グローバルへ飛躍する日本発スタートアップの挑戦日本発スタートアップが考えるアジア・欧州・中東地域における商機
2025年6月10日
本稿では、東南アジア、欧州、中東各地域でのスタートアップの市場戦略を取り上げる。
ジェトロでは、世界各地の有力アクセラレーターなどからメンタリングを受けられる「グローバル・アクセラレーション・ハブ」を設置している。海外での顧客獲得や資金調達を目指す日本発スタートアップが、30カ国・地域のメンターに個別相談することができる。このサービスを通じて各地域で市場進出の足掛かりをつかんだアルムナイ(注1)が、「JETRO Startup Alumni Meetup」(2024年10月3日開催)のセッションに登壇した。
東南アジア、欧州、中東の地域別で実施したセッションの内容から、各地域に進出する上での秘訣を探る。
急成長する東南アジア市場での勝機
東南アジアのセッションでは3人のアルムナイを迎え、ビジネスチャンスやこれまでの経験について話を聞いた。モデレーターは、ジェトロスタートアップ課の外山夏帆が務めた。
- 志藤 篤氏〔シンスペクティブ(Synspective)取締役ゼネラルマネージャー〕
合成開口レーダー(SAR)データの国防や災害対策を目的とした販売を手掛ける。小型SAR衛星の開発・運用と、それを活用したソリューションも提供する。全天候・全時間帯で地上観測が可能で、地形や構造物の形状を検出する技術を備えている。海外にはシンガポールや米国に拠点を持つ。2024年12月東京証券取引所グロース市場へ上場。 - 篠本遼氏〔サーマリティカ(Thermalytica)経営戦略部部長(当時)〕
高性能で低コストな断熱材「TIISA®」の開発を通じて、エネルギー効率の向上と環境問題の解決に取り組む。「TIISA®」は、世界最高水準の断熱性能を持つエアロゲル素材を基盤としている。液体水素(LH2)や液化天然ガス(LNG)などの保冷断熱用途に加え、省エネ住宅や電気自動車向けの断熱ソリューションとして注目されている。シンガポールに拠点を持つ。 - 喜田真弘氏〔アルガルバイオ(Algal Bio)事業開発グループ海外担当(当時)〕
東京大学での20年以上にわたる研究成果を基盤に創業された藻類バイオテックベンチャー。100種1,260株もの藻類株ライブラリーの構築及び培養技術を活用し、健康・美容領域から二酸化炭素(CO2)固定化技術まで多岐にわたる分野でソリューションを提供する。 海外では、BLCPパワー(タイを代表する独立系発電事業者)と、CO2固定化の共同実証を実施している。

- 質問:
- 東南アジア市場に参入した目的は?
- 答え:
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(篠本氏)2023年7月に出展した「テックソース・グローバル・サミット(TSGS)」でタイの企業と商談し、参入に手ごたえを感じた。さらに、2023年にシンガポールで開催されたピッチコンテスト「SLINGSHOT2023
」にてグランプリを受賞した。これを機に、東南アジアでの認知度が高まり、本格的に東南アジア市場での展開を開始した。
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(喜田氏)東南アジアに加え、中東や北米などさまざまな市場を、展開先候補として調査してきた。東南アジアではタイ、シンガポール、インドネシアへ足を運び、自社のCO2回収と排水浄化の2つのソリューションに勝機があると思った。
タイでは、国家戦略「バイオ・循環型・グリーン(BCG)経済モデル」(注2)に基づいて、バイオテクノロジーを活用した製品の生産、排水処理やCO2固定といった循環型経済などが推進されている。当社の提供するソリューションとの親和性が高いため重点市場として選んだ。 - (志藤氏)東南アジアでは雨が多いため、曇天でも衛星データを取得できる自社の技術にニーズがあることがわかり、進出先として選んだ。また、北米や欧州と異なり、アジアには宇宙業界の競合が少なかったことも参入理由の1つ。
- 質問:
- 現地のパートナーや投資家をどのように見つけたか。また、関係性をどのように構築していったか。
- 答え:
