特集:動き出した人権デューディリジェンス―日本企業に聞くワコール、製造工場の自己評価・監査を通じて、人権・労働環境の改善へ
独自の評価手法や現地監査マニュアルを活用し、工場とともにPDCAを回す

2023年4月12日

ワコールホールディングス(京都市、アパレル製造・小売り)は、創業以来、「相互信頼経営」と「人間尊重の経営」を経営理念として掲げてきた。同社は、2022年4月に「ビジネスと人権に関する指導原則」に準拠した人権方針を策定した。ジェトロはILO駐日事務所とともに、ワコールの人権デューディリジェンスの取り組みについて、同社コーポレートコミュニケーション部の小松原圭司部長、サステナビリティ推進担当の山本圭奈子氏、および法務・コンプライアンス部の綿正之課長に話を聞いた(2022年9月21日)。

2022年に「ミッション」、人権方針を相次ぎ策定

ワコールでは、創業者の塚本幸一氏の時代から、本業を通じて社会課題に立ち向かうべきとの方針を貫いてきた。1960年代には、当時の塚本社長が「人間尊重を口にするなら、社長がまず労働組合を信じることだ」と方針を示し、「相互信頼経営」を掲げながら、労働組合との対話にも重点的に取り組んできた。また、ワコールのものづくりにおいては、創業間もない頃からデザイナーや工場で働く人々など、さまざまな女性が事業を支えると同時に、ビジネス自体が女性の活躍を推進してきた側面もある。

昨今は、外部からのサステナビリティへの要請が非常に強くなっている。その状況も踏まえ、2030年に向けた中長期経営戦略フレームを策定する中で、2021年4月に「サステナビリティ推進プロジェクト」を発足。その後、約1年に及ぶ議論を経て、2022年4月、「世界中のあらゆる人々の豊かな生活に貢献する」こと、「画一的な外見美ではなく、内面も含めた自分らしさの実現をお手伝いする」こと、「環境や人権などさまざまな社会課題の解決に努める」ことを目指し、現代社会においてワコールが果たすべき社会的使命「ミッション外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」を新たに定義した。

人権に関する基本方針については、2013年に制定した「CSR活動の基本方針」の中で定めていたが、2022年4月に改めて人権方針PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(484KB) を策定した。国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」に準拠している。

コーポレートコミュニケーション部、経営企画部、法務部、生産部門、グローバル事業部門が実務の中心に

2022年4月に取締役会の傘下に設置した「サステナビリティ委員会」は、グループのサステナビリティ活動に関する全体計画の立案、進捗状況のモニタリングや評価を行い、ワコールホールディングスの代表取締役社長が統括責任者を務めている(図参照)。各事業部や各子会社の責任者も参加しながら、PDCAを回す仕組みが定着してきた。サステナビリティ委員会の下部組織である人権・D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)部会では、第三者の目線も入れながら、サプライチェーン上における人権リスク抽出を2023年度に実施する計画だ。

図:ワコールホールディングスのサステナビリティ推進体制
代表取締役社長執行役員が統括責任者を務めるサステナビリティ委員会の下部組織として、カーボンニュートラル部会、資源循環部会、CSR調達部会、人権・D&I部会がある。

出所:ワコールホールディングス・ウェブサイト

CSR調達部会については、経営企画部、法務部、生産部門、グローバル事業部門で事務局を編成し、各事業部・子会社の生産部門や製品調達部門の責任者が部会メンバーとして参画して、それぞれが委託する工場の状況報告などを行っている。なお、海外事業については主要子会社がそれぞれ独自のサプライチェーンを有しているため、グローバル事業部門が主幹となり、欧州は欧州子会社が、米国は米国子会社が工場の管理を行っている。国内の調達先であるアジアの各工場については、主に生産部門が管理を担当する。

工場の現地監査に独自マニュアルを活用

CSR調達の取り組みは、2017年1月に子会社ルシアンの製造委託先であったミャンマーの工場が労働環境などに関して、国際人権NGOから指摘を受けたこと(注)がきっかけとなり開始した。2017年4月にCSR調達推進プロジェクトを発足、同年10月にCSR調達ガイドライン外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます を策定した。策定後は、CSR調達ガイドラインの概要を委託先工場に説明し、ワコールで推進するCSR調達活動に全ての工場から賛同を得ることができた。これと並行して、同プロジェクトでは外部コンサルティング会社の指導を受けて、工場における自己評価~フィードバック~現地監査~改善の一連の仕組みや手法を構築した。また、多くの社内スタッフが適確で均一な監査ができるよう、監査項目ごとに質問内容や確認ポイントをまとめた独自の監査マニュアルを作成した。

