特集:動き出した人権デューディリジェンス―日本企業に聞くファーストリテイリング、人権配慮のトレーサビリティを追求
Tier2・3に長期的視点でアプローチ

2023年4月5日

「ユニクロ」や「ジーユー」ブランドを展開するファーストリテイリング(山口県山口市、アパレル製造・小売り)は、生産パートナーである世界各国の縫製工場、一部工程外注先工場、素材工場を同社ウェブサイトで公開するなど、サプライチェーンの透明性を高めている。ジェトロは国際労働機関(ILO)駐日事務所とともに、トレーサビリティの追求や人権デューディリジェンスの取り組みについて、同社サステナビリティ部の工場労働環境改革チームリーダーである北野純氏に話を聞いた(2022年9月15日)。

各種イニシアチブに積極参加して情報収集、監査実施

サステナビリティ部の中に、サプライチェーンの人権対応を担当する工場労働環境改革チームがあり、日本にあるグローバル本部、海外の生産事務所(中国、インドネシア、ベトナム、バングラデシュ)、欧州本部を合わせて計30人ほどで日々対応している。人権侵害を防止する活動は、(1)本社が全体方針を定め、グローバル全体指示を出す共通対応部分と、(2)各国でリスクアセスメントを実施し、国ごとに異なる事情を考慮し、リスク対応を行う部分がある。

当初からこのような体制であったわけではなく、2004年に「生産パートナー向けのコードオブコンダクト」(以下、コードオブコンダクト)を策定して以降、徐々にチームの人数を増やし、体制を強化してきた。ファーストリテイリングの取引先工場は入居していなかったものの、2013年にバングラデシュのラナプラザで崩壊事故が発生したことや、海外のNGOから告発を受けたことなども体制整備のきっかけとなった。

ファーストリテイリングでは、生産パートナーへのモニタリング(監査)を第三者機関に委託して実施している。モニタリングで深刻な問題が見つかれば、取引量の削減、場合によっては取引を停止するなどの措置を実施する。一方、生産パートナーの状況を改善していく場合には、生産部門と協力している。関連する部署と連携し、バランスを取りながら動いている。

また、他社で起きることは自社にも起こりうるため、他社の事例を見ながら予防措置をとるようにしている。グローバルでの潮流把握、他社の事例や法規制情報の収集のため、ILOのプログラムであるベターワークや非営利組織の公正労働協会(FLA:Fair Labor Association)に参加している。同団体が開催する会合で知り合った、多国籍企業の担当者と個別に会議を行うこともある。また、欧州本部所属のスタッフは、EU法規制や循環型社会に向けた政策提言を行うアパレル業界のプラットホームであるThe Policy Hubや人権デューディリジェンスのガイドラインを定めているOECDなどの会合に参加することで、関連情報を入手している。

ベターワークでは、生産パートナー工場において労使対話を推進して良い労働環境を実現しようとしている。ベターワークアカデミーというブランドスタッフにベターワークの取り組みを研修するプログラムに参加し、ベターワークに参加していない工場でも同様に労使対話のための委員会の設立を進めている。委員会の設立に向けては、工場側のベネフィット、つまり工場の運営の安定や生産性の向上に資する点を伝えて工場側と交渉している。

生地・糸の調達ルートを把握

調達活動が意図せず人権侵害と関連することは、以前からリスクとして認識し、必要な対策に取り組んできた。ファーストリテイリングでは、調達先のことを生産パートナーと呼んでおり、生産パートナーとともに互いに発展し、成長していくというのが基本的な考え方だ。人権デューディリジェンスや監査は、工場の経営自体にとってプラスである点を伝えながら、アプローチしていくことが大事だと感じている。

アパレル産業は、Tier 1の縫製工場の上流に、生地工場(Tier 2)、紡績工場(Tier 3)などが存在し、プレイヤーが複雑に絡み合っている。「ユニクロ」はもともとモノづくりにこだわりがあり、Tier 1だけでなく、Tier 2の生地工場との直接のコミュニケーションを行っていた。また定番商品が多く、シーズンごとに商品があまり変わらない点も有利に働いている。現在は、Tier3の紡績工場にもアプローチを進めている。

