特集:動き出した人権デューディリジェンス―日本企業に聞くパナソニック、グローバルな自主精査と監査で課題の特定を推進
多言語対応の通報システムも活用

2023年3月29日

生産・販売活動を通じて、社会生活の改善と向上を図り、世界文化の進展に寄与すること。パナソニックグループ〔パナソニックホールディングス(大阪府門真市)と8つの事業会社などで構成、家電、住宅設備、製造・物流などの機器・システム、電池・電子部品などの製造・販売〕の「網領」には、事業を通じて世界の人々の生活をより豊かでより幸福にするという、事業目的と存在理由が簡潔に示されている。また、同グループには、「企業は社会の公器である」という基本的な考え方があり、グローバルでさまざまな社会課題が深刻化し、国際社会がSDGs(持続可能な開発目標)の達成などサステナブルな社会の実現を目指す中、この原点に立ち返った経営が一層重要になると、トップメッセージにも示されている。さらには、「パナソニックグループ人権・労働方針」でも、すべての人びとの心身の健康や幸せな人生に貢献し、社会的責任を果たすことに努めていく、としている。ジェトロはILO駐日事務所とともに、人権デューディリジェンスへの取り組みなどについて、パナソニックホールディングスのCSR・企業市民活動担当室CSR課の有川倫子主幹、人事CSR課の宅和昌彦課長、パナソニックオペレーショナルエクセレンスのグローバル調達本部法務部の岸本雅弘部長ほか関係者に話を聞いた(2022年10月31日)。また、ベトナムにおいて、パナソニックインダストリアルデバイスベトナムの横山浩司副社長ほか関係者にも話を聞いた(2022年11月9日)。

既存のCSR部門に加え、人事CSR課を設置

パナソニックグループの人権尊重の取り組みの責任者は、グループ・チーフ・ヒューマン・リソース・オフィサー(グループCHRO)(兼)CSR・企業市民活動担当の執行役員。国際社会が求める、人権に関する企業の責任を果たすだけでなく、よりよい社会を実現するという目標に向けた取り組みの1つとして、同役員の傘下に、既存のCSR(企業の社会的責任)部門に加えて、人権労働を担当する人事CSR課を2021年10月に設置した。「パナソニックグループ人権・労働方針」ならびに関連規程や業務プロセスを整備し、取り組み体制を強化した。現在、人権に関する取り組みは、人事CSR課ならびに、CSR部門、本社法務部、そして、サプライチェーンにおける人権の取り組みを担当するグローバル調達本部が連携して進めている。また、パナソニックホールディングスの傘下には、パナソニックインダストリーなどの事業会社があり、人権労働分野を担当する部署を置いている。担当する機能は事業会社によって異なり、それぞれ、CSR専門組織、人事、法務部門の場合がある。

サプライチェーン関連については、調達担当役員のもと、パナソニックオペレーショナルエクセレンスのグローバル調達本部が全社的な方針を策定し、各事業会社や地域の調達部門が連携しながら推進している。パナソニックの事業に影響を及ぼす個別事案が生じた際には、調達部門だけでなく、人事や法務、渉外、CSR部門、各地域と連携し、経営課題として対応している。グローバル調達本部では、調達社員に対するCSR教育の中で、サプライチェーンにおける人権リスクに関する教育を実施している。サプライヤー企業に対しては、アジア地域を中心に、CSRに関するワークショップなどを開催している。

2021年度にグローバルな自主精査を実施、RBAチェックリストを活用

以前より、人権・労働に関する簡易なアセスメントをグループ国内外各社で実施したことや、一部事業会社傘下の組織を対象に同様のアセスメントを実施したことはあった。国際社会における人権の取り組みに関する要請が高まる中、2021年度には人権・労働に関する課題を鳥瞰(ちょうかん)する目的で、グループ海外製造会社を対象に「人権・労働コンプライアンス自主精査」を実施した。2021年度自主精査の実施対象における回答率は100%であった。実施にあたり、各事業会社に推進担当者を設置し、事前説明会を行うなど密に連携を取りながら、各事業会社傘下の海外製造会社における自主精査が確実に推進されるよう取り組んだ。

その結果を踏まえ、2022年度は、ILOの中核的労働基準を中心に重点分野を絞り、課題の特定がより明確となるよう質問項目を見直した上で、グループ海外製造会社と一部国内製造拠点における「人権・労働コンプラインス自主精査」の実施を準備中である。2022年度は、課題の特定にとどまらず、課題の是正・軽減・予防、各拠点への啓発につながるよう取り組みを進めている。

パナソニックホールディングスは、2021年に社会的責任を推進する世界的な団体であるレスポンシブル・ビジネス・アライアンス〔RBA、旧電子業界CSRアライアンス(EICC:Electronic Industry Citizenship Coalition)〕に加盟した。これを契機に、自主精査で使用するセルフチェックリスト(SAQ)については、RBAのチェックリストを参考にして作成した。