パイロット調査の実施後、2018年2月に自社の縫製工場や製造委託先工場を対象として自己評価によるモニタリングを開始。現時点における調査対象の範囲は、日本、欧州、米国、中国それぞれの事業の縫製工場、すなわち1次サプライヤーとなっている。今期はさらに2次サプライヤーである原材料の仕入れ先に対する監査手法の構築に着手した。自己評価の結果は、レーダーチャートの形にして工場側にフィードバックし、改善を促している。自己評価の結果から、リスクが高い項目が見受けられた工場には優先的に現地監査に訪れている。

また、2018年4月にCSR調達部会の前身であるCSR調達委員会を設置し、製造委託先工場のリストを同年5月、ウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます で公開した。これはサプライチェーンの透明性を高め、製造委託先工場とともに社会的要求事項に対する責任を果たしていくための取り組みの一環だ。2022年6月末時点で、日本、中国、ベトナム、タイなど世界各地の260の工場の名称および住所が掲載されている(表参照)。こちらに掲載した工場には、広く社会からの監視にさらされることを意識し、ワコールとともに継続的な改善に取り組む趣旨に賛同いただいた。

表:ワコールが公開している製造委託先工場の基本情報(2022年6月時点)
国・地域名 自社工場または
製造委託先
構成比
日本 105 40.4%
中国 118 45.4%
台湾 3 1.2%
インドネシア 3 1.2%
ベトナム 13 5.0%
タイ 7 2.7%
フィリピン 3 1.2%
カンボジア 3 1.2%
スリランカ 1 0.4%
ドミニカ共和国 1 0.4%
チュニジア 2 0.8%
その他 1 0.4%
合計 260 100.0%

出所:ワコールホールディングス「統合レポート2022」を基にジェトロ作成

工場監査においては、長時間労働、時間外労働の支払いといった基本的な項目はクリアできることが多い一方、労働安全・衛生面でいくつか課題が見つかることもある。そうした場合は、改善に向けて働きかけを行っている。例えば、国内では着任間もない従業員が技術習得のため休み時間にまで働いていたケース、海外では一部社会保険に加入していないケースや避難訓練を適切に実施していないケースもみられたが、こうした問題は目に見えて改善されてきている。

また、工場監査で一緒に訪れた外部専門家から、レースなどの素材を裁断する工程において機械の刃の近くで行う作業が危険を伴うと指摘されたため、作業員の手を保護する鉄製の手袋を漏れなく着用するよう、工場に徹底を求めたことで対応した。ただし、手袋を使用することで、細部の加工作業がしにくい、作業効率が落ちるといった意見も現場から寄せられたため、手袋の素材や形状を改良して使いやすいものにするなど、工場側と対話を行いながら進めている。こうして監査を通じて分かってきた対応策についても必要な時に工場と共有できるようにナレッジを蓄積してきた。

外国人技能実習生に関する工場調査は2018年から実施

工場で働く外国人技能実習生の労働環境や労働条件については、以前から実態を正確に把握する必要性を認識しており、2018年には自社工場および製造委託先工場における技能実習生に関する調査を行った。技能実習生の労働環境に関するチェックシートを送付し、回答していただいた上で、実際に工場を訪れてインタビューを行った。その後、新型コロナ感染拡大下では、訪問による監査がかなわず、リモート監査を試行しその実効性を検証した。

2022年12月には、ワコールの2次委託先にあたる愛媛県西予市の縫製会社において、ベトナム人技能実習生の残業代などが未払いのまま自己破産することが明らかになった。ワコールは、これらの技能実習生の生活を支援するため、技能実習生を支援するNPOに対して寄付を行うとともに、再発防止策として、実習生が就労するすべての縫製委託先工場を対象にしたアンケート調査の定期的な実施や現地監査の強化などを検討している。なお、現在、製造委託先で外国人技能実習生を雇用している工場は約60社程度ある。


注:
人権NGOからの指摘に関しては、2016年12月~2017年1月から現地での実態調査、2017年2月に第三者による調査、同年10月にフォローアップ調査を行った結果をいずれもルシアンのウェブサイトで公開している。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部国際経済課 課長代理
森 詩織(もり しおり)
2006年、ジェトロ入構。ジェトロ広島、ジェトロ・大連事務所、海外調査部中国北アジア課などを経て現職。