特集:分断リスクに向き合う国際ビジネス 欧米主導の新たな枠組み形成
同志国と価値観の共有で結束

2023年11月16日

新型コロナ禍を受けたサプライチェーンの混乱、ロシアによるウクライナ侵攻、米中対立などに世界経済が影響を受ける中、デジタルや税・腐敗防止、労働、環境、ジェンダーなどの政策領域を含めた枠組みを形成し、価値観を共有する同志国が結束し、貿易や投資に関わるルールを構築しようとする動きが強まっている。本稿では、主に米国と欧州を対比し、これらの国の通商政策における新たな枠組み形成の動きを追う。

米国が進める新たな枠組み形成の取り組み

米国のジョー・バイデン大統領は、安価な労働力による他国での生産に頼るのではなく、米国に生産能力を引き込む意向を大統領就任以来繰り返し強調している。インフラ投資雇用法やインフレ削減法により国内への投資を促しながら、自由貿易と距離を置きつつ、関税削減を柱とする従来型の自由貿易協定(FTA)の形式に捉われない新たな枠組みを模索する。

TPP離脱から5年が経ち、米国はインド太平洋経済枠組み(IPEF)、経済繁栄のための米州パートナーシップ(APEP)という2つの枠組みを立ち上げた。また、台湾と「21世紀の貿易に関する米国・台湾イニシアチブ(以下、米台イチシアチブ)」の交渉を進めている(表1参照)。

表1:米国を含む最近の交渉枠組みの対象分野
分野 IPEF
4つの交渉の柱
(柱2のみ合意済み、他の柱について交渉中)
APEP
焦点を当てる4つの分野
(交渉開始前)
米台
(一部合意済み)
貿易円滑化 柱1(貿易) 地域競争力 2章合意済み
標準化章
交渉中
良き規制慣行
サービス国内規制
柱1(貿易) 地域競争力 3章合意済み
4章合意済み
非市場政策と慣行章を交渉中
デジタル貿易 柱1(貿易) 包摂的で持続可能な投資 交渉中
労働 柱1(貿易) 強靭(きょうじん)性
繁栄の共有
交渉中
環境 柱1(貿易) 強靭性 交渉中
競争政策 柱1(貿易) 地域競争力 国有企業章を交渉中
サプライチェーン 合意済み
柱2(サプライチェーン協定)
強靭性 独立した章はない予定
エネルギー・脱炭素 柱3(クリーン経済) 包摂的で持続可能な投資 環境章を交渉中
税・腐敗防止 柱4(公正な経済) 繁栄の共有 5章合意済み
中小企業 独立した章はない予定 強靭性 6章合意済み

注:主な注目される分野について、APEPは、ホワイトハウスの公表している4つの分野の概要を参考に整理。米台イニシアチブは、USTR公表の条文および概要を基に整理した。
出所:USTR、米国商務省、ホワイトハウス公表資料から作成

IPEFやAPEPでは共通する項目が多く、伝統的な通商分野以外に米国が注目する分野が見て取れる。また米台イチシアチブも、IPEF、APEPと交渉項目が類似していることがわかる。

インド太平洋経済枠組み(IPEF)

インド太平洋地域のメンバー間で幅広い分野での連携を強化するため、米国はIPEFを21世紀における重要な多国間パートナーシップとして打ち出した。IPEF参加国は14カ国であり、内訳は、米国、日本、オーストラリア、ニュージーランド、韓国、ASEAN7カ国(インドネシア、シンガポール、タイ、フィリピン、ベトナム、マレーシア、ブルネイ)、インド、フィジー。インドは、柱1に不参加の予定。IPEFは、2022年5月に東京で立ち上げが宣言され、その後継続して、交渉会合が行われている。

2023年5月、米国デトロイトでIPEF閣僚会議が開催された。IPEFには、柱1(貿易)、柱2(サプライチェーン)、柱3(クリーン経済)、柱4(公正な経済)の4つの柱があるが、他の柱に先立ち、本閣僚会合で、柱2の「サプライチェーン協定」交渉の実質妥結が発表された。2023年9月7日には協定文が公表されている(2023年9月11日付ビジネス短信参照)。今回公表されたサプライチェーン協定では、重要分野のモニタリングやIPEFパートナー間でのサプライチェーン強化のためのキャパシティビルディングなどが盛り込まれ、さらに、IPEFにおいて以下の3つのサプライチェーンに関する組織を設立し、運用していくことが示されている。

