特集:半導体競争、技術覇権を制するのは従来の輸出管理から脱却へ、企業はどう対応すべきか(世界、日本)

2023年9月8日

半導体の輸出管理では、これまでの多国間協調とは異なる展開が進んでいる。既存の枠組みに依存しない輸出管理は今後、別の先端技術でも実行される可能性を秘める。企業が対応すべき筆頭課題の1つとして、輸出管理法令を順守する意識がより一層重要になりそうだ。

本稿では、直近の動きに加えて、企業の行動指針となるガイドラインや、新たな国際連携の動きを紹介する。

既存レジームにとらわれない独自規制が進展

米国政府は2022年10月、半導体の技術競争をめぐって新たな管理制度を導入した。これは異次元の輸出管理と言えるもので、産業界に衝撃を与えた(2023年5月17日付地域・分析レポート参照)。一方、米国企業は自らだけが不利な条件に置かれないよう、同志国との協調を米国政府に要請した(2023年2月2日付ビジネス短信参照)。その後、日本とオランダ(米国と並ぶ半導体製造装置の主要輸出国)は、米国との合意に基づき新たな輸出管理を発表(注1)。両国によるこの新輸出管理の対象には、先端半導体の製造に必要な装置が含まれていた。すなわち、米国の規制と整合的な規制になっている(表1参照)。

一方で、輸出管理の影響を受ける中国は、3カ国の規制を批判(注2)。あわせて、この3国の規制に対抗するかたちで、半導体の材料として使用されるガリウムおよびゲルマニウムを輸出管理の対象に加えた。

表1:半導体に関わる主要国の輸出管理

施行時期
主な内容
米国
2022年
10月7日
  • 対象製品・技術の対中輸出について、事前に米商務省への許可申請が必要になる。中国内の半導体関連施設が(1)米国または米国の同盟国の企業が有する施設の場合は「ケース・バイ・ケース」の審査、(2)その他すべての場合は「原則不許可」の審査になる。
  • FDPルールを導入。FDPルールとは、先端半導体とスパコンについて指定された米国製の技術・ソフトウエアを用いて米国外で製造された外国直接製品(FDP)にも、許可申請が必要になるという規定。
  • 米国人による特定の行動(出荷や搬入、修理、メンテナンスなど)が、指定レベル以上の半導体の開発または生産の支援につながる場合、許可申請が必要。
日本
2023年
7月23日
  • 半導体製造装置23品目を、外為法に基づく省令上の管理対象に追加。半導体の製造プロセスに必要な成膜や露光、洗浄、エッジングなどに用いられる装置が対象になる。
  • 全地域向けの輸出が許可申請対象になる。ただし欧米など42の国・地域については、包括許可を適用可能。
オランダ
2023年
9月1日
  • 深紫外線(DUV)露光装置など、先端半導体の製造に必要な製品・技術・ソフトウエア8品目を輸出管理対象に追加。
    参考:極端紫外線(EUV)の露光装置(最先端半導体の製造に必要とされる)については、2019年から管理対象に加えていた。
中国
2023年
8月1日
  • ガリウムおよびゲルマニウム(次世代半導体材料に使用される材料)やその関連品目を管理対象に追加。無許可での輸出は禁止。輸出事業者は申請時、エンドユーザーや最終用途の証明などを提出する。

出所:各国政府資料からジェトロ作成

軍事転用される可能性のある(いわゆるデュアルユース)品目は、ワッセナー・アレンジメント(輸出管理の多国間枠組み)に基づき管理の検討が行われるのが通常だ。これまでは規制リストを見直す場合などに備え、同アレンジメント参加国間で定期的に情報交換するなどされてきた。しかし、今回の半導体に関わる主要国の輸出管理規則は各国独自に実施された。その背景には、当該参加国にロシア(2022年2月にウクライナ侵攻)が含まれているという事情がある。輸出管理に詳しいエイキン・ガンプ法律事務所のケビン・ウルフ氏(元米国商務省次官補)は「ロシアが全ての提案を拒んでいる。今後も同様の展開が予想される」と述べた。

なお、先進国を中心とする既存の輸出管理制度の多くには、ロシアや中国が含まれている(表2参照)。そうしたことからウルフ氏は、今後、それら制度自体が機能不全に陥る懸念を指摘する。米国の輸出管理は、別の先端技術領域にも展開される公算が大きい(2023年8月29日付地域・分析レポート参照)。個別の同志国の協調による複数国間の取り組みに発展することも予想される。

