特集:分断リスクに向き合う国際ビジネス半導体やEVの産業誘致競争が本格化、投資行動に変化も

2023年8月29日

主要国・地域において、巨額の補助金や税制優遇などを通じた重要産業の国内誘致競争が本格化する。そのターゲットは、再生可能エネルギーや電気自動車(EV)に代表される気候変動対応に関わるプロジェクトや半導体製造プロジェクトだ。同時に、コア技術や資源を自国・地域内にとどめるための国内調達要件、輸出管理規則など、保護貿易主義的な措置の導入も進展する。自国本位で内向的な産業政策間の競争が、経済効率性に基づく企業の立地戦略を変えつつある。

補助金競争の引き金となった米国インフレ削減法

英国フィナンシャル・タイムズが提供する世界のグリーンフィールド投資情報「fDi Markets」の登録データをもとに、2022年の世界の投資トレンドをまとめた報告書(注1)によれば、2022年に、補助金や税制優遇などの財政面での優遇措置を付与された投資プロジェクト総額が約4,050億ドル、付与された優遇措置の合計額が445億ドルとなり、それぞれ前年比で29%、44%増加した。主要国・政府が相次いで導入した投資補助金や税控除などの優遇措置が多国籍企業による大規模投資プロジェクトの決定や実行を後押ししている。

なかでも、米国で2022年8月16日に成立したインフレ削減法(Inflation Reduction Act of 2022、以下IRA)は、気候変動対策を中心に、10年間で約4,370億ドルという過去に前例のない規模の歳出を見込む。歳出全体の約8割に相当する計3,690億ドルは、(1)再生可能エネルギーの導入、(2)EV技術の導入、(3)建物および社会のエネルギー効率改善などを目的とするプロジェクトへの補助金や税額控除に充てられる計画である。

その効果について、米国戦略国際問題研究所(CSIS)は2023年3月、「IRAを通じて先端製造業の米国内への回帰を促す米国政府の戦略が当面成功している」と評価するレポートを発表している(注2)。同レポートによれば、IRAの成立以来、フォルクスワーゲン(VW)、BMW、イタリアのエネルギーグループであるエネル、ノルウェーのバッテリーグループであるフレイアといった欧州企業を含む多国籍企業によるクリーンエネルギー関連の製造拠点の新設・拡張プロジェクトが約20件に及び、10万人以上の新規雇用を創出する可能性があるという。

他方、多国籍企業にとって、IRAの最大の論点は、同法を通じた税額控除などの適用に際し、バイ・アメリカン政策の強化にあたる各種の要件が設けられている点だ。たとえば、消費者がクリーン自動車(注3)を購入する際に受けられる1台当たり最大7,500ドルの税額控除(内国歳入法セクション30D)の適用条件(注4)では、最終組み立てが北米で行われる必要があることに加え、自動車に含まれる重要鉱物ならびにバッテリーの構成部品に関し、それぞれの調達要件を満たす必要がある。バッテリーに含まれる重要鉱物については、2023年の調達価格の40%が、米国ないし北米との自由貿易協定(FTA)締約国で抽出ないし処理され、または北米でリサイクルされる必要がある。同割合は2024年以降、毎年10%ずつ増加し、2027年に80%以上を満たす必要がある。また、バッテリー構成部品については、北米で製造または組み立てられた部品の価格が占める割合が2023年に50%以上、毎年の段階的引き上げにより2029年以降は100%とされた(表1参照)。

表1:EV購入時に税額控除の適用を受ける車両の要件

バッテリー材料に含まれる重要鉱物
米国が自由貿易協定を結んでいる国で抽出/処理された、あるいは北米でリサイクルされたものの割合
販売時期 割合
2023年中 40%
2024年中 50%
2025年中 60%
2026年中 70%
2027年1月1日以降 80%
バッテリー部品の生産・組み立て
北米で生産または組み立てられたものの割合
販売時期 割合
2023年中 50%
2024~25年中 60%
2026年中 70%
2027年中 80%
2028年中 90%
2029年1月1日以降 100%