  1. IPEFサプライチェーン協議会:IPEFパートナーのサプライチェーン強靭性を高めるために、重要分野について、分野別のアクションプランを共同で策定する仕組みを構築
  2. IPEFサプライチェーン危機対応ネットワーク:IPEFパートナーがサプライチェーンの途絶時に支援を求め、協力できるネットワーク作り
  3. IPEF労働権諮問委員会:政府、労働者、使用者からなる諮問委員会でIPEFサプライチェーンにおける労働者の権利の促進

その他の柱についても、サプライチェーン協定の実質合意が発表された2023年5月に、交渉の進捗が公表されている。例えば、クリーン経済の分野では、日本とシンガポールがリードする形で、IPEF域内における脱炭素経済を促進するため、水素に関して新たな投資、産業化、雇用の創出を目的とした「水素イニシアチブ」の立ち上げについても合意した。

米国通商代表部(USTR)のキャサリン・タイ代表は2023年6月の講演(注1)で、「これまでの貿易協定は、我々が現在対処しようとしている問題そのものを助長していることがわかる。従来の貿易協定のサプライチェーンのルールは、効率性と低コストを前提としている」と述べていた。さらに、「(従来の貿易協定では、)労働や環境基準のような他の協定の義務に署名せず『ただ乗り』する国からの重要産品の輸入を認め、不公正な競争を利用して生産拠点となった国を利する。このように、FTAのサプライチェーン・ルールは既存のサプライチェーンをさらに弱体化させ、我々を脆弱(ぜいじゃく)にする傾向がある。我々が多様化と強靭化を図っている今、このようなことは意味をなさない」と述べ、米国がFTAを締結せずに、IPEFのような他国間枠組みを立ち上げる目的を説明した。

他方で、IPEFは関税を扱わない方針とされてきたことから、他の参加国の実利が何になるのかが注目されていた。例えば、ベトナム商工省は、IPEFへの積極的な参加を打ち出す一方で、参加各国が柔軟で実利に即した姿勢を維持することや、各国が枠組み参加で得られる具体的な成果と利益を明確にすることが必要だとウェブサイトに掲載していた(2022年9月15日付ビジネス短信参照)。

米国商務省は、このような声に応えるかたちで2022年9月には、ブルネイ、フィジー、インドなどIPEFに参加する中所得国8カ国で主に女性700万人に今後10年間でデジタルスキルのトレーニングを実施する「IPEFスキル向上イニシアチブ」を発表した。このプロジェクトでは、Amazon、Google、IBM、Microsoftなどを含む米国の14の企業が2032年までにそれぞれ50万人以上にデジタルツールの技術向上機会を提供する。ジーナ・レイモンド米商務省長官は、立ち上げ時のプレスリリースで「我々は、IPEF参加国に明確で具体的な利益を提供することを約束する」と述べた(注2)。

また、2023年6月末に開催されたオンライン閣僚会合では、米国国際開発金融公社(DFC)の3億ドルの融資を活用した、米国インフラ投資運用会社アイスクエアドキャピタルのIPEF締結国を含む新興国のインフラプロジェクトへの総額最大12億ドルの資金投入を、米国商務省が発表した。このプロジェクトの投資対象は、インフラ脱炭素化のための再生可能エネルギーやデジタルインフラである。

バイデン政権は、2023年中に一定の成果を目指すとしている。本稿で述べているような具体的な協力枠組みや非関税障壁の撤廃などの新たなルールが期待される。

経済繁栄のための米州パートナーシップ(APEP)

2023年1月に、米国は、経済繁栄のための米州パートナーシップ(APEP)に参加表明した米州地域の11カ国の貿易相らを招いたバーチャル形式の閣僚会議を主催し、APEPの正式な発足を宣言した。APEPの参加国は、米国とバルバドス、カナダ、チリ、コロンビア、コスタリカ、ドミニカ共和国、エクアドル、メキシコ、パナマ、ペルー、ウルグアイ。APEPは、米国が主導する米州大陸での経済的パートナーシップで、ホワイトハウスが公表したファクトシートによると、焦点を当てる分野として4つの分野を挙げている(2023年1月30日付ビジネス短信参照)。

