多国間主義に瓦解の兆し―試されるグローバルビジネスの耐性世界経済に不確実性の影、長期化する下押しリスク

2025年9月29日

2025年上半期の世界経済と国際通商秩序は、米国トランプ政権の発足とともに、同政権が矢継ぎ早に発表した追加関税措置に翻弄(ほんろう)されたと言えるだろう。4月2日に発表された「相互関税」をはじめ、同盟国と懸念国を区別しない強硬な追加関税措置の乱発への対応は、世界中の多くの国・地域で、経済政策上の最優先課題に浮上した。米国は「アメリカ・ファースト」の理念の下で、自国主導で交渉相手を選別し、相手国・地域が米国にもたらす利益を追求する姿勢を前面に打ち出している(注1)。米国は7月末までの個別交渉を経て、中国に対する関税率の引き下げ、日本やEUを含む主要貿易相手国・地域との合意に至った。当初懸念されていた世界経済への打撃は和らいだかたちだが、依然として政策の不確実性の高まりへの懸念はぬぐいきれていない。2025年8月22日時点で鉄鋼・アルミニウム製品、自動車・同部品、銅などの特定品目への追加関税や、約70カ国・地域を対象とした「相互関税」の導入は実現しており、企業は対応を迫られている(注2)。

不確実性が世界経済を下押し

主要国際機関が2025年4月から6月にかけて発表した2025~2026年の経済見通しは、それぞれの国際機関が同年初めに示した前回見通しから軒並み下方修正となった。2025年2月以降に米国が相次いで発表した追加関税やそれに伴う相手国・地域による対抗措置などが、世界的な貿易、投資、サプライチェーンの混乱を招き、各国・地域の経済に負の影響を与えると予測した。また、米国の関税政策の展開次第で成長見通しは大きく変動し得るとして、各国際機関では複数の代替シナリオを示している(注3)。

2025年7月29日にIMFが最新の経済見通しを発表し、2025年の世界経済の成長率(実質GDP伸び率)を3.0%、2026年を3.1%と予測した(表1参照)。2025年の成長率は、前回4月時点の見通しから0.2ポイント上方修正となった。米国の関税措置発動前の経済活動の前倒しによる貿易の増加、米国の実行関税率が4月時点の予測よりも低くなったこと、ドル安による金融環境の改善などが要因となっている(2025年7月31日付ビジネス短信参照)。2026年は、前倒しされた経済活動が「今後数四半期で解消され、その反動が2026年の経済活動の重荷となる」としつつ、その他の動向によって相殺されることで若干の上方修正となっている。

IMFは、貿易ショックは当初の懸念ほど深刻でない可能性はあるものの、依然として世界経済に大きな打撃を与える懸念をはらむと警鐘を鳴らす。2025~2026年の成長率は2025年1月時点の見通し(両年とも3.3%)からそれぞれ0.3ポイント、0.2ポイント低く、2000~2019年の平均成長率3.7%を大きく下回る見込みとなっている。

表1:主要国際機関による世界経済見通し
発表機関  2024年
(推計値)
2025年
(予測値)
2026年
(予測値)
発表時期  
(前回)
伸び率 伸び率 前回差 伸び率 前回差
IMF  3.3 3.0 0.2 3.1 0.1 2025年7月
(2025年4月)
世界銀行 2.8 2.3 △ 0.4 2.4 △ 0.3 2025年6月 
(2025年1月)
OECD 3.3 2.9 △ 0.2 2.9 △ 0.1 2025年6月
(2025年3月)
国連 2.9 2.4 △ 0.4 2.5 △ 0.4 2025年5月 
(2025年1月)

注:国際機関による伸び率の差は、集計の際の構成国・地域のウエートの決定方法の違いなどによる。
出所:IMF(2025年7月)、世界銀行(2025年6月)、OECD(2024年6月)、国連経済社会局(2025年5月)から作成

IMFは2025年7月の見通しで、見通しの下振れリスクは強まっているとし、「貿易交渉の破綻や保護主義の再燃が、世界的な成長を鈍化させ、一部の国でインフレを加速させる可能性がある」と指摘する。加えて、中東やウクライナなどでの地政学的な緊張の高まりも、世界経済に負の影響を与え得るとした。

世界貿易への負の影響は2026年以降

2025年7月から8月にかけての米国と各国・地域との関税引き下げ合意などを踏まえ、WTOは8月8日に世界貿易見通しを更新した(注4)。更新した予測によると、2025年の世界の財貿易量(輸出入平均)は前年比0.9%増となった。同年4月に発表した、4月14日時点の関税措置を前提とした調整予測の0.2%減からは1.1ポイントの上方修正となった(表2参照)。

