特集:世界経済の混乱で求められる海外ビジネスの再構築企業に求められる「守り」と「攻め」の脱炭素(世界)

2022年10月12日

化石燃料の利用が増え、「脱炭素」に逆行する動きが一部にみられる。他方で、カーボンニュートラル目標を宣言した政府や企業が簡単に目標を取り下げるとは考えにくい。むしろ、脱炭素関連の規制や取引先からの要請に対応しないと、中長期的にはビジネスを失うリスクがある。反対に、温室効果ガス(GHG)の排出削減の課題を抱える企業にソリューションを提供できると、ビジネスチャンスにつなげることができる。

日本企業は「攻め」と「守り」の両面から、脱炭素対応のビジネス再構築が求められる。

化石燃料への投資額が改めて増加

2021年後半以降のエネルギー価格の急騰を背景に、エネルギー供給の懸念が高まり、化石燃料の消費が増えている。その投資額も増加傾向を示す。例えば、天然ガスや石炭の供給関連投資額は2020年を底に増加。2022年にはコロナ前の水準に達する見通しだ(図1参照)。

このうち天然ガスは、従前から低炭素燃料として注目されていた。世界全体で投資が増加傾向にある理由としては、ロシアのウクライナ侵攻以降、供給国の分散化ニーズも重なる。

石炭消費は、中国などアジアで増加している(注1)。気候変動への対応が求められる一方で、エネルギー源の確保を急ぐ国で化石燃料の利用が増加。排出削減のトレンドに陰りがみえる。

図1:世界の天然ガス、石炭供給関連投資額

天然ガス
単位は、10億ドル。アジア太平洋、北米、欧州、その他の順に、2019年は48、83、27、119。2020年は45、61、23、95。2021年は65、59、48、80。2022年は68、71、51、82。
石炭
単位は、10億ドル。アジア太平洋、その他の順に、2019年は88、16.4。2020年は85、10.4。2021年は94、11.3。2022年は103、12.4。

注:天然ガス、石炭とも価格は2021年基準。2022年は見通し。 出所:国際エネルギー機関(IEA)から作成

取引先からの脱炭素対応要請、今後増加へ

他方、多くの国・地域政府が気候変動対策関連で目標設定し、規制の導入を発表している。そうした目標は、2021年に開催された国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)に合わせたものだ。また、脱炭素目標を宣言したグローバル企業は、自社だけでGHG排出削減を進めるわけではない。むしろ、サプライチェーン全体から排出されるGHGにも焦点を当て、中長期的な方針に基づき取り組んでいる(2021年11月19日付地域・分析レポート参照)。

自動車などの業種では、先行的な取り組みが進められている。サプライヤーの排出削減への取り組み強化のため、主要サプライヤーに脱炭素に関する調達基準を提示するというのが一例だ(表参照)。日系メーカーも同様で、サプライヤーに排出削減を求めている。将来的に、中小サプライヤーにも影響が及ぶことになる。

表:主要企業のサプライヤーへの脱炭素化要請の動き
企業 業種 内容
メルセデス・ベンツ
(ドイツ)
自動車 2020年12月、サプライヤー(約2,000社)にもカーボンニュートラル実現を求めた。2039年に未達の企業はサプライヤーから除外する方針。
フォルクスワーゲン
(ドイツ)
自動車 新しい車両モデルのプロジェクトでは、二酸化炭素(CO2)排出量をサプライヤーと契約する際の重要な基準とする(2021年4月)。
ポルシェ
(ドイツ)
自動車 サプライヤー(約1,300社)に対して100%再生可能エネルギーを使用して生産することを義務化(新車プロジェクト向け部品などの供給契約が対象、2021年7月時点)。
トヨタ自動車 自動車 Tier1(300~400社)に対して、2021年度に前年比3%減のCO2削減を要請(2021年6月報道)。
ホンダ 自動車 主要部品メーカーに対し、CO2排出量を2019年度比で毎年4%ずつ減らし、2050年に実質ゼロにするよう要請。2025年度から実施(2021年11月報道)。
ボッシュ
(ドイツ)
自動車部品 2030年までに全サプライチェーンのCO2排出量を2020年比で15%削減を目指す。サプライヤーのCO2削減状況などを新規調達先の選定時に考慮(2022年~)。
シュナイダーエレクトリック
(フランス)
電機・産業機器 約1,000社のサプライヤーの脱炭素化を支援することで、サプライヤーのCO2排出量を2025年までに半減(2021年6月)。
BASF
(ドイツ)
化学 同社が立ち上げた「サプライヤー炭素管理プログラム」へのサプライヤーの参加を要請。まずは、製品のカーボンフットプリントなどのノウハウを共有。次に、サプライヤーの排出量削減の方策を特定し、目標設定をともに行う。
ユニリーバ
(英国)
化学 より強力な連携をサプライヤーに求める「Unilever Climate Promise for Suppliers」を発表(2021年9月)。サプライヤーはこれに署名することで、2030年までに排出量を少なくとも半減する目標を設定することや、目標に向けた進捗状況を公表、排出量やカーボンフットプリントのデータを同社と共有することにコミットする。
カルフール
(フランス)
小売り 2030年までにサプライヤーが排出するCO2を20メガトン削減する。ペプシコ(米国)や20社以上のグローバルサプライヤーとともにオンラインプラットフォームを共同開発(2022年2月)。同プラットフォームを通じて、全てのサプライヤーの排出削減の取り組みの進捗を可視化。