ただし、縫製工場の中には生地商社を経由して、シーズンごとに異なる工場から調達するケースもあるためTier 2以降の工場と長期的な取り組みを実施することが難しいこともある。Tier 2/Tier 3をファーストリテイリング側で指定し、生産や品質を安定させるだけでなく、人権などの取り組みも長期的な視点で実施できるよう変革している。

縫製工場では、商品生産の前に、ファーストリテイリングの行動規範にあたる「コードオブコンダクト」に基づく人権監査に合格しないと生産ができない。Tier 3の紡績工場についても、縫製工場と同様、生産前の段階でサステナビリティや人権配慮の面をチェックする仕組みに切り替えようとしている。

ファーストリテイリングは、米国で2022年6月に施行されたウイグル強制労働防止法に対応するため、各工場と協力して米国税関・国境警備局(CBP)が求める情報を素早く収集できる体制を構築している。

生産パートナー主導型の内部管理へとシフト進める

毎年1回、生産パートナーに対する委託監査を行うと、程度の差はあるが、多数の指摘を受ける。以前はこれらの指摘事項に対し、「3カ月以内、もしくは6カ月以内に改善してください」と、指摘の改善に注力していたが、今は再発防止の実施や生産パートナー側のオーナーシップ(主体性)を促す工夫を行い、同じ指摘が発生しないようにしている。生産パートナー側でも、大きなところでは自社で内部監査を行うところもある。重大な指摘がなく、仕組み作りができている生産パートナーには、監査の頻度を減らすなどの対応も行っている。

他方、1つの縫製工場に対して、取引先である5~6のグローバルブランドが監査をそれぞれ実施することによって、過剰な作業負担が発生し、改善の時間がなくなってしまうといったことが業界内で問題になった。こうした経験から、ファーストリテイリングでは、できるだけ業界共通のフレームワーク「SLCP:Social and Labor Convergence Program(労働環境基準統合プログラム)」を活用し、工場のキャパシティビルディングに軸足を移している。

人権尊重をしっかりと手掛ける生産パートナーに対しては、どのようなインセンティブを供与できるかという点は今後の課題だ。

もし、生産パートナーに深刻な問題が見つかった場合は、企業取引倫理委員会の判断によって、取引量の削減、場合によって取引停止を行うことがある。ただし、いきなり取引を停止すると、工場の倒産や大量の雇用喪失につながる可能性があるため、工場の財務・雇用状況も見ながら、ファーストリテイリングの取引規模に応じて、徐々に取引を減らし取引を停止するタイミングを慎重に判断している。

海外法制や外部からの要請が、情報公開を後押し

外部から人権デューディリジェンスに関する情報開示を求める声も強まっている。ESGなどの評価は、情報公開しないと評価してもらえない。機関投資家からも問い合わせが寄せられるため、関連情報をウェブサイトに掲載している。情報開示は、海外の法律をウォッチしながら進めている。欧米での新しい法制度への対応については、関連部署と連携しながら対応している。

生産パートナーにおいて人権分野で何か問題があった時に、外部や工場の従業員などからファーストリテイリングに匿名で直接連絡が寄せられる窓口は3つある。(1)工場で働く従業員向けのホットライン、(2)ファーストリテイリングホットライン、(3)カスタマーセンターの窓口だ。カスタマーセンターが利用されるのは、ファーストリテイリングのホットラインを知らない人たちがホームページを見て連絡してくるケースになる。

これら窓口を通じて寄せられた相談案件には、迅速に対処している。2022年度はILOの中核的労働基準、現地労働法、「コードオブコンダクト」の違反に該当する案件が33件あり、年度内に28件は対応を完了した。残り5件についても改善に向けて対応している。国・地域によって、似たような課題が発生しやすい場合には、防止プログラムを率先して行う。例えば、当該違反案件のうち、「抑圧とハラスメント」が半数以上を占めた。なかでもバングラデシュは関連の相談が多かったため、ハランスメント対策委員会を設置してもらい、ホットラインを通じて明らかになった潜在リスクに対して、未然に防ぐべく取り組んでいる。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部国際経済課 課長代理
森 詩織(もり しおり)
2006年、ジェトロ入構。ジェトロ広島、ジェトロ・大連事務所、海外調査部中国北アジア課などを経て現職。