事業会社が回答しやすいよう、自社向けに言葉を言い換えるなど工夫をして活用している。2021年度の自主精査は約200問で構成されていたが、2022年度は約100問を追加して、計約300問の予定だ。RBAのチェックリストは定期的にアップデートされ、最新の問題が反映されるため、実践上で参考になるところがある。ただ、現場スタッフには分かりにくい表現もあるため、分かりやすい言葉に言い換えるなどの工夫をしている。

2021年度、2022年度の自主精査の対象はグループ内の製造拠点である。サプライヤーに対するアセスメントは、啓発活動も含め、調達部門が進めている。

サプライヤー約1万3,000社に関するリスクマッピングを実施

サプライチェーンの方は、大きく分けて平時の対応と緊急時の対応がある。平時の対応としては、サプライヤーに対してCSRアセスメントシートへの回答を依頼し、その回答に基づき、課題があれば共に改善に取り組んでいる。緊急時の対応としては、例えば外部からの指摘などにより人権・労働に関する課題が判明した場合には、直ちに経営層に報告すると同時に、現地確認も含めて是正を図っている。

また、調達部門では、国際的な指標を勘案しながら、約1万3,000社の直材の一次サプライヤーに対するリスクマッピングを作成した上で、リスクが高いところから第三者監査を含むアセスメントを体系的に実施している。評価の指標については、NGOや国際機関が公表している強制労働、児童労働などに関する国別・業種別のリスク指標を用いて、サプライヤーの所在国や業種をマトリックスで照合し、リスク評価を行っている。

啓発活動としては、特にリスクの高い国でCSRワークショップを開催するなど、サプライヤーへの啓発や意識改革を行っている。現地監査については一部の国で重点的に行ってきたが、今後は実施地域を拡大していく予定である。

リスクに応じた第三者監査を実施

自社による監査と第三者の関与する監査の使い分けは、前述のリスクマッピングに基づき高リスクとなったサプライヤーについて、優先的に第三者機関による監査の実施を考えている。しかし、すべての地域で第三者監査を実施することは難しいため、よりリスクが高いところに対して、客観的な監査を行うことを基準にしている。

リスクマッピングの取り組みを開始する前から、CSRアセスメントシートによる評価は2016年から実施している。点数によって評価をA、B、Cとランク付けし、BまたはCの評価で課題があるサプライヤーについては、事業会社の調達部門による監査を実施するなどしている。点数による単純評価ではなく、例えば、就職斡旋(あっせん)手数料の徴収の有無など重要項目に軸足を置いた評価を行っている。

サプライヤーへの第三者機関による監査については、2022年度から試験的に導入を開始し、2023年度からは事業会社主体で年間数十件ベースで実施していく計画を立てている。パナソニックとしては、第三者監査も積極的に取り入れながらサプライチェーンのリスク特定を進めている。

国内法だけでなく、国際基準適用の必要性を議論

所在国の国内法を順守するだけでなく、国際的な基準をサプライヤーにどのように求めていくかという点については、難しい問題であるが、特に輸出先が米国や欧州である場合、サプライヤーの所在国の国内法ではなく、RBAやILOなどの国際基準に基づいて対応しなければならないため、内部でも議論を進めている。

サプライヤーとの調達取引契約書のひな型においては、CSR条項の順守を二次サプライヤーにも徹底するよう記載。サプライヤー向けCSR推進ガイドラインにおいても、サプライヤーが自社のサプライヤーに周知することを義務として記載し、徹底をお願いしている。ただし、独禁法や下請法に十分な配慮が必要であると認識している。

なお、例えば自動車メーカーが当社顧客の場合、安全性、品質保証およびBCP(事業継続計画)の観点も踏まえてサプライチェーンを管理する場合があり、その場合はある程度、二次サプライヤー以降も見える形になっている。

グローバルに厳しさを増すCSR要請、顧客と意思疎通を図り対応

CSR要請がグローバルで厳しくなるにつれて、お客様からの契約・調査・監査に関する要請の数も増えており、内容も厳しくなっている。CSRに関する問題が起きた場合には、サプライヤー側にペナルティーを科したり、保証を求めたりするような契約が増えており、どう対応するべきか、日々苦心している。お客様からの契約要請であっても、日々の事業活動に照らして、守れることと守れないことをきちんと分けて、お客様と意思疎通を図る中で合意することを心がけており、努力している。これだけCSR・人権に関する要請が高まると、どの企業も同じようにサプライヤーに対するデューディリジェンスを進めているが、その一環であるアセスメントの対応についても悩みは多い。当社はサプライヤーとして、世界中のお客様から数多くの評価シートやSAQへの回答要請を受けている。それらはよく似ていながらも、要請元によって少しずつ異なっているのが実態である。当社もSAQを依頼している立場でもあるわけだが、大量の要請を受ける中で、少しずつ異なるSAQに回答する負担は大きい。自社内でもこうしたアセスメント(自主精査)を実施しているが、本来やらなければならないことはリスクを特定し、それを是正していくことであり、その意味では、評価フォーマットやSAQは統一されてもよいのではないか。他の企業もそうした課題を抱えていると思う。業界や関連団体で何らかの改善アクションがあればありがたい。

