特集:動き出した人権デューディリジェンス―日本企業に聞くブラザー、アンケート実施でサプライチェーン上のリスクを把握
ベトナム工場がRBAゴールドを取得

2023年3月14日

「世界中の『あなた』の生産性と創造性をすぐそばで支え、社会の発展と地球の未来に貢献します」とのトップメッセージをサステナビリティへの取り組みに掲げるブラザー工業(以下、ブラザー)(愛知県名古屋市、プリンター、工作機械などの製造・販売)。ジェトロはILO駐日事務所とともに、人権方針の策定や人権デューディリジェンスへの取り組みについて、同社法務・環境・総務部の可児島俊部長、法務グループの川上仙智チーム・マネジャーに話を聞いた(2022年9月21日)。また、同社の在ベトナム現地法人であるブラザーインダストリーズ(ベトナム)の永井俊行社長、森重樹ダイレクター、森拓人セクション・マネジャーにも話を聞いた(2022年11月7日)。

「At your side 2030」を策定、社会の発展と地球の未来に貢献

ブラザーグループでは、変化の激しい環境に対応しながら、持続可能な成長を実現していくために、2022年度から2030年度に向けた自らの方向性を示すものとして、グループビジョン「At your side 2030外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」を策定した。ビジョンにおいて「あり続けたい姿」として掲げる「世界中の“あなた”の生産性と創造性をすぐそばで支え、社会の発展と地球の未来に貢献する」は、グループ全体におけるサステナビリティの推進を示している。ブラザーグループは、社会の発展と地球の未来に貢献するための重要社会課題として5つのマテリアリティ[(1)人々の価値創出支援、(2)多様な人々が活躍できる社会の実現、(3)責任あるバリューチェーンの追求、(4)CO₂(二酸化炭素)排出削減、(5)資源循環]を特定し、これらの解決に取り組んでいる。

また、ブラザーグループでは2022年度から2024年度までを対象とした中期戦略「CS B2024」を策定している。 ブラザーの社内体制として、2022年4月からリスク管理委員会の下に、サプライチェーンリスク委員会が加わり、事業継続計画(BCP)など様々な問題を含めて対応している(図参照)。それとは別に、サステナビリティ委員会外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます の中に、環境(E)、社会(S)、ガバナンス(G)に関わる分科会があり、このうち、社会(S)に位置づけられる分科会の活動として人権への取り組みを行っている。

図:ブラザーのコーポレートガバナンス体制図(2022年6月20日現在)
ブラザー工業は、取締役会を経営の基本方針の決定や高度な経営判断ならびに業務執行の監督を行う機関として位置づけ、監査役会設置会社の形態を採用している。また、高い透明性と客観性を確保すべく、コーポレートガバナンスの仕組みを継続的に充実させている。サステナビリティを重視した経営体制の充実化を図るため、代表取締役社長が委員長を務めるサステナビリティ委員会を設置し、サステナビリティに関する継続的な議論を行い、取締役会に定期的に報告している。

出所:ブラザーグループ「統合報告書2022」

法務部門が人権対応を主導

ブラザーでは、法務部門が中心となり、購買部門、CSR部門、必要に応じて事業部門なども関与する形で人権への取り組みを行っている。従前から法務部門が人権関連の法令の調査、対応を担当している流れでこうした体制になったという。コンプライアンスに近い感覚となっている。

こうした取り組みのベースとなっているのが、2012年に制定された「ブラザーグループ社会的責任に関する基本原則外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」である。ブラザーグループ各社が負う責任と行動の根本的な考え方を表明する本原則の中で、「差別および非人道的扱いの禁止」「公正適法な労働慣行の維持」「結社の自由」「強制労働及び児童労働の禁止」「懲戒方針の明示」「内部通報」の項目を設け、従業員に対して健全な労働環境を提供することや、すべての人に対して信義と尊敬を持って接し、基本的人権を守ること、従業員にも同様の行動を求めることを明記している。

人権への取り組みについては、各国で関連する法制度化が進んでいることを受け、特に強制労働および児童労働の禁止に力を入れている。グローバルな市場において、2015年の英国の現代奴隷法以降、米国関税法などの各国の規制への対応を強化してきた。社内の反応も、数年前までは、調達部門から「コストアップにつながってしまう」「人手が足りていない中で、追加で業務が発生する」という声があり、理解を得るのに苦労していた。しかし、直近の3年ほどで世界的に人権に対する要請が高まっており、社内での協力が得られるように変化してきた。

サプライチェーン上の人権デューディリジェンスの強化

人権への取り組みの中で、人権デューディリジェンスに関しては、手探りで進めているところで、まだ途上だという。取り組むべきマテリアリティ(重要課題)の1つに、責任あるバリューチェーンの追求を特定し、特にサプライヤーに対する人権リスク評価の拡大を掲げている。2023年1月30日付で「ブラザーグループ人権グローバルポリシー外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」を策定し、その中で、人権デューディリジェンスの推進、人権侵害への救済窓口の設置などを明記し、人権への取り組み強化を進めている。

