特集:変わりゆく世界の勤務環境―アフターコロナを見据えた働き方とは新型コロナ禍機に、政府・民間ともにリモートワーク定着(UAE)
外国の需要も取り込み、経済活性化を狙う

2022年9月8日

アラブ首長国連邦(UAE)では、新型コロナウイルス感染が拡大した2020年3月から出勤制限が行われ、政府機関や民間企業はリモートワークの実施を強いられた。出勤率の制限はドバイで同年6月、アブダビでは2021年9月に全面解除されたが、それ以降も日系企業を含む国内の民間企業や政府機関の多くは、感染状況に鑑みつつ、リモートワークを活用したハイブリッド出勤を行っている。また、UAE政府機関では、2022年から半日勤務となった金曜日をリモートワーク可能とするなどの取り組みもみられる。

特にドバイ首長国は観光地という特性を生かして、外国からのリモートワーク、ワーケーション需要を取り込み、世界のリモートワーク推進の流れを経済活性化につなげている。

新型コロナ発生当初は厳しい出勤制限、現在は制限なし

新型コロナウイルス感染拡大を受け、UAE政府は2020年3月29日から国内全事業所の出勤上限比率を30%に制限するとともに、リモートワークを実施するに当たってのガイドライン外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます を発表した。4月4日にはドバイ首長国で終日外出禁止(ロックダウン)となり、医療従事者や食品小売店などで働く「エッセンシャルワーカー」を除いて、在宅勤務比率100%の勤務態勢が始まった(2020年4月6日付ビジネス短信参照)。

政府機関や民間企業は、出勤比率の規制に対応しながら業務を進める必要に迫られたが、感染状況が一時落ち着いた同年6月には、ドバイ首長国で早々に出勤比率100%での操業が許可されるなど、国内の出勤に関する規制は段階的に解除された(表参照)。その後、変異株の登場などによる感染の再拡大によって、アブダビ首長国で出勤制限が一時的に再導入されたこともあったが、2022年8月現在では出勤に関する規制はなくなっている。

表:UAEにおける出勤関連規制の推移(主なもの)
2020年 3月17日 大幅な入国制限開始
3月25日 全ての国際線旅客便を停止
3月26日 国内全土で夜間外出禁止令を発令(6月24日まで)
3月29日 国内全事業所の出勤上限比率を30%に制限
4月4日 ドバイでロックダウン開始(4月23日まで)
医療従事者や食品小売店などを除き出勤禁止。
4月24日 ドバイの民間企業は出勤上限30%に
6月3日 ドバイの民間企業は100%出勤許可
6月14日 ドバイの政府機関は100%出勤許可
7月7日 ドバイが観光客受け入れ再開
7月26日 アブダビの民間企業は60%まで出勤許可
2021年 9月5日 アブダビの政府機関は100%出勤許可
9月7日 アブダビの民間企業は100%出勤許可

注:以後も感染拡大状況によって出勤比率規制を改廃。2022年8月1日現在は制限なし。
出所:政府発表、地元紙報道を基にジェトロ作成

多くの企業がハイブリッド勤務導入

政府による出勤比率制限が撤廃されてからも、事業内容やポリシーによって、国内企業各社の対応はさまざまだ。働き方のオプションとしてリモートワークを維持している企業は多い。

UAEに限らず、湾岸協力会議(GCC)諸国全体の統計になるが、人材紹介企業大手のヘイズがGCC内の企業に対して2021年に行った調査では、回答企業の69%が従業員にリモートワークを認めており、うち38%はその頻度も従業員の裁量に完全に任せているとした。

また、米シスコが2022年1~3月に実施した調査によると、UAE国内で働く回答者の90%近くがハイブリッドまたは完全リモートワークを望んでいるという結果だった。同社は「UAE国内企業のほとんどがフレキシブルな働き方の重要性を認識しているが、さらなる労働環境改善の余地がある」としている。

ジェトロが2022年6月に複数の在UAE日系企業にヒアリングを行ったところ、100%の出勤率に早々に戻して業務を行っている企業から、「原則リモートワーク」のポリシーに変更したところまで、その対応は幅広い。例えば、UAE国内で複数の大手国際ブランドの代理店を務める大手地場企業は、政府の制限緩和とともに100%の出勤率に戻した。一方で、リサーチ業務を行うドバイのスタートアップ企業は、コロナ禍を機に完全リモートワーク制を導入した。オフィスには必要がある場合のみ出社するという。 しかし、ヒアリングを行った企業の間では「オフィス出勤を主としながら、リモートワークも柔軟に導入する」方針を取っている企業が多かった。新型コロナウイルスのオミクロン株の流行や、昨今の感染者数増加を受け、リモートワーク比率を再度上げる企業もある。コロナ禍をきっかけに、在UAE企業の勤務方針はフレキシビリティーを増しており、感染状況に応じて弾力的な運用を行っている。

