グローバルへ飛躍する日本発スタートアップの挑戦海外展開進める次世代ユニコーンの挑戦から学ぶ
2025年6月27日
日本政府が2022年11月に策定したスタートアップ5カ年計画の発表から、折り返し地点である2年半が経過した。ジェトロでは2013年に開始した「シリコンバレー・イノベーション・プログラム(SVIP)」を皮切りに(2014年8月4日付ビジネス短信参照)、様々なプログラムで日本発スタートアップを支援している。
主なプログラムとして、(1)グローバル・アクセラレーション・ハブ(世界各地の有力アクセラレーターによるメンタリングサービスを提供/2018年開始)、(2)グローバル・スタートアップ・アクセラレーションプログラム(世界トップレベルのアクセラレーターによるエクイティ・フリー型(出資なし)のアクセラレーションプログラムを提供/2020年開始)、(3) J-StarX(起業家などの海外派遣プログラム/2023年開始)がある。2025年4月時点で累計2,000社以上の日系スタートアップがこれらのプログラムを利用した。ジェトロの支援を通じて、日系スタートアップが海外投資家からの資金調達や海外顧客の獲得、海外法人設立等に成功した事例は、過去6年間で累計210件を超える。
ジェトロは、2024年10月、第1回「JETRO Startup Alumni Meetup」を開催。プログラムを通じて日系スタートアップが得た経験を、日系スタートアップエコシステムプレーヤーに共有するため、これまでのプログラム参加者(以下、アルムナイ)、スタートアップ支援者、ベンチャーキャピタル(VC)、コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)を招いた。本特集では、2025年10月に予定している第2回の開催に向けて、第1回で開催されたセッション内容を振り返りたい。
第1回アルムナイイベントでは、「テーマ別」「地域別」の2つに分けて、計10のセッションを開催した。前者は、「海外アクセラレーターをどのように活用するか」、「日系スタートアップにとってのピボット戦略とは」、「日系スタートアップのグローバル人材獲得戦略」などだ。後者では、欧州や中東セッションで、アルムナイが海外市場展開のリアルな現状を語った(イベントのアーカイブ動画はジェトロYouTubeチャンネルに掲載)。本特集第一弾の本稿では、「世界を舞台にするスタートアップのビジョンと戦略」と題して行われた、基調講演の内容を紹介する。

