特集:分断リスクに向き合う国際ビジネスEUの炭素国境調整メカニズム(CBAM)に備える

2023年8月31日

CBAMで世界のカーボンプライシングは新たなステージへ

EUの炭素国境調整メカニズム、通称CBAM(注1)を設立するEU規則が2023年5月に施行された。温室効果ガスの排出に対して課金するカーボンプライシング(炭素価格)制度が世界的に広がりを見せる中でも、先行するEU。EU排出量取引制度(EU-ETS)の下、2013年のフェーズ3から有償での市場取引が開始し、二酸化炭素(CO₂)排出1トン相当当たりの炭素価格は現在100ユーロ前後で推移する。しかし、EUだけ排出規制を強めても、排出規制の緩い国からEUへの輸入増を招く。また、EU域内に製造拠点を置く企業が規制の緩い域外国へ流出すると、世界全体では温室効果ガスの削減は進まない「カーボンリーケージ」(炭素漏出)が生じる。それを防ぐため、輸入品にもEU-ETSに相当する課徴金を賦課するというのがEUのCBAM導入の名目だ。

これまで、カーボンプライシングは当該国内で(自治体単位を含む)、またはEU-ETSは欧州経済領域内で完結していたが、CBAMで初めて国際貿易とリンクすることになる。2023年6月に開催されたWTOの対EU貿易政策審査で他国からCBAMへの懸念が示されるなど国際的に注目されている上、他国でも炭素国境調整措置の検討が始まっている(注2)。CBAMによって、世界のカーボンプライシングは新たなステージに入ったと言っても過言ではない。直接、CBAMの影響を受けるのは対象に指定された品目(表1参照)をEUに輸出入する企業だが、CBAMは今後、幅広い企業に関係する要素を含んでいる。まず、EUは対象品目を今後拡大していく方針を示しており、影響は化学品(注3)や、鉄鋼やアルミニウムを用いた川下製品などにも拡大する可能性がある。また、英国などEU以外の国・地域でのCBAM導入も予想される。さらに、サプライチェーンを通じた脱炭素化の流れが速まる中、生産プロセスで発生するCO₂排出量の製品単位の算出を取引先から求められるケースは今後増えていくと見込まれる。CBAMの仕組みの理解は、こうした今後の展開に対応する上で必要な知識となるだろう。

表1:CBAMの対象品目
分類 対象製品 本格適用時の対象排出量
セメント カオリン系粘土、セメントクリンカー、白色セメント、アルミナセメント、その他の水硬性セメント 直接・間接
電力 電力 直接・間接
肥料 硝酸・硫硝酸、無水アンモニアおよびアンモニア水、硝酸塩、窒素肥料およびその他肥料 直接・間接
鉄鋼 鉄および鉄鋼(ただしフェロシリコン、フェロシリコマンガンなどケイ素化合物、鉄鋼スクラップを除く)、凝結させた鉄鉱、鋼矢板および溶接形鋼、レール(鉄道用建設資材)、鋳鉄管、鉄鋼管および継手、構造物およびその部分品、鉄鋼製の貯蔵タンク・ドラム・缶など容器、ねじ・ボルト・ナット・リベット、その他鉄鋼製品 直接排出のみ
アルミニウム アルミニウム塊(スクラップを除く)、粉・フレーク、棒および形材、ワイヤー、板・シート・ストリップ、アルミニウム箔、アルミニウム製の管および継手、タンク・ドラム・缶など容器、圧縮ガス用または液化ガス用のアルミニウム製容器、より線・ケーブル・組みひもなど(電気絶縁したものを除く)、その他アルミニウム製品 直接排出のみ
化学品 水素 直接排出のみ

注:対象製品の詳細はCNコードを確認する必要がある。移行期間中は全対象品目で直接および間接排出を報告。
出所:CBAM設置規則を基に作成

CBAMでは、2026年1月から、EUに輸入される対象製品の生産プロセスで発生した直接排出量、およびセメント・電力・肥料については生産に伴って消費された電力が該当する間接排出量相当の課徴金負担が求められる。方法としては、EU-ETSと同等の価格での「CBAM証書」の購入というかたちがとられる。それに先立って、2023年10月から移行期間となり、移行期間中は課徴金が発生しないものの、報告義務が求められる(表2参照)。報告義務を怠った場合や、内容に不備があると罰金の対象となる可能性がある。CBAMから適用除外される国はEU-ETSを採用しているノルウェー、アイスランド、リヒテンシュタインならびにEU-ETSと完全にリンクしたETS制度が採用されているスイスのみである。日本からの輸入、中国、トルコ、ASEAN諸国をはじめほとんどの第三国からの輸入は例外なくCBAMの適用対象となる(注4)。以下、開始目前に迫った移行期間中の義務の内容(注5)や、現時点で明らかになっているCBAMのポイントや注意点を整理する。