具体的には、(1)地域的競争力(税関手続き、貿易円滑化、物流、良き規制慣行、非関税障壁)、(2)強靭性(サプライチェーンの持続可能性と強靭性、環境と労働者の保護)、(3)繁栄の共有(労働、公的サービス分野での公平と安全)、(4)包摂的で持続可能な投資(地域での投資の活性化)である。また、米国は既に、参加国のうち9カ国と貿易協定を締結しているため、既存の貿易協定を活用した経済関係の強化についても触れられている。

APEPは、IPEFの立ち上げが東京で宣言された1カ月後の2022年6月に、バイデン大統領が米州首脳会議で提唱した。米国は、2017年にTPP(環太平洋パートナーシップ)を離脱したが、APEPには、CPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定)加盟国であるカナダ、メキシコ、チリ、ペルーが入っており、APEPとIPEFの発足により、米国はCPTPP加盟国11カ国すべてと新たな経済的な枠組みでつながることとなる(図参照)。APEPについても、2023年中の進捗を目指すとしている。

図:IPEF、APEP参加表明国とその他の既存枠組み
APEPの参加国表明は、米国、パナマ、コロンビア、ドミニカ共和国、コスタリカ、エクアドル、バルバドス、ウルグアイ、カナダ、メキシコ、チリ、ペルー。IPEF参加表明国は、米国、インド、フィジー、韓国、日本、オーストラリア、ニュージーランド、シンガポール、ベトナム、ブルネイ、マレーシア、インドネシア、フィリピン、タイ。CPTPP/TPP-11参加国は、カナダ、メキシコ、チリ、ペルー、日本、オーストラリア、ニュージーランド、シンガポール、ベトナム、ブルネイ、マレーシア。RCEP参加国は、韓国、日本、オーストラリア、ニュージーランド、シンガポール、ベトナム、ブルネイ、マレーシア、インドネシア、フィリピン、タイ、カンボジア、ラオス、ミャンマー、中国。ASEANは、シンガポール、ベトナム、ブルネイ、マレーシア、インドネシア、フィリピン、タイ、カンボジア、ラオス、ミャンマー。

出所:各国政府公表資料から作成

21世紀の貿易に関する米国・台湾イニシアチブ

2023年5月には、USTRが米台イチシアチブの第1段階の合意を発表した(USTRウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(2023年5月22日付ビジネス短信参照)。第1段階の合意には、(1)税関手続きおよび貿易円滑化、(2)良き規制慣行、(3)サービスの国内規制、(4)反腐敗、(5)中小企業の5分野が含まれる。税関手続きおよび貿易円滑化では、主に手続きのデジタル化が定められた。

このうち(1)の税関手続きおよび貿易円滑化について、USTRの発表によれば、通関関連書類の電子的な提出が可能となるほか、双方の税関が関税、税金、手数料の電子上の支払いに応じられるようになる。また手続きの迅速化により、船舶やトラックの待機時間が減少し、生鮮品の腐敗を減らし、温室効果ガス(GHG)の排出量削減に寄与することができるとしている。そのほか、(4)反腐敗の分野では、米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)での汚職防止枠組みに基づき、マネーロンダリングや内部告発者に対する保護強化などが取り上げられている。デジタル貿易や農業、環境と気候問題など、合意に至っていない7つの議題については、次回協議を2023年内に設定することを目標としている。キャサリン・タイUSTR代表は「この成果は、米台経済関係の強化に向けた重要な一歩だ」と述べている。台湾行政院は今回の合意について「台米間で1979年以降に締結された中で最も完全なかたちの貿易協定であり、台湾の貿易制度が国際的に高い基準を満たしているという証しだ。また、台米FTA締結を完成させるための重要な一歩だ」との見方を示した。2023年3月にホンジュラスが台湾と断交し、6月に台湾・ホンジュラス・エルサルバドルFTAからの離脱を表明。台湾と外交関係を持つ国は、1978年の米国との断交以降最も少ない13カ国となる中、台湾と米国の今後の関係が注目される。

EUが見据える通商戦略

米国がFTAの締結と距離を置くのに対し、欧州はFTAを活用し、対象範囲を広げ、強化することに積極的だ。労働や環境に関する独立章などを盛り込み、デジタルやサービス貿易分野で独自の規律や高い自由化目標を設定することで、FTAを価値観の共有や同志国との連携の強化に活用する。