表2:輸出管理に関わる主要な国際的枠組み
制度枠組み 概要
ワッセナー・アレンジメント(WA)
  • 通常兵器および機微な関連汎用品・技術の供給能力を有し、かつ不拡散のために努力する意志を有する参加国による紳士協定(法的拘束力を有さない)。42カ国が参加(ロシアを含む)。
  • 通常兵器として「軍需品リスト」22品目、9カテゴリーの「汎用品・技術リスト」に大別される。
原子力供給国グループ(NSG)
  • 原子力関連資機材・技術の輸出国が守るべき紳士協定。48カ国が参加(中国ロシアを含む)。
  • 規制品目に、核物質や原子炉・関連装置、産業用機械(数値制御装置など)、材料(アルミ合金など)。
オーストラリア・グループ(AG)
  • 生物・化学兵器の不拡散のための紳士協定。42カ国が参加して輸出管理。
  • 化学・生物兵器の前駆物質、同兵器製造向け汎用施設・設備、病原体や毒素などを規制対象に指定。
ミサイル技術管理レジーム(MTCR)
  • 大量破壊兵器運搬能力を有するミサイルの拡散防止が目的の紳士協定。35カ国参加(ロシアを含む)。
  • 付属書で、ミサイルの開発および生産などに関連する軍用品および汎用品を含む資機材・技術を広範囲に指定。

出所:外務省資料などを基にジェトロ作成

変化の激しい輸出管理にどう対応すべきか

では、主要国の経済安全保障関連政策のうち、何が日本企業のビジネスに影響を与えていくことになるのか。ジェトロが2023年4月に実施したアンケートでは、そうした可能性が最も高い政策として、前述の半導体規制を筆頭に、米国の輸出管理の影響を懸念する図式が読み取れた(図参照)。

なお、このアンケートは、ジェトロが主催した米国輸出管理に関するセミナーに参加した企業に対して実施したものだ。そのため、この分野への関心がそもそも高い母集団の意識が反映されていることになる。そのため、日本企業全体の相場観とは言い難いだろう。だとしても、関連産業に従事する企業で、米国をはじめとする経済安全保障関連政策が一定の影響を及ぼす可能性があることがうかがえる。

図:日本企業のビジネスに影響を与える可能性が最も大きい政策例
(ジェトロアンケート調査)
主要国の経済安全保障関連政策のうち、日本企業のビジネスに影響を与える可能性が最も高い政策として、米国による2022年10月発表の対中半導体規制の影響を受ける可能性が高い企業の比率は28.3%と最も多い回答を集めた。米国輸出管理の域外適用にあたる再輸出規制による影響を懸念する割合が27.1%と続く。中国については、反外国制裁法を含む対抗措置が影響を与える可能性を指摘する割合が12.2%を占める。その他、順に、「特にない」が11%、日本の政策として、半導体製造装置の輸出管理が9%、経済安全保障推進法が7.3%を占める。米国のチップスプラス法は0.6%と少数。「その他」が4.3%。

注:このアンケートは、ジェトロウェビナー「米国輸出管理措置の最新動向について―元米国商務省次官補ケビン・ウルフ氏による特別講演-」(2023年4月13日)参加企業に対して実施した。
出所:ジェトロによるアンケート(2023年4月)

いずれにせよ、乱立する輸出管理に実務上どう対応すべきか。

乱立する輸出管理に実務上どう対応すべきか。例えばEUは、デュアルユースの可能性がある製品技術に関し、法令順守に向けたガイドラインを発表している(詳細は、EU資料PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(459KB)参照)。注目されるのは、その枠組みが前述のワッセナー・アレンジメントのガイドライン(表3参照)に基づいていることで、取り組みの最初のステップとして参考になる。取り上げられた項目も、責任者の配置を含む体制構築から、実際の輸出管理業務、人材育成まで、多岐にわたる。もちろん、対応の度合いは企業の規模や組織形態により異なるが、(1)経営層による関与、(2)関連規制の把握、(3)必要に応じた規制当局との連携などが全体的に重視されていることなどは、注目に値する。

表3:輸出管理の法令順守に向けたガイドライン例
項目 主な内容
順守方針
  • CEOなど上級役員が、輸出管理を順守するとの声明文書を作成する。
  • 全従業員に、当該声明を認識させる。
体制
  • 輸出管理を所管する内部体制を構築する(独立部署もしくは適切な部署での追加対応)。
    補足:体制は営業部その他輸出関連部署から独立していることが望ましい。
  • 責任者となる上級社員(CECO:最高輸出管理責任者)を任命する。
  • 輸出管理部署のマネージャー(ECM)や各事業部の輸出管理責任者(ECO)を任命する。
    補足:ECMやECOを置くことは必須ではない。ただし、大手企業では、一般的に任命されることが多い。
審査
  • 移転する製品技術について、輸出許可の要否を確認する。
    補足:輸出品目を外部調達している場合は、技術仕様や輸出管理対応の該否を供給元に問い合わせる。
  • 必要に応じて、所管省庁などに問い合わせる。
  • 輸出品目が記載の用途以外で使用されないことを検証する。
  • 顧客や最終需要者が「警告事項(red-flags)」などに該当しないか、検証する。
  • 輸出品目について、規制当局が輸出許可の対象とする通知を出しているか、検証する。
  • 輸出品目が許可されていない最終需要者に利用されたり、最終用途先に転用されたりしないよう、手続きを実施する。
    補足:電子処理システム(EDP)を採用することが推奨される。
出荷
  • 製品技術およびその数量が輸出許可証の記載と合致していることを、事前に確認する。
実施評価
  • 関連規則などに応じて輸出管理業務が適切に実施できているか、評価する。
    補足:年に1回、営業部以外の部署または外部専門家が評価することが望ましい。
教育研修
  • 公示される関連規制を周知する。
  • 新規の社員をはじめ、輸出や技術移転に関わる部署の全社員に教育・研修する。
文書保存
  • 規制に即して適切な期間、輸出関連文書を保存しておく。
  • 文書例:輸出許可証、最終用途証明、インボイス、通関書類、製品分類シート、電子移転の記録。
報告
是正措置
  • 法令または内部規定の違反があった場合、CECOやECMなどに報告する。
  • CECOやECMが違反を認定した場合、規制当局に報告する。
  • 違反の再発防止に向け、是正措置を講じる。

