電気またはガスを燃料とする乗用車・バスの製造、(4)排出ガスの削減につながる新公共交通手段の導入、(5)廃棄物や下水処理施設の建設など、多くの投資機会がある。とくに、海外実績を有する企業は評価されやすい。2021年は、日立ABBパワーグリッドが、サウジアラビア・エジプト間の送電システムを両国電力公社から受注した。今後、中東市場で豊富な実績を有する欧州企業と連携しての受注も増えていくだろう。

なお、エジプトでは、自動車産業育成戦略の最終調整が進んでいる。この戦略は、2022年第1四半期中をめどに公開を予定。エジプト国内で自動車を製造した場合のインセンティブが、主な内容になる。政府が環境に配慮した電気自動車メーカーの誘致に力を入れる中、長年塩漬けにされていた既進出企業向けインセンティブの議論が再開した。これにより、「EUやトルコなどの自由貿易協定(FTA)締結地域から輸入された完成車には関税がかからない。これに対し、エジプトで完成車を製造(組み立て)すると、輸入部品に課税されるため競争上不利になる」という状況が、緩和される見込みだ。既存の輸出促進策(輸出リベート)と合わせることで、製造拠点としてのエジプトの魅力が向上する。既進出企業が新車種の製造を開始するといった投資拡大や、新たな完成車メーカーや部品メーカーの進出につながると見込まれる。

日系企業が国営企業などとの連携に踏み込む例も

エルシーシ大統領は、軍出身。その政権運営が安定する中、国営企業や軍関連企業の大きな存在感は変わりそうにない。最近では、電気自動車(EV)、鉄道車両、薬品や肥料を含む化学品など戦略的物資の国内製造戦略の担い手としての役割も担っている。国家の政策に合わせた製品の提供や企業運営は、政府案件受注につながる一要素だ。なお、ドイツ大手製造シーメンスは、現地労働者の研修や技術移転など政府の要望に応えながら、近年、エジプトでの事業を拡大している。同社は、エネルギー、交通インフラ、医療機器などの分野で日本企業と競合する。それだけに、同社の動きは注目に値するだろう。

日本企業がこれまで国営企業と取引する場合、建設・医療関連事業などが資材・機材販売先とするような例が多かった。もっとも、合弁事業など踏み込んだ事例も増えてきた。例えば、大塚製薬は2021年、国営製薬会社ジプトファーマ(Gypto)と合弁会社を設立。メディカルシティー(2021年に設置された工業団地を核とする街区)で、医療用輸液の製造を開始した。またDMG森精機は、アラブ工業化機関(AOI、エジプト政府が全額出資)との合弁会社を設立。AOI敷地内に工作機械を製造する工場を新たに建設中だ。両企業とも、政府の輸出拡大やアフリカ市場開拓戦略に沿って製造した商品を、エジプト国内のほか、欧州や他のアフリカ諸国などFTAで結ばれた海外市場でも販売する予定という。


注:
本記事はウクライナ情勢の悪化以前に執筆したものである。
執筆者紹介
ジェトロ・カイロ事務所長
福山 豊和(ふくやま とよかず)
2004年、ジェトロ入構。本部では途上国産品の対日輸出、機械分野の輸出支援などを担当。ジェトロ・リヤド事務所、ジェトロ香川、大阪本部などの勤務を経て、2021年7月から現職。