出所:各社ウェブサイトや報道などから作成

取引先から脱炭素の取り組みの指示を受けている日系企業の割合は、まだそれほど大きくはない。

ジェトロが実施した「2021年度 海外進出日系企業実態調査(全世界編)」(注2)では、海外に進出する日系企業のうち、脱炭素に「すでに取り組んでいる」または「まだ取り組んでいないが、今後取り組む予定がある」と回答した企業が4,669社あった。そうした企業に、その取り組み理由を聞いたところ、「取引先(日系)からの指示・要望」(20.1%)や「取引先(非日系)からの指示・要望」(14.7%)は、それほど多くない。「本社(親会社)からの指示・勧奨」(68.9%)や「進出先の政府による規制や優遇措置」(31.5%)がかなり上回った(複数回答、図2参照)。

図2:進出日系企業の脱炭素化の取り組み理由
複数回答。単位は%。n=4,669。割合の大きい順に、本社(親会社)からの指示・勧奨、68.9%。進出先の政府による規制や優遇措置、31.5%。取引先(日系)からの指示・要望、20.1%。取引先(非日系)からの指示・要望、14.7%。投資家からの要望、13.2%。消費者からの要望、11.8%。従業員からの要望、5.0%。市民やNGOからの要望、3.4%。その他、10.3%。

出所:ジェトロ 2021年度「海外進出日系企業実態調査(全世界編)」

大企業が脱炭素の取り組みを求めている先は現在、1次サプライヤーなどにとどまる場合が多い。ただし、大企業が自社の脱炭素目標を達成するためには、2次、3次サプライヤーなどを含めたサプライチェーン全体で脱炭素の取り組みを行う必要がある。そのため、取引先から脱炭素の取り組みを求められていない企業でも、いずれは要請を受けることになると捉えるべきだ。取引先からのこうした要請に対応できないと、既存の取引関係を継続できなくなり、ビジネスを失うリスクが増す。

脱炭素に貢献するビジネス展開も視野に

取引先などのステークホルダーの要請を受けて自社の排出削減に取り組むのは、「守り」の脱炭素と言える。対して、排出削減の課題を抱える企業に向け、脱炭素に貢献する製品やサービスの提供を訴えていく手法も有益だ。「攻め」の脱炭素とも表現できるだろう。この「攻め」の脱炭素ビジネスで、サプライチェーンでの排出削減やエネルギー価格の高騰などの課題に対応する例がみられる。

サプライチェーンの排出削減については、脱炭素目標を宣言したグローバル企業が着々と排出削減に取り組む過程で、生産から廃棄までのあらゆる工程で脱炭素化ニーズが生まれる。その結果、鉄鋼などの素材グリーン化や、輸送・移動サービスでの脱炭素化など、特定のグリーンビジネスが拡大し続けることになる(2022年8月15日付地域・分析レポート参照)。素材のグリーン化については、GHG排出削減に貢献する原材料の提供だけでなく、関連サービスのビジネス拡大にもつながる。例えば、ワン・クリック・LCA(フィンランド)は、建物のライフ・サイクル・アセスメント(LCA)を自動で定量的に評価することで建物の排出削減につなげるソフトウエアを開発。同社は中小企業ながらも、使用する建築資材などからの排出を削減したい大企業を相手にビジネスを展開している(2021年12月16日付地域・分析レポート参照)。