出所:ワッセナー・アレンジメント事務局資料からジェトロ作成

さらに、米国商務省・産業安全保障局(BIS、注3)は、より具体的に取引上の留意点を示している(表4参照)。輸出者がEAR上で留意すべきビジネス状況を例示したうえで、それぞれの状況に応じ、「取引する品目が取引先の業態に出荷することに不審な点がないか」「取引先が用途などの情報を開示するか」などのチェックリストを示した。

表4:米国商務省の取引ガイダンス(留意事項)
類型 留意すべき事項
Red Flags
取引先の性質
  • 取引先やその所在地が商務省指定のDPL対象に類似。
  • 取引先がビジネスの経験をほとんど有していない。
製品用途の不一致
  • 製品の性能が買い主の業態に合致しない。
    (例:パン屋が高性能コンピュータを発注)
  • 輸送先の国の技術水準に受注製品が合致しない。
    (例:電子産業のない国から半導体製造装置を受注)
取引時の不審な対応
  • 取引先や仲介者が最終用途を開示したがらない。
  • 通常は融資を要する高額な製品にもかかわらず、現金決済を求める。
  • 製品の性能特徴に詳しくない取引先の方から強く購入を求めてくる。
  • 製品の設置や指導、メンテナンスを、取引先が拒否する。
  • 買い主が質問に対して回答を避け、用途が国内使用向けか(再)輸出向けかについて明示的に答えない。
輸送(先)
  • 納期が曖昧。あるいは、納品先が異常な場所を指定される。
  • 最終的な輸送先として、輸送会社が指定されている。
  • 製品や輸送先を考慮すると、輸送ルートが異常。
  • 包装状態が規定の方法と異なる。

出所:米国商務省・産業安全保障局(BIS)

輸出管理の指針は今後、従来と異なるかたちで形成されていく可能性がある。

2023年5月のG7では、経済安全保障に関して初めて首脳声明を採択。輸出管理の多国間枠組みを強化するとともに、民間セクターに明確な情報を提供していくことで合意が見られた(2023年5月23日付ビジネス短信参照)。米国とEUとの貿易技術評議会(TTC)の共同声明(2023年5月)でも、輸出管理の域外適用にあたる「再輸出」について、明確化や簡素化に向けた作業を進めることが確認されている。さらに、米国が主導する「輸出管理と人権イニチアチブ(ECHRI)」でも、行動規範が示された。そこには、人権侵害を行うリスクのある国家・非国家主体に対抗し、デュアルユース製品技術の輸出管理に関するベストプラクティスを共有・策定・実施することが盛り込まれた(2023年3月31日付ビジネス短信参照)。

先に述べたとおり、既存の国際的枠組みは、機能不全の懸念を抱えている。そうした中、同志国の協調に基づく新たな枠組みの進展に注視することが重要になるだろう。


注1:
これら3カ国による合意の有無について、政府による公式発表はない。ただし、経済産業省は、2023年7月施行の輸出管理について、同盟国や同志国と意見交換を行ってきている旨を明らかにしている(2023年3月31日経済産業大臣の閣議後記者会見外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。
注2:
3カ国の輸出管理に対する中国の動きは、概ね次の通り。
まず米国には2022年12月12日、WTO提訴を発表した(2022年12月16日付ビジネス短信参照)。日本に対しては2023年5月29日、閣僚級で撤回を求めた(同日ロイター通信)。またオランダに対しては、7月1日に不満を表明する報道官談話を発表している(2023年7月4日付ビジネス短信参照)。
注3:
BISは、米国輸出管理規則(EAR)の規制当局。
執筆者紹介
ジェトロ調査部国際経済課 課長代理
藪 恭兵(やぶ きょうへい)
2013年、ジェトロ入構。海外調査部調査企画課、欧州ロシアCIS課、米州課を経て、2017~2019年に経済産業省通商政策局経済連携課に出向。日本のEPA/FTA交渉に従事。その後、戦略国際問題研究所(CSIS)日本部客員研究員を務め、2022年1月から現職。主な著書:『FTAの基礎と実践:賢く活用するための手引き』(共著、白水社)、『NAFTAからUSMCAへ-USMCAガイドブック』(共著、ジェトロ)。