表2:EUのCBAM実施の重要日程
時期 日程 概要
2023年5月 CBAM施行 2023年5月17日にCBAM設置規則が施行
2023年10月 暫定適用(移行期間)開始 2023年10月1日から始まる四半期より、CBAM対象品目の輸入者またはその間接通関代理人は、各四半期の1カ月後までにCBAM報告書を提出
2024年1月末 1回目のCBAM報告書提出期限 2023年10月~12月の四半期中の対象品目のEUへの輸入について、CBAM報告書をCBAM移行期登録簿に提出する期限
2024年7月末 CBAM排出総量算出方法からの逸脱の期限1 2024年7月末までは、CBAM報告書に用いる総排出量の算出方法に、当該算出方法を示した上で、任意の方法を用いることができる
2024年12月末 CBAM排出総量算出方法からの逸脱の期限2 2024年12月末までは、CBAM報告書に用いる総排出量の算出方法に、対象製品の生産国での炭素価格制度や確立された測量基準を用いることができる
2025年12月末 移行期間終了。欧州委員会がCBAM対象品目の追加を評価 2025年末で移行期間終了。また、カーボンリーケージのリスクがある製品について欧州委員会が2025年末までにCBAM対象製品に追加するか評価する
2026年1月 本格適用開始 2026年1月の輸入からCBAM証書購入の対象に。輸入に先立ち、輸入者は認可CBAM申告者としての認定を受ける必要
2026年3月末 第1四半期分のCBAM証書の準備期限 各四半期末に排出総量の80%以上分に相当するCBAM証書をCBAM登録簿の口座に準備する必要がある
2027年5月末 2026年分のCBAM証書の納付期限 2026年の申告排出総量に相当するCBAM証書をCBAM登録簿上に準備し、欧州委員会が証書を登録簿より回収する
2027年6月末 余剰分のCBAM証書の買い戻し要請期限 納付後にCBAM登録簿に残存しているCBAM証書は6月末までに、購入価格での買い戻しを要請できる。7月1日に残っている証書は無効化される
2030年 欧州委員会が目安とする対象品目拡大の時期 欧州委員会は2030年までにカーボンリーケージのリスクの高いEU-ETS対象製品を全てCBAM対象製品に含めることを目指す
2034年 EU-ETS無償排出割当からの完全移行 CBAM対象製品のEU-ETSでの無償排出割当は2026年から段階的に削減され、2034年から100%廃止されCBAMに完全に移行する

出所:CBAM設置規則および移行期間における義務に関する実施規則を基に作成

移行期間中の報告義務のポイント

2023年10月に始まる移行期間の報告義務の詳細については、2023年8月17日に欧州委員会が実施規則を採択し、同時にガイダンスを公表した(注6)。

表3:CBAM移行期間のポイント
質問 ポイント 概要
Who 誰が対象? CBAM対象製品をEU域内に輸入する輸入者またはその間接通関代理人が「CBAM報告書」を作成
What 何を報告? 報告者および生産者の情報、対象製品の輸入量、直接・間接排出総量および算出方法、原産国で支払った炭素価格など
When いつから? 2023年10月1日に始まる四半期から四半期ごとに。各四半期の1カ月後までに報告しなければならない
Where どこに報告? EUの電子データベース「CBAM移行期登録簿」にデータ入力
Why 何のために? 本格適用に先立って欧州委員会が必要な情報を収集するため。適切な報告を怠ると罰金の対象となる
How どうすればいい? 対象製品の生産プロセスから生じる直接排出量および電力消費に伴う間接排出量を把握。また、生産国において支払われた炭素価格がある場合は、相当額を把握し、四半期ごとに報告

出所:CBAM移行期間における報告義務に関する実施規則を基に作成

移行期間のポイントについて、まず表3を参照されたい。報告義務の大枠としては、今後開設されるオンライン上の登録システム「CBAM移行期登録簿(CBAM Transitional Registry)」に、対象製品のEUへの輸入者または通関代理人が必要な情報を登録するというもの。この登録情報(実施規則では「CBAM報告書」と呼称)は四半期ごと報告し、第1回は2023年10~12月の輸入に関する情報を2024年1月末までに報告する必要がある。主な報告内容は、(1)対象製品の生産にかかる排出量(注7)および(2)原産国で支払った炭素価格である。登録を行うのは輸入者だが、こうした情報は生産企業(operator of installation)が管理するものであり、実質的には、輸入者からの照会を受けて生産者に負担が及ぶことになる。

