多国間主義に瓦解の兆し―試されるグローバルビジネスの耐性欧米のEV政策
EV取り巻く環境変化、政策の見直し進む(後編)

2025年10月21日

世界のEV市場動向と主要国のEV政策を概観する本稿では、前編で主に新興国の動向を紹介した。後編では、EUと米国のEV政策の見直しを取り上げる。EV導入の先駆者だった欧州では販売が伸び悩み、米国ではEV推進政策が撤回された。EVを取り巻くビジネス環境にさまざまな変化が起こる中、各国のEV販売やEV投資への影響を分析する。

EVの推進を取りやめた米国

第2次トランプ政権の発足(2025年1月)で、米国のEV政策は転換期を迎えている。バイデン前政権下では、2030年までに全新車販売台数の50%をクリーンビークル(注1、以下CV)とする政府目標を掲げていたほか、一定数のCV販売を想定したGHG(温室効果ガス)排出や企業別平均燃費(CAFE)に関する規制を設定していた。また、カリフォルニア州では、「アドバンスド・クリーンカーII(ACC II)」という規制で2035年までに新車販売の100%をCVとする義務が定められていた。米国連邦議会上院は2025年5月22日、同規制を無効化する法案を可決し(注2)、6月12日にトランプ大統領が署名して発効した。カリフォルニア州に対する連邦政府規制の適用除外が不承認となった結果、同州に追随する11州+ワシントンD.C.でも、連邦基準よりも厳しいACC II規制の導入が認められなくなる。

2025年5月16日、米国連邦議会下院歳入委員会は、「大きく美しい1つの法案(The One, Big, Beautiful Bill)」を発表した。同法案は、第2次トランプ政権の減税や歳出削減、債務上限引き上げ策をまとめたものだ。上院修正案が下院で再可決された後、トランプ大統領が7月4日に署名して成立した。同法案の成立で、インフレ削減法(IRA)で注目が高かったCVの購入者に対する税控除は、適用期限が2032年12月31日から2025年9月末に前倒しになった

米国におけるEV市場は成長鈍化が見込まれている。エネルギー関連の調査を行うブルームバーグNEFは、年次レポート「電気自動車の見通し2025PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(7.8MB)」を発表し、2030年時点における米国のライトビークル(乗用車・小型トラック)販売に占めるEVの割合が27%にとどまるとの見通しを示した。2024年時点の予測値48%から大幅な下方修正となる。この見通しには、前述のACC II規制の無効化は含まれておらず、同措置を加味すれば、さらに低い予測となる可能性がある(2025年6月19日付ビジネス短信参照)。米バンク・オブ・アメリカ(BOA)証券は2025年6月、今後、「市場の重心がEVから内燃機関車、ハイブリッド車へ移る可能性が高い」との分析を示した(2025年6月9日付ビジネス短信参照)。

バイデン前政権下では、IRAのEV税額控除の要件の(1)最終組み立てが北米(米国、カナダ、メキシコ)で行われていることや、(2)北米で生産または組み立てられたバッテリーの部品割合が一定以上であるよう定められていたことの2点が、特に米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)の域内へのEV投資を促進していた。IRAは2022年8月に成立し、2023年には投資案件の発表が相次いだ。当時発表されたEVバッテリー工場への投資案件は、2020年代後半の稼働を予定していたものが多かった。第2次トランプ政権の政策転換で、EV関連投資が落ち込むことが予想される。ただし、一部の州との訴訟などを踏まえ、EV推進政策撤廃が見直された例もある。国家電気自動車(EV)インフラプログラム(NEVIフォーミュラプログラム)については、2025年2月6日、「米国のエネルギーを解き放つ」と銘打った大統領令に基づき資金凍結を指示。これに対し、一部の州が違法として提訴し、連邦地裁は6月、凍結の一部差し止めを命じていた。その後、米国運輸省は2025年8月11日に改定ガイダンスを発表し、プログラムの継続方針を示している(2025年8月13日付ビジネス短信参照)。

トランプ政権はEV推進を取りやめる方針を明確にしているが、同時に米国内に製造業を移転させることには意欲的だ。2025年5月にホワイトハウスが公開した第2次トランプ政権発足後の米国内の投資リストには、自動車大手ステランティスの50億ドルの米国内工場への投資や、米国ゼネラルモーターズ(GM)のニューヨーク州のエンジン工場への8億8,800万ドルの投資、トヨタ自動車のウエストバージニア州の工場におけるハイブリッド車製造のための8,800万ドルの追加投資などが含まれている(注3)。ステランティスは、ガソリン車、ハイブリッド車、EVのどの車種でも製造できるようラインを改修するという独特のアプロ―チを取っている(注4)。トランプ政権の政策が影響し、米国ではEV関連の消費需要と投資意欲の低下が見込まれる一方、今後の関税状況によっては米国内での自動車生産を拡大する企業がさらに増加することも考えられる。