世界を舞台にするスタートアップのビジョンと戦略
基調講演では「世界を舞台にするスタートアップのビジョンと戦略」と題し、パネルディスカッションを行った。パネリストには、ジェトロを活用したアルムナイの中から、海外市場で顧客・パートナーを獲得し、海外投資家から資金調達を行う3名が登壇した。
- 内藤聡氏(エニープレイスCEO)
米国・サンフランシスコでリモートワーク向け賃貸事業を展開するエニープレイスを2015年に創業。同社は創業当初から海外展開するボーン・グローバル・スタートアップとしても知られる。 - 坂本孝治氏(TBM取締役兼バイオ・ワークスCEO)
石灰石を主原料とした新素材「LIMEX」で脱プラスチックと資源循環を推進する日本発スタートアップ「TBM」。バイオ・ワークスはTBMのグループ会社で、植物由来の生分解性素材「PlaX」を開発し、プラスチックなどを代替しうる持続可能な新素材を提供するスタートアップ。 - 世古学氏(京都フュージョニアリングCOO)
2019年に設立した京都大学発のディープテックスタートアップ。核融合エネルギーの商業化を目指すエンジニアリング企業だ。2024年7月時点で、累計資金調達額約150億円を達成している。
このセッションでは、ジェトロイノベーション部次長(スタートアップ担当)の樽谷範哉がモデレーターを務め、「1兆円企業になるための(スケールするための)世界市場でのプロダクト・マーケット・フィット(PMF、注2)検証」、「海外でのトラクション獲得」、「海外投資家からの資金調達」などについてディスカッションした。
- 質問:
- スタートアップは初期段階において、PMFを達成するためにピボットを繰り返すことが多い。ピボットをするには、勇気がいる。ピボットをした時の経緯や思いを教えて欲しい。
- 答え:
- (内藤氏):創業時はエア・ビー・アンド・ビー(Airbnb)の逆を狙う、ホテルを生活空間として貸し出すビジネスモデルだった。年間1~2億円の売上があり、ビジネスとして成立していた。しかし、新型コロナウイルス感染症を契機に、ユーザーからはホテルを「仕事場」として利用したいという声が多くなった。そのことが分かり、ピボットを図った。より大きな事業機会を見つけ続けるために、ピボットを繰り返すことは当然だ。特に北米では、ピボットを繰り返すことは一般的だ。
- 質問:
- TBMはB2B2Cビジネスなので、消費者(C)からの声を直接聞くことは難しいだろう。直接の顧客である企業(B)からのヒアリングでは、なかなかPMFを見つけにくいのではないか。
- 答え:
-
(坂本氏):TBMの商品は直接、消費者に売るものではない。一方、プラスチックの代替は何十兆円というマーケットなので、どこから攻めるかという問題がある。
そういう意味で、どの業界がC(消費者)からの意見に敏感か、どの業界がサステイナブルを気にしているか、どの会社がブランドを大事にしているか、を探るようにしている。 - 質問:
- 海外メンターから日系スタートアップへの助言として「様々な顧客に対して全方位的になりがちなので、ターゲット業界を絞ったほうがよい」ということをよく耳にする。一方、売上を追い求めるあまり、少しでも販売実績が出た業界に注力してしまうという面もある。TBMはどのようにターゲットとする業界を絞ってきたか。
- 答え:
-
(坂本氏):バイオ・ワークスは、TBMの子会社として生分解性の植物由来プラスチックを生産している。当初、「何にでも使える」ことを訴求してマーケティングしていたものの、売り上げに繋がらなかった。まさに全方位的に販売を始めてしまったので、「何でもできると言うことは、何もできない」という事態になってしまった。
繊維に特化して業界を絞った瞬間に大きく変わった。植物由来の繊維を作るスタートアップと認識され、国内外の繊維関連企業から引き合いをもらえるようになった。 - 質問:
- 海外投資家から資金調達するために、どのようなアプローチをしたか。また、それぞれの投資家が与えてくれた付加価値はどういうものだったか。
- 答え:
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(内藤氏):当社は、エンジェル投資家、ジェイソン・カラカニス氏(ウーバーの初期投資家としても著名)が運営するアクセラレーターから出資を受けた。これが自社にとって初めての海外からの資金調達だった。他の著名なアクセラレーターと異なり、フォローオン投資(注3)もしてくれた点が良かった。また、ジェイソン氏が投資したことにより対外的な信用を得ることができ、現地の投資家へのアポイントメントが容易になった。
海外投資家にアクセスするにはまずはエンジェルに投資してもらうこと。エンジェル投資家がセコイヤなどの著名なVCを紹介してくれ、「わらしべ長者」のようにネットワークを広げることができた。 -
(世古氏):インクテル(In-Q-Tel)は、米国中央情報局(CIA)が設立した著名なVC。安全保障やエネルギーに関する分野に投資を集中しており、核融合関連企業3社ほどにも投資している。当社にもアクセスいただき、投資に至った。
「CIAの投資ファンドから出資を受けている」という点で、他の投資家からも大きな信頼を得られた。さらに、インクテルがグローバルな投資家を相当数、紹介してくれる。投資家を次々に紹介してくれる先が1つあるというのは、大きな価値となっている。
なお、このセッションのアーカイブ動画も、ジェトロYouTubeチャンネルで配信中だ。

- 注1:
- ピボットとは、企業経営におけるビジネスモデル転換や路線変更のこと。 特にスタートアップでは、アイデアのビジョンを軸足に(ビジョンは変えず)、それ以外を変更することを指す。
- 注2:
- プロダクト・マーケット・フィット(PMF)とは、顧客が抱える課題を満足させる製品を提供し、かつ適切な市場に受け入れられている状態を指す。
- 注3:
- 一度投資した投資先に対し、次の資金調達ラウンドでも投資を続けること。

- 執筆者紹介
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ジェトロイノベーション部スタートアップ課(執筆当時)
植田 百香(うえだ ももか) - 2021年、ジェトロ入構。日系スタートアップ(特にClimate techおよびBiotech)の海外展開支援の担当として、これまでに50社以上の日系スタートアップを支援する。また、海外アクセラレーターの誘致活動にて外国籍起業家の日本での起業支援にも従事する。

- 執筆者紹介
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ジェトロイノベーション部 次長
樽谷 範哉(たるたに のりや) - ジェトロ入構後、20年以上にわたり、東京、トロント、サンフランシスコ、シリコンバレー等において、日系スタートアップの海外展開や海外企業の日本進出業務に従事。Techstars、Berkeley SkyDeck、Alchemistなど著名アクセラレーターやVCと連携し、PMF検証や資金調達支援・パートナー発掘を目的としたアクセラレーションプログラムを立ち上げ・運営に従事。2023年4月から現職。ジェトロのスタートアップ・プログラムを統括している。