特集:変わりゆく世界の勤務環境―アフターコロナを見据えた働き方とはタイの在宅勤務と人材市場の最新動向

2022年12月23日

新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)の拡大により、タイでも在宅勤務・テレワークを余儀なくされたが、現在では新型コロナ防止措置として採られてきた規制や水際対策が緩和され、経済活動も活発化している。そのような中、企業における在宅勤務・テレワークの現状、また在宅勤務・テレワークがもたらしたタイ人材の転職活動への影響、さらには長期的なタイ人材を取り巻く環境の変化について、日系企業向けにタイ人スタッフおよび日本人の紹介業務などを行うパーソネル・コンサルタント・マンパワー・タイランド社長の小田原靖氏に聞いた(取材日:2022年9月8日)。


パーソネル・コンサルタント・マンパワー・タイランドの小田原社長(ジェトロ撮影)

コロナ禍でテレワーク拡大も、現在は出社を基本とする企業が多数

質問:
新型コロナ禍の前後で、在宅勤務・テレワークの導入状況に変化はあったか。
答え:
以前はタイではテレワークという言葉は聞かなかったが、新型コロナ禍により一気にテレワークが広がった。どこの会社も、導入当初は、オンラインでの勤務に必要なZOOMやLINEなどのツールをうまく使用できない人もいた。また、情報漏えいを懸念してテレワークに踏み切れない会社もあった。さらに、親会社の規定で、会社のパソコンを持ち出せないにもかかわらず、在宅勤務をするよう指示され、支離滅裂な会社の対応に社員が対応に困るといった事例もあった。その点、この2年間でオンラインに関するそれぞれの会社の対応が劇的に変わり、在宅勤務・テレワークが広まってきた。
質問:
現在、タイでは在宅勤務・テレワークをしている企業が多いのか。
答え:
コロナが終息し、ほとんどの企業が出社に戻していると感じる。在宅勤務がしやすいアプリ開発会社なども出社に戻している。中には、在宅勤務を続けている会社もあるが、今ではマイノリティである。今は出社することが基本で、一部の部署だけテレワークをするような体制の企業もある。
質問:
在宅勤務・テレワークは効率が悪いということか。
答え:
効率は人それぞれのようだ。ただ、大勢が出社に戻しているということは、効率が悪いということかもしれない。一方、適切に社員を管理できている会社は在宅勤務を残しているのではないか。また、在タイ日系企業には製造業も多く、工場では在宅勤務の導入が難しい。結果、こうした製造業と取引している非製造業も、「取引顧客が出社しているので、自社も在宅勤務はしにくい」というケースも見られる。

転職にあたっては、給与よりも人間関係を重視

質問:
在宅勤務の導入が転職活動へ影響していると聞く。
答え:
在宅勤務は転職を増長していた。本人が特に転職を検討していなくても、在宅勤務中にSNSなどでコンピュータの画面などに求人広告が表示され、目に入ることが多い。その結果、転職の情報や機会を得やすい環境になっている。
質問:
転職にあたっては、何を重視するのか。
答え:
給与よりも、むしろ人間関係の良さを重視する傾向にある。タイ人は日本人に比べると非常にウェットである。例えば、上司から週末の話や家族のことなど、プライベートな部分について触れられることも、「自分の事を気にしてくれている」とプラスに感じてくれるケースが多い。日本人の感覚としては、上司として従業員のプライベートに踏み込みすぎていないかを気にするところだが、日本に比べて、その点について過度に神経質になる必要はない。
質問:
「魅力的な転職先」という観点では、日系企業が弱くなっていると聞く。電気自動車(EV)市場では中国系企業の勢いが増しているが、中国系企業が人気なのか。
答え:
中国系企業のタイ進出が増加した結果、就職先の選択肢が増えたということだろう。自動車分野では、かつて多くの日系企業がタイに進出したように、今は中国のグレート・ウォール・モーターズ(長城汽車)とMG(上海汽車)がタイに進出、それに伴い中国系の自動車部品メーカーの進出も始まっている。
私は1990年代から企業向けの人材紹介業を行っているが、1980~90年代は日系企業が席巻していたため、採用の競合相手は日系企業同士だった。「複数の日系商社に内定をもらったが、どの企業に決めたらよいか」といった相談があった。親日国で日本に対する憧れや尊敬はもちろんだが、強い、しっかりとした自国の会社が少なく選択肢がなかったということだ。
しかし、その後、タイの大手財閥系企業やインフラの会社なども大きく成長した。最近はタイの大手企業の方が就職先としては人気があり、タイ人の就職先の選択肢としても多様化している。
質問:
そもそも日本語人材が減ってきたと感じるか。
答え:
減っているとは感じない。ただ、新型コロナ以前の話だが、中国による中国語人材を増やす取り組みが目立っていた。中国の国費を用いて、中国語教師を無料でタイの中学校、高校、大学に大量に派遣していた。タイの学校が外国語のコースや学部を新設する場合、日本語ではなく教師が無償で来てくれる中国語を選ぶのは学校長としては当然だった。求職者を面接していると中国語を学んできた学生が増えているように感じる。
質問:
タイのSNS世代では、中国のTikTokや韓国ドラマが流行しているようだが、日本語人材を育成するには、まず若年層に日本文化に親しんでもらう必要があるのではないか。
答え:
TikTokについては、良いサービスだから使っているだけで、中国が好まれるから使っているわけではないと思う。タイでは圧倒的にメディアでの中国、韓国の情報が日本の情報よりも多く、配信方法も優れている。例えば、タイ人に「知っている外国ドラマは何か」と聞くと、中国、韓国のドラマは最新のタイトルが色々挙げられるが、日本のドラマはほとんど認知されていない。

