特集:半導体競争、技術覇権を制するのはバイデン政権の半導体サプライチェーン政策、米国内投資を促進

2023年5月9日

半導体は、自動車や電子機器などの産業分野だけでなく、国家安全保障にとっても重要な役割を果たしている。新型コロナウイルスの流行に伴う世界的なサプライチェーンの混乱は、その不可欠性を広く認識させた。例えば、自動車大手のゼネラルモーターズ(GM)は2021年2月、新型コロナ禍に伴う半導体不足により、北米3工場で車両の生産停止に追い込まれた(注1)。また、IT機器大手のアップルは2021年10月、半導体不足を理由とするiPhone13の減産が1,000万台に上ると報じられた(注2)。

半導体は兵器の製造や軍事システムの開発など、軍需産業にとっても必要不可欠だ。米国と中国の覇権争いが続く中、特に米国では、先端技術の輸出管理や地政学リスクの回避が重視されるようになった。軍事転用可能な先端半導体は、米国と中国のパワーバランスに大きな影響を及ぼし得る。

このような背景を踏まえ、本稿では、半導体分野におけるバイデン政権の米国内投資の促進策に焦点を当てる。バイデン政権は発足直後から、国内半導体産業の競争力強化に取り組んできた。以下、同政権の関連政策を整理し、ジェトロが2023年3月に在米日系企業から聴取した内容に言及しながら、その効果を考察する。

半導体のサプライチェーンは重要4分野の1つ

ジョー・バイデン大統領は、就任して1カ月後の2021年2月、「米国のサプライチェーンに関する大統領令外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」に署名した。この大統領令では、米国の経済的繁栄と国家安全保障の確保にとって、特に4つのサプライチェーンが重要と明示された。中でも半導体の安定供給は、バイデン政権が最も重視するサプライチェーン上の課題の1つだ。

  1. 半導体の製造および先端パッケージング
  2. 大容量バッテリー〔電気自動車(EV)搭載のバッテリーを含む〕
  3. 重要鉱物およびその他戦略物資
  4. 医薬品および医薬品有効成分

バイデン大統領は、大統領令を通じて関係省庁に、これら重要サプライチェーンに関するリスクを100日以内に特定し、対策を提言するよう指示した(注3)。その後、2021年6月に公表された報告書PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(6.2MB)では、国内半導体産業に対する米国の危機感と現状認識が示された(表1)。

例えば、半導体の製造能力について、米国が世界全体に占めるシェアは1990年の約37%から約12%まで低下しており、多くの生産をアジアに依存している点に懸念が示された。半導体の製造に使用する材料や装置の調達元が限られている点も、リスクとして認識された。また、先端半導体の製造には数十億ドルの投資が必要と指摘し、連邦政府による資金援助の有効性を示唆した。

表1:報告書で示された米国の危機感と現状認識
項目 内容
業界全体
  • 米国内の半導体製造能力は、世界全体の約12%。シェアは37%から大きく減少。
  • ファブレス大手を含む米国企業は、生産を国外、特にアジアに依存しており、サプライチェーンリスクが生じている。
  • 半導体製造に使用する材料や装置の調達元は限られている。
  • 先端半導体の製造には、数十億ドルの投資が必要となる。
設計
  • 設計分野で、米国企業は世界を主導しているが、売り上げは中国に大きく依存している。
  • 設計に従事する米国企業で、知的財産(IP)や労働力の供給源は限られている。
製造
  • 米国の半導体製造能力は十分ではない。
  • 先端ロジック半導体の製造は主に台湾に依存している。
  • レガシー半導体の製造は台湾、韓国、中国に依存している。
後工程・先端
パッケージング
  • 比較的低い技術レベルで対応可能な後工程について、米国はアジアに大きく依存している。
  • 半導体チップの複雑化に伴い、パッケージングの技術は大きく進歩する可能性がある。しかし、米国では必要な材料のエコシステムが確立していない。また、米国は先端パッケージングを発展させる上で、費用対効果の良い場所ではない。
材料
  • 半導体の製造には、何百もの材料が必要になるほか、シリコンウエハー、フォトマスク、フォトレジストなどの分野では、外国企業が市場を独占している。
製造装置
  • 米国は、オランダと日本が競争力を有するリソグラフィ装置を除き、前工程のほとんどの製造装置に関して、世界生産の大部分を占めている。

出所:2021年6月公表の報告書を基にジェトロ作成

商務省はこのような危機感と現状認識に基づき、7項目の提言を行った(表2)。このうち、少なくとも「アメリカCHIPS法への資金提供」「半導体製造エコシステムの強化」「中小企業支援」「人材育成」は、連邦政府による産業政策の必要性を訴えたものと推察できる。米国内投資を促進することで、自国の半導体製造能力を高め、サプライチェーンを安定させるべきということを具申したとみられる。