注:懸念される外国の事業体が関わる重要鉱物、バッテリー部品はそれぞれ、2025年、2024年から控除の対象外になる。
出所:米国内国歳入庁から作成

EUはグリーン・ディール産業計画でIRAに対抗

米国のIRAに対し、欧州委員会は2023年2月、2050年までの気候中立を目指す欧州グリーン・ディールの一環として、「グリーン・ディール産業計画」の詳細を示した政策文書を発表。温室効果ガスの排出ネットゼロの実現に貢献する産業(ネットゼロ産業)をEUに誘致するため、EU域内に最適な環境を提供する方針を示した。EUは同産業計画を、米国のIRAに対する対抗策として位置付けている。グローバル企業のネットゼロ産業の生産拠点が米国をはじめとするEU域外に移転することを防止するため、従来の研究開発などに軸足を置いた政策の方向性を見直し、ネットゼロ産業の生産拠点に対する支援を本格化させる計画である。

2023年3月には欧州委員会が、EU国家補助規制を緩和する「暫定危機・移行枠組み」を採択。EUでは、加盟国が特定の企業に対して国家補助を行うことを原則禁止しているが、ネットゼロ産業の個別企業の生産活動に対して、2025年末までを期限に国家補助を提供することを可能にするのが、同枠組みである。

同枠組みにより、国家補助の提供が認められる対象に追加されたのは、ネットゼロ産業関連製品の製造である。具体的には、バッテリー、太陽光発電パネル、風力発電用タービン、ヒートポンプ、水素製造用の電解槽、炭素回収・貯留と、これらの製造に必要な重要な部品の生産、関連する重要な原材料の生産とリサイクルが対象となる。

加盟国は、対象製品の製造を目的とする投資に対し、対象企業の規模や投資先に応じた一定割合まで国家補助を提供できる。また、税の優遇措置、融資、保証などの形態による支援も可能とする。さらに、投資が域外に移転する実質的なリスクがある場合には、その対策として国家補助の支援上限をさらに引き上げることができる。これにより加盟国は、域外の移転候補先で得られる支援額と同等、あるいは域内を投資先にするインセンティブとして十分な額のいずれか低い方を国家補助として提供することが認められる。

外国企業の対中依存度引き上げを狙う中国

米国やEUが多額の予算措置を講じて、国内・域内に投資誘致を図り、国内・域内完結型のサプライチェーン構築を目指す最も重要な動機の1つが、中国に対する依存度の引き下げによる「デリスキング」の追求である。対する中国は、(1)外国企業の中国依存度を高めること、(2)自己完結型の産業基盤の確立のために脆弱(ぜいじゃく)部分を重点的に補強することを通じて諸外国の「脱中国」の動きに対する抑止力の構築を目指す。中国政府は、第14次5カ年規画において、対外開放路線を継続(国際循環)しながら、内需の優位性を十分に発揮すること(国内循環)により、外国投資や技術を誘引する「双循環」政策を提唱。また、「自主的でコントロール可能なサプライチェーンの強化」のため、供給網の主要な部分を国内にとどめると同時に、中国に拠点を構える企業に対して技術移転を迫るなど、先端的なコア技術の国産化を挙国体制で推進する。

外国投資や技術を呼び込むための手段では、2022年10月に中国国家発展改革委員会および商務部が、新たな「外商投資奨励産業目録」(2022年版)を公布、2023年1月1日から施行した 。全国を対象とする奨励リストでは、産業やサプライチェーンの高度化のために、最終製品に関しては、航空用地上設備、グロー放電式の質量分析計、透過式の電子顕微鏡、工業用水の節水関連設備などの最終製品が新たに追加・改定された。また部品では、シールドマシン用ベアリング、自動運転関連のコア部品、高性能軽金属など、原材料では高純度電子化学品、高性能塗料、有機高分子材料などがそれぞれ追加・改定されている。

サービス分野では、グリーン・省エネ節水効果のある先進的システムインテグレーション技術やサービス、環境フレンドリーな技術の開発応用、洋上風力発電設備、海洋新エネルギー設備の設計開発、風力発電のブレードや廃棄された太陽光発電モジュールのリサイクル、エネルギーのクリーンな運用やエンジニアリング建設・技術サービスなど、脱炭素化に資する技術やサービスを特に奨励する内容となっている。なお、奨励類に該当する項目については、投資総額内で輸入する自家用設備の輸入関税免除(一部例外を除く)や土地の優先供給などの優遇措置を受けることができる。

