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移民政策の転換を迫られる湾岸産油国(中東)

2020年12月16日

新型コロナウイルス感染拡大による経済的な打撃から、湾岸諸国では企業の業績が悪化し、多くの外国労働者が人員整理の主な対象となっている。アラブ首長国連邦(UAE)のドバイでは、主に南アジアなどからの建設現場などで働く低賃金労働者の入国要件の引き締めなどの措置を進めており、クウェートでも、コロナ禍で公的部門の雇用を外国人から自国民に置き換える政策が進む。一方で、UAEはコロナ禍で資源依存から脱却し、経済の一層の多角化を進めるべく、高付加価値産業の育成に取り組んでおり、特別ビザの発給といった新たな移民施策を導入することで、高度外国人材の獲得に乗り出している。

ドバイでは南アジア労働者の入国要件を引き締め

UAEのドバイ政府は9月から11月にかけて、新たな移民施策を矢継ぎ早に導入した。外国人労働者の入国制限という観点では、10月中旬からパキスタンやインド、ネパール、バングラデシュ、アフガニスタン国籍者を対象に、入国時に相応の所持金〔2,000ディルハム(約5万6,000円、1ディルハム=約28円)〕を保持していることを入国要件に付け加えたとの報道があった。10月23日付の「カリージ・タイムズ」によると、既に1,500人以上が要件を満たさないために入国拒否となったと外交筋は話している。ただし、ドバイ入国管理局は、入国審査時に提示された復路の航空券や滞在ホテルの予約証が偽造したものだったことなどが入国拒否の理由として、追加の入国要件については報道を否定しているという。

ドバイの人口の最も大きい割合を占めるのはインド人で、それに他の南アジアの国籍者が続く。南アジア出身者はさまざまなビジネスで活躍する一方で、大多数は建設現場などの低賃金労働に従事している。このような南アジア出身の低賃金労働者の入国に対しては、政府は厳しい姿勢を見せているようだ。

クウェートも外国人労働者の制限にかじ

クウェートでも同様の動きが見られる。全土で実施されたロックダウン(2020年5月12日付ビジネス短信参照)を一部解除した後の6月3日、サバーハ・アル=ハーリド・アル=サバーハ首相は「人口の不均衡を是正する」必要があるとの声明を発表。同国の人口約480万人のうち、7割に当たる約340万人が外国人居住者だとし、その比率を現状の半分以下の3割に縮減するべきとした。7月2日には国会議員が国籍によって人口比率の割り当てを設ける法案を提出し、議会はこれを承認。細則は関係委員会で熟慮するとしているが、報道によると、例えば、インド国籍者は人口比率の15%が上限となることから、現在の人口に照らすと70~80万人のインド人がクウェートからの退去を迫られる見込みだ。10月20日には議会が同法案の修正案を全会一致で可決。具体的な国籍による構成比率や上限人数などは現時点では明らかになっていないものの、政府は1年以内に外国人居住者数に制限を設ける手続きや仕組みを構築するとしている。

クウェートでは従来、公的部門を中心として外国人労働者を自国民に置換する雇用優遇政策(クウェータイゼーション)を推進してきた。2017年から5年間で7割から9割という自国民化比率(業種ごとに設定)を達成するべく、政府として取り組んできたが、コロナ禍がその後押しとなっているようだ。5月にはクウェート市政庁が同庁に現在就労する1,000人以上の外国人の全てを自国民に転換すると発表。公共事業省も9月に150人の外国人を解雇、11月には120人追加解雇し、会計年度末となる2021年3月までに外国人全員を解雇するため、名簿の整理を行っていると報じられた。

こうした急激な自国民化策の背景には、国家財政が依存する原油価格の低迷を受け、自国民の雇用や収入の維持を図りたいとする強い危機感が見え隠れする。クウェートは新型コロナの世界的な流行拡大への懸念から、3月14日に全ての国際商業旅客便の運航を停止し(2020年3月17日付ビジネス短信参照)、海外との人の往来を厳しく制限した。8月1日から空港を再開し、段階的に路線を就航させているが(2020年9月9日付ビジネス短信参照)、11月30日時点でもクウェートへの入国は、自国民と有効な居住資格を持つ者が帰国するケースに限っており、新規の旅行客や労働者の受け入れは行っていない。他方で、民間部門に就労する自国民はわずか7万人程度となっており、労働力のほとんどを外国人に依存しているのが実態だ。新型コロナによる見通しが不透明な状況が続く中、クウェート政府が実際にどのような対応政策を取り、「アフター・コロナ」に向けた構造改革にどの程度つながっていくのか、その動向が注目される。

一定要件を満たす外国人材には柔軟な姿勢も

他方で、コロナ禍を受けて石油依存からのより一層の脱却、産業多角化や高付加価値産業の育成が求められる湾岸産油国では、資産や所得などの一定の要件を満たし、自国に貢献できる外国人材に対しては、より柔軟な受け入れ策を推進している。

