特集:動き出した人権デューディリジェンス―日本企業に聞くアシックス、人権対応へ部門横断的な協力体制を構築
人権委員会により全体を把握・管理

2023年3月14日

1949年の創業から、人々の心と体を健康にすることを使命に掲げるアシックス外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます (本社:兵庫県神戸市中央区、スポーツ用品などの製造・販売)は、「人と社会への貢献」と「環境への配慮」の2つの柱を軸に、事業活動を通じて社会・環境課題を解決するというサステナビリティ活動に取り組んでいる。ジェトロはILO駐日事務所とともに、人権方針の策定や人権デューディリジェンスへの取り組みについて、同社サステナビリティ部の北原英明部長(インタビュー時)、同部サプライチェーンCSRチームの永井裕マネージャー、佐々浩史氏に話を聞いた(2022年9月16日)。

2022年6月に全社的な人権方針を策定

サステナビリティCSRについては、基本的には本社がグローバルで管轄する業務、取り組みになっている。具体的には、全社的な戦略立案やサプライヤー管理は本社が行う。サステナビリティ部は、環境とサプライチェーンCSRを合わせて約15人の体制。このうちサプライチェーンCSRは工場のCSRマネジメントを担当している。ほかには、環境やコミュニティーエンゲージメント、コミュニケーションなどの担当がいる。本社管轄の生産工場への対応は生産部門と連携して行い、ローカル生産の工場については各地域の調達・生産の担当と連携している。欧米にはそれぞれマネジメントを含めて数人の担当者を配置しており、欧州と米国での生産・販売の責任を担う。本社と情報収集を行っている。

2022年6月に制定した人権方針外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます の中で、サプライチェーンに関しては2000年中旬ごろからカバーしてきた内容だが、それ以外の領域、すなわち社員やお客さまの人権を含め、アシックス全体としてより広い範囲の人権についてカバーできていなかったことから、包括的な方針を出すことになった。方針策定時には「どの範囲まで盛り込むか」という議論も若干あったが、経営層との議論を経て、リスク低減にとどまらず、その先の持続可能な社会までを目指す方針を打ち立てようという話になり、ポジティブな影響についても触れている。ILOの多国籍企業宣言やOECD多国籍企業行動方針などで言及された項目も入れ込んだ。

方針策定に先立って、社内各部門と話し合いを行ったほか、ILOなど外部の意見も参考にした。社内では人事・総務部門や生産部門、お客様相談室、マーケティング部門にヒアリングを実施したほか、欧州・米州拠点からのインプットも求めた。社外ではNGOのASSC外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます に意見を求めるなど外部の知見も活用した。デスクトップ調査としては、各国政府が発表している人権報告書なども参照した。社内の労働組合に対しては、人事・総務部門が対話窓口となって関与してもらった。今後はこの方針に基づく運用をどのように軌道に乗せていくかが次のステップの課題だとしている。

方針策定の社内調整は、当社の理念と行動規範的を含む方針であるアシックス・スピリットに人権尊重に関わる部分も含まれることもあり、本社では大きく異なる意見がでることはなかった。過去の社内の経験からも、この分野の重要度が高いという共通認識があり、経営トップから現場にも、しっかりした方針が必要との認識があった。

人権委員会や半期報告会で全社横断的な体制を構築

また、継続的に人権を巡る状況を把握して管理するため、全体を包含したガバナンス体制を構築すべく、人権委員会を設置した。人権委員会は、取締役会に報告するリスクマネジメント委員会の傘下にある、コンプライアンス委員会などと横並びで位置づけられている。

サプライチェーンCSRに関しては、実務レベルでは日々の業務に加えて、半期に1度、「半期報告会」というかたちで、サステナビリティ部門と生産・調達部門との戦略の進捗確認や工場のCSR管理の擦り合わせを行っている。ここで経営方針の方向性が共有される。工場の労働者の人権をしっかり守ることが大前提であり、人権や労働環境を巡る状況が改善しないと取引ができないことを事業部が理解し、社内で協調して動いていける体制を構築している。会社の方針として、中期計画をはじめとする経営計画の中でも、社長が「サステナビリティが経営の根幹をなす」ということを積極的に示している。

また、調達先が増える傾向の部門もあるため、サプライヤーの集約を図っている。そのため、継続的に取引のあるサプライヤー企業のCSR基準が順守されていることを確認する監査を実施すべく、調達計画と監査計画との整合性を確認している。監査結果は定期的にリスクマネジメント委員会に報告されることから、事業部門も自分たちの調達に責任を持ち、サステナビリティ部と協力して適正なサプライヤーから調達していることを示せるように協力していく仕組みを整えている。

生産部門にもハブとなるサステナビリティ担当者を配置

さらに、事業部門で何か問題があった時にサステナビリティ部に情報が迅速に上がってくるように、生産部門に配置されたサステナビリティ担当者がハブとしての役割を担っている。

事業部門で何か問題があると、まずは工場から、工場を担当している本社の生産部門に連絡があり、そこからサステナビリティ部に報告が入る流れだ。危機管理報告書のフォームを用意しており、そのフォームを活用して上がってくる。判断は現場で難しいため、ストライキ、事故やけがなど何か起きたら、まずは報告をしてもらう。どれくらい深刻なのか、確認すべきことを特定した上で対応が必要かどうかを検討する。迅速に第1報を入れてもらった後に、経過を連絡してもらい、最終的な収束、再発防止策の確認まで追うプログラムとなっている。

