特集:変わりゆく世界の勤務環境―アフターコロナを見据えた働き方とは在宅勤務は定着傾向、大企業はモバイルワーク制度を拡充(ドイツ)

2023年2月20日

ドイツでは、新型コロナウイルス感染予防として、2021年1月に在宅勤務義務が導入されたが、2022年3月に解除された。ドイツの労働組合中央組織は、自宅以外での勤務も含むモバイルワークの権利の法制化を求めているが、法制化に至っていない。この動きとは別に、大企業を中心として、自主的にモバイルワーク導入を行う企業もある。本稿では、ドイツでの在宅勤務やモバイルワークの実施状況、法制化の動向、企業の具体的な取り組みを中心に紹介する。

新型コロナ感染防止目的の在宅勤務導入と解除

ドイツでは2020年4月、職場での新型コロナ感染予防として、法的拘束力のない「SARS-CoV-2(新型コロナウイルス感染症)労働安全基準(SARS-CoV-2-Arbeitsschutzstandard)」が定められた(2020年4月21日付ビジネス短信参照)。同基準では、在宅勤務(ドイツ語でHomeoffice)の導入は求められていなかったが、2021年1月に、在宅勤務について定め、かつ法的拘束力のある「新型コロナ労働保護規則(SARS-CoV-2-Arbeitsschutzverordnung)」が制定された。この規則で、会社側はオフィスワークまたはそれと同等な職務に従事している従業員に対しては、やむを得ない事業上の理由がない限り、職務を自宅で行うことを申し出なければならないとされた。この在宅勤務義務は2022年3月に解除された(2022年3月23日付ビジネス短信参照、注1)。

在宅勤務義務の解除後、在宅勤務を続ける従業員の割合は大幅減とならず

在宅勤務義務の解除前にはどのくらいの人が在宅勤務を利用していたのか、また、解除後にどのくらいの人が再び職場に戻っているのだろうか。ifo経済研究所の企業アンケート調査外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます (注2)の結果で、在宅勤務義務の解除前の2022年1月と解除後の同年4月を比較したところ、在宅勤務の利用に大幅な減少は見られなかった(図参照)。1月時点では、全産業部門で、「少なくとも一部の業務を在宅勤務で行っている従業員の割合」は28.4%、4月時点では24.9%となった(3.5ポイント減)。若干の減少は見られるものの、依然として約4人に1人が在宅勤務を利用している状況が明らかになった。産業部門別にみると、製造業では1月の20.3%から4月に16.3%に低下(4.0ポイント減)。中でも電機産業は1月の29.3%から4月に22.4%(6.9ポイント減)、自動車産業は1月の23.4%から4月に17.8%(5.6ポイント減)にそれぞれ減少した。一方で、利用している従業員の割合が多いのはサービス業(1月は39.2%、4月は35.3%)で、中でもIT産業が高かった(1月は78.0%、4月は72.3%)。

図:少なくとも一部の業務を在宅勤務で行っている従業員の割合
全産業部門では2022年1月は28.4%、4月は24.9%です。サービス業では2022年1月は39.2%、4月は35.3%です。製造業では2022年1月は20.3%、4月は16.3%です。卸売業では2022年1月は20.2%、4月は16.2%です。建設業では2022年1月は7.7%、4月は6.3%です。小売業では2022年1月は6.9%、4月は6.4%です。

出所:ifo経済研究所による企業アンケート調査(2022年5月発表)資料からジェトロ作成

在宅勤務の問題点を明らかにした調査も

新型コロナ対策としての在宅勤務が広がる中、この勤務形態の持つ問題点も調査により明らかになった。なお、ドイツでは、前述の新型コロナ労働保護規制での在宅勤務義務への簡潔な言及以外に、この働き方のルールを定める法令が存在しなかったが、2023年2月の同規則廃止により、新型コロナ禍以前と同様に在宅勤務の義務やルールに関する法令がないのが現状だ。

ドイツ最大の労働組合中央組織のドイツ労働総同盟(DGB)が2021年に実施した調査「『ニューノーマル』時代の未来の仕事?」(ドイツ語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます (注3)によると、在宅勤務を行う労働者は、特に労働時間に関連したストレスを感じやすい状況にあることが示された。在宅勤務者(注4)の11%が「高頻度で不払い残業をしている」、17%が「たびたび不払い残業をしている」と回答。さらに、勤務時間外でも携帯電話やメールで連絡が付くように求められることについて、「高頻度で求められる」と回答した在宅勤務者は15%、「たびたび求められる」は17%だった。また、46%の在宅勤務者が「休憩時間を削っている」、あるいは「全く取っていない」としており、47%が「仕事のオンとオフの切り替えができない」と答えた。