情報開示は情報ニーズが高い内容を選別し発信

サステナビリティに関する情報開示の基準については、GRI(Global Reporting Initiative)スタンダードなどを参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます している。また、顧客企業からよく聞かれる項目や、投資家が注目している項目を毎年リストアップし、情報ニーズがあるものからできるだけ開示するようにしている。企業報告書の建て付けは、統合報告書としての「アニュアルレポート外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」と、その下に「サステナビリティ データブック外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」という形でESG(環境・社会・ガバナンス)に関する詳細情報を掲載している。「サステナビリティ データブック」のエッセンスは、アニュアルレポートの中でも報告している。

投資家関連は、IRを中心にCSRおよび関連する機能部門が連携して対応している。顧客企業からの要請は、製造拠点やサプライチェーンに関するものが多いため、主に事業会社で対応している。それらの要請を踏まえ、事業会社からパナソニックホールディングスに情報開示のリクエストが出され、パナソニックホールディングスとしてもできるだけ情報開示できるように対応している。

通報制度は外部のグローバルホットラインシステムを活用

自主精査や監査以外に、常時、現場から問題が上がってくることが大事であるため、パナソニックではグローバルな通報システムを導入している。通報システムの担当は法務部門で、通報受け付け後一定期間内に対応し、通報者に状況報告している。職場の問題に関する通報なども多い。具体的には、可能な限り従業員が母国語で通報できるように、31カ国語に対応する外部の運営するシステムを活用し、グローバルホットラインEARS外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます を設置している。同システムを選択したのは、多くの言語に対応しているため、どこの国の従業員でも通報でき、その通報をすべて中央で管理し、分析できるシステムだったためである。

自社のウェブサイトや社内の人事研修などにより、コンプライアンス違反やその疑いを見かけた場合はEARSに通報するよう社内外に通知し、国内外のオフィスや工場にもポスターを貼って周知している。

EARSから通報が上がってくると、社内規程に基づき通報者に不利益が及ばないよう徹底した上で、窓口となる事務局より事業会社に調査を依頼し、事業会社が調査・是正対応を行うことで、職場も改善に動くという流れとなっている。なお、このグローバルホットラインEARSはパナソニックグループの従業員のみならず、取引先従業員からの通報や取引先の事案についても受け付けている。

ベトナムでも顧客の信頼獲得に必要なCSR対応

グローバルに厳格化が進むCSR要請への対応をみてきたが、この影響はアジアの生産現場にも及ぶ。ベトナムは事業環境の良さでチャイナ・プラスワンに選ばれており、労働力、安定性、経済成長性、貿易性が魅力。パナソニックインダストリーの子会社であるパナソニックインダストリアルデバイスベトナムでは、CSRマネージメント・コミッティーを立ち上げ、(1)人権・労働、(2)安全衛生、(3)環境、(4)倫理、(5)品質と製品安全、(6)BCP・BCM、(7)サプライチェーン、の7分野のCSR活動に取り組んでいる。CSRへ取り組む理由は、日本本社からの指示もあるが、車載系の顧客もあり、顧客からの信頼を得るために必要であると考えている。パナソニックインダストリアルデバイスベトナムの売り上げの最終的な輸出先には欧米もあり、欧米顧客によるCSR関連項目を含む監査も受けている。また、労働組合との会議を2カ月に1度実施し、従業員からのリクエストを聞き、それに対する対応や進捗具合を共有している。

人権・労働リスクについては、時間外労働に注意し、労働法に定められた年間上限を順守している。また、バイクで通勤している人が多く、交通事故が心配であるため、同社としてもバイク講習会を開催するほか、免許とヘルメットの所持を確認している。

安全衛生コミッティーでは、事故(災害)を防ぐためにはどうしたらよいか、現地従業員に自ら考えてもらい、安全イノベーション活動計画を作成した。日本本社からの支援を受けながら、各項目のKPIを設定して、安全予防に取り組んでいる。日本人が指示するばかりでなく、ローカルスタッフだけで考えて進められるような体制としている。現地従業員の愛社精神が強く、自ら会社をよくしていこうとする力が強い。こうした体制づくりが、人権デューディリジェンスにおけるリスクの特定にも有効に作用するだろう。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部 主任調査研究員
田中 晋(たなか すすむ)
1990年、ジェトロ入構。ジェトロ・パリ事務所、ジェトロ・ブリュッセル事務所次長、欧州課長、欧州ロシアCIS課長などを経て現職。著書は「欧州経済の基礎知識」(編著)など。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部国際経済課 課長代理
森 詩織(もり しおり)
2006年、ジェトロ入構。ジェトロ広島、ジェトロ・大連事務所、海外調査部中国北アジア課などを経て現職。