特集:変わりゆく世界の勤務環境―アフターコロナを見据えた働き方とは「ハイブリッド型」勤務形態への移行が進む(オーストラリア)

2022年10月14日

オーストラリアでは、新型コロナウイルス感染はピークを越えたというのが基本認識だ。そうした中で、2022年前半から規制が大幅に緩和。平常化が進んでいた(2022年7月20日付ビジネス短信参照)。

しかし、7月に新型コロナウイルス・オミクロン株派生型「BA.4」と「BA.5」の新規感染が増加。その後数カ月にわたり、感染が改めて増加することも予想された。そのことを受けて7月19日、オーストラリア連邦政府保健省のポール・ケリー主席医務官が声明を発出。企業に対して従業員の在宅勤務を柔軟に検討することや、職場ではマスクを着用することを推奨した。 オーストラリアでは今後、在宅勤務とオフィス出勤を組み合わせた「ハイブリッド型」勤務形態が普及していくと見込まれる。本稿では、そうした新たな働き方をめぐる動きに関して紹介する。

ハイブリッド型勤務形態が進み、経済効果も期待

オーストラリアでは、在宅勤務が既に定着している。その契機は、2020年から2021年にかけて、新型コロナウイルス感染拡大防止を目的として外出が制限されたことだ(2021年10月6日付地域・分析レポート参照)。

オーストラリア統計局(ABS)が2022年6月に実施した企業景況感調査では、3割超の企業が在宅勤務を実施していると回答した。規模別には、大規模企業(従業員200人以上)で71%が在宅勤務を実施。中規模企業(従業員20人~199人)の40%、小規模企業(従業員19人以下)の33%と比べて、在宅勤務がより定着していることが確認できる。また、今後の在宅勤務の方針について、「現在の在宅勤務形態を継続する」と回答した企業は、大規模企業が51%、中規模企業56%、小規模企業63%だった。企業規模を問わず半数以上を占めたことになる。なお、在宅勤務が「現在よりも増加する」と回答した企業は、いずれの規模でも約10%。反対に、「減少する」回答は、大・中規模企業で29%、小規模企業では20%だった。

こうしてみると、在宅と出勤を組み合わせたハイブリッド型勤務形態の普及が、今後も多くの企業で進みそうだ。

  • オーストラリアの代表的な企業(注1)60社の最高経営責任者(CEO)らは「ハイブリッド型勤務が2022年の主流になる」と述べている(2021年12月14日「オーストラリアン・ファイナンシャル・レビュー(AFR)」紙)。
  • 通信大手テルストラらがまとめたレポート「生産性神話を打ち砕く(Busting the Productivity Myth)」(2021年10月、注2)でも、企業に雇用される人のうちハイブリッド型で勤務する人の構成比が、新型コロナ禍後、35%に増加するという予測が示された(コロナウイルス感染拡大前は、19%にとどまっていた)。あわせて、「ハイブリッド型」勤務を既に取り入れている企業として、資源大手のBHPビリトン、大手銀行のコモンウェルス銀行、オフィス用品小売り大手のオフィスワークスなどの事例が紹介された。
    また、このレポートでは、コロナ禍後に企業のハイブリッド型勤務の移行が進んだ場合(注3)、10年間で約183億オーストラリア・ドル(約1兆6,836億円、豪ドル、1豪ドル=約92円)の経済効果と4万2500人のフルタイム雇用を生み出す可能性があると試算された。ハイブリッド型勤務の普及により、住居の場所や自身や家族の事情に左右されることなく、労働者が働けるようになるからだ。

オーストラリアは現在、人手不足と言える(2022年8月30日付ビジネス短信参照)。そのような状況下、企業の人材戦略として柔軟な働き方を受け入れる必要性が認識されてきている。ハイブリッド型勤務は、その1つだ。BHPビリトンのアタリー・ウィリアムズ最高人材活用責任者(Chief People Officer)は2022年3月に行われた働き方に関する座談会で、その必要性に触れた。「柔軟な働き方やハイブリッド型の勤務は特権ではない。その組織の競争力や優位性を示すものだ。企業は柔軟な働き方を活用するのか、新型コロナウイルス感染拡大前の働き方に戻ってそのメリットや有能な社員を失うか、どちらかを選択することになる」と語った。

そうした新しい働き方を見据えた動きもある。

  • テルストラはハイブリッド型勤務も想定した新オフィスを2023年、アデレードに設置することを計画している。同社によると、新しいオフィスには従来のように机が並ぶわけではない。従業員同士がつながる場として、オフィスの活用を見据えた場所となると説明する。例えば、共同スペースや会議スペースなどを整備し、従業員が集まってトレーニングや共同作業ができるようにする。
    新オフィスを計画するに当たっては、ハイブリッド型勤務や今後の職場環境について、1年半にわたり社内でコンサルテーションを実施してきた。オフィスのデザインは、その結果を踏まえたものという。
  • コモンウェルス銀行では、ハイブリッド型勤務に加えて、新しい職場の在り方を見据える。サテライトオフィスやコーワーキングスペースの活用だけでない。在宅勤務ができない従業員のために、オフィスでケータリングを提供することも検討していると述べた。

ハイブリッド型勤務は、労働者側からも好まれている。メルボルン大学が2022年7月に発表した調査によると、1週間のうちで数日以上在宅勤務にすることを希望する回答者が88%に上った(全て在宅勤務を希望する者を含む)。また、回答者のうちでハイブリッド型勤務を希望するのは、60%だ。一方で、経費マネジメント会社エンバースの調査(注4)によると、「職場が労働形態に柔軟でない場合、会社を辞めて新しい職を探すことも検討する」とした者が全回答者の約40%にも上った。

在宅勤務の導入は、在オーストラリア日系企業でもが進む。ジェトロが複数の企業にヒアリングしたところ、週2~3日出社する勤務形態の導入が進められている。オフィスの出社率は3割~4割程度のようで、まさしくハイブリッド型だ。顧客対応がある職員や部署は、出勤率が高くなる傾向がある。今後については「100%完全在宅勤務ではなく、ハイブリッド型勤務が定着していく」という回答が多かった。

冒頭で述べたとおり、オーストラリアでは新型コロナ感染者が再び増えている。日系企業が感染状況に応じて柔軟に対応しているのは、そのためと言えるだろう。


注1:
ハイブリッド型勤務が2022年の主流になると述べたCEOの企業の例としては、(1)総合金融グループAMPリミテッド、(2)資源大手のニュークレスト、(3)小売り大手のウールワース、などがある。
注2:
「生産性神話を打ち砕く」は、デロイト・アクセス・エコノミクスとオーストラリア国立大学(ANU)共同で、テルストラが取りまとめた。このレポートでは、主にハイブリッド型勤務形態の在り方について考察された。
なおデロイト・アクセス・エコノミクスは、監査法人大手デロイトトーマツの経済コンサルティング部門。
注3:
テルストラのレポートによれば、2020年度にピークとなったハイブリッド勤務の導入割合(43.1%)が今後10年間継続し、現在は職がないが就職したいと考えている者53,500名が労働市場に参入できた場合という前提条件での試算。
注4:
エンバースの調査でいう「労働形態に柔軟」とは、ハイブリッド型勤務、在宅勤務、出勤などの出勤形態が柔軟に選択できることを意味する。
なお、エンバースは米国を本社とする企業。この調査は、オーストラリアで実施された。
執筆者紹介
ジェトロ・シドニー事務所
青島 春枝(あおしま はるえ)
2022年6月からジェトロ・シドニー事務所勤務(経済産業省より出向) 。