表2:世界の財貿易量伸び率(前年比)(単位:%、ポイント)(△はマイナス値、-は値なし)
項目 2023年 2024年 2025年 2026年
伸び率 伸び率 伸び率 前回差 伸び率 前回差
基準予測 調整予測 基準予測 調整予測
輸出 北米 3.6 2.3 △ 4.2 △ 6.4 8.4 0.7 △ 2.2 1.9
欧州 △ 2.9 △ 1.7 △ 0.9 △ 2.3 △ 1.9 3.6 1.3 1.1
アジア 0.2 8.0 4.9 1.6 3.3 1.3 △ 2.0 △ 2.2
その他世界 3.9 3.6 1.2 1.3
輸入 北米 △ 2.2 4.7 △ 8.3 △ 11.1 1.3 △ 2.4 △ 4.0 △ 1.6
欧州 △ 5.0 △ 2.2 0.4 △ 1.7 △ 1.5 2.7 0.0 0.0
アジア △ 0.7 4.4 3.3 0.1 1.7 2.8 △ 1.0 △ 1.0
その他世界 4.9 8.2 6.8 2.7
世界の財貿易量 △ 1.0 2.9 0.9 △ 1.8 1.1 1.8 △ 1.1 △ 0.7

注1:2025年、2026年の値は予測値。
注2:前回差は2025年4月の見通しとの差。
注3:基準予測は2025年4月見通しにおいて、米国による関税引き上げがない場合の予測値。
注4:調整予測は2025年4月の見通しにおいて、4月14日時点の関税状況を前提とした場合の予測値。
注5:2025年4月見通しではその他世界の分類がないため、前回差は算出できない。
注6:世界の財貿易量の数値は、輸出と輸入の平均値。
出所:WTOプレスリリース(2025年8月8日)、「WTO世界貿易見通し(2025年4月)」を基にジェトロ作成

WTOは2025年の予測を構成する要素を以下の3点に整理している。

  1. 2025年上半期の米国の輸入増加
    2025年上半期の米国の輸入は、米国による追加関税発動前の前倒し需要と在庫の積み増しで、前年同期比で11%増加となった。特に第1四半期に輸入が急増した。この輸入の前倒しが2025年の貿易見通しを一時的に押し上げた。半面、将来的な輸入需要は低下し、関税の影響は2026年以降に一部ずれ込むと見込む。
  2. 世界経済見通しの好転
    前述のIMFによる2025年7月の世界経済見通しで示したとおり、最新の世界経済の成長見通しは2025年4月時点の予測よりも好転している。
  3. 最近の関税変更が与える負の影響
    米国が8月7日に導入した「相互関税」は、2025年後半から2026年にかけて米国の輸入に徐々に圧力をかけると予測。これに伴い、米国の貿易相手国・地域の輸出も抑制するとしている。

また、WTOは、発表時点までに、世界貿易に深刻な打撃を与える可能性がある報復措置の連鎖が回避されてきた点も重要だと指摘している。2025年の世界貿易見通しに対する米国による追加関税の影響は緩和する見通しだが、2026年の世界貿易には重荷になる予測だ。2026年の世界貿易見通しは、前年比1.8%増の予測で、4月時点の調整予測である2.5%増から0.7ポイント引き下げた。また、8月時点の2025年と2026年の世界貿易見通しを、4月時点の米国による関税引き上げがない場合の基準予測と比較すると、2025年は1.8ポイント、2026年は1.1ポイントも下回る。WTOは、米国の追加関税措置による不確実性の影が、企業の景況感、投資、サプライチェーンに重くのしかかってくるとの懸念も示す。

長期化する地政学的な緊張

長引く地政学リスクも、世界経済における下振れリスクに挙げられる。IMFは、「中東やウクライナなどで、地政学的な緊張が高まれば、世界経済に新たな負の供給ショックとなることもあり得る」とし、一次産品価格が上昇し、輸送ルートやサプライチェーンに混乱が生じる可能性を指摘する。

世界銀行が2025年4月に発表した一次産品指数(2010年=100)の見通しによると、2025年は92.1(前年比12.4%減)、2026年は87.7(前年比4.8%減)と低下し、2020年以来の低水準になる見込みだ。見通しに対するリスクは下振れに傾いており、貿易環境の悪化や金融引き締めの長期化により、世界経済の成長が予測よりも鈍化した場合は、コモディティー需要を押し下げる可能性があるとしている。他方、貿易摩擦の緩和、地政学的緊張の悪化、異常気象により、商品価格が上昇する上振れリスクも指摘する。

