特集:動き出した人権デューディリジェンス―日本企業に聞く 帝人フロンティア、国内外サプライヤーに人権・環境に配慮した調達を要請
サプライチェーンマネジメントの適用範囲を拡大

2023年3月29日

繊維原料・衣料製品などの販売、輸出入を手掛ける帝人フロンティア株式会社(本社:大阪府大阪市)は、国内外サプライヤーに対して差別や強制労働の防止、環境保護への対応を要求し、同社が定めるCSR調達基準をサプライヤー選定に反映させる取り組みを進めている。ジェトロはILO駐日事務所とともに、CSR調達基準の設定と取り組み内容について、同社環境安全・品質保証部CRM企画課の塚本亮二氏、大阪衣料第一部第二課の加藤健太氏に話を聞いた(2022年11月24日)。

CSR調達基準書をサプライヤーに提供、協力を要請

帝人フロンティアは、帝人グループの企業理念や行動規範に基づき、CSR調達基本方針や基準を策定し、CSR調達を推進している。2011年に立ち上げたCSR調達戦略プロジェクトからCSR調達戦略室を経て、2017年4月に環境安全・品質保証部内にCSR調達戦略課を設置し、現在は、同部内のCRM企画課とCSR監査課が連携しながら、CSR調達活動を推進している(図1参照)。「基本的調達方針」と「人権・労働・環境に関する調達方針」の2つからなるCSR調達基本方針外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます を定め、ガイダンスとなる「CSR調達基準書」を2017年に作成した。約4,500部を紙媒体で発行の上、国内外のサプライヤーへ配布、説明した。

初版は主に、差別の禁止や労働者の権利の保護(強制労働の禁止や外国人労働者保護)など人権尊重に重きをおいた内容で、環境面に対する要求事項が少なかったので、2021年6月に環境面の内容を大幅に充実させる形で改訂した。この第2版からは、紙媒体での配布をやめて、すべてウェブサイトからの電子版のダウンロードによる配布方法に切り替えている。日本語と同じ内容を、英語、中国語、タイ語、ベトナム語、ミャンマー語、インドネシア語など、サプライヤーが所在するアジア各国の言語に対応する形で作成している。

図1:CSR調達推進体制
帝人フロンティアは2017年4月、環境安全・品質保証部内にCSR調達戦略課を設置した。同課は2011年に立ち上げたCSR調達戦略プロジェクトからCSR調達戦略室の流れを汲む。現在は、同部内のCRM企画課とCSR監査課が連携しながら、CSR調達活動を推進している。

出所:帝人フロンティアウェブサイト・サステナビリティ・CSR調達外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます

CSR調達を推進していくために、サプライチェーンマネジメント(SCM)のPDCAサイクル(図2参照)を回して、何か問題が見つかれば、サプライヤーと一緒に改善策を考えて継続的に支援する。帝人フロンティアとの取引量が多く、SCMに協力いただける1次サプライヤーには、このPDCAサイクルを回していただき、SCMの成功事例をつくっていきたいと考えている。

図2:CSR調達推進方法
帝人フロンティアはCSR調達を推進していくために、サプライチェーンマネジメントのPDCAサイクルを回して、何か問題が見つかればサプライヤーと一緒に改善策を考えて継続的に支援している。

出所:図1に同じ

PDCAサイクルを回す上で、ポイントはCheckだ。帝人フロンティアは1次または一部の2次サプライヤーを対象に、CSR調達アンケートを実施している。アンケートの内容は親会社である帝人や、人権や労働の専門家・コンサルタントの意見を聞きながら作成している。CSR全般から、労働・人権、安全、環境に加えて、品質保証、事業継続計画など多岐にわたり、かなりのボリュームになっている。

CSR調達アンケートは、環境安全・品質保証部が契約しているコンサルタントが、当社のドメインを付与したメールアドレスから発信している。それでも「知らない人からのメール」として処理され、回答してもらえない場合も多いため、必要に応じて、担当の営業部署からサポートや、サプライヤーへのフォローを行っている。全体で3~4割のサプライヤーから回答を受領している。アンケートの回収率が低いため、回答への対応をサプライヤーとの契約に盛り込むことも考えている。具体的なスケジュールの策定はこれからだが、そのような対応が必要な時勢になっている。

