増加する中国企業によるタイへの対外直接投資
米中貿易摩擦の情勢下に見る中国企業の対外直接投資動向調査
2020年1月17日
近年、中国企業のタイへの直接投資額が増加している。米中貿易摩擦の長期化による世界経済の減速を受け、タイの物品輸出が前年比減となる一方、米中貿易摩擦を受けて、中国からタイへ生産拠点を移転させる動きがある。米国の対中追加関税の影響で中国から米国への輸出が難しくなっており、タイに生産を分散させるためだ。タイ政府もこのような中国企業の動きを好機と捉え、生産拠点をタイへ移転させる中国企業に対し、新たな投資恩典を発表するなど、中国からの投資を呼び込むための政策を打ち出している(2019年9月25日付ビジネス短信参照)。
タイにおける対外直接投資額の推移
タイ投資委員会(以下、BOI)によれば、タイへの対内直接投資額(認可ベース)は、2017年は2,307億9,600万バーツ(約8,080億円、1バーツ=約3.5円)、2018年は2,556億500万バーツと2016年以降、増加傾向にあり、主に日本や中国、台湾、香港からの投資が伸びている(表1参照)。特に中国の対内直接投資額は、2017年は113億7,100万バーツ、2018年は328億1,100万バーツと大幅に増加している。2019年1~6月の上半期においては、タイへの直接投資額が例年トップだった日本を抜いて、中国が首位となった。近年、中国をはじめとした各国からの投資増加を踏まえ、(タイへの工場移転を見込んだ)総合商社などによる工業団地開発が活発化している。
表1:外国資本によるタイへの直接投資額(認可ベース)(単位:100万バーツ)
国・地域 | 金額 | 割合 |
---|---|---|
日本 | 91,801 | 39.8 |
シンガポール | 20,931 | 9.1 |
オランダ | 19,177 | 8.3 |
中国 | 11,371 | 4.9 |
ケイマン諸島 | 8,354 | 3.6 |
合計 | 230,796 | 100.0 |
国・地域 | 金額 | 割合 |
---|---|---|
日本 | 93,675 | 36.6 |
シンガポール | 37,650 | 14.7 |
中国 | 32,811 | 12.8 |
マレーシア | 25,811 | 10.1 |
オランダ | 20,175 | 7.9 |
合計 | 255,605 | 100.0 |
国・地域 | 金額 | 割合 |
---|---|---|
中国 | 29,255 | 39.0 |
日本 | 17,695 | 23.6 |
香港 | 10,232 | 13.7 |
インドネシア | 6,968 | 9.3 |
フランス | 6,523 | 8.7 |
合計 | 74,951 | 100.0 |
国・地域 | 金額 | 割合 |
---|---|---|
中国 | 36,576 | 32.2 |
日本 | 29,182 | 25.7 |
香港 | 14,606 | 12.9 |
シンガポール | 7,291 | 6.4 |
インドネシア | 7,128 | 6.3 |
合計 | 113,529 | 100.0 |
国・地域 | 金額 | 割合 |
---|---|---|
日本 | 61,758 | 35.8 |
中国 | 43,112 | 25.0 |
台湾 | 26,506 | 15.4 |
香港 | 15,012 | 8.7 |
シンガポール | 12,878 | 7.5 |
合計 | 172,594 | 100.0 |
出所:BOI公表資料よりジェトロ作成
中国企業はタイへの生産移転を加速
2019年に入り、中国企業による大型投資(投資額10億バーツ以上)が相次いでいる。2018年全体で6件だった大型案件が、2019年は第1四半期時点で既に4件となった(表2参照)。BOIによると、中国企業による投資申請額は、2019年1~9月において既に450億バーツを超えており、通年予想では前年比30%増となる715億バーツを見込んでいる。さらに、BOIは、中国からの投資増加は2020年も続く見通しとの見解を示している。
業種 | 企業名 | 内容 | 時期 |
---|---|---|---|
ホテル | ラチャプルエック開発 | ホテル | 2018年第1四半期 |
食品 | ソロンバイオテクノロジー | きのこ栽培 | 2018年第1四半期 |
自動車 | SAICモーター | PHEV、バッテリー | 2018年第3四半期 |
