特集:分断リスクに向き合う国際ビジネス鈍さ続く日本の輸出、輸出先の多角化で下支えを

2023年10月10日

2021年初頭に為替が円安へと動き始めてから、2023年半ばを経ても円安基調が続いている。6月以降は1ドル=140円を超える水準が続き、2021年1月(同103.7円)から約2年半で一気に40円も為替が動いた(注1)。

円安続くも、輸出は鈍い動き

このように約2年半で急激な円安となったものの、日本の輸出全体を押し上げる効果は十分に発揮されていないようだ。円安は、輸出先市場では日本の輸出商品の価格引き下げにつながり、徐々に輸出数量の増加にプラスに働くとされる。しかし、日本の輸出数量指数の動きは鈍く、2023年も前年同月比でマイナスが続いている(図参照、注2)。足元ではマイナスの勢いは弱まりつつあるが、これは主に半導体の供給制約の緩和によって自動車生産が回復し、米国向けを中心に自動車輸出が回復したことが影響している。円安の押し上げ効果もあろうが、存在感は薄い。

図:日本の輸出(金額、数量)の前年同期比変化率

注1:数量ベースの変化率は輸出数量指数(2015年基準)から算出。
注2:ドルベースの輸出額は「Global Trade Atlas」(S&Pグローバル)による。
出所:「貿易統計」(財務省)、「Global Trade Atlas」(S&Pグローバル)から作成

食料品などでは上向きの動きも

弱い動きが続く輸出だが、商品別にみると、様相はやや異なる。表1は、2023年上半期の輸出数量指数について、主要商品別に前年同期比と、今回の円安へと動き始めた2021年上半期と比較した変化率をみたものだ。ほとんどの商品でマイナスの変化率が並ぶ中、食料品は2021年同期比、円安の動きが1年余りを経た前年同期比ともに、プラスの伸びを示した。雑製品などを含む「その他」は、前年同期比ではマイナスとなったものの、2021年同期比の変化率はプラスの動きを示している(表1参照)。

もちろん、この伸びは円安の押し上げ効果だけによるものではない。近年、食料品や雑貨類などの消費財は人気の高まりとともに着実に輸出が上向いており、この伸びも輸出トレンドに沿うものだ。今回の円安は、このトレンドを底堅くするための補強材料の役割を果たしたと考えられよう。

表1:2023年上半期の主要商品別輸出数量指数(2015年=100、%)(△はマイナス値)
商品 2021年
上半期
輸出数量指数
2022年
上半期
輸出数量指数
2023年上半期
輸出数量
指数
前年同期比
変化率
(参考)2021年
同期比変化率
総輸出 101.7 99.5 92.3 △ 7.3 △ 9.2
食料品 132.8 129.3 148.5 14.8 11.9
繊維・同製品 84.3 86.2 83.5 △ 3.1 △ 0.9
化学製品 119.8 112.8 91.0 △ 19.4 △ 24.1
非金属鉱物製品 87.5 83.8 69.4 △ 17.2 △ 20.7
金属・同製品 90.6 89.0 83.3 △ 6.4 △ 8.0
一般機械 104.4 106.6 96.8 △ 9.2 △ 7.3
電気機器 114.0 110.6 97.0 △ 12.3 △ 14.9
輸送用機器 88.5 79.8 84.9 6.4 △ 4.2
精密機器類 93.4 78.3 64.8 △ 17.3 △ 30.6
その他(雑製品など) 93.7 105.5 98.3 △ 6.8 5.0

注1:主要商品別輸出数量指数(月別、2015年=100)の期間平均値。商品分類は財務省による。
注2:太文字は変化率がプラス。
出所:「貿易統計」(財務省)から作成