一方、自主的でコントロール可能なサプライチェーン強化の目的に即し、中国政府は「輸出禁止・輸出制限技術リスト」に基づき、コア技術や資源を国内にとどめるための輸出管理を強化している。同リストは、2020年 8月に12年ぶりとなる大幅な改正が行われ、人工知能(AI)、暗号・IT セキュリティー、バイオテクノロジーなどの関連技術が追加されたが、さらに2022年12月にも再び改定案が発表され、新たに太陽電池用シリコンウエハー関連技術などが掲載されている。

半導体エコシステム強化のための誘致合戦も本格化

2020年後半以降に顕在化した全世界的な半導体の不足は、世界各国・地域でサプライチェーンの途絶と混乱を引き起こした。2022年後半から2023年にかけ、世界の半導体市場は在庫調整プロセスに伴う減速が続いているものの、主要国・地域政府は、中長期的な市場拡大を見据えた半導体の安定確保を目的に、グローバル半導体メーカーの誘致競争を本格化させている。米国で2022年8月に成立・施行となった「CHIPSおよび科学法(H.R.4346 )」(以下、CHIPSプラス法)をはじめ、主要国・地域は巨額の予算を投じ、自国・地域の半導体産業の強化ならびにグローバル企業の誘致のための支援を拡充している(表2参照)。

韓国では2023年3月30日、新たな税制優遇策として、半導体施設への投資に対する税額控除率を引き上げる租税特例制限法改正案を国会で可決。台湾においても、2023年1月に施行された、通称「台湾版CHIPS法」(産業創新条例の第10条2項、および第72条の改正法)を通じ、一定の要件を満たした最先端の案件に関して、先端研究開発向け支出、先端プロセス向けの設備購入費用に対する一定率を法人税から控除することを認めている。

表2:主要国・地域における半導体産業支援策の動向(2023年以降)
国・地域名 支援の概要
米国 2023年3月、CHIPSプラス法に基づく第1弾の資金援助申請受付開始。半導体製造施設の建設、拡張、現代化が対象。
2023年6月、第2弾の資金援助の概要発表。半導体製造装置や素材関連施設の建設、拡張、現代化に関する3億ドル以上の投資が対象。予備申請は9月より開始。
台湾 2023年1月、「産業創新条例改正案」施行。先端技術研究費支出の25%、新規機器や設備費支出の5%を、当該年度の法人税より控除。
(適用期間は2023年1月1日から2029年12月31日まで)
韓国 2023年3月、「改正租税特例制限法」可決。半導体を含む国家戦略技術の設備投資への税額控除率を8%から15%、中小企業は16%から25%へ引き上げ。
2023年中の投資に対しては10%の追加控除あり。
EU 2023年7月、欧州半導体法を正式採択。加盟国による半導体企業への財政支援、および各種許認可の迅速化などを実現。
EUと加盟国による財政支援と民間投資の合算で430億ユーロの支出を見込む。

出所:各国・地域政府発表資料から作成

EUにおいても2023年7月25日、域内における半導体エコシステムの確立を目指す欧州半導体法をEU理事会が正式採択外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます欧州理事会ウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。同法は、(1)半導体の研究開発、生産への財政支援、(2)半導体の生産施設への優遇措置、(3)半導体サプライチェーンの監視と危機対応、で構成され、EUと加盟国による財政支援と民間投資の合算で 430億ユーロの投資を確保する計画である。他方、EU予算からの拠出は研究開発を中心に33億ユーロにとどまることから、域内への生産拠点の誘致に向けた財政支援の大半は、加盟国による国家補助によってカバーされる。大規模な国家補助が可能な国は、ドイツやフランスなど財政余力のある一部の加盟国に限られる事情から、投資がそれらの一部の主要国に集中する可能性もある。

補助金適用を想定した投資プロジェクトが多数始動

近年、世界の大手半導体メーカーが発表する投資プロジェクトの多くが、投資先における補助金や税制優遇の適用を念頭に置いた計画となっている。たとえば米国では、2023年8月9日、CHIPSプラス法の発効1周年を記念するバイデン大統領の声明において、同1年間で合計1,660億ドルを超える半導体関連の投資案件が発表されたことを報告。また、同日までに、米国のCHIPSプラス法に基づく補助金受給申請要綱に対しては、42州にわたる460件以上の投資関心表明書(SOI)を受け取ったことを明らかにしている(2023年8月10日付ビジネス短信参照)。