2024年EV販売が減速、現実的な路線を模索するEU

中国製EVへの追加関税などを背景に、中国企業が欧州で現地生産を始めるための投資が拡大した。ドイツのメルカトル中国研究所(MERICS)と米国の調査会社ロディアム・グループの調査(2025年5月)(注5)によると、2024年の中国から欧州(EU27カ国および英国)への直接投資額は、2023年の68億ユーロから増加し、100億ユーロに達した。これは2016年以来8年ぶりの増加だ。グリーンフィールド投資は3年連続で増加し、前年比21%増の59億ユーロと過去最高を記録した。2024年の中国から欧州へのグリーンフィールド投資のうち、83%に当たる約49億ユーロがEVまたはバッテリー工場向けだった。

他方で2024年は、EUにおけるEV需要の高まりが落ち着く様子を見せた。EUでは引き続きEV推進政策が進められているが、前述のとおり、EV販売は減速している。EV販売減速の影響はサプライチェーン全体に広がり、2024年に少なくとも8社が欧州でのEV用バッテリー事業を延期または断念するなど、EV需要の低迷に伴う投資縮小の動きも見られる(2025年1月27日付ビジネス短信参照)。欧州自動車部品工業会(CLEPA)のベンヤミン・クリーガー事務局長は現況を踏まえ、欧州が自動車関連技術において主導的な立場を維持するためには、企業の資金調達環境の整備、投資支援や技術中立性の原則に立った規制が必要不可欠と指摘する(注6)。このような欧州市場でのEV販売減速の影響を踏まえ、欧州委員会は2025年4月に乗用車・商用車(バン)のCO2(二酸化炭素)排出基準規則の一部を改正する案を発表した。同規則では、2025~2029年の間は、CO2排出量を2021年比で15%削減し、排出上限値を1km(キロメートル)当たり93.6グラムとすると定めている。順守できなかったメーカーには、新車登録台数1台につき、超過排出量1グラム当たり95ユーロの罰金が科される。改正案では、排出基準は維持されるが、2025~2027年に限り、単年ではなく3年間の平均値で順守状況を見ることで時限的な緩和を行うものだ。EV販売の減速もあり、基準未達による巨額の罰金を懸念した産業界からの要請もあった。欧州委員会は、「今回の措置は、2030年以降の排出基準の厳格化に向け排出量削減を進めつつ、企業の脱炭素化に向けた投資能力を維持するため」と説明した。同案は、2025年7月に発効した(注7)。EUではサステナビリティ関連措置の企業負担の見直しが行われているが、CO2排出規制についても、産業界の負担軽減を模索し罰金の導入を先延ばしにすることで、EVなどのモビリティーの脱炭素化への投資継続を促したかたちだ。なお、英国は、2022年6月に一度廃止したEV新車購入補助金を再導入することを2025年7月に発表した(2025年7月17日付ビジネス短信参照)。

2025年のEV投資は減速の可能性も

2024年以降、中国企業の輸出および現地生産拡大による競争環境の激化とともに、欧州での需要減、米国における政策の変更など、EVを取り巻くビジネス環境にさまざまな変化が起こった。ここ数年で盛り上がりを見せたEV関連の対内直接投資はこれらの要因で落ち着く可能性が考えられる。また、ハイブリッド車への回帰の動向にも注目が必要だ。他方で、新しい技術を求める動きもある。特に、トラックやバスなど長い持続距離や大きな動力が必要なモビリティーは、現状ではEVで代替しづらい。植物や廃食油などから作るバイオ燃料などの代替燃料や水素燃料電池など、EV以外の他の手段も追求されていくものと考えられる。


注1:
バッテリー式電気自動車 (BEV)、プラグインハイブリッド車(PHEV)、燃料電池 車(FCV)の総称。ゼロエミッション車(ZEV)と同義。
注2:
米国連邦議会 "California State Motor Vehicle and Engine Pollution Control Standards; Advanced Clean Cars II; Waiver of Preemption; Notice of Decision"(2025年5月21日付)参照。
注3:
ホワイトハウス“TRUMP EFFECT: A Running List of New U.S. Investment in President Trump’s Second Term”(2025年6月2日付)。
注4:
マークラインズ自動車産業ポータル “Stellantis (1) From a BEV strategy to an xEV strategy”(2025年3月5日付)。
注5:
メルカトル中国研究所(MERICS)/ロディアム・グループ“Chinese investment rebounds despite growing frictions - Chinese FDI in Europe: 2024 Update”(2025年5月21日付)。
注6:
欧州自動車部品工業会(CLEPA)プレス発表(2025年4月2日付)。
注7:
欧州連合官報「Directive(EU)2025/1214」(2025年6月19日付)。

EV取り巻く環境変化、政策の見直し進む

シリーズの前の記事も読む

(前編)世界で競争が激化

執筆者紹介
ジェトロ調査部国際経済課
板谷 幸歩(いただに ゆきほ)
民間企業などを経て、2023年4月ジェトロ入構。