このプラスの動きについて、もう少し詳細にみてみたい。食料品と「その他」のうち雑製品に着目し、個数や重量など商品ごとの数量単位の増減がわかる個別の品目ごとに、2023年上半期に輸出数量を伸ばした商品をみた(注3)。その結果、食料品では茶系飲料などノンアルコール飲料、牛肉、なまこ(乾燥、調整品)、水などで、雑製品ではゲームなどの玩具類、グランドピアノなどの楽器類などで数量が伸びたことがわかった(表2参照)。これらの上位品目は、2021年同期からの変化でも、食料品、雑製品ともにほとんどの品目で輸出数量が増加と好調が続いている。

表2:2023年上半期に輸出数量が増加した食料品、雑製品

食料品 (%)(△はマイナス値)
品目 前年同期比
変化率
(参考)2021年
同期比変化率
ノンアルコール飲料(茶系飲料、豆乳など。ノンアルコールビールを除く)(*) 15.8 23.4
牛肉(生鮮・冷蔵、骨付きでない) 14.8 24.4
牛肉(冷凍、骨付きでない) 33.7 2.3
なまこ(乾燥、調整品) 41.0 14.6
36.0 36.0
砂糖菓子(キャンディー、ホワイトチョコレートほか)(*) 17.7 34.2
ホタテ貝(調製品) 3.3 169.9
ビール 48.4 85.6
りんご 45.8 △ 17.3
緑茶(3キロ以下の個別包装) 1.0 6.0
雑製品(%)(△はマイナス値)
品目 前年同期比
変化率
(参考)2021年
同期比変化率
ビデオゲーム用機器(**) 1.3 △ 13.4
トランプなどの娯楽用カード 126.9 114.0
車輪付き玩具、人形、プラモデル、パズル 5.0 6.8
グランドピアノ 3.3 △ 2.0
吹奏楽器(クラリネット、フルートなど) 15.4 19.7
スライドファスナー(務歯が卑金属性のものを除く) 0.3 12.5
金管楽器 8.6 55.5
シャープペンシル 15.9 29.1
ゲーム機器(コイン、カードなどで作動するゲーム) 86.3 130.9
医療用・理髪用備品(手術台、検査台など) 9.6 41.8

注1:食料品はHS01~24、雑製品はHS92、94~97とする。
注2:2023年上半期の日本の食料品、雑製品輸出(HS6桁レベル)のうち、以下の条件を満たす品目を対象とする。1)2021年、2022年、2023年上半期の輸出額、輸出数量のデータがある(単位未満除く)、2)HS2022改正において、コードの統合がない。
注3:各カテゴリーの輸出額上位10品目。
注4:(*)はHS2022改正で、一部の商品が別コードに分割されたため、2021年同期比変化率は参考値。(**)はビデオゲーム用機器の数量単位(台数、重量)のうち、台数のデータを対象とする。
出所:「Global Trade Atlas」(S&Pグローバル)から作成

数量が伸びた商品では輸出先の多角化も進む

前述のとおり、食料品や雑製品などでは、輸出数量面で健闘している品目がある一方、伸び悩む品目も数多い。食料品全体でみると、前年同期から輸出数量が増加した品目数は486品目のうち半数弱の222品目、雑製品では120品目のうち49品目となった。健闘した品目では何らかのプラス材料が影響したのだろうか。

考えられるプラス材料の1つは、輸出相手国の多角化の度合いではないだろうか。相手国が少なければ、シェアが高い国への輸出が伸び悩んだ場合、マイナスの影響度は大きい。他方、多角化、分散化が進んでいれば、マイナスの影響は相対的に薄まる。さらに、他の輸出先が多いことで、マイナス分を補う機会も多くなる。こうした点に鑑みると、輸出数量面で健闘を示す品目では、輸出相手国の多角化が進んでいるのではないかと推察できる。

