特集:アフリカにおける医療機器ビジネスの可能性医療環境に変化、ビジネスの可能性をどうみるか(アフリカ)

2021年9月9日

かつてアフリカは、英国の「エコノミスト」誌で「絶望の大陸」と評された。政情不安や長期の低成長などがその理由だった。しかし、今や「最後のフロンティア」として世界から成長に期待が集まるようになった。その期待の多くが、今後80年間にわたって増加を続ける人口に着目したものだ。国連の推計では、2050年にアフリカ大陸の人口は、現在の13億人から25億人まで拡大。世界人口の4分の1をアフリカ人が占めると予測されている。「アフリカの時代」とも言うべき時が近づく中、アフリカの医療環境はどのように変化し、どのようなビジネス機会を期待できるのだろうか。

人口増加に期待集まるも、多くの課題

先進国や中国をはじめ、企業がこれまでビジネスの主戦場としてきた国々では、急速に高齢化が進む。人口が縮小していくのは必然だ。一方で、アフリカは年齢中位数が19.7歳と世界でも突出して多い若年層を抱え、人口増加が著しい。そのため今後、世界の消費を牽引していくのではないかという期待が高まっている。ただし、人口増加はアフリカにチャンスとともに、多くのチャレンジももたらしている点にも注意が必要だ。

まず留意しなければならないのは、アフリカ各国の人口の伸びは一様ではないことだ。アフリカで合計特殊出生率が最も高いのは、ニジェール(6.82、世界1位)やソマリア(5.98)など、上位10カ国中8カ国は後発開発途上国(LDC)と呼ばれる最貧国だ(表参照)。1人当たりGDPが2000ドルを超えるナイジェリアでも、急速に人口が拡大しているのは同国の中でも比較的貧しい北部地域だ。

一方、合計特殊出生率が低いのは、モーリシャス(1.4)やチュニジア(2.17)など。1人当たりGDPの比較的高いこれらの国々では、出生率が世界平均の2.4をも下回っている。日本企業が最も多く集積する南アフリカ共和国も2.38だ。こうしたデータは、アフリカの人口増加が必ずしも経済成長を背景としたものではなかったことを示している。あわせて、今後さらに貧困層が拡大する可能性もあるということを物語っている。

表:合計特殊出生率と1人当たりGDP

上位10カ国
国名 出生率 1人当たり
GDP
(ドル)
ニジェール 6.82 565.1
ソマリア 5.98 309.4
コンゴ民主共和国 5.82 556.8
マリ 5.79 858.9
チャド 5.65 614.5
アンゴラ 5.44 1,895.8
ブルンジ 5.32 274.0
ナイジェリア 5.32 2,097.1
ガンビア 5.15 787.0
ブルキナファソ 5.11 830.9
下位10カ国
国名 出生率 1人当たり
GDP
(ドル)
モーリシャス 1.4 8,622.7
チュニジア 2.17 3,319.8
リビア 2.21 3,699.2
カーボベルデ 2.24 3,064.3
セイシェル 2.34 11,425.1
南アフリカ共和国 2.38 5,090.7
モロッコ 2.38 3,009.2
ジブチ 2.68 3,425.5
ボツワナ 2.84 6,711.0
エスワティニ 2.96 3,415.5

出所:国連(特殊合計出生率、2019)、世界銀行(1人当たりGDP、2020年)

また、アフリカは急速に増える人口に対応する備えが十分にできていないという点にも注意が必要だ。拡大する人口を養うためには食料を増産しなければならない。しかし、多くの国では、食料を自給できず、輸入に頼っている。政府や援助機関の取り組みにもかかわらず、農業の生産性は思うように改善していない。食料輸入額は膨らむばかりだ。資源国であっても、稼いだ外貨は食料の輸入で消えていくのが現状だ。また、農村から都市への人口流入で都市人口が急速に膨らみ、エジプトのカイロやナイジェリアのラゴスのようなメガシティーがアフリカ各地で次々と誕生している。しかし、都市の拡大に電力や交通インフラの整備が追い付かない。慢性的な停電や交通渋滞に悩まされる国も多いのが実情だ。学校や病院などの新設も全く追いついていない。財政難から教育や医療に政府の支援は行き届いていない。

3大感染症に改善傾向の一方、現代病が増加

アフリカの医療体制の脆弱(ぜいじゃく)さは、今も昔も日本人駐在員にとって大きな悩みの種だ。しかし、世界3大感染症と言われるHIV/AIDS、結核、マラリアなどでは対策が功を奏し、大幅に死者数を減らしつつある。新型コロナウイルスの感染拡大は、新たなチャレンジとなりつつある。だとしても、長い目で見れば、アフリカの医療環境は徐々に改善されつつあるといえるだろう。