特に中東地域では、複数の火種が同時かつ連鎖的に発生しており、2025年下半期以降の世界経済への重大な地政学上のリスクをもたらす懸念がある。具体的には、(1)原油価格の高騰による世界的なインフレの再燃、(2)海上輸送を巡る混乱の激化、(3)輸送の途絶や紛争当事国・地域に対する経済・貿易に関わる制裁措置、安全保障を名目とする規制の増大が挙げられる(注5)。海上輸送については、2023年11月以降の紅海でのフーシ派による商船攻撃開始から1年半以上が経過しているが、依然としてリスクは高いままだ。紅海と地中海を結ぶ要所であるスエズ運河、紅海とアデン湾を分けるバブ・エル・マンデブ海峡を通過する船舶数は、2025年に入ってもフーシ派による攻撃前と比べて半減以下の状況が続く。代わりに、南アフリカ共和国の喜望峰を経由する迂回ルートが選択されている状況だ。

保護主義的な政策や競争環境の激化に懸念

さらなる保護主義的な貿易制限措置の導入や、競争環境の激化にも注視が必要だ。「グローバル・トレード・アラート(GTA)」(注6)のデータベースによれば、2024年に世界全体で導入された通商面での新たな政策介入のうち、貿易や投資に負の影響を与える阻害措置(注7)の件数は3,505件と、前年から横ばいとなり高水準が続く。2025年1月から5月では1,247件と前年同期から微増している(注8)。

WTOは2025年4月の発表において、米中貿易の混乱が貿易の転換を招くと指摘し、中国製品の輸出は北米以外の全ての地域で増加すると予測した。これにより、第三国市場において中国との競争激化の懸念が高まるとしている。

また、欧米を中心に、中国の輸出管理や過剰生産能力への懸念も継続している。2025年6月のG7カナナキス・サミットにおいて、欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長が、中国による希土類の輸出管理強化や過剰生産能力を批判。議長国であるカナダのマーク・カーニー首相による議長総括でも、中国との建設的かつ安定した関係の重要性を強調しつつ、中国に対して市場の歪曲(わいきょく)や有害な生産能力の抑制などを求めた。

国際ビジネスを取り巻く情勢は、高い政策の不確実性により先行きの見通しが困難な状況が続く。これまで以上に、各国・地域の政策や情勢の動向に注視が必要だ。

本特集では、このような不確実性が高まる国際情勢下における世界の貿易や投資、通商ルール形成の動向に加え、電子商取引(EC)や電気自動車(EV)に関する市場や政策の変化について、「2025年版ジェトロ世界貿易投資報告」の内容を基に報告する。


注1:
2025年版ジェトロ世界貿易投資報告第3章PDFファイル(11.6MB)第1節参照。
注2:
ジェトロ「米国トランプ政権の関税政策の要旨―相互関税、自動車・同部品、鉄鋼・アルミ・銅、カナダ・メキシコ・中国・日本―PDFファイル(1.88MB)」(2025年8月22日)
注3:
2025年版ジェトロ世界貿易投資報告第1章PDFファイル(1.91MB)第1節参照。
注4:
WTOの世界貿易見通し(Global Trade Outlook)は従来、4月と10月の2回の更新。
注5:
2025年版ジェトロ世界貿易投資報告第1章PDFファイル(1.91MB)第1節参照。
注6:
スイスの非営利団体、ザンクトガレン貿易繁栄基金が運営し、世界貿易や投資に影響を及ぼす政策介入措置を監視・報告するデータベース。
注7:
阻害措置とは、政府・政策担当者が導入する措置のうち、輸入規制や輸出管理など、国境を越えた商品やサービス、資本の流れを妨げ、相手国に悪影響を及ぼす措置。
注8:
2025年版ジェトロ世界貿易投資報告第3章PDFファイル(11.6MB)第1節参照。
執筆者紹介
ジェトロ調査部国際経済課 課長代理
田中 麻理(たなか まり)
2010年、ジェトロ入構。海外市場開拓部海外市場開拓課/生活文化産業部生活文化産業企画課/生活文化・サービス産業部生活文化産業企画課(当時)、ジェトロ・ダッカ事務所(実務研修生)、海外調査部アジア大洋州課、ジェトロ・クアラルンプール事務所を経て、2021年10月から現職。