(1)の排出量は、工場単位の排出量ではなく製品ごとの、単位生産量当たりの排出量を求める必要がある。具体的には、直接排出量は単位当たりの生産に必要な燃料の投入量に、係数を掛けて排出量を計算していくなどの作業になる。あるいは、実際のCO₂濃度を継続的に測った測定値を用いることも可能だが、前者の算出方式を用いるのが通常だ。間接排出量は生産時の消費電力に基づいて算出する。本格適用後は直接排出量しか対象にならない製品(鉄鋼・アルミニウム・水素)も含め、移行期間中は全ての対象製品で直接および間接排出量の両方の報告が求められる。移行期間中の排出量の算出方法は、2024年末まではEU指定の方式からの逸脱を認める。2024年7月末までは事業者任意の算出方法、同年12月末まではEU域外国の類似の制度、例えば生産国の炭素価格制度で用いられる測量方法やISOなど国際的に認知された基準などに基づく計算方法を、それぞれ使用することができる。また、移行期間中の排出量算定では第三者によるデータの検証は求められていない。

(2)について、生産国で排出量取引制度や炭素税といったカーボンプライシング制度が導入されている場合は、その制度に基づいて、対象製品について支払った炭素価格を計算して報告する。例えば日本の場合、地球温暖化対策税がこれに該当するとみられる(注8)。ただし、何が該当するか、および計算方法など詳細は現状では未定であり、今後の情報を待つ必要がある。移行期間では、可能性のある支払いについて広めに報告するのも一案だろう。

本格適用後の基本設計と注意点

移行期間は2025年末に終了予定であり、2026年1月からの輸入ではCBAM設置規則に基づき(注9)、輸入量に相当する排出量分の炭素価格(EU-ETSの市場取引価格とおおむね連動)を「CBAM証書」の購入というかたちで負担することになる。加盟国の管轄当局より「認可CBAM申告者」としての認可を受けた輸入者のみが対象製品を輸入できる。申告者は、移行期間時の発展型となる登録システム「CBAM登録簿」に必要な情報を登録していく。2026年分のCBAM証書の納付期限は翌年2027年5月であるが、各四半期末に排出総量の80%以上に相当するCBAM証書を購入しておく必要があり、実際には2026年3月末までには当該四半期の輸入相当分に近い量のCBAM証書を購入しなければならないことになる。つまり四半期ごとに、移行期間中と同様にデータの準備が求められ、さらに証書の購入も必要となる。認可CBAM申告者は、各四半期中、EU-ETS相場を見て「安い」と判断したときに、必要な分のCBAM証書を購入すればよい。CBAM証書の購入は、申告者が登録した国の「中央プラットフォーム」上のみで行われ、転売などそれ以外のかたちで売買はされない。CBAM証書の売買はEU-ETS市場価格には影響しない。前年分納付後にCBAMレジストリに残存する証書は、翌7月に無効化されるが、同6月末までに要請することで、購入した証書の3分の1まで払い戻しが可能となる。

CBAMの対象となる製品を日本や海外の拠点で生産する企業は、CBAMの制度設計上の排出量の定義に注意する必要がある。通常用いられるスコープ1(自社による直接排出)、スコープ2(他社から供給された電気、熱・上記の使用に伴う間接排出)と異なり、CBAMでは直接排出は生産プロセスで消費される温冷熱の発生に伴う排出と定義され、自社・他社から供給を問わない。逆に、間接排出は生産プロセスで消費される電気の発電に伴う排出と定義され、自社による発電であっても間接排出に当たる。また、企業が進めている「ライフサイクルでのカーボンフットプリント」は、CBAMで要求されている報告対象よりも通常広く、一般的な算出方式を用いると過剰報告になる可能性がある。移行期間中は報告のみだが、本格適用後は過剰報告がコスト上のロスとなる。移行期間中に、CBAM制度上の定義に従った算出方法に適応することでロスを避けるとともに、直接排出・間接排出の定義の違いから当局から誤報告と認定され罰金の対象となるリスクを回避しなければならない。

なお、EU-ETSでは、EU域内企業が域外移転するカーボンリーケージリスクを防ぐ目的で、現在も無償排出割当が当該施設に供与されている。CBAMはこの無償割当に代わるカーボンリーケージ対策であるため、2023年6月に施行された改正ETS指令では、EU-ETS無償排出割当は2026年から2034年にかけて段階的に削減されることになった(図参照)。無償割当が維持された上でCBAMが適用されれば、EU域内の生産者が優位になるため、EUとしては、WTOルールの内外無差別原則を考慮してこのような設計をとっている。CBAM設置規則では、対象となる製品について、無償割当に対応したCBAM証書の購入量の調整方法について、今後、欧州委員会が実施規則を定めるとしており、詳細は実施規則を待つ必要がある。

図:CBAM対象品目のEU排出量取引制度(EU-ETS)無償排出割当の削減率
2025年は0%、2026年は2.5%、2027年は5%、2028年は10%、2029年は22.5%、2030年は48.5%、2031年は61%、2032年は73.5%、2033年は86%、2034年は100%。