そこで、食料品、雑製品について、輸出先多角化の変化をみた。変化を示す指標には、市場の集中度を示すハーフィンダール・ハーシュマン指数(注4)を利用した。同指数は、輸出全体に占めるそれぞれの輸出相手国のシェアの二乗を合計して算出する。例えば、輸出先が1カ国ならば、同指数は輸出シェア100%の二乗となり、最大値の10,000となる。輸出先が多角化するほど各相手国のシェアは減少するため、同指数も小さくなる。対象期間は、円安が顕著となった2022年上半期から2023年上半期までの1年半とし、新型コロナウイルス禍前の2018年上半期から2019年上半期までの1年半と比較してみた。比較対象期間を2018年からとしたのは、新規輸出先を増やすには一定の準備期間が必要なこと、さらに、コロナ禍前との比較をみるためだ。

表2で示した2023年上半期に輸出数量増となった食料品、雑製品の各品目について、同指数の変化をみると、食料品では10品目中9品目で、コロナ禍前に比べて同指数が小さくなった(表3参照)。つまり、輸出先の多角化、分散化が進んだという結果を得た。残る1品目(水)は、コロナ禍前に同指数の水準が1,000台と他の品目に比べて相対的に低く、既に一定の多角化は進んでいたと考えられる。対象を10品目広げ、金額上位20品目としても、17品目で同指数は下がっており、多角化、分散化の動きが広がっているようだ。

表3:2023年上半期に輸出数量が増加した食料品、雑製品のハーフィンダール・ハーシュマン指数

食料品 (△はマイナス値)
品目 2022年上半期~2023年上半期 2018年上半期~2019年上半期 変化
ノンアルコール飲料(茶系飲料、豆乳など。ノンアルコールビールを除く)(*) 1,496 1,500 △ 4
牛肉(生鮮・冷蔵、骨付きでない) 1,550 1,634 △ 85
牛肉(冷凍、骨付きでない) 1,510 2,881 △ 1,372
なまこ(乾燥、調整品) 4,179 8,820 △ 4,640
1,739 1,418 322
砂糖菓子(キャンディー、ホワイトチョコレートほか)(*) 1,903 2,028 △ 126
ホタテ貝(調製品) 3,894 4,840 △ 946
ビール 1,644 3,852 △ 2,208
りんご 5,088 5,123 △ 35
緑茶(3キロ以下の個別包装) 2,282 2,479 △ 197
雑製品(△はマイナス値)
品目 2022年上半期~2023年上半期 2018年上半期~2019年上半期 変化
ビデオゲーム用機器(**) 2,901 3,462 △ 561
トランプなどの娯楽用カード 2,696 3,709 △ 1,012
車輪付き玩具、人形、プラモデル、パズル 1,527 1,370 157
グランドピアノ 1,642 1,578 64
吹奏楽器(クラリネット、フルートなど) 1,801 1,676 125
スライドファスナー(務歯が卑金属性のもの除く) 3,036 3,192 △ 156
金管楽器 5,267 4,667 600
シャープペンシル 1,278 1,034 244
ゲーム機器(コイン、カードなどで作動するゲーム) 1,913 1,514 399
医療用・理髪用備品(手術台、検査台など) 3,462 2,760 702

注1:品目については、表2の注を参照。
注2:ハーフィンダール・ハーシュマン指数:各品目の輸出相手国のシェア(%)の二乗和。最大値は輸出先が1カ国の場合で、100%の二乗(10,000)となる。数値が大きいほど輸出先の集中度が高く、小さいほど多角化、分散化が進んでいることを示す。
出所:「Global Trade Atlas」(S&Pグローバル)から作成