EUの政策執行機関である欧州委員会は、2023年2月にグリーンディール産業計画を発表した(2023年2月3日付ビジネス短信参照)。同計画は、大規模な税控除を盛り込んだ米国のインフレ削減法に対するEUの対抗策だと明言されたことで話題を集めたが、EUをネット・ゼロ産業の生産拠点の中心地とすることを目的とする。4つの基本方針は、規制緩和、資金調達支援、人材開発、貿易の促進である。グリーン移行のための貿易の促進の柱の中で、EUは既存の貿易協定の効果的な履行とともに、FTAのネットワークを発展させていくことを明確に表明している(注3)。特にインド太平洋の他の国々とのFTA締結の可能性を模索しながら、インドとインドネシアとの交渉を前に進めること、チリ、メキシコ、ニュージーランドとの協定の批准に向けて進め、メルコスールとのFTA交渉に進展をもたらすこと、が挙げられている。また、ケニヤとのFTAを妥結することを目指すなど具体的に国・地域名を挙げて、貿易協定を利用したアジア太平洋地域、アフリカ、南米諸国の貿易パートナーとの関係の強化に意欲を示している。

EUは、自身が締結する最近の貿易協定には環境や労働基準の順守、この分野での政府と市民社会との対話などを規定する「貿易と持続可能な開発章(TSD章)」を含むこと、およびそれを強化することに強い意欲を示す。現在発効しているEUの貿易協定のうち、TSDの内容を含むものは、カナダ、日本、韓国、ベトナムとの貿易協定など11ある(注4)。EUは近年、「開かれた戦略的自律性」を通商および産業政策のキーワードとして掲げてきたが、このキーワードの下で進められてきた政策の1つが「人権・環境持続可能性への対処」である。欧州委員会は、2021年に「開かれた、持続可能で、EUの利益を擁護する通商政策」と銘打った新たな通商戦略を発表し、この戦略で「持続可能性」が初めて通商戦略の柱とされた。その後、2022年6月にEUが発表したTSDについての新たな方針を示す政策文書(「The power of trade partnerships: together for green and just economic growth」参照PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(773KB))では、パートナー国との間で成果志向かつ(その国の状況を考慮した)優先順位に基づいた約束、市民社会のさらなる参加、紛争解決方法のTSD章への適用(パリ協定やILOの労働における基本的原則に対する重大な違反に対して、最後の手段として貿易制裁を適用する可能性を含める)など、現状のTSD章のさらなる強化を目指すとしている。EU中国投資協定〔人権問題で現在批准手続きが中断している(2022年4月22日付ビジネス短信参照)〕やEUメルコスール貿易協定〔2019年に妥結したものの、EUがアマゾンでの森林伐採を懸念しているとも報じられており、署名に至っていない(2023年7月11日付ビジネス短信参照)〕にもTSDが含まれている。また、EUが現在交渉中のオーストラリア、東南部アフリカ、インド、インドネシア、タイとのFTAでもTSD章が提案されており、EUは東南アジア、アフリカでもTSDを広めていく意向だ。このようにEUは、貿易協定などを通じて自らの政策やルールをEU域外にも広めることで、通商政策と対内政策の統合を重視し、加えて貿易相手国に対してこのような政策課題に同様に取り組むように促している。

また、2021年の通商戦略では、近隣諸国や加盟候補国、アフリカとの関係強化についても記載されている。EUは、連結性(connectivity)をキーワードに、グローバルなネットワークを構築することを目指す。2021年12月の、開発途上国のインフラなどへの投資を増強するための新戦略「グローバル・ゲートウェイ」では、2021年から2027年までの間に、EU機関およびEU加盟国が欧州投資銀行(EIB)や欧州復興開発銀行(EBRD)などの金融・開発支援機関と連携した「チーム・ヨーロッパ」が、民間企業とも協力しながら、以下の各分野で最大3,000億ユーロの投資や、アジア太平洋やラテンアメリカ諸国との通商協定の交渉妥結・批准を掲げる。これによる海底ケーブルや再生可能エネルギーへの投資支援を通じたグローバル・サウスとの関係強化、さらにこの地域での貿易協定の活用の意向を明確化している。グローバル・ゲートウェイは、2021年の主要7カ国首脳会議(G7サミット)の合意内容に沿ったものであり、2022年のG7エルマウ・サミットでは「グローバル・インフラ投資パートナーシップ(PGII)」が発足している。2023年のG7広島サミットでは、代表的な案件をまとめたファクトシートが公表され、これまでに実現してきた気候変動・エネルギー、デジタルインフラ、交通網などへの公的および民間投資を確認した(表2参照)。この中には、EUがアフリカ諸国で進めるプロジェクトも多く含まれている。2027年までに最大6,000億ドルを投資するという目標の実現について再確認した。