- (喜田氏)当社の認知が進んでいない段階では、ジェトロのような現地ネットワークを持つ支援機関に事業を理解してもらい、適切な企業・担当部署に繋げてもらうのが良い。また、タイではメールよりも、SNSのチャットでのやりとりの方が好まれる。いかに早く会話のツールをSNSに移すかを1つの目標にしていた。密なコミュニケーションによって技術や連携可能性に関する疑問点を解消することが、信頼関係を構築する上で大事だと思う。
- (志藤氏)当社は2022年にシンガポールのベンチャーキャピタル(VC)であるパビリオンキャピタル(Pavilion Capital)から出資を得た。同社と知り合ったきっかけは、既存投資家などからの紹介だった。ファンドごとにテーマやターゲットステージが異なる。さまざまな投資家と話して自社と目線の合う投資家を探した。
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(篠本氏)タイでのPoC(概念実証、注3)パートナー候補との交渉のため、タイ語対応が可能な人と契約をして、すぐに質問に対応できる体制をとっている。投資家探しでは、過去にシンガポールの投資家と商談をした際、拠点が日本にしかないことが障壁になり進展しなかった。アーリーステージの日本企業はデューディリジェンス(注4)に進むことすら難しいという現実がある。
当社は素材を取り扱っているので、実物の商品を実際に見てもらうことが投資家から関心を引き出す上で重要なプロセスになる。初期の商談はオンラインで行う場合が多いが、SaaS製品とは異なり、商品サンプルや資料だけでは魅力を十分に伝えるのが難しく、投資決断に至らないケースが多い。 - 質問:
- 東南アジア市場への進出にあたり、シンガポールを起点とする戦略を立てるスタートアップは多い傾向にある。シンガポールを起点にすることの戦略的メリットは。
- 答え:
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(志藤氏)当社は創業から間もなくシンガポールに拠点を設立した。シンガポールは、宇宙産業の成長を支援する政策を進めている。
また、当社の顧客は政府機関が中心のため、オンラインミーティングだけでは関係構築が難しい。しかし東南アジアでは、地理的に出張ベースでも対応ができる。現地に拠点がある方が、顧客候補と関係を構築しやすくなる。 - (喜田氏)当社の東南アジアビジネスでは、タイが一番進んでいる。 ただし、シンガポールはグローバル企業の研究開発(R&D)拠点が多くあることから、1つのハブになり得ると考えている。シンガポールでPoCを行い、グローバル企業の域内グループ会社に広げうる。
欧州市場での顧客開拓:フランス市場開拓の事例から
欧州のセッションでは、2社のCEOを招き、欧州市場の特徴や課題、顧客開拓のノウハウなどを取り上げた。
両社は「グローバル・アクセラレーション・ハブ」や大型カンファレンス出展など、ジェトロのスタートアップ海外展開支援プログラムに複数参加している。モデレーターは、ジェトロスタートアップ課(当時)の吉川尚孝が務めた。
- 安才武志氏〔バイオデータバンク(Biodata Bank)CEO〕
2018年創業。熱中症予防のウェアラブルデバイス「熱中対策ウォッチ カナリア」を提供。センサーとアルゴリズムを活用して深部体温を体表から推定する。フランスに子会社を持つ(2022年6月24日付ビジネス短信参照)。 - 籾倉宏哉氏〔ポケットRD(Pocket RD)CEO〕
2017年創業。XR・Web3(注5)を活用したサービスを提供する。3Dアバタープラットフォーム「AVATARIUM」や、デジタルデータの権利をブロックチェーン技術で保護する、クリエイター向けプラットフォーム「Pocket Collection」など。

- 質問:
- 欧州の市場・ビジネス環境の特徴は。
- 答え:
- (安才氏)欧州は通貨がユーロで統一されている点などから、1つの地域と見られることも多い。しかし、ビジネスを進めていくと国ごとに特徴がある。
- 消費行動を例に挙げると、新しい製品が市場に投入された場合、スペインは口コミなどで火が付くと商品やサービスのシェアが一気に高まる。これに対し、フランスはゆっくり検証をしながら少しずつ広まっていく。欧州を一括りで捉えず、国ごとに戦略を検討していく必要がある。
- 質問:
- 欧州企業との取引において特徴的と感じる点、取引時に心がけていることは。
- 答え:
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(籾倉氏)フランス企業は、仕事への向き合い型が日本的な感覚と比べると「ゆっくり」。2024年5月にパリで行われたテックイベント「VIVA TECHNOLOGY 2024」にも出展したが、そこで出会った企業に8~9月にメールをすると「ooo(out of office)」の返信が来ることも多い。バカンスシーズンに限らず、総じてフランスは仕事に対して大らか。日本人よりも時間厳守の意識が薄いように感じる。こちらとしても、例えば催促を行いすぎて関係悪化を招くなどがないよう、付き合い方に気を付けながら商談を進めている。
米国と比べると、欧州の方が日本のコンテンツやITへの関心が強いようだ。また、欧州は商品やサービスの料金、あるいは知名度ではなく、会社の代表者の思いや経験に対して価値を見出し、それがビジネスになっていく傾向がある。当社との親和性を感じる。 - (安才氏)米国では、ビジネスを行う際に契約書が非常に重要となるが、欧州では米国ほどこだわっていない国が多い印象を受ける。相手の雰囲気や自社との関係性・親和性を重視しながら物事が進んでいく傾向にある。日本に近い文化と感じる。まず相手との信頼関係を深く築くことが大切。本来教科書通りではないかもしれないが、最初から(形式的な)契約書等にこだわりすぎず柔軟に連携を進めていくことも1つのやり方だ。
- 質問:
- 現地市場での展開に当たり、手ごたえを感じている点は。
- 答え:
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(安才氏)英語も通じるものの、各国の現地語で顧客との関係性を構築することが重要。
昨今は、欧州で日系企業の製品の市場シェアが縮小しているという話もよく聞く。しかし実際は、今も他のアジア製品よりもかなり評価が高いと感じる。当社製品は高温環境下で働く人の命や健康を守るものだ。日本製品が持つ「質が高い」というイメージが、弊社製品への信頼感獲得に大きく寄与した。先人たちの胸を借りながら、「メイド・イン・ジャパン」の強みを活用していくことができる。 - (籾倉氏)「Viva Technology 2024」ではAVATARIUMスキャナー(手軽に全身を撮影してアバター化できる同社機器)の実機を持ち込み、体験をしてもらった。通常、日本国内では当社の「AVATARIUM」利用者は1日あたり50人ほど。展示会では約100人が利用した(4日間の展示で約400人)ため、今までできていなかった欧州のユーザーのテストができた。彼らの体格に合わせ、機器の仕様や改良点などを把握する良い機会になった。
中東市場に挑む日本発テックスタートアップ
中東のセッションでは、現地のビジネス環境や、中東市場への進出を目指す日本発スタートアップに必要な戦略について取り上げた。現地の文化理解、ローカルパートナーの重要性、日本とは異なる規制を生かした新規事業の展望が語られた。日本企業にとって中東市場がもたらすチャンスを示した。特に新技術や知的財産(IP)を活用した革新的なアプローチが、成功のカギとして言及された。
登壇者は、中東市場へ進出している以下の2人。モデレーターは、ジェトロスタートアップ課の鵜飼夏海が務めた。
- 宝珠山卓志氏〔スペースクール取締役CSO(最高戦略責任者)〕
2021年創業。太陽光や大気からの熱を吸収し、宇宙空間へ放射(放射冷却)する素材「SPACECOOL」の開発・販売を手掛ける。この素材は機器や建物の内部を、ゼロエネルギーで外気温よりも低温に冷却する。この素材を使って、日傘やカーシェード、パラソルなどの製品開発も進めている。 - 吉田勇也氏(ハーティ代表取締役社長CEO)
2019年創業。Web3技術と日本のIP・コンテンツ領域の専門商社をコンセプトにデジタルプラットフォーム事業の海外展開を進める。具体的には、Web3、非代替性トークン(NFT)、メタバース、XR領域での新規事業や課題解決を求める法人向けに、最新情報提供とアドバイザリー・コンサルティングサービスを提供。また、国内初のアプリ型NFTプラットフォーム「HARTi」を運営している。

- 質問:
- 中東市場への進出のきっかけは。また、どのような戦略が有効だったか。
- 答え:
-