リモートワークを推進するに当たって、UAE特有の思わぬ障壁もある。フリーゾーンに法人を持つ前述のスタートアップ企業は、フルリモートワーク制に移行する際、コスト削減のために自社オフィスの縮小を試みた。しかし、フリーゾーン内の企業が雇用し居住ビザ発給を申請できる社員の数は、同社がフリーゾーン内に借り上げるオフィススペースの面積によって決定されることが多い(注1)。同社もその要件がハードルとなり、オフィスの縮小は実現しなかったという。

政府機関にもリモートワーク浸透

UAEの政府機関の勤務態勢からも、リモートワークの浸透が見て取れる。UAEでは2022年1月から週末が変更となり、従来の金曜・土曜から土曜・日曜となったことに加え、金曜日は午前中のみの半日勤務となった(2021年12月8日付ビジネス短信参照)。併せて、政府機関は金曜日のリモートワークを認めると発表した。これに伴い、民間企業も約20%が金曜日のリモートワークを認める方針とした調査結果(週末が変更された前月の2021年12月時点の調査)もある。

また、2022年7月下旬にUAE北部で豪雨の影響によって洪水や道路の冠水が生じた際には、人的資源・自国民化省が影響を受けた地域の政府機関で働く被雇用者に対して、リモートワークを可能とすると発表し、民間企業にも同様の措置を取るよう呼び掛けた。このように、臨機応変に自然災害が起こった際の対応策として活用されるなど、UAE社会にリモートワークが浸透していることがわかる。

ドバイは外国からもリモートワーク需要を取り込み、経済活性化へ

UAEでリモートワークを行っているのは国内居住者だけではなく、UAEに長期滞在してリモートワークを行う外国人も増えている。

特にドバイは、居住環境や通信インフラの整備状況、治安の良さ、娯楽の種類の豊富さなどで優位性を持っているのに加え、ドバイに住みながら外国企業でのリモートワークを可能にする「バーチャル・ワーク・プログラム」を2020年10月から導入している(2020年12月16日付地域・分析レポート参照)。この施策も、他国企業の社員や個人事業主の流入を促進した。UAE全体でも、2021年3月に同様のビザが導入された(2021年3月31日付ビジネス短信参照)。

これらのビザの取得実績は公式発表がないため不明だが、働く場所を選ばないIT関連のエンジニアや個人事業主の多くが「デジタル・ノマド」(注2)としてドバイに拠点を置いていると報じられている。個人事業主としてインターネットを活用したビジネスを行っている日本人は「以前からドバイに住んでみたいと思っていた。ビザの申請や取得までの流れもスムーズで、簡単にできた。今はドバイから楽しんでビジネスを行っている」と話す。

長期滞在してリモートワークを行う人だけでなく、数週間から数カ月の比較的短期間で「ワーケーション」(注3)としてドバイを訪れるケースも増えている。ドバイのホテル関係者は「今夏はワーケーション目的の予約が目立つ。宿泊日数も以前より長い傾向となっている」と話している(2022年5月10日付「ザ・ナショナル」)。

2022年9月からはビザ制度が大幅に改正され、外国人に対して原則30日だった短期滞在ビザ(アライバルビザ)の日数が、日本国籍保有者を含む多くの場合で60日に延長される予定だ(2022年5月10日付ビジネス短信参照)。このことも、UAEでのリモートワークの促進を今後さらに後押しするだろう。

UAEでリモートワークを行う長期や短期の滞在者は、ホテルやアパートの利用をはじめとした国内の消費活動を促進する。そのため、外国からのリモートワーク需要を取り込むこれらの新しい制度は、国内雇用に依存せずに国内人口を増やし、自国の経済の活性化につなげる取り組みと言えるだろう。


注1:
いわゆる「駐在員割り当て」制度。在UAEの企業が雇用する社員のほとんどは外国人のため、雇用・居住ビザの取得に当たっては雇用者がスポンサーとなる必要があり、ビザ発給申請できる社員の上限は、当該企業が持つ割り当ての数によって決まることが一般的。入居するフリーゾーンによってルールは異なる。
注2:
「ノマド」は英語で「遊牧民」の意。「デジタル・ノマド」は、ITを活用して、場所にとらわれない働き方をする人々を指す。
注3:
「ワーク(仕事)」と「バケーション(休暇)」を組み合わせた造語。リモートワークなどを活用し、普段の職場や自宅とは異なる場所で仕事をしつつ、自分の時間も過ごすことを指す(観光庁ウェブサイトから)。
執筆者紹介
ジェトロ・ドバイ事務所
山村 千晴(やまむら ちはる)
2013年、ジェトロ入構。本部、ジェトロ岡山、ジェトロ・ラゴス事務所を経て、2019年12月から現職。執筆書籍に「飛躍するアフリカ!-イノベーションとスタートアップの最新動向」(部分執筆、ジェトロ、2020年)。