サプライヤーには、基本方針として、差別、強制労働、児童労働の禁止、若年労働者や外国人労働者の保護、結社の自由と団体交渉権の尊重、懲戒慣行の禁止、健康と安全への配慮、腐敗防止などを求めている。現状は署名の要求まではしていないが、納品先でもある欧州の動きをみていると、将来的にはもう少し強い働きかけが必要と感じている。すなわち、帝人フロンティア方針への準拠に関する署名の取り付け、あるいは売買契約の中にCSR調達基準の順守を要求する内容を盛り込むなど、サプライチェーン全体でのCSR順守を強化していく必要がある。

ブランドによっては監査対応を義務化

アンケート未回答のサプライヤーに、担当の営業担当者が確認すると、「帝人フロンティアのアンケートが100項目を超えていて対応する時間がない」という声や、当社以外のアンケートにも回答協力を求められている、といった実態が分かった。その多くは中小企業である。調達担当者がいない、または総務部門を社長が兼任しているといった中小企業は、アンケート回答に十分な時間を確保できない。そうした事情は十分に理解しているので、アンケート項目の中でも、回答できる項目から少しずつ取り組んでいただけたらと思う。今後はアンケート内容をより簡潔に、回答しやすいアンケートに改善していくことを検討している。

アンケート結果で特に重要と考えているのは、労働・人権、環境、安全に関わる部分。このままでは問題があると考えられる取引先については、個別にフォローアップして課題を指摘し、改善計画書の提出などの改善を求めている。日本のサプライヤーで圧倒的に多いのが避難訓練をしていないなど、安全上の問題だ。避難訓練は年1回の実施が法的に定められているので、実施を必ず要請する。次に多いのが健康診断の未実施。ただ、海外では日本と異なり健康診断を義務化していない国もあるので、当社からどこまで要請するかは悩みどころだ。

課題改善要請に対応したかどうかは、次のアンケートでの確認をベースとしつつ、一部サプライヤーにはオンライン形式を含めて実態を把握するための監査を行っている。監査先の選定は、国内については外国人技能実習生を採用している企業を中心に、海外については人権問題が起こりやすいと言われているアジアの縫製工場を中心に実施している。規模としては、国内外サプライヤーともに毎年十数社に対して実施することを計画している。

こうしたアンケート調査や監査への対応がサプライヤーにとって大きな負担になることは重々承知している。しかし、例えば発注元が海外ブランドの場合、監査を受けていない工場にはオーダーを入れられない、ということもある。それに向けて準備できる工場のみ取引できるという形になってしまう。発注元が日本企業であっても、量販やスポーツブランドは基本的に、監査を受けて認証を取得している工場に発注する。こうした取引先はロットが大きいので、自然とオーダーは大きな規模の工場に入れる形になる。国と地域、生産ロットと顧客が求めるレベルで(サプライヤーの)すみ分けが発生してしまう。

ワークショップ形式の研修が社内で好評

CSR調達を推し進めていくためには、営業部署の理解、協力が必要不可欠だ。帝人フロンティアでは、社員向けにCSR調達に関するE-learningの研修プログラムを実施している。E-learningは多くの内容を網羅するプログラムで充実しているが、20分以上の講座が30本程度あり、受講者側の負担は重たくなってしまう。そこで座学だけでなく、CSR調達の重要性を社員に体験してもらうプログラムとして、研修プログラムにワークショップも導入している。

ワークショップの内容は、初級編と中級編に分かれている。初級編は、グローバルコンパクトネットワークジャパン外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます のツールを活用しているが、参加者がサプライチェーン上の企業や1次調達先、販売店、株主といった方々の立場に立って、例えば「東南アジアで人権問題が起こった」といった問題に対するそれぞれの対応について、ロールプレイングしていくもの。中級編は、社外の関係者やコンサルタントの意見を参考に開発した会社経営のゲームで、各チーム(会社)に分かれて、もともとの予算費用と企業が売り上げを上げるための設備投資、サプライチェーン上の問題に対応するための守りの投資のバランスを調整しながら、企業利益を高めていくというもの。ワークショップはE-learningと比べて、より実践的な研修のため、社内の評判がいい。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部国際経済課
渡邉 敬士(わたなべ たかし)
2017年、ジェトロ入構。海外調査部アジア大洋州課にて東南アジア・南西アジアの調査業務に従事したのち、ジェトロ岐阜にて中小企業の海外展開を支援。2022年11月から現職。