中国企業の投資が急増、ベトナム国内では警戒の声も
米中貿易摩擦の情勢下に見る中国企業の対外直接投資動向調査

2020年1月10日

ベトナムにおける中国企業の影響力は、これまで相対的に大きいとはいえない状況だった。しかし、2015年ごろから中国の対ベトナム直接投資の認可件数は右肩上がりに伸びており、さらに2018年ごろからは米中貿易摩擦がそれを後押ししている。2019年1~6月(上半期)に中国の投資認可額が国・地域別で首位になるなど、中国の存在感は強まっているといえる。同時に、ベトナム国内ではその動きを警戒する声も広がってきた。

これまで目立たなかった中国の投資

ベトナムは中国と国境を接するとともに、共産党政権主導の国家という共通点を持つ。一方、歴史的には中国の支配下もしくは対立の関係にある時期が長かった。現在も南シナ海を巡る問題では緊張関係にあり、ベトナムからの中国に対する警戒は強いといえる。こうした背景もあってか、これまでベトナムでは中国企業による目立った投資は少なかった。国・地域別の対ベトナム直接投資認可の累計(1988年1月1日~2019年9月20日)をみると、中国は件数ベースでは全体の8.8%に当たる2,619件で4位につけるも、認可額ベースでは全体の4.4%に当たる157億4,642万ドルで7位にとどまっている(表1参照)。ベトナムでは中国よりも台湾の投資の方が多いのも、ひとつの特徴といえるだろう。

表1:対ベトナム直接投資認可の累計(1988年1月1日~2019年9月20日)(単位:件、100万ドル、%)
認可額
順位
国・地域 件数 件数
構成比
認可額 認可額
構成比
1 韓国 8,190 27.4 65,771 18.4
2 日本 4,291 14.4 60,356 16.9
3 シンガポール 2,337 7.8 49,894 14.0
4 台湾 2,666 8.9 31,952 8.9
5 香港 1,632 5.5 21,820 6.1
6 英領バージン諸島 827 2.8 21,418 6.0
7 中国 2,619 8.8 15,746 4.4
8 マレーシア 610 2.0 12,568 3.5
9 タイ 549 1.8 10,810 3.0
10 オランダ 344 1.2 9,670 2.7
合計(その他を含む) 29,854 100 357,651 100

出所:外国投資庁のデータを基にジェトロ作成

中国からの直接投資の推移をみると、中部ビントゥアン省の第1ビンタン石炭火力発電所(20億1,800万ドル)が認可された2013年を除けば、2018年までは認可額が20億ドルを超える年はなかった(図参照)。外国投資庁の担当者によると、中国の投資の多くは中小案件で1件当たりの投資額が小さく、「500万ドル以下の案件がおよそ8割、中でも100万ドル以下の案件が半数近くを占めている」という。また、中国企業の進出先は、北部の中越国境近辺や地方都市が多く、あまり目立つ存在ではなかった。

図:中国の対ベトナム直接投資(認可ベース)
中国からの直接投資の推移をみると、中部ビントゥアン省の第1ビンタン石炭火力発電所(20億1,800万ドル)が認可された2013年を除けば、2018年までは認可額が20億ドルを超える年はなかった。

注1:2019年は9月20日時点の速報値。
注2:()は、新規件数、新規認可額を示している。
出所:外国投資庁のデータを基にジェトロ作成(認可取り消し案件も含む)

2019年上半期に中国企業の進出が加速

図では、中国の対ベトナム直接投資件数が近年、急増している様子がみてとれる。年間の認可件数は、2018年に2012年比で5倍以上に膨らみ、過去最高を記録したが、2019年1~9月の速報値は595件と、既に前年を上回っている。認可額も24億9,480万ドル(前年同期比2.6倍)となり、過去最高を更新している。中国の認可額は第3四半期(7~9月)に伸びが落ち着いたため、1~9月の国・地域別では3位となったが、4月時点で2018年通年を上回り、2019年上半期の時点では最大の直接投資国・地域に躍り出ていた(表2参照)。

表2:国・地域別の対ベトナム直接投資(新規・拡張合計)

2018年(単位:件、100万ドル、%)
国・地域 件数 認可額 構成比
日本 643 8,343 31.8
韓国 1,482 5,991 22.8
シンガポール 298 3,365 12.8
香港 261 1,952 7.4
中国 500 1,728 6.6
台湾 214 641 2.4
タイ 63 587 2.2
フランス 52 538 2.0
英領バージン諸島 71 537 2.0
サモア 59 312 1.2
合計(その他を含む) 4,342 26,263 100
2019年(1-9月)
国・地域 件数 認可額 構成比 前年同期比
韓国 1,164 3,291 20.9 △ 26.9
日本 502 2,558 16.2 △ 61.6
中国 595 2,495 15.8 161.9
シンガポール 261 1,770 11.2 △ 36.5
香港 291 1,749 11.1 26.6
台湾 170 681 4.3 88.3
サモア 61 661 4.2 302.4
英領バージン諸島 54 528 3.3 55.3
タイ 42 524 3.3 1.0
米国 100 227 1.4 38.2
合計(その他を含む) 3,796 15,763 100 △ 19.9