表2:グローバル・インフラ投資パートナーシップの象徴的な案件の例
分野 投資先 主な投資国 内容
気候変動・
エネルギー
ナミビア EU グリーン水素製造、交通・湾港整備
エジプト 日本 風力発電所建設
アルゼンチン カナダ 再生可能エネルギー企業支援
インド 英国・日本・EU スタートアップ企業への投資
サプライチェーン
強靭化、
連結性強化
コンゴ民主共和国
アンゴラ
米国 鉄道
フィリピン
インド
バングラデシュ
日本 地下鉄、高速道路、道路、湾港整備
インドネシア ドイツ 公共交通機関の改善
エジプト フランス・EU 航空管制施設と通信システムの最新化
チュニジア イタリア・EU 海底ケーブル建設
その他 アフリカ EU ワクチンの製造能力、医療アクセス改善
世界 日本 気候変動、食料安全保障、金融包摂分野別融資枠設立

出所:グローバル・インフラ投資パートナーシップファクトシートおよび日本政府公表資料「グローバル・インフラ投資パートナーシップに関するファクトシート(概要)」から作成

EUから離脱し、自国単独で貿易協定を締結する英国

英国はEU離脱後、70以上の国・地域との発効済みの貿易協定を有し(注5)、最近発効したものの中にはこれまでの貿易協定で見られなかった分野が盛り込まれているものもある(表3参照)。また、英国のEU離脱時に特恵関税が利用できずに貿易の混乱を招くことを防ぐために、いったん継続のための貿易協定を結び、内容を刷新して包括的な内容で自由貿易協定を締結した英国・ノルウェー・アイスランド・リヒテンシュタインFTAのような例もある(ジェトロ FTAデータベース参照)。英国が2023年に優先的に交渉したい相手国としては、インド、カナダ、メキシコ、イスラエルと湾岸協力理事会(湾岸協力会議、GCC)としている(注6)。韓国とモルディブとのFTAについても、2023年にパブリックコンサルテーションを実施した。また、英国は他の加盟候補国に先駆けてCPTPPの新規加入を目指し交渉を開始し、2023年7月18日に署名に至っている。英国がEUを離脱し独自で貿易協定を締結できるようになったメリットを最大限活用し、環太平洋諸国との連携を強化しようとする強い意欲がうかがえる。

表3:英国がEU離脱後に締結した貿易協定に盛り込まれている新たな視点
協定 発効年月日 協定に盛り込まれている新たな視点
日英包括的経済連携協定 2021年1月1日 貿易および女性の経済的エンパワーメント
英国:シンガポールデジタル経済協定 2022年6月14日 デジタルコンテンツ販売への非課税、貿易関連文書の電子化、個人データ保護の促進
英国・オーストラリア自由貿易協定 2023年5月31日 イノベーション、貿易とジェンダー平等、動物福祉と薬剤耐性
英国・ニュージーランド自由貿易協定 2023年5月31日 動物福祉、貿易とジェンダー平等、マオリの貿易と経済協力

出所:両政府が公表する各協定本文より作成

欧米の新たな枠組みの形成と日本企業のビジネス

各国・地域独自の政策や規制の導入により自由貿易体制に揺らぎが生じる中、同志国との連携を目指した枠組みが進展している。昨今の貿易・投資が置かれる状況をリスクの高まりと捉えるだけでなく、新たな枠組みが生む商機を捉え、これらの枠組み形成で規定されている内容に目を向けていくことも重要だ。


注1:
2023年6月15日に、米国のシンクタンク、オープンマーケット・インステチュートが主催したイベントでの講演に関する米通商代表部プレスリリース外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます参照。
注2:
2022年9月8日、米商務省プレスリリース外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます参照。
注3:
欧州委員会「ネット・ゼロ産業計画PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(744KB)」18ページ参照。
注4:
欧州委員会ウェブサイト「Development and sustainability の Sustainable development in EU trade agreements外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」参照。
注5:
英国通商省ウェブサイト「The UK’s trade agreements外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますのTrade agreement in force」参照。
注6:
英国通商省ウェブサイト「The UK’s trade agreements外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますのTrade agreements we are negotiating」参照。
執筆者紹介
ジェトロ調査部国際経済課
板谷 幸歩(いただに ゆきほ)
民間企業などを経て、2023年4月ジェトロ入構。