この結果に対して、ドイツ労働総同盟は、在宅勤務を含む「モバイルワーク」(自宅に限らず働く場所を従業員自身で自由に決定するか、会社側との合意で決定する働き方)の法整備を求めている。従業員が時間の区切りなく仕事をしてしまうことをなくし、健康を保護する観点や、従業員の自己決定という考え方から、その必要性を主張している。

今のところモバイルワーク法制化は進まず

既に前政権(メルケル政権)時の2020年11月、フーベルトゥス・ハイル労働・社会相〔社会民主党(SPD)〕は「モバイルワーク法」の草案を発表。モバイルワークの法制化は、新型コロナ禍以前からSPDが求めていたものでもある。しかし、当時の首相府は、新型コロナ禍の影響で在宅勤務が必要な時期だったにもかかわらず、この草案を閣議に乗せないことを即時に決定した。SPDと当時連立していたキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)や、産業界からの反発が大きかったことが理由だ。ハイル氏は2021年1月に改定版の草案を提起、同年12月の政権交代後も同氏は社会・労働相に就任したが、改定版の草案も閣議決定までに至らず、モバイルワーク法は現在も法制化には至っていない。

改定前の草案でも改定版の草案でも、大きな特徴は、従業員が自宅またはその他の場所での勤務を希望した場合、会社側は当該従業員と協議を行い、合意できない場合は、会社側はその正当な理由を説明するという枠組みで、「従業員のモバイルワーク権」が規定されていることだ。

ドイツ経営者連盟(BDA)はモバイルワーク権に反対する理由について、次のように主張。「雇用者にある勤務地や労働時間に関する指揮命令権は労使関係の基本であり、憲法上も保障されている。モバイルワークや在宅勤務に関する法的権利によって、雇用者側の権利が制限されることは雇用者の自由を著しく侵害するもので、憲法上の考えと相いれない。モバイルワーク権の代わりに、雇用者がモバイルワークへの意欲を高めるような、持続可能な手段を検討すべき」としている。

新型コロナが契機、在宅勤務制度を拡充した大手企業のケース

大企業を中心に、法制化の動きとは関係なく、既に在宅勤務を含むモバイルワークが導入されている。フレキシブルな勤務形態は、優秀な人材の獲得競争で重要な要素だからだ。また、慢性的なリソース不足の中、出勤時間のロスをなくし、より良いワークライフバランスの可能性に取り組む必要性にも迫られている。

新型コロナ感染拡大時の対応を機に、在宅勤務やモバイルワークの制度を導入、拡大した企業の対応状況について、例を挙げる。

  • ドイツ企業の例(ポルシェ)

    自動車大手のポルシェは、新型コロナ感染拡大前の2014年から在宅勤務制度を導入しており、週に2日まで在宅勤務が可能だった。

    2020年の新型コロナ感染拡大開始後から、社内の労使協議の結果、間接部門の従業員は週に5日までモバイルワークが可能になった(この新型コロナ特別措置は2021年6月末で終了)。2021年5月には、モバイルワークの日数を従来の週2日から月間12日まで拡大する制度改正を労使で合意。同社のモバイルワーク制度では、業務と法律の枠組みの範囲内で、従業員が自由に働く場所と時間を決定できるものとなっている。一方で、従業員同士が直接顔を合わせることも絶対に必要なことだとして、オフィスで勤務する時間の十分な確保も重視するとしている。従業員同士の結束や同社の企業文化の醸成を促すことにつながるからだ。また、同社のアンドレアス・ハフナー取締役(人事担当)は「モバイルワーク導入に際しての労使合意で決定的だったのは、仕事の成果を重視しようということだった」と述べた。同社の従業員満足度調査では、同社は魅力的な職場だと回答している従業員は93%に上っている。

    報道によると、モバイルワークのために、従業員には大型スクリーンなどが支給されたという。また、今後は従業員が全員一斉に出勤することはなくなるため、2025年までにオフィスの執務用机を現在の6割にまで減らすという(「フランクフルター・アルゲマイネ」紙2022年5月16日)。

  • ドイツ企業の例(シーメンス)

    電機大手のシーメンスは、2020年6月に「ニューノーマル・ワーキングモデル」を制定し、モバイルワークを進めた。新型コロナ感染拡大の時期にさまざまな部署からのメンバーで構成するプロジェクトチームを立ち上げて開発した働き方モデルだ。同時に、社内のデジタル化を一気に進めた。

