グローバルへ飛躍する日本発スタートアップの挑戦スタートアップの成長段階別グローバル戦略
2025年6月10日
本稿では、「JETRO Startup Alumni Meetup」(2024年10月3日開催)において実施した、「異なる成長フェーズにおけるグローバル市場戦略」をテーマとした2つのパネルディスカッションの要旨をまとめた。
ジェトロは、起業前からレイターステージ(注1)まで、あらゆる段階の起業家への支援事業を提供している。成長フェーズに応じた課題について、海外展開の実例をステージ別に紹介する。
シードステージでのPMF達成までの道
シードラウンドのスタートアップによるセッションでは、海外市場でプロダクト・マーケット・フィット(PMF、注2)を達成するためにどのような戦略を実践すべきなのか、を聞いた。この問いに対し、各社が実践例を紹介した。
当該セッションのモデレーターは、ジェトロ・スタートアップ課アクセラレーションプログラムチームの林田勇太。パネリストとして、シードラウンドで海外展開に挑んだ企業から、3人が登壇した(注3)。
- 畑瀬研斗氏(メモリーラボCEO)
2021年に設立。新規事業・研究開発にかかる調査期間を短縮するテクノロジーリサーチを提供。「科学の叡智を社会へ」を、ミッションに掲げる。 - 山下徳正氏(クレイテクノロジーズCOO)
2023年に設立(本社はカリフォルニア州サンフランシスコ)。AIを用いて海外エンジニアの採用・雇用を一気通貫で支援するプラットフォームを提供。 - 鈴木正臣氏(アスターCEO)
2019年に設立。「地震犠牲者ゼロ」をミッションに、組積造建造物の耐震性を高める塗料を開発・販売。「組積造」とは、レンガやブロックを積み上げる工法。
3社はいずれも、創業当初から海外市場への進出を目指す「ボーン・グローバル・スタートアップ(注4)」だ。メモリーラボ、クレイテクノロジーズは、米国でビジネス展開を進めている。アスターは台湾での販売を行いながら、東南アジアへの販路拡大を進めている。

- 質問:
- 米国に進出する上でどのような課題に直面したか。また、どのような対応策を講じたか。
- 答え:
-
(畑瀬氏)当社は日本で起業して米国への進出を目指している。参加した「グローバル・スタートアップ・アクセラレーションプログラム(GSAP: Global Startup Acceleration Program)」(注5)で現地企業との商談機会を得た。その中で、シリコンバレーのVCは海外への投資に抵抗があり、日本に本社がある企業への出資はハードルが高い現実を知った。今後の事業拡大を見据えて、当社では現在、日本から米国への本社移転について議論している。
仮にもう一度やり直せるなら、VCが出資先として好む米国のデラウェア州で最初から起業していただろう。税制上のメリットがあるためだ(注6)。 -
(山下氏)当社は、米国拠点を本社として日本拠点を完全子会社化する「インバージョン」を行った。米国で法人営業や資金調達を行う過程で、親会社が米国にある米国企業としてアプローチする方が、相手にとって国内取引となるため、商談を進めやすい実態に気づいたためだ。
また、当社は事業のピボット(事業の転換)を行った。米国進出前は、消費者分析ツールを開発していたが、米国企業とのPoC(概念実証)を通して、この領域ではスケールに十分な潜在市場が米国にはないと判断した。 - 質問:
- サービス展開する海外市場はどのような基準で選定したか。また日本と現地との間ではどのようなギャップがあったか。
- 答え:
-
(鈴木氏)地震による犠牲者が多い地域、とりわけ建物倒壊に起因する犠牲者の割合が多い地域への展開を進めている。この観点から、台湾、フィリピン、トルコなどをターゲット市場にしている。
耐震・防災意識が根付いている日本と違い、現地では地震が発生するまでそうした意識がそれほど高くない。耐震補強材という売り出し方では響きづらい傾向にあるため、現地の建設市場のニーズを踏まえ、販売戦略を変えている。「当社製品を使うことでセメント使用量を半分にできる」「建物の軽量化とコストカット、CO2削減が可能になる」といった、本来のコンセプトである耐震性向上とは違った視点からアプローチしている(注7) 。
レイター企業ならではの成功法則と克服すべき壁
レイターステージのスタートアップによるセッションでは、海外事業戦略の成功パターンと克服すべき課題について聞いた。モデレーターはジェトロスタートアップ課長の塩野達彦が務めた。パネリストは、次の2人が登壇した(注8)。
- 小長井哲氏(エレファンテックCOO)
2014年に設立。金属インクジェット印刷技術を用いたプリント基板を量産する。 - 徐子錚氏(キュアアップ グローバル事業責任者)
2014年に設立。デジタル治療用アプリとして国内初の薬事承認を得た「ニコチン依存症治療アプリ」や高血圧症向け治療用アプリを開発・提供。