出所:欧州委員会資料から作成

CBAMを契機に、貿易担当者も排出量算出に関心を

本稿では、移行期間および本格適用を見据えたCBAMの基本的な要素とともに、今後のポイントとなる主な日程を整理した。移行期間中の報告義務については、輸入者や生産者への負担が大きいとの懸念の声がパブリックコメントなどのかたちで挙がっている。また、EUはCBAMの制度設計において、WTOルールとの整合性確保に配慮しているとはいえ(注10)、EU域外国からは、WTOルール違反を指摘する声も既にある。こうした懸念や批判については、移行期間が運用される中で議論が具体化されていくとみられ、別稿に譲りたい。

最後に、冒頭に述べたように、CBAMにより「カーボンプライシングが新たなステージに入った」ことの企業へのインプリケーションについて一言指摘したい。CO₂排出の算出は、企業の非財務情報開示の要請が高まる中で、サステナビリティ対応の一環としての必要性が大企業や一部の中小企業でも認識されつつある。しかし、CBAMによってカーボンプライシングが物品貿易にリンクすることで、これまでサステナビリティ対応に直接関係のなかった企業の貿易担当部門も、排出量算出に関与せざるを得なくなる。この点は、CBAM移行期間開始に伴い混乱が予想される一因でもある。他方、今後、炭素国境調整措置が水平的に(他国への広がり)も、垂直的に(対象産品の拡大)も波及が予想される中、CBAMは、貿易担当部門も含め、これまでCO₂排出量の算出、カーボンフットプリントのトレーシングといった活動に関心を持たなかった企業関係者にも、その必要性が認知される契機にもなり得るのではないか。早めの対策が求められる。


注1:
CBAM(Carbon Boarder Adjustment Mechanism)は、必ずしもEUの措置を指す用語ではなく、国境措置として炭素価格を輸入品に課す制度の総称として用いられる場合もあるが、本稿ではEUの措置を指す。CBAMの概要は、2023年版ジェトロ世界貿易投資報告第Ⅳ章第1節PDFファイル(2.15MB)を参照。
注2:
米国では、いずれも廃案になったものの2021年、2022年に炭素国境調整を目的とする法案が提出された(2021年9月14日付地域・分析レポート「炭素国境調整に向けて動き出した米国とEU」参照)。その他、カナダや英国などでも検討されている(Climate Leadership Council, “Getting Ahead of the Curve: Primer on Border Carbon Adjustment Policy Proposals” March 2023参照)。
注3:
CBAM設置規則第30条2項では、2025年末までに欧州委員会が対象製品への追加を検討する、カーボンリーケージのリスクがある製品として、有機化学品およびポリマーが具体的に挙げられている。
注4:
原産国で支払われた公的な炭素価格分のCBAM証書購入控除について、今後移行期間中の報告を基に欧州委員会が検討を行う予定。CBAM設置規則第9条を参照。なお、CBAMの対象から除外される少額輸入は150ユーロ以下の場合のみ。
注5:
CBAM移行期間における報告義務に関する実施規則は、2023年6月に原案が公表され(2023年6月15日付ビジネス短信参照)、同8月17日に確定版が採択された(2023年8月23日付ビジネス短信参照)。
注6:
輸入者のためのCBAMガイダンス、EU域外国の生産者による排出量算出のためのガイダンス、輸入者と生産者による情報交換のための参考テンプレートがそれぞれ2023年8月17日に公表された(欧州委員会ウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。
注7:
CBAMにおいては対象となる排出量は、特定の前駆体材料からの排出量や、CCS/CCU(炭素回収・貯留・利用)などを考慮した「体化排出量(embedded emission)」という用語が用いられている。詳細な定義については注6のガイダンスを参照。
注8:
ただし、地球温暖化対策税はCO₂排出1トン当たり289円相当であり、EU-ETSの炭素市場価格に比べ極めて小さいため、仮に本格適用時にこれが完全にCBAM証書購入の控除対象となったとしても、控除されるのは一部分に限られるとみられる。
注9:
CBAM設置規則の詳細については、上野貴弘「EUの炭素国境調整メカニズム(CBAM)規則の解説」(電力中央研究所、2023年5月)が詳しい。
注10:
EU-ETS無償排出割当の撤廃や、CBAMに域外への輸出還付制度を設けていないことなどから読み取れる。
執筆者紹介
ジェトロ調査部 主査
安田 啓(やすだ あきら)
2002年、ジェトロ入構。海外調査部国際経済課、公益財団法人世界平和研究所(現・中曽根康弘世界平和研究所)研究員、ジェトロ・ブリュッセル事務所次長などを経て、2023年から現職。