強制労働リスクの把握に工夫

一連の取り組みの中で、ブラザーグループでは毎年、一次サプライヤー向けのアンケートを実施している。「事業活動で該当するケースはありますか?」という設問では、強制労働が発生しそうなパターンとして、「パスポート等の身分証明書を管理している」「就業時間外の労働者の行動を監視している」などを列挙している。このほか、「ハラスメントは行われていないか」「職場の合理的な衛生管理はできているか」「児童労働を防ぐため年齢確認を行っているか」などの質問項目も含まれる。海外で問題となっている事象もイメージしながら毎年、設問内容の精査を行い、必要に応じて設問を増やすなどの改善を図っている。さらに、強制労働は人によって解釈が違うため、強制労働の事例として、「従業員に金銭を貸し将来の給与により返済させることを条件に労働を強いる」「不法滞在等の違法行為を秘密にすることを交換条件として労働させる」など具体的なパターンを挙げて、こうした事例はありませんか、とアンケートで尋ねている。

アンケートは毎年4月から7、8月にかけて実施した後、回答内容を分析した上、一部のサプライヤーに対して監査(サンプリング監査)を行っている。2021年から同監査を始め、2022年は10社に実施。コロナの影響で現地監査に行けなかったため、オンラインでインタビューを実施した。オンラインのため、コミュニケーションには多少苦労した面もあった。こうした中で、2023年には一部サプライヤーに対して現地監査を行うまでになった。

2022年の監査では、人権尊重に関する方針を持っているかを尋ね、実際に、その方針を見せてください、と確認している。契約書に人権侵害防止に関する言及があるかどうかも確認している。2021年は方針策定していないサプライヤーもあったため、そうした場合はブラザーから人権方針のひな型を提供するなどの支援を行った。

サプライヤー企業の自主的な取り組みを促すアプローチ

昨今の情勢から、日系企業の認識も変化してきている。ブラザーの進出に伴って中国、ベトナムに進出しているサプライヤー企業も多く、そうした日系のサプライヤーには人権尊重も浸透してきている。

アンケートを実施したサプライヤー企業のうち、強制労働に関するポリシーを策定していない企業は20%だった、というアンケート結果は、サプライヤーにフィードバックした。反応があるサプライヤーもあり、「このように対応したいがどうか?」と相談を受けたケースもあり、一定の効果がみられた。

英国現代奴隷法に対応したステートメントを公表

海外規制への対応については、現代奴隷法に対応したステートメントを、英国ウェブサイトに毎年掲載している。日本本社が現地拠点のサプライチェーンに入っており、人権デューディリジェンスをした上で、開示することが求められているため、既述のアンケート結果なども活用して、ステートメントの内容は本社で用意して、各地域の拠点で掲載している。

現在、直面している大きな課題は、EUの企業持続可能性デューディリジェンス指令案への対応。施行されると、欧州の販売・調達会社が影響を受け、川上から川下まで関係するバリューチェーン全体まで広がる。例えば、ブラザーでは、工場で使用する機械を販売しているが、機械を使用する工場での人権リスクへの対応やその範囲なども今後の課題と捉えている。

約2年の準備期間をかけてベトナム工場でRBAゴールドを取得

ブラザーでは2019年1月に、社会的責任を推進する世界的な団体であるレスポンシブル・ビジネス・アライアンス〔RBA、旧電子業界CSRアライアンス(EICC:Electronic Industry Citizenship Coalition)〕に加盟して以来、RBAが行動規範に掲げている人権尊重を含む労働・安全衛生、地球環境、倫理、マネジメントシステムの各分野について、サプライチェーンにおけるリスク評価と、その影響結果に基づく是正体制を強化している。同社製造子会社でプリンター・複合機の生産を行うブラザーインダストリーズ(ベトナム)が2022年9月21日に、RBAによる実地監査を受け、ブラザーグループで初となるゴールド認証を取得外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます した。

コロナ禍で認証を取るために約2年の準備期間を要したが、2022年にようやく取得したという。RBA認証機関が行う監査基準が非常に細かく決まっている。「RBA VAP監査マニュアル」を入手した上で、RBA行動規範項目のそれぞれの基準に、同社が合致しているか確認し、RBA認証取得にむけた対応を行った。

ブラザーグループは、生産拠点におけるRBA要求事項の適合に向けた活動を継続し、生産拠点ごとの事業リスクに応じて、セルフアセスメントの実施対象拠点を拡大するとしている。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部 主任調査研究員
田中 晋(たなか すすむ)
1990年、ジェトロ入構。ジェトロ・パリ事務所、ジェトロ・ブリュッセル事務所次長、欧州課長、欧州ロシアCIS課長などを経て現職。著書は「欧州経済の基礎知識」(編著)など。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部国際経済課 課長代理
森 詩織(もり しおり)
2006年、ジェトロ入構。ジェトロ広島、ジェトロ・大連事務所、海外調査部中国北アジア課などを経て現職。