エネルギー価格の高騰や、脱炭素の取り組み加速を背景に、エネルギー貯蔵や省エネの技術に注目が高まっている(2022年8月15日付地域・分析レポート参照)。もっとも、「攻め」の脱炭素ビジネスは、必ずしも最先端の技術や大規模投資が前提になるわけではない。

例えば、脱炭素化の流れで、旧来型ビジネスを復活させる動きも出ている。一例として欧州では、夜行列車が環境配慮型の移動手段として再評価されるようになってきた。その結果、フランス国有鉄道(SNCF)は2021年12月、パリ~ウィーン間の夜行列車を14年ぶりに再開。国内でも2030年をめどにパリ~ニース間をはじめ、約10路線の運行を再開する予定だ。夜行列車自体は、決して新しいものではない。近年停止していたサービスを復活させるのは、現在の視点では「(古くて)新しいビジネス」ともいえる。

また、エネルギー効率などの観点から、製品やサービスのスペックを落とすことも一考だ。最先端の技術を使っていても、当該製品・サービスの旧式モデルと比べると、エネルギー効率など脱炭素の文脈では必ずしも「ハイスペック」になるとは限らない。そうした場合、スペックやグレードをあえて1つや2つ下げてみることで、製品やサービス利用時のエネルギー消費量や価格を抑えられることもある。日本企業は、高価格な一方でハイスペックな製品やサービスを得意とすることが多い。それがしばしば、他社との差別化につながるのも事実だろう。ただし現状、世界中が物価高に悩んでいる。そうした中で、最先端技術まで必要としないマーケットに対してスペックを下げることは検討材料になりうる。そうすることで脱炭素の「新たな」ビジネス提案につながるかもしれない。

既存インフラの活用例もみられる。ここでは、スイスでのトロリーバス(注3)架線網を活用した電気自動車(EV)充電サービスを紹介する。同国のエネルギー供給企業CKWは2020年5月、ルツェルン市営交通会社と地元ガソリンスタンドと共同で、当該サービスの提供を発表した。電気を比較的安価に入手できる国や都市を中心に、トロリーバス専用架線を張り巡らせている。既存のトロリーバス用インフラを活用することで、新規投資額の抑制が期待できることになる。

未曽有の物価高、そしてエネルギー源の確保こそが最優先するというのが、今の風潮だ。そうした中で脱炭素の取り組みは、新興国を中心に今後、ペースが一時的に落ちるかもしれない。他方で、多くのグローバル企業は既に自社の脱炭素目標を宣言済みだ。株主や投資家、消費者やNGOなどさまざまなステークホルダーがグローバル企業の脱炭素の取り組みの推移を「見守る」中、グローバル企業は一度宣言した目標を簡単に取り下げたり、引き下げたりしづらいだろう。仮に一時的に取り組みのペースが落ちたとしても、グローバル企業は中長期的には、自社が設定した目標達成に向けて、着々と脱炭素の取り組みを進めることになる。中小などのサプライヤーの立場では、グローバル企業や1次サプライヤーなど取引先からの脱炭素の要請がいずれ来るという大きな流れは変わらない。取引先が脱炭素を進める限り、原材料やサービスなどのグリーン化のニーズは今後も続くことになり、脱炭素に貢献するビジネス機会が創出されることになる。

不確実性が増す昨今の世界経済で、脱炭素ビジネスは市場拡大が確実に見込める貴重な領域ともいえよう。日本企業は「守り」と「攻め」の両方から脱炭素を捉えて海外ビジネスを再構築し、世界の脱炭素化をリードすることが期待される。


注1:
中国は、アジアで消費される石炭の7割を占める。
注2:
ジェトロが2021年8月下旬から9月にかけて世界中の日系企業1万8,932社を対象に、オンライン配布・回収によるアンケート調査を実施。7,575社から有効回答を得た(有効回答率40.0%)(詳細は2021年11月30日付ビジネス短信参照)。
注3:
トロリーバスは日本ではあまりなじみがないかもしれないが、ガソリンやディーゼルの代わりに、電気が動力源となる。ただし、蓄電池からではなく、架線から電気の供給を直接受けて走る。軌道のない市電、または天井が架線とつながっているバスを想像すると理解しやすいかもしれない。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部国際経済課 課長代理
古川 祐(ふるかわ たすく)
2002年、ジェトロ入構。海外調査部欧州課(欧州班)、ジェトロ愛媛、ジェトロ・ブカレスト事務所長などを経て現職。共著「欧州経済の基礎知識」(ジェトロ)。