自動車 | プロジェンホールディングス | 自動車組立 | 2018年第4四半期 |
自動車 | LLIT | ゴムタイヤ | 2018年第4四半期 |
自動車 | ディンヘン NEW MATERIALS | アルミ板、アルミホイール | 2018年第4四半期 |
自動車 | ジェネラルラバー | ラジアルタイヤ | 2019年第1四半期 |
建材 | コンチビルディング | アルミ形材、窓・ドア | 2019年第1四半期 |
自動車 | ニュータイホイール | アルミホイール | 2019年第1四半期 |
家電 | シトロン冷機 | エアコン | 2019年第1四半期 |
出所:BOI公表資料よりジェトロ作成
中国企業による最近の生産移転事例として、中国の超硬合金メーカー大手GESAC(アモイ金鷺特種合金)が挙げられる。GESACは中国の国有企業であり、タングステン粉末の製造では世界最大規模の生産量を誇る。当地主要紙の「バンコクポスト」(2019年8月24日)によれば、GESACはタイ東部ラヨーン県に工場を新設し、3~4年で約26億バーツの投資を予定しているという。タイ進出の決め手は、米中貿易摩擦の長期化による生産地の分散に加えて、タイの良好なビジネス環境だと述べている。 さらに、タイへ投資を行った中国企業を業種別に比較すると、2017年はサービス業の投資申請額が最も大きな割合を占めていたが、2018年第3四半期以降、金属・機械業における投資申請額の割合が大きくなっており、製造業における投資が増加していることが分かる。
タイ政府、中国からの生産移転企業に対し、新たな恩典政策を発表>
タイ政府は2019年9月10日、「タイランド・プラス」と呼ばれる投資促進策を閣議承認した。具体的には、投資額が10億バーツ以上の事業を対象に、税制上の恩典として、中国などから移転する企業について、5年間にわたり法人税を50%軽減するもので、2020年末までにBOIに申請し、2021年末までに10億バーツ以上の投資を実行することが条件となる。かかる条件を満たした投資については、BOIの投資奨励事業リストに記載以外の事業であっても、審査の上で税制上の優遇措置を与えられる。BOIへの手続き面(投資申請手続き)においても、投資円滑化のために投資運営委員会を設置し、審査などの事務手続きを迅速化することを決定した。さらに、工業団地内に中国、韓国、台湾などの特定国・地域の企業に適した地区の整備をすることも決まった。今後、中国、日本、台湾、韓国などを対象に、投資に関する説明会を開催するなど、新たな投資を呼び込もうと、ターゲットを絞った政策を展開している。
近年、アマタシティ・ラヨン工業団地のように、タイにおける工業団地は日系企業の入居率が高いものの、中国企業の入居が目立つ工業団地も増え始めた(注)。タイランド・プラス政策により、中国企業による工業団地への入居が加速する可能性がある。
コプサック首相府事務次官は「タイの経済発展政策は韓国の『新南方政策』、中国の『一帯一路』、日本と米国の『自由で開かれたインド太平洋戦略』、インドの『アクトイースト政策』と一致している。東南アジア、またはメコン5カ国(カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム、タイ)からなるACMECS(イラワジ・チャオプラヤ・メコン経済協力戦略会議)地域の重要なハブになっている」と、タイの投資先としての優位性を強調し、さらなる投資を呼び掛けている。
また、タイ政府が力を入れている、産業高度化の分野についても、中国企業の存在感が強まっている。例えば、華為技術(ファーウェイ)のタイ法人、ファーウェイ・テクノロジーズ・タイランドが2019年10月24日、タイの科学技術省傘下の科学技術開発機関(NSTDA)および国家革新機関(NIA)と、デジタル技術の開発で協力する旨の覚書を結んだと発表。ファーウェイがタイの5G(第5世代移動通信システム)に投資する意向も示しており、今後、さらなる投資の増加が予想される。
- 注:
- アマタシティ・ラヨン工業団地の国別企業入居率の上位3位は、日本企業36.5%、中国企業19.4%、タイ現地企業18.1%となっている。
米中貿易摩擦の情勢下に見る中国企業の対外直接投資動向調査

- 執筆者紹介
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ジェトロ・バンコク事務所
岡本 泰(おかもと たい) - 2019年から、ジェトロ・バンコク事務所勤務。