また、EU域内では、ドイツにおいて2023年6月、インテルが300億ユーロ規模の投資を正式決定(6月19日付インテル発表外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。同プロジェクトに対しては、ドイツ連邦政府より99億ユーロの補助金が拠出される見通しである(2023年6月29日付ビジネス短信参照)。さらに同年8月には、TSMC(台湾積体電路製造)がドイツのボッシュ、インフィニオン テクノロジーズ、オランダのNXPとの共同出資により投資額100億ユーロ超の半導体工場を建設する計画を発表(8月8日付TSMC発表外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)している。

日本政府も、改正5G(第5世代移動通信システム)促進法(特定高度情報通信技術活用システムの開発供給及び導入の促進に関する法律、改正法が2022年3月施行)などに基づき、国内における高性能半導体生産設備の整備に対する助成金などを通じて、半導体産業を育成・強化する対策を打ち出している。予算措置では、2021年度補正予算では半導体産業基盤強化に係る関連予算として7,740億円を計上。さらに、2022年11月18日に閣議決定された2022年度の第2次補正予算案では、先端半導体の国内生産拠点の確保事業(4,500億円)や、ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業(4,850億円)、半導体サプライチェーンの強靭(きょうじん)化支援(3,685億円)など、合計1兆3,000億円の半導体関連予算を計上している。

経済産業省は、これらの枠組みに基づく助成金支給の対象となる「認定特定半導体生産施設整備等計画」として、2022年中に、(1)TSMCなどに最大4,760億円(熊本県)、(2)キオクシアなどに最大929億3,000万円(三重県)、(3)マイクロンなどに最大464億7,000万円(広島県)、の3件のプロジェクト向けの助成を行うことを決定したと発表している(注5)。

2023年6月には、経済産業省が「半導体・デジタル産業戦略」の改定案を公表。2030年に、「国内で半導体を生産する企業の合計売上高15兆円超」(2020年比約3倍)を実現するという新たな目標を設定した。岸田文雄首相は2023年5月18日、海外半導体大手7社幹部と首相官邸で面談を行い、日本国内への投資拡大を呼びかけた 。同面談に参加した1社のマイクロンは同日、日本政府による支援を前提に、次世代DRAMの製造を目的に、広島県東広島市の同社生産拠点に今後数年で最大5,000億円の追加投資を行うことを発表している (マイクロンウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。


注1:
「THE fDi REPORT 2023, Global greenfield investment trends」(2023年5月)
注2:
CSIS(2023年3月7日)、“Getting Real on the Inflation Reduction Act”
注3:
バッテリー式電気自動車(BEV)、プラグインハイブリッド車(PHEV)、燃料電池車(FCV)が含まれる。
注4:
2023年3月31日、財務省と内国歳入庁(IRS)が詳細な規則案を公表、4月17日に連邦官報に公示(Section 30D New Clean Vehicle Credit, A Proposed Rule by the Internal Revenue Service on 04/17/2023)。なお、2つの要件のうち1つのみを満たす車両については、最大3,750ドルの控除を受けることが可能。
注5:
経済産業省商務情報政策局発表情報(2023年3月22日最終更新)に基づく。
執筆者紹介
ジェトロ調査部国際経済課長
伊藤 博敏(いとう ひろとし)
1998年、ジェトロ入構。ジェトロ・ニューデリー事務所、ジェトロ・バンコク事務所、企画部海外地域戦略主幹・東南アジアなどを経て現職。主な著書:『FTAの基礎と実践:賢く活用するための手引き』(編著、白水社)、『タイ・プラスワンの企業戦略』(共著、勁草書房)、『アジア主要国のビジネス環境比較』『アジア新興国のビジネス環境比較』(編著、ジェトロ)、『インドVS中国:二大新興国の実力比較』(共著、日本経済新聞出版社)、『インド成長ビジネス地図』(共著、日本経済新聞出版社)、『インド税務ガイド:間接税のすべてがわかる』(単著、ジェトロ)など。