    シーメンスの制度では、週に2~3日、モバイルワークを行える。オフィスにいることではなく、仕事の結果を重視する経営スタイルに合わせ、新しい働き方を提供することで、従業員のモチベーションを高めると同時に、企業全体の業績の向上、柔軟で魅力的な雇用主としてのシーメンスのプレゼンス強化を図る狙いだ。

    社内のデジタル化に関しては、クラウド型のプラットフォーム上に、モバイルワーク実施に必要な関連情報を集めた。管理職はモバイルワークに関する特別研修を受講。オンラインでの従業員同士の活発なコミュニケーションにより、働く場所がバラバラでも効果的に協働可能になっている。

ここで述べた2社の取り組みに共通する特徴は、「在社や対面での業務遂行よりも、仕事の結果重視」「柔軟で魅力的な働き方を提供する雇用者像」「ITの活用」だ。また、オフィスに全員で集まるスタイルがなくなる中での「従業員同士のコミュニケーション」の重視という点もある。

  • 日系企業の例(三菱電機ヨーロッパ)

    日系企業では、三菱電機ヨーロッパドイツ支店に在宅勤務の実施状況についてヒアリングを行った(実施日:2022年7月26日)。同支店によると、ドイツに13拠点を構え、管轄下の従業員は約700人。新型コロナ感染が拡大していた2020年4月から、政府の方針に沿い、可能な限り在宅勤務を推奨。当時の出勤率は5~10%だった。デジタルコミュニケーションによる業務を推進する中で、勤務場所は選択可能であることが実証できた。

    この経験を踏まえ、暫定的な措置だった在宅・遠隔勤務を2021年10月からモバイルワーク制度として導入した。2022年7月のオフィスなどへの出社率は50~70%となっている。モバイルワークの運用は部署ごとに任されており、全員が出社する曜日を設けるなどのルールを設けている部署もある。技術者など、出社しなければ仕事ができない職種に関してはシフトを設定し、全員が毎日出社しなくてすむように対応している。

新たな仕事場となるコワーキングスペースにも注目

コワーキングスペースとは、基本的には同一企業には属していない複数人で仕切りのない仕事場を共有しながら働くもので、従来は主にフリーランサーや自営業者をターゲットとしてきたといえる。労働・社会省は2022年4月、調査レポート「ドイツの第3の仕事場としてのコワーキングスペースの重要性」を発表。同レポートは企業で働く従業員にとって、コワーキングスペースがオフィス、自宅に次ぐ第3の仕事場として重要性が増す可能性を指摘した。中でも、コワーキングスペースのメリットの1つとして、「環境・気候保護」を挙げ、自宅近くのコワーキングスペースであれば、通勤による交通機関からの温室効果ガス排出量が減らせること、従業員一人一人が自宅やその他の場所に仕事場を設けるよりも、コワーキングスペースに仕事場が集約されている方が、エネルギー効率が高いことなどの理由を説明した。

ドイツでは、エネルギー価格高騰とロシアからの天然ガス輸入への依存脱却に対応するため、企業は電気やガスの節約を求められている。ロベルト・ハーベック経済・気候保護相は2022年7月、節電対策の1つとして、冬季の在宅勤務義務の再導入も検討したいと述べたと報じられた。こうした環境を踏まえると、今後、感染対策のみならず、節電対策としてのモバイルワーク制度の推進可能性も考えられるだろう。


注1:

「新型コロナ労働保護規則」自体は廃止されず、同規則の中で、在宅勤務は新型コロナ感染から従業員を守るための方策として、会社側が提案する選択肢の1つとして残っていた。しかし、同規則が2023年2月2日に廃止され、在宅勤務の義務やルールに関する法令上の規定は存在しなくなった(2023年2月2日付ビジネス短信参照)。

注2:
ifo経済研究所は約9,000社のドイツ企業を対象に、景況感を中心にアンケートを毎月実施している。当該アンケートの中で、在宅勤務をしている従業員の割合も質問し、回答を集計したもの。
注3:
同調査の実施期間は2021年1~6月。ドイツ国内の6,407人の被雇用者を対象に、電話で聞き取った。
注4:
新型コロナ禍を受けた在宅勤務義務の措置が取られた期間中、在宅勤務を利用した者が40%以上いた職種に就いており、かつ、社内コミュニケーションのデジタル化が図られているとともに、在宅勤務率が高い被雇用者による回答。
執筆者紹介
ジェトロ・ベルリン事務所
中村 容子(なかむら ようこ)
2015年、ジェトロ入構。対日投資部外国企業支援課を経て現職。