サプライヤーとの関係は、基本的には本社が全て管轄している。工場の監査も含めて本社が主導。監査の方法は、(1)自社による監査、(2)監査会社による委託監査、(3)ベターワーク外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます (アパレル産業の労働環境改善と競争力強化にむけたILOと国際金融公社(IFC)のパートナーシップ事業)による監査の3つがある。こうした評価のやり方は、所在する地域や工場の規模、戦略的な位置づけや段階に応じて決まる。自社による監査は、工場とコミュニケーション、対話をしながら進めることができる。委託監査は、現地言語できちんとアセスメントができる良さがある。取引を始める前に、仕入れ先には当社のサプライヤーに対する行動規範でもあるポリシーオブエンゲージメントを結び、当社の基本的な姿勢や、サプライヤーに求める条件を事前に理解・合意してもらった上で取引を行っている。

工場監査は17項目の評価軸で基準設定

工場の監査では、サステナビリティの評価項目を必ず全部検査する。評価軸は人権、労働環境、安全衛生、環境など17項目あるが、その評価軸で一定基準を満たさなければ、取引を行わなかったり、改善に向けて指導したり、継続して改善が見込まれない場合には取引を見直したりするなど、厳格な運用方法を整えている。課題は、評価指標が統一されていないことで、ある工場ではSedex、ある工場ではSLCPの評価を使っている。それぞれの評価タイプをしっかり読み解いた上で、自社の評価軸に当てはめることに苦労している。アシックスが求める評価軸はあるものの、独自に全ての工場に対して、統一的に適用することはできていない。アパレルは流動的で、値段や生地によって今年と来年とでは仕入先が違うことがよくある中で、アシックスの評価指標の依頼を受け入れてもらえない場合もあり、評価指標はそれぞれ違ってくる。一方、フットウエアは仕入れ先と長期的に組んでいくカテゴリーで、取引規模も大きいため、最初から1つの評価指標で調整できる。

また、サプライヤー向け行動規範となるビジネスパートナー管理方針外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます には取引停止条項が含まれており、サステナビリティ基準に一定期間に満たないサプライヤーに対しては警告状を送り、改善を促していく仕組みとなっている。一定期間を経過した後も改善がみられない場合は、事業部門の判断で取引を止めるというフローとなっているが、このフロー導入以降、改善対象となった企業は幾つかあるが、特定法令に対する認識不足や誤解、解釈の違いなどが要因のため、発覚後の指導によって改善され、取引を止めた企業はない。

評価改善を発注にひもづけてインセンティブに

サプライヤーに対して行っている評価付けの中に、サステナビリティ項目(工場の重点管理項目や環境面での項目)が含まれており、その評価が改善すれば、発注とひもづけることになっている。ただし、調達先の決定で、サステナビリティ・CSR分野のほかに、技術面、オペレーション、納期管理、材料管理、コストなど多面的な条件がある。それらを全て入れ込んだ総合的な評価点がどのくらいであれば、次期、あるいはその先の調達に反映するという仕組みだ。そういう意味では、しっかりマネジメントすれば、ビジネスが継続的に行えるインセンティブになっている。基本的には、サステナビリティ関連項目をしっかり評価するという姿勢だ。他方、ビジネスは非常に流動的で、新型コロナウイルスの影響で需要が減り、コロナが収束すると需要が増えたほか、円安の進行や米国の今後の消費冷え込みに対応する必要も出てくるため、インセンティブとは別のところで影響を受けるのも事実だ。

トレーサビリティーについては、Tier1サプライヤー企業、もしくはTier2サプライヤー企業を管理し、Tier1と一部Tier2の工場をウェブサイトで開示することは行っている。今後は製品もしくは材料に対するトレーサビリティーを把握するシステム構築が必要になる。人権に関わりが深く、輸出規制の対象ともなる原材料については、Tier1の把握だけでは不十分で、優先事項として、Tier2、Tier3、さらにはTier4まで把握できるよう踏み込んで調べている。今後はこのような書類の管理もシステム化が必要だと感じている。

情報開示の重要性を認識、海外法制にも対応

情報開示については、アシックスのウェブサイト上に「サステナビリティ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」に関する項目を設け、サステナビリティ活動の取り組み外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます を「人と社会への貢献」「環境への配慮」の2つの柱に分類し、人権尊重に関係する前者の柱では、「お客さま/コミュニティー」「従業員」「サプラチェーン」の視点から多くの情報を発信している。「情報開示は最近、重視される流れにあるため、投資家やお客さまに対しても見えるかたちにすること、さらには、それらを進化させていくことが企業の姿勢として重要になってきている」と北原部長は強調する。サプライチェーン上での具体的な対応としては、Tier1の生産工場は開示しており、その中には住所などの基本情報のほか、リスクの高い外国人労働者や女性労働者のそれぞれの人数を含めて開示している。今後はさらに開示の範囲を拡大していく。

海外法制への対応としては、英国の現代奴隷法と同じ内容のステートメントをオーストラリア、米国カリフォルニア州で毎年出している。各国で求められる内容を見て、包含的にグローバルな視点で、基本的な情報を網羅したものを本社が出し、地域別に必要な事項があれば地域別に盛り込んでいる。

グリーバンス(苦情処理)システムは、リスクの高い工場をメインに限定的な展開をしており、まだ全工場が対象ではなく、海外の移民労働者が多いベトナムの工場などを対象にホットラインを設けている。今後、徐々に対象の工場を拡大していく予定。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部 主任調査研究員
田中 晋(たなか すすむ)
1990年、ジェトロ入構。ジェトロ・パリ事務所、ジェトロ・ブリュッセル事務所次長、欧州課長、欧州ロシアCIS課長などを経て現職。著書は「欧州経済の基礎知識」(編著)など。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部国際経済課 課長代理
森 詩織(もり しおり)
2006年、ジェトロ入構。ジェトロ広島、ジェトロ・大連事務所、海外調査部中国北アジア課などを経て現職。