- 質問:
- レイターステージでどのような海外展開戦略を実行し、成功に結び付けたか。レイターステージで事業展開する中で得られた今後のビジネスに向けたヒントは。
- 答え:
-
(徐氏) 自社での事前調査を経て、世界最大マーケットの米国で自社開発の治療アプリによる課題解決が可能と判断した。さらに、ジェトロのグローバルアクセラレーションハブを活用して、現地法規制・市場性に関して情報収集し、2019年ロサンゼルスに法人設立。その後、2023年のGSAPへの参加を契機に、米国の医療機器メーカーと共同開発に関する覚書(MOU)を締結した。
本プログラム参加を通じて、ターゲット先に対してどのように効果的にセールスすべきかを学んだ。医師の診療ガイドラインなどの科学的根拠に基づきデジタル治療を行えるといった自社の強みを生かして、先方にアプローチしたことが奏功した。
また、国によりビジネスモデルが大きく異なるという示唆を得た。国民皆保険制度を導入する日本と異なり、米国は公的医療保険制度の対象者が限定的だ。そのため、従業員への医療保険は会社が負担する形態を取るため、自社アプリで保険料の負担コストを抑えることは会社側のインセンティブとなりうる。従って、ターゲット顧客は、日本では医療機関だが、米国では企業の人事部門の福利厚生担当となる。 - (小長井氏) 2024年にスペイン・バルセロナで開催された欧州最大級のスタートアップイベント「4YFN(4 Years from Now)」に出展した。その際、台湾のICT業界大手のPCコンポーネント会社であるライトン(Liteon)と商談し、低炭素プリント基板の量産化に係る販売代理店契約の締結に至った。ライトンは光半導体や電子モジュールの分野で世界的に高いシェアを持つグローバル企業であるため、同社のネットワークを通じた販路拡大が見込める。自社のバリュープロポジション(顧客が望んでいる価値に対して自社が提案できること)は環境配慮型のプリント基盤開発であるため、この契約に至る前はサステナビリティへの意識の高い欧州市場をターゲットにしていた。しかし、ターゲット企業(大手PCメーカーのサプライヤー)の多くは中国や台湾に存在する。そのため、取引を通じてサプライチェーン全体を網羅的に把握する重要性を認識した。
- 質問:
- 海外市場に進出する際に直面する課題、その解決策は。
- 答え:
-
(小長井氏) 現地でトラクション(ユーザー・売上等の実績)を獲得したくても、海外に何もつてがないことが課題だった。しかし、展示会出展を通じて販路を見つけることができた。
また、自社リソースだけでは生産・販売をカバーしきれない。協業先を探していたところ、ドイツを中心に各国・地域の政府機関が現地の販売代理店や生産委託先を紹介してくれたため、友好なパートナー関係の構築につながった。 - (徐氏) 自社リソースには限りがある。米国での事業性判断や販売網構築が課題となっていて、現地パートナーとともにクライアントを獲得していく必要がある。特に当社の場合、ターゲットにしている企業の人事担当者に直接アプローチするには、現地企業をよく知るパートナーの存在が必須になる。
- 質問:
- 今後のグローバル展開に向けた展望は。
- 答え:
- (小長井氏) 今後の展開として、2つのアプローチがありえる。(自社がサプライヤーになり)海外PCメーカー向け電子回路基板の製造・販売を行う形態か、海外サプライヤー向けに直接自社開発の金属インクジェット機を販売する形態だ。確実なトラクション獲得のために、後者の方に比重を置いていく。特に大手PCメーカーのサプライヤーが集中するアジア向けの販路開拓を強化していきたい。
- (徐氏) 世界最大市場の米国での販路開拓に軸足を置きつつも、その後の展開としてデジタルヘルスが進むドイツ、英国を中心に欧州への販路を広げていきたい。欧州は国際的に著名な医療学会やジャーナルが多くある。治療用アプリによる治験結果が論文等に掲載されることで、グローバルな知名度獲得につながるとみている。
なお、本セッションのアーカイブ動画はジェトロYouTubeチャンネルで公開している(シードラウンド動画、レイター企業動画
)。
- 注1:
- 事業が軌道に乗り安定的な成長や収益化を実現している状態。シリーズD以降。
- 注2:
- プロダクト・マーケット・フィットとは、商品やサービスがマーケットのニーズに合っている、受け入れられている状態のこと。
- 注3:
-
鈴木氏は2024年X-HUB Tokyoインドネシアコース、畑瀬氏は2023年GSAP Global Preparationコース・2024年GSAP BtoB Market Discoveryコース・AlchemistX、山下氏は2023年Deeptechコース・Berkley Skydeck、2023年X-HUB Tokyoニューヨークコースのアルムナイ。X-HUB
では、グローバルに活躍する東京発スタートアップ企業創出のため、都内スタートアップ企業の海外展開を支援。東京都からの委託を受けジェトロが実施。
- 注4:
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起業当初から海外市場への進出を見据えたスタートアップ企業のこと。
ボーングローバル・スタートアップの米国法人設立については、ジェトロYouTubeチャネルのアーカイブ動画を参考。
- 注5:
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GSAP
では、世界トップレベルのアクセラレーターとの連携の下、スタートアップ企業の海外展開を支援。内閣府からの委託を受けジェトロが実施。
- 注6:
- デラウェア同州に登記した企業が州外で得た収入(モノやサービスの売上げ)、また、利子やその他の投資収入には、州法人所得税が課されない、といった利点がある。
- 注7:
-
X-HUB TOKYOウェブサイト内インタビュー記事(2024年8月2日)
参照。
- 注8:
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小長井氏は2023年GSAP Deep Techコース・Berkeley Skydeck、2023年X-HUB TOKYOシンガポール・ロンドンコースのアルムナイ。
徐氏は2023年GSAP Enterpriseコース・Alchemist Xのアルムナイだ。

- 執筆者紹介
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ジェトロイノベーション部スタートアップ課課長
塩野 達彦(しおの たつひこ) - 2003年、ジェトロ入構。本部、徳島・埼玉貿易情報センター、ロンドン事務所などにて国内中小企業の海外展開支援に長らく従事した後、2024年7月から現職。

- 執筆者紹介
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ジェトロイノベーション部スタートアップ課
林田 勇太(はやしだ ゆうた) - 2023年、ジェトロ入構。同年4月から現職。