(宝珠山氏)中東地域は、日本よりも平均気温が高く、乾燥している。そのため、当社の放射冷却技術の価値を特に見いだせる地域と定め、進出を決断した。特に、ドバイやサウジアラビアのビジネス環境が、スタートアップにとって魅力的に映った。
日本と比較すると、大企業などがスタートアップへ投資する際のスピードが早い。現地の商習慣に合わせることで、ビジネスを展開することができた。 -
(吉田氏)Web3分野に関連する規制が日本に比べて柔軟な点に着目し、中東市場への進出を決断した。特にWeb3技術の実証実験で、中東地域は積極的に新しい技術を採用する傾向があると感じ、これをチャンスと捉えた。
日本のIP・コンテンツとWeb3技術を組み合わせ、これまでにない新しいサービスを提供する戦略で展開を進めている。 - 質問:
- 中東で、どのようにローカルパートナーシップを築いたか。
- 答え:
- (宝珠山氏)現地の展示会やビジネスイベントに積極的に参加し、直接の対話を通じてネットワークを拡大した。例えば、現地のトップ10に入るような財閥企業とつながり、半年後には覚書(MoU)を締結できた。また、ジェトロの現地ネットワークを活用することで、政府関係者との関係を構築できた。
- (吉田氏)まず、中東市場のキーパーソンになる現地のエコシステムプレイヤーとの接触を図った。中東地域では、特に政府や大手企業との関係が重要になるため、公式のビジネスミッションに参加した。また、ジェトロなどの支援機関をはじめ、信頼できる仲介者を介してパートナー候補を紹介してもらった。相手のニーズを聞くことに専念し、自社のサービスを現地のニーズに合わせてカスタマイズすることで、パートナーの信頼を獲得した。
なお、各セッションのアーカイブ動画は、ジェトロのYouTubeチャンネルで公開している(東南アジア、欧州
、中東
)。
- 注1:
- ここでのアルムナイは、日本発グローバルスタートアップを支援するジェトロのプログラムの参加経験者。
- 注2:
- 生物資源の活用(バイオ経済)、資源の再利用とリサイクル(循環型経済)、持続可能な環境実現(グリーン経済)を統合した経済戦略。タイの持続可能な成長を促進し、社会・環境・経済のバランスを保つことを目指す。2023年4月25日付地域・分析レポート参照。
- 注3:
- アイデア、技術、ビジネスモデル、製品について、実現可能性を確認するためのテストや実験のこと。
- 注4:
- 投資する際に、投資対象になる企業や案件の価値やリスクを調査するプロセス。
- 注5:
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XRは、仮想現実(VR)、拡張現実(AR)、複合現実(MR)などの仮想世界と現実世界を組み合わせて両者を融合させる技術の総称。
Web3はブロックチェーン技術やトークンベース経済を用いた非中央集権的な新しいウェブの在り方。

- 執筆者紹介
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ジェトロ金沢
吉川 尚孝(よしかわ なおゆき) - 2021年、ジェトロ入構、日本企業と海外スタートアップ等企業の協業連携を促進するプラットフォーム”J-Bridge”にてオープンイノベーション支援を担当後、2023年より同課にて個社へのメンタリング提供やコネクション形成を推進するグローバル・アクセラレーション・ハブを中心に日系スタートアップの海外展開(特に欧州向け進出)を支援。2024年12月から現職。

- 執筆者紹介
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ジェトロイノベーション部スタートアップ課
鵜飼 夏海(うかい なつみ) - 2022年、ジェトロ入構。スタートアップの海外進出支援(AI/Fintechなど)。J-StarXの学生/若手向けプログラムを統括、年間約100名のグローバルな起業家を輩出。

- 執筆者紹介
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ジェトロイノベーション部スタートアップ課
外山 夏帆(とやま なつほ) - 2023年、ジェトロ入構。日系スタートアップ(特にClimate techおよびAgri-Foodtech)の海外での顧客獲得や資金調達、PR活動をサポート。また、Techstarsなど海外アクセラレーターの誘致活動や日本のベンチャーキャピタリスト育成も担当。