出所:外国投資庁のデータを基にジェトロ作成

2019年1~9月の中国投資を業種別にみると、製造業が認可額ベースで9割以上を占めた。トラックやバス用のタイヤ製造(2億8,000万ドル、南部タイニン省)、タイヤなどゴム製品の製造(2億1,440万ドル、南部ティエンザン省)のほか、電子部品などの製造、ステンレス加工など、大型の製造案件が目立った。

また、登録上は香港からの出資だが、中国に本社を構える企業GoerTekグループによる音響機器などの製造案件(2億6,000万ドル、北部バクニン省)など、香港の対ベトナム直接投資の中には中国系も含まれていることがある。ただし、香港などの投資のうち、中国資本がどれほどを占めているかは解明が難しく、外国投資庁の担当者も「香港投資が中国企業によるものかは判別できず、実態はつかみにくい」と話す。

中国からの投資の貢献度には疑問の声も

中国の投資増加の流れは、統計上だけでなく、目に見える形となっている。工業団地への中国企業による問い合わせが急増しており、ハノイ近郊にある地場の工業団地では、2019年6月と7月に中国からの問い合わせが殺到し、わずか1カ月ほどでレンタル工場7棟が全て契約済みとなったという。同工業団地の担当者は「米国の対中追加関税賦課の影響を受けている中国企業は、契約に至るまでの決断が一段と速い」と説明する。

同時に、米中貿易摩擦の影響を受けた生産移管は、長期的なものかどうか不安視されている。ベトナム商工会議所(VCCI)のブ・ティエン・ロック会頭は、10月30日の国会で「(米中貿易摩擦を受けた)急激な投資の増加は持続性を欠いており、長期的にはベトナムの経済成長に悪影響を及ぼす可能性がある」と指摘した。

また、中国の投資のうち、案件の進捗や技術力には、疑問も呈されている。グエン・スアン・フック首相は2019年4月の訪中時に、環境汚染を引き起こさず、高い技術力を有する優れた中国企業の投資を歓迎すると発言しつつも、プロジェクトマネジメントが徹底されてない中国の案件があることについては懸念を示した。例えば、中国企業が建設を請け負ったハノイ市都市鉄道2A号線は、調整不足の結果、開業が大幅に遅れており、政府やハノイ市民は不満を募らせている状況だ。外資誘致に関する政府機関の担当者は「中国企業によるリンチュン工業団地(南部ホーチミン市)の開発は、香港や台湾などの外資企業の受け皿となったため、プラスの効果をもたらしたといえる。家電メーカーのミデア(美的集団)やTCLも中国企業としてベトナムで成功した事例だ」と述べる一方、「中国による製造業の投資の多くは、特別な技術を有しないため、ベトナム経済への貢献は大きいとはいえない」と指摘した。

中国企業による投資は、環境汚染のリスクが高いと認識されているため、投資認可の判断は慎重に行われているようだ。ベトナム共産党中央委員会は、8月20日付決定50-NQ/TWを公布し、その中で今後の外国投資誘致の方針を示すとともに、資源や土地を浪費し、政策や法律に反する投資案件があると指摘した。このような問題に対処するため、ベトナム政府は環境や資源の保護、安全保障などの観点も踏まえた規定づくりや、運用の見直しに取り組んでいる。


開業が遅れているハノイ市都市鉄道2A号線(ジェトロ撮影)

地場企業や在ベトナム日系企業も中国企業の動きを注視

中国企業のベトナム進出が増えると、ベトナム国内での競争も激しくなるだろう。一部のベトナム政府関係者からは、中国企業の投資増加を受け、地場企業と公平な競争環境を保つため、外資系企業への税や土地の優遇策を見直すべきとの意見が出ている。また、米国の対中追加関税賦課を逃れるため、中国産品がベトナム経由で米国に迂回輸出されるリスクもある。中国産品の迂回とみなさる行為が増えると、ベトナム産品にも中国と同様に高関税を課されるとの指摘もある。実際、米国向けにベトナム産として輸出申請されたアルミニウムが、中国産であることが発覚し、押収された事例が起きており、ベトナム政府はベトナム産表示基準の策定や罰則を厳しくするなど、対応を強化している。

在ベトナム日系企業にとっても、中国企業は競合相手として警戒されている(2020年1月7日付地域・分析レポート「米中貿易摩擦の影響、ベトナムの日系企業はプラスとマイナスが均衡か」参照)。同時に、ベトナムにおける人件費高騰など各種コスト増加を加速させるのではないか、という心配の声も上がっている。一方で、業態によっては、販売先や調達先として、中国企業の進出に期待する意見もある。販路開拓の面では、中国企業への営業を強化するため、中国語ができる人材を新たに採用するなど、対策を講じる企業も出てきた。中国企業の進出が今後も継続するのか、米中貿易摩擦の動向やベトナム国内情勢を踏まえながら、注視していく必要がある。

執筆者紹介
ジェトロ・ハノイ事務所
庄 浩充(しょう ひろみつ)
2010年、ジェトロ入構。海外事務所運営課(2010~2012年)、横浜貿易情報センター(2012~2014年)、ジェトロ・ビエンチャン事務所(ラオス)(2015~2016年)、広報課(2016~2018年)を経て、現職。