表2:商務省の提言
項目 内容
半導体不足への対処
  • 半導体不足に対処するため、産業界と連携し、投資、透明性、協力を促進する。
  • 短期的には、民間企業が率先して半導体不足に対処する必要がある。
  • 連邦政府は、同盟国・パートナー諸国との連携を強化。また、企業による効果的なサプライチェーンマネジメントとセキュリティー慣行を促進する。
アメリカCHIPS法(に基づく支援枠組み)への資金提供
  • 2021年国防授権法の一部として成立したアメリカCHIPS法(CHIPS for America Act)に基づく支援の枠組みに資金を提供する。
半導体製造エコシステムの強化
  • 立法措置を通じて、米国内の半導体製造エコシステムを強化する。高い操業コストを相殺するためのインセンティブを提供する。
  • 商務省国際貿易局のSelect USAを通じて国内投資を支援し、商務省国立標準技術研究所(NIST)の米国製造業研究所という新部門を通じて、半導体製造を支援する。
中小企業支援
  • 研究開発リソースや融資を通じて、製造業者、特に中小企業を支援する。
人材育成
  • 半導体業界に、多様かつアクセスしやすい人材パイプラインを構築する。
サプライチェーンの強靭(きょうじん)化
  • 同盟国・パートナー諸国と連携し、強靭な半導体サプライチェーンを構築する。
  • 外国のファウンドリーや材料メーカーによる、米国および同盟国・パートナー諸国への投資を奨励する。
技術的優位性の保護
  • 半導体製造と先端パッケージングにおける米国の技術的優位性を保護する。
  • 輸出管理と外国投資の審査により、国家安全保障などに対処する。

出所:2021年6月公表の報告書を基にジェトロ作成

そして、バイデン政権は2022年8月に、CHIPSおよび科学法(CHIPSプラス法)を成立させた。これにより、米国内投資を促進するために必要な連邦予算が確保された。CHIPSプラス法に基づく資金援助プログラム(CHIPSプログラム)は、2023年2月に開始している(本特集「始動したCHIPSプログラム、サプライチェーンに与える影響は(米国)」参照)。

では、バイデン政権の促進策は、半導体分野の米国内投資を拡大させる上で、どれだけの効果を生み出せるのだろうか。ジェトロが2023年3月15~22日に在米日系企業から聴取した内容を参考に、これを考える。

前工程の投資は大幅に拡大

CHIPSプログラムは第1~3弾に分かれており、2023年4月時点で、半導体製造と先端パッケージングを対象とする第1弾の資金援助申請を受け付けている。同プログラムの影響もあってか、近年、半導体製造業者による米国への大型投資が相次いで発表されている。中でも、台湾積体電路製造(TSMC、注4)とインテル(注5)は、アリゾナ州にロジック半導体の大規模な生産施設を建設中だ。インテルは、オハイオ州でもプロジェクトを進めている(注6)。また、メモリー半導体大手のマイクロンは、ニューヨーク州に先端メモリー半導体の生産施設を建設する(注7)。アナログ半導体大手のテキサス・インスツルメンツ(TI)も、最大300億ドルを投じ、テキサス州に最大4つの工場を新設する計画だ(注8)。

主要半導体メーカーが既に発表しているこれら大型投資プロジェクトのほとんどは、シリコンウエハーに回路を形成するまでの工程を意味する「前工程」向けの投資だ。すなわち、前工程に関して、米国内での投資は大幅に拡大している。前工程の投資は、工場の建設や周辺施設の立ち上げを含めて多くの雇用を生み出し、バイデン政権が目指す中間層や低所得層の底上げにも寄与する。また、新設される工場に製造装置や部品、サービスを提供する企業の中に、現地に拠点を設立する企業が出てくる効果も生む。在米の日系半導体装置部品メーカーは、ジェトロのインタビューに対し、「TSMCやインテルの大型投資により、工場竣工後しばらく経った2024年以降、装置部品メーカーにも注文が入ってくるだろう。箱ができれば、将来の注文に期待が持てる」と述べた。また、半導体の専門コンサルタントも「前工程については、半導体の製造業者が米国内で出そろってきた感がある」と語っていた。

後工程の米国内投資は限定的

一方で、回路が形成されたシリコンウエハーをチップに切り分け、そのチップをパッケージ化する工程を意味する「後工程」については、「CHIPSプログラムの運用が始まったものの、後工程の米国誘致は進んでいない」(在米日系企業)という(注9)。前工程に比べ、後工程の米国内投資を促すのが難しい大きな要因は、人件費にある。米国の人件費は高く、上昇傾向が長年続いている。2023年3月の平均時給は33.18ドルだ(図)。前年同月(31.83ドル)と比べても、約4.2%増加している。

図:米国の平均時給の推移
2023年3月の平均時給は33.18ドルを記録した。前年同月は31.83ドルだった。つまり、この1年間で、約4.2%増加している。

出所:セントルイス連邦準備銀行経済データ(FRED)