ドバイでは9月2日から、職業からリタイア(引退)しても引き続き5年間の居住許可を得られる「リタイア・イン・ドバイ」プログラムを開始した。これまでは、ドバイに住む外国人は職業を失うと居住ビザを得られなくなるため、国内に住み続けることは難しかったが、一定の資産の保有要件を満たすことで、5年間の居住ビザを取得できるようになった。要件を維持できれば、延長も可能となる。また、10月14日には、これも一定の要件を設けて、ドバイに住みながら外国企業での在宅勤務を可能にする「バーチャル・ワーク・プログラム」も開始した。世界的に在宅の勤務形態が多くなったことから、世界のどこの企業に勤めていても、居住許可が1年間与えられ、ドバイから在宅勤務が可能になるプログラムだ。

表:ドバイの新移民施策
項目 「リタイア・ビザ」 「バーチャル・ワーク・プログラム」
概要 5年間有効。本人と配偶者が対象。
※要件を満たせば延長可能。
1年間有効。本人のみが対象。
※本人をスポンサーとして家族の帯同が可能となる予定。
主な
要件
  • 55歳以上であること
  • UAE国内で有効な健康保険に加入していること
  • 保有資産について、以下のいずれかを満たすこと
    1. 月額2万ディルハム(約56万円、1ディルハム=約28円)以上の所得があること
    2. 預金残高が100万ディルハム以上であること
    3. 200万ディルハム相当以上の保有資産があること
    4. 2と3を合計して、200万ディルハム相当以上となること
  • パスポート残存有効期間が6カ月以上あること
  • UAE国内で有効な健康保険に加入していること
  • 以下、雇用と給与を証明する書類
    • 1年以上の契約期間があること
    • 給与月額が5,000ドル以上であること
    • 前月の給与明細
    • 最新3カ月分の銀行口座残高証明書
  • 会社経営者の場合、以下を証明する書類
    • 1年以上会社を保有していること
    • 平均月額所得が5,000ドル以上であること
    • 最新3カ月分の銀行口座残高証明書

出所:「リタイア・ビザ」ドバイ観光公社ウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます「バーチャル・ワーク・プログラム」ドバイ観光公社ウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます

UAEも高度人材に寛容な政策推進

UAEにも動きがある。連邦政府は11月7日、民法と刑法の一部を改正したと発表した(注)。飲酒に対する罰則廃止や、婚姻関係にない男女の同居の合法化、外国人の母国の相続法適用、名誉殺人や性犯罪への罰則強化のほか、UAEに居住する外国人に裨益(ひえき)する法改正となっている。UAEでは、国務大臣に「寛容担当」ポストを設け、「国家の寛容性を示し、社会的・経済的に世界で最も魅力的な地位を確立する」ための施策に取り組んでおり、今回の法改正はその一環とされる。また、通常の就労ビザの有効期限は2年だが、11月15日には、要件を満たす外国人に発給される10年間有効の「ゴールデン・ビザ」の対象を拡大した。従来は、1,000万ディルハム以上の投資実績がある投資家や、特別な技能を持つ医師や研究者など(特定の機関からの推薦が必要)に限っていたが、今回の発表によると、コンピュータエンジニアリング、プログラミング、バイオテクノロジーなど特定分野の博士号取得者、人工知能(AI)やビッグデータ、疫学などの専門家、顕著な成績を収めた学生なども対象に加えた。さらに11月16日、アブダビ経済開発局(ADDED)も、これまで自国民に限っていた48業種のフリーランス・ビジネスライセンスを外国人にも発給することを発表、外国人のビジネス環境改善に向けた取り組みを進めている。

これらの施策の背景として、優秀な高度外国人材を集めることに加えて、UAEの人口減少を食い止める意図もあると考えられる。人口の8割以上が外国人のUAEでは、企業の業績不振による人員整理や給与カットにより、人口が1割減少するとも指摘されている。勤務していた企業から解雇された人々はビザのスポンサーを失うため、UAEを離れなければならなくなるためだ。あるいは、高給を目指して移住してきた労働者は、解雇ではないにせよ、給与が減少すれば、居住を続けるインセンティブを失うため、国外に出て行ってしまう。

今回、ドバイで発表された新移民政策や、UAEの「寛容政策」をみると、一定の所得があり、国内産業の高度化や消費活動に寄与する層にできるだけ多く、そして長くUAEに居住してもらい、経済回復の呼び水にすることを意図しているとみられる。


注:
UAE政府が決定した法令などは各首長国政府によって実行されるため、実際の運用までには時間を要する場合がある。
執筆者紹介
ジェトロ・ドバイ事務所
山村 千晴(やまむら ちはる)
2013年、ジェトロ入構。本部、ジェトロ岡山、ジェトロ・ラゴス事務所を経て、2019年12月から現職。執筆書籍に「飛躍するアフリカ!-イノベーションとスタートアップの最新動向」(部分執筆、ジェトロ、2020年)。
執筆者紹介
ジェトロ・ドバイ事務所
田辺 直紀 (たなべ なおき)
2010年、ジェトロ入構。本部・貿易開発部、ジェトロ佐賀を経て2017年6月から現職。

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