特集:変わりゆく世界の勤務環境―アフターコロナを見据えた働き方とは出社と在宅のハイブリッド勤務が定着か(シンガポール)

2022年9月8日

シンガポールでは、新型コロナウイルスの感染予防対策の緩和を受けて、2022年4月以降、職場に復帰するビジネスパーソンが増加している。しかし、出社制限が撤廃されても、在宅と出社の双方を認めるハイブリッド勤務が今後定着する見通しだ。

日系企業の約7割が在宅勤務を継続へ

シンガポールでは2022年4月26日から、新型コロナウイルスの感染状況の沈静化に伴い、職場への出社制限が全面的に撤廃された(2022年4月26日付ビジネス短信参照)。規制の解除を受けて、都心部ラッフルズ・プレイスのオフィス街も、新型コロナ禍前とほぼ同様のにぎわいを取り戻しつつある。

リー・クアンユー公共政策大学院の政策研究所(IPS)が同月25日に発表した調査(注1)によると、大半の勤務日に出社している国民(永住権者を含む)の割合は、2021年11月30日~12月9日に52%だった。同国ではこの時期、オミクロン型変異株が確認され、感染者が再び増加した。それが、感染状況が沈静化しつつあった2022年4月1~11日には74%へと拡大した。出社制限の緩和とともに、オフィスに出社するビジネスパーソンの割合も拡大していることが、同調査からもわかる。

図:出社と在宅勤務の比率の推移(単位:就労者数の割合(%))
大半の勤務日に出社している国民(永住権者を含む)の割合は、オミクロン型変異株が確認された2021年11月30日~12月9日に52%だったのが、2022年4月1日~11日には74%へと拡大した。

出所:リー・クアンユー公共政策大学院政策研究所(IPS)、2022年4月発表ワーキングペーパー「新型コロナ渦のシンガポールにおける勤務体系と仕事への意識」からジェトロ作成

ただ、出社制限が撤廃されても、ハイブリッドな働き方を望む国民は少なくない。IPSの同調査によると、「在宅と出社の双方を可能にする柔軟な働き方をポスト・コロナのニューノーマルとするのが望ましい」と答えた人の割合は、2021年7月14日~2022年4月11日の調査期間を通して、約半数の41~51%の範囲で推移してきた。

さらに、出社制限の撤廃後も、全ての企業が全面的な出社再開に踏み切ったわけではない。ジェトロがシンガポール日本商工会議所(JCCI)と共同で実施したアンケート調査(注2)によると、2022年6月時点で、在シンガポール日系企業の53%が1週間当たりの平均出勤率は75%以下と回答。ハイブリッド勤務を継続している企業が依然多いのが実態だ。また、「出社制限の上限撤廃後も在宅勤務を継続するか」との問いに対して「はい」と答えた企業は、69%に上った。

ハイブリッド勤務は、政府も、後押ししている。政労使パートナーは2022年4月22日、雇用主に対して「今後も継続的に従業員に、柔軟な勤務(ハイブリッド勤務)を認め、同勤務体制を恒久的なものにする」よう提言する声明を発表した。政労使パートナーとは人材省、全国労働者組合会議(NTUC)、シンガポール国家雇用者連合(SNEF)の3者から構成される組織体だ。なお当該組織体は、柔軟な勤務体系に関して、ガイドラインを2024年までに発表する予定だ。

ガイドラインの導入を前に、既に公務員が先行して柔軟な勤務体制の導入を始めている。在宅勤務が可能な公務員は、週2回、在宅での勤務が認められる。公務員については今後、ハイブリッド勤務でも、部下を監督するために新たなスキルを身に付けるよう研修する方針としている。

在宅勤務の導入で必要な人材を引き留め

企業がハイブリッド勤務を継続する理由の1つには、人材獲得が厳しくなっている中で、必要な人員を引き留めたいという思惑もある。

人材省の最新雇用統計(2022年6月17日発表)によると、同国の失業率は2022年3月に2.2%(季節調整済み)と、新型コロナウイルス流行前の水準へ低下した。一方、同月の求人数は12万8,100人(季節調整済み)と、過去最高レベルに上昇している。新型コロナウイルスの感染状況が沈静化し、景気回復に向かう中、人材の流動性が再び高まっている。日系医療機器メーカーA社の幹部は、「人材獲得競争が(新型コロナ前よりも)厳しくなっている」と指摘する。

既述のジェトロ・JCCI調査では、在宅勤務導入の理由として「週2回程度の在宅勤務を可能にすることで、スタッフのリテンション(確保)および、新規雇用の機会を増やすため」(日系製造業B社)との声が挙がった。また、在宅勤務は「従業員の転職を思いとどまらせる一定の効果がある」(日系サービス系企業C社)との指摘もある。さらに、ハイブリッド勤務の導入を検討中の日系製造業D社は「国内全体で、在宅勤務を受け入れる流れがある。(在宅勤務を)許可しないと従業員が退職する可能性があるため、一定の在宅勤務を受け入れる」方針としている。

このほか、シンガポールに拠点を置く企業の中には、必要な人材確保のため、国外人材を遠隔で採用する動きもある。そうしたリモート採用を支援するディール(Deel、米国スタートアップ企業)の「国際雇用レポート(2022年上半期)」によると、アジア太平洋地域の中で、海外人材をリモート採用する件数の伸び率が最も大きかったのはオーストラリア。それに次ぐのがシンガポールだ。在宅勤務の普及により、国境を越えた採用活動も加速している。

コワーキング・オフィスの利用が拡大

一方、在宅勤務の普及に伴い、企業によるオフィス利用の在り方も変化しつつある。上掲のジェトロとJCCIの調査によると、新型コロナウイルスの感染拡大以降にオフィス移転した日系企業は、168社中20社だった。その20社に移転理由を聞いたところ、12社が「人数の減少に伴い、大きなオフィスが不要になった」ためと答えている。

さらに、新型コロナ禍による在宅勤務の普及拡大で、コワーキング・オフィスの需要が、大手企業の間で拡大している(2021年4月9日付地域・分析レポート参照)。大企業などには、ハイブリッド勤務の導入に当たり、社員が国内どこでも働ける環境を整備する動きもある。コワーキング・オフィスの利点の1つは、必要に応じて柔軟な利用が可能なことにある。シンガポール最大のコワーキング・オフィス運営会社ジャストコ(JustCo)によると、同社のオフィスを利用する大企業の契約1件当たりワークステーション(勤務スペース)数は、2021年第4四半期に73カ所だったのが、2022年第1四半期に85カ所へと拡大した。在宅勤務の普及拡大で、雇用主と従業員との関係だけでなく、オフィスの在り方の見直しも進んでいる。


注1:
新型コロナ禍のシンガポールにおける勤務体系と仕事への意識外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」アンケートは、2021年7月14日~2022年4月11日に実施。シンガポール国民(永住権者を含む)約2,000人(うち、約500人は継続的に回答)を対象とした。
注2:
ジェトロとJCCIの共同調査の調査期間は、2022年6月23~30日。調査対象は、JCCI会員企業779社。これに対する回答数は168社だった。
アンケート結果の詳細は「JCCI・JETRO『新型コロナウイルスへの対応・対策』アンケート」参照PDFファイル(1.33MB)
執筆者紹介
ジェトロ・シンガポール事務所 調査担当
本田 智津絵(ほんだ ちづえ)
総合流通グループ、通信社を経て、2007年にジェトロ・シンガポール事務所入構。共同著書に『マレーシア語辞典』(2007年)、『シンガポールを知るための65章』(2013年)、『シンガポール謎解き散歩』(2014年)がある。