デジタル人材の不足には言語の問題も

質問:
ここ1~2年で、タイをはじめ、ASEANの各国政府はデジタル人材育成を重要視するようになった。日系企業にとってもデジタル人材の確保・育成は急務だが、どう見ているか。
答え:
日系企業のデジタル人材という観点では、言語の問題もある。タイでは、新型コロナ前から高度人材、特にIT人材が足りないと言われてきたが、日系企業による求人要項ではIT人材にも日本語が要求される。つまり、日本語ができて、プログラミングもできる人材を求めるといった具合だ。新型コロナ禍でタイ人のIT能力は向上し、世界中の企業で働けるようもなったが、依然として日本語ができなければ日系企業では働くことができない。世界中で英語を使って働くことが可能である状況の中、日本語の習得を求める日系企業は優秀なデジタル人材を確保する機会を失っている。よって、日系企業も英語対応していくべきだと思う。最近では、日本からタイ人のデジタル人材を雇用したいという依頼をもらうことがある。日本のIT企業の中には、社員の6~7割は外国人で、英語で運用している会社も存在する。

新型コロナ禍で経営の現地化が進む

質問:
オンラインで、どこにいても働けるのが潮流となるなか、駐在員の削減という動きもあるのか。
答え:
新型コロナにより、日系企業における駐在員数は一時、急減した。その後、数は増えてきているものの、新型コロナ前ほどの数には戻っていない。「日本からの遠隔でも海外子会社を経営できた」「タイ人管理者だけでも経営できた」という例もあり、これらも影響しているだろう。しかし、日系企業では、タイの経済が発展する前の数十年前のタイ人従業員に対する評価が今なお引き継がれていることがある。タイ人従業員の能力も向上し、経営力も優れている状況にもかかわらず、タイ人管理者に任せきれず、日本人を配置してきた日系企業もある。新型コロナにより駐在員の一部が帰国したが、タイ人だけでも十分に経営ができることが分かり、現地化が進んだ結果、駐在員が減った。一方、現地採用の日本人の人材への需要は増えている。特に、タイに駐在経験のある、日系企業を経営していたようなシニア人材層のニーズが高い。

在宅勤務の定着は職種により異なる

質問:
現在は原則出社に戻す会社が増えているが、在宅勤務の今後はどうなるか。
答え:
オフィスの立地を含め、働く場所も多様になるだろう。弊社の場合、新型コロナ前には、多数のタイ人求職者が当社に訪れ、就職希望登録を行っていた。そのため当社も、コスト的には高いが、利便性の良さを第一に考え、オフィスの立地を考えてきた。しかし、現在は就職希望登録の手続きは、基本的にすべてオンラインでできるようになった。立地の良さが強みではなくなった。このような多くのビジネスモデルの変化が起こっている中、経営者は皆、試行錯誤しており、今まさに変化の渦中にあると言える。
昨今、タイでは新型コロナ禍の入国規制や行動制限の緩和が進んでいる。特に、2022年7月1日以降、入国申請システム「タイランドパス」が廃止され、同システムを経由した事前の入国申請が不要となった(2022年6月29日付ビジネス短信参照)。結果、7月の外国人観光客数は約112万人(前月比46%増)に達し、タイの主要産業である観光業も活発になりつつある。
さらに、9月7日の発表でアヌティン・チャーンウィーラクーン副首相兼保健相は、10月1日から新型コロナウイルス感染症を「危険伝染病」から「監視下の伝染病」へと、予定通り格下げすることを確認した(2022年9月15日付ビジネス短信参照)。「監視下の伝染病」への格下げは、パンデミックからエンデミックへの移行を意味する。エンデミックに移行する中、ビジネス活動も活発化している。新型コロナ禍、在宅勤務を余儀なくされた多くの企業においても、働き方にも変化が生じてきている。
執筆者紹介
ジェトロ・バンコク事務所
藤田 豊(ふじた ゆたか)
2022年から、ジェトロ・バンコク事務所勤務。