例えば、変化が大きかったビールでは、コロナ禍前の最大の輸出先は韓国(シェア60%)、次いで台湾(同11%)、米国(同7%)だったが、足元(2022年上半期~2023年上半期)では、韓国のシェアが24%に縮小した。一方、台湾のシェアは23%に拡大、中国が同19%で続き、韓国への輸出集中度は下がった。牛肉(骨付きでない冷凍肉)は、輸出先のトップ3のカンボジア、香港、タイと、コロナ禍前と足元で顔ぶれは変わらないものの、カンボジアの輸出シェアは50%から29%に縮小、香港(14%→18%)、タイ(9%→12%)はシェア拡大と、トップ3の差は縮まった。最も変化が大きかったなまこ(乾燥、調整品)では、コロナ禍前にシェア94%と大半を占めていた香港は、足元では46%に縮小、中国のシェアが2%から45%に拡大した。中華料理の食材として人気が高いなまこは、高級品の乾燥なまこから、加工工程が短くより安価な塩漬けへとシフトしたことが影響したとみられ、乾燥なまこ中心の香港向けのシェア縮小分が、塩漬けなまこが太宗を占める中国へと移ったかたちだ。しかし、小幅ではあるが、台湾や米国の輸出シェアが増加、また新規輸出先としてフランスが加わるなど、多角化の兆しもみられる。

雑製品では、輸出先の多角化が進んだのは10品目中3品目にとどまった。だが、雑製品でも、残る7品目の指数の水準は1,000台が中心と総じて低い水準にあり、前述の食料品の中の水と同様に、コロナ禍前の時点で輸出先の多角化、分散化はある程度進んでいたと考えられよう。品目別に最も変化が大きかったのは、トランプなどの娯楽用カード類。コロナ禍前の最大の輸出先はマカオ(シェア59%)、次いで香港(8%)、米国(7%)だった。足元では、米国がシェア48%で首位に立ち、香港(15%)、中国(8%)に取って代わった。上位国・地域のシェアの変化もさることながら、この間に輸出相手国・地域数が30から57へと大幅に増加した。

このように、輸出が健闘している品目では、総じて輸出先の多角化、分散化に向けた動きが確認できる。もちろん、多角化の裏には個々の商品ごとにさまざまな要因が絡んでいる。例えば、前述のビールでは、2019年夏以降、日韓関係の冷え込みによって韓国国内で日本製品の不買運動が広がり、韓国向けビール輸出が急減、韓国の輸出シェアが大幅に落ち込んだという背景がある(注5)。需要側である輸出先の要因で、輸出先の多角化、分散化をせざるを得ないという状況もあろう。だが、上記でみたとおり、多角化、分散化の動きは輸出にはプラスに働く。鈍さが続く日本の輸出を下支えするには、数多くの商品で前向きに取り組むことが必要ではないだろうか。


注1:
2023年6月:141.19円、7月:141.21円、8月:144.77円。いずれも東京市場 ドル・円スポット、中心相場/月中平均。
注2:
本稿のドルベースの日本の貿易データは、S&Pグローバルの貿易統計データベース「Global Trade Atlas(GTA)」による。GTAの日本の貿易データは、各月の貿易統計(通関統計、円ベース)をFRBによる月平均レート(実勢レート)を用いてドルに換算している。
注3:
食料品はHS01~24、雑製品はHS92、94~97。2023年上半期の日本の食料品、雑製品輸出(HS6桁レベル)のうち、以下の条件を満たす品目を対象とする。1)2021年、2022年、2023年上半期の輸出額、輸出数量のデータがある(単位未満除く)、2)HS2022改正でコードの統合がない。
注4:
ハーフィンダール・ハーシュマン指数:市場の集中度を示す指数の1つ。市場シェアの二乗を合計して算出。本稿では、注3で示した品目(HS6桁レベル)につき、当該品目の輸出全体に占める輸出相手国別シェア(金額ベース)を利用して算出。例えば、ある品目の輸出先が1カ国(シェア100%)の場合、同指数は最大値(10,000)となる。同指数が小さいほど多角化が進んでいるとされる。
注5:
最近の日韓経済関係を振り返る(前編)韓国向け消費財輸出は回復へ」(2023年5月30日付地域・分析レポート、ジェトロ)参照。
執筆者紹介
ジェトロ調査部 国際経済課
中村 江里子(なかむら えりこ)
ジェトロ(海外調査部、経済情報部)、(財)国際開発センター(開発エコノミストコース修了)、(財)国際貿易投資研究所(主任研究員)等を経て2010年より現職。