後工程は前工程に比べ、製造コストに占める人件費の比率が大きいと言われる。すなわち、労働集約的な工程のため、人件費が高い米国で製造すれば、企業の利益が残りづらくなる。在米日系企業へのインタビューでは、「米国で後工程を実施した場合、半導体の製品競争力は落ちる。製造コストが上昇し、利益は残らなくなる」といった声が聞かれた。

CHIPSプログラムの第1弾の資金援助は、後工程の先端パッケージングも対象としており、連邦政府は、パッケージング工程の自動化などを推進することで、人件費の負担軽減を図ろうとしている。しかし、自動化を含む先端パッケージングの実現には時間を要しそうだ。また、第1弾の資金援助申請で、重点審査項目の1つに「より大きなインパクト」(注10)が含まれている。この構成項目の1つが「半導体研究開発プログラムへの支援」だ。すなわち、第1弾の資金援助に申請する企業は、米国での先端パッケージングの研究開発に対して、協力する意思を確認される可能性がある。ただし、在米日系企業の間では、労働集約的な要素が解決されない限り、後工程の米国内投資は限定的になるとの見方が大半だ。

材料メーカーが単独で米国に投資しても、後工程のサプライチェーンは完結しないという難しさもある。競争力のある材料メーカーや装置メーカーがそろって投資しなければ、米国で全ての後工程を賄うことはできない。

前工程の米国内投資は進む一方、後工程はアジア依存継続か

このような事情から、筆者は、バイデン政権の政策によって前工程の米国内投資は促進される一方、後工程は引き続き、人件費が相対的に安いベトナムやマレーシアなどのアジア諸国に集中するとみる。つまり、CHIPSプログラムは、後工程のアジア依存という課題を残す可能性がある。ただし、アジア依存について、中国などの懸念国ではなく、パートナー諸国が後工程の製造を担うならば、米国にとっての現実解とも言える。2022年10月に公表された対中半導体輸出規制や、CHIPSプログラムに設けられたガードレール条項により、企業が中国で製造を継続したり、投資を拡大したりすることはますます難しくなっている。

また、半導体の製造で競争力を有する台湾や韓国の企業も、中・長期的に米国の政策に追随する可能性がある。米国企業は設計で競争力を有しており、製造業者は発注量の多い米国企業の方針に合わせざるを得ない事情がある。これにより今後、米国主体の半導体サプライチェーンと中国独自のサプライチェーンが形成され、先端半導体を中心とした部分的なデカップリングが生じるかもしれない。


注1:
米国カンザス州、カナダ・オンタリオ州、メキシコ・サンルイスポトシ州に位置する3工場。2021年2月3日付の同社リリースに基づく。
注2:
2021年10月13日付のブルームバーグ報道に基づく。
注3:
防衛、公衆衛生および生物学的危機管理、情報通信技術(ICT)、エネルギー、運輸、農産物および食品の生産の6分野についても、1年以内にサプライチェーンを評価し、報告書を提出するよう命じられた。
注4:
2022年12月6日付の同社リリースに基づく。2024年に回路線幅4ナノメートルの半導体生産を目指す第1工場と、2026年に回路線幅3ナノメートルの半導体生産を目指す第2工場を建設する。2つを合わせた総投資額は約400億ドルで、4,500人を直接雇用する予定。
注5:
2021年3月23日付の同社リリースに基づく。同社は40年前からアリゾナ州で半導体を生産しており(2023年4月3日付ビジネス短信参照)、新たに2つの工場を建設する。総投資額は約200億ドルで、無期雇用の従業員を3,000人雇用する予定。
注6:
2022年1月21日付の同社リリースに基づく。2つの工場を新設する計画。3,000 人を雇用するほか、今後10年間で最大1,000億ドルを投資する予定。
注7:
2022年10月4日付の同社リリースに基づく。4つの工場を新設する計画。今後20年間で9,000人を雇用するほか、最大1,000億ドルを投資する予定。
注8:
2021年11月17日付の同社リリースに基づく。
注9:
NISTの2023年4月14日付リリース外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますによると、同日までに35州200社以上からCHIPSプログラムに対する関心表明(Statement of Interest)が出されている。このうち、半数以上が第1弾の資金援助申請の対象となっているもの。申請対象には、後工程の先端パッケージング施設も含まれる。他方、件数の内訳は開示されておらず、今後どれだけの企業が申請を行うかは不透明。
注10:
このほか「安全保障」「商業的可能性」「財務健全性」「プロジェクトの技術的実現可能性とその覚悟」「労働力開発」も、重点審査項目に含まれる。
執筆者紹介
ジェトロ調査部米州課 リサーチ・マネージャー
片岡 一生(かたおか かずいき)
経営コンサルティング会社、監査法人、在外公館などでの勤務を経て、2022年1月から現職。