アフリカでのHIV/AIDSは、1990年代後半から急速に感染が広がった。その後2000年代前半には、特に南部アフリカなどで死因の4割を超えるなど深刻な状況に陥った。各国で平均寿命が大幅に押し下げられるほどの猛威を振るったのだ。そのため、現地で多くの従業員を雇用する日本企業にとっても、ビジネス上の大きな課題となっていた。しかし、教育や薬の普及と価格低下を受けて、2000年代後半に死亡率は大きく低下するに至った。また、マラリアについても、2000年代前半にはアフリカ全体で年間80万人以上の死者が出ていた。依然として、50万人以上が死亡してはいる。しかし、蚊帳や治療薬の普及により状況が改善傾向にある。世界保健機関(WHO)の統計によると、2000年時点ではHIV/AIDSにより108万人が死亡していたのに対し、2019年は43万人。マラリアも67万人から39万人だ。その減少幅は大きい。

一方、経済成長を背景に食生活や生活スタイルの変化によって急増しているのが、糖尿病などのいわゆる現代病だ。OECDと国連食糧農業機関(FAO)の統計・予測によると、アフリカの砂糖消費量は2001年に11.7Mt(100万トン)だったのに対し、2020年に20.5Mt、2030年には27.8Mtに増えると見られている。増加ペースは、アジア太平洋地域に次ぐ世界で2番目のペースだ。国際糖尿病連合(IDF)によると、2019年時点のサブサハラアフリカ地域の糖尿病患者数は1,940万人(20~79歳)。これが2030年に2,860万人、2045年には4,710万人に増加すると予測されている。加えて、診断を受けていない「隠れ糖尿病患者」も2019年時点で1,160万人に至った。また、WHOの統計によると、がんによる死者数も2000年の32万人から2019年に53万人まで増加した。

医療環境の変化は日本企業にも大きなビジネス機会

このように、アフリカの医療環境は大きな変化の時代を迎えている。こうした状況を踏まえ、アフリカでの医療ビジネスの可能性を今後どのように考えていくべきだろうか。各国の医療機器バイヤーへのインタビューも踏まえつつ、ポイントをまとめると、以下のとおりだ。

1点目に、アフリカの人口増加は大きなビジネスチャンスということだ。特に新生児保育器などの市場が、今後、少子高齢化の進む先進国や中国からアフリカに大きくシフトするのは確実だ。小児科向けの医療物資・機器を扱う企業は一刻も早く、アフリカ市場への取り組みを始めるべきだろう。実際、ピジョンなどのベビー用品メーカーは既にアフリカ市場に参入している。こういった裾野の広い市場が今後形成されていくことが予想される。先進国市場が枯れてからでは間に合わない。

2点目に、貧困による栄養不良の問題は深刻さを増していく恐れがある。人口が急速に拡大しているのが、アフリカの中でも所得水準の比較的低い地域だからだ。日本企業でも、味の素などがアフリカで栄養改善のプロジェクトに取り組んでいる。この分野でより多くの日本企業が強みを生かして貢献していくことは、アフリカ市場開拓の将来への布石になるだろう。実際、民間企業が貧困層を対象にビジネスベースで収益を出していくには、磨き上げられたBOPビジネスのモデルを有していなければならない。無論、簡単に手を出せる市場ではない。しかし、国際機関やNGOは協力の門戸を広く開いている。

3点目に、中間層や高所得者層はますます高度な医療サービスを求めるようになることだ。これは、アフリカの多くの国々で貧富の格差が拡大する裏返しでもある。新型コロナウイルス禍で財政が厳しい中、公立病院に日本の医療機器を購入する財力はない。しかし、今回の特集で取材した各国の医療機器バイヤーは、規模が大きく財力のある軍の病院や、私立の病院に日本製の高品質な機器へのニーズがあると指摘した。日本企業の期待に沿った市場規模になるまでには、長い時間を要するだろう。だとしても、着実に成長していく市場としては位置付け得る。また、ケニアやナイジェリア、ガーナといった国々では、一部の医療品のeコマース上の販売も始まっている。こうした新しい販売チャンネルも、日本企業にとって魅力的かもしれない。

4点目に、病院建設が人口の拡大に追い付かない一方で、簡易な検査や診断などを行う診断所(diagnostic center)はその数を急速に増やしつつあることだ。こうした診断所は、比較的簡単なCTなどの検査設備だけで開業。小規模なところでは、中古の機器が一般的だ。一方で、大規模な診断所を全国展開する企業も現れるなど、検査や診断に関する機器の需要がどんどん拡大している。代表的な企業として、ナイジェリアのMe Cureなどがある。同社は、2009年に診断所としてスタートし、国内に7カ所の診断所を有する。現在では眼科や歯科、ジェネリック医薬品の製造にも進出し、2021年にはPET/CT(注)を導入した西アフリカ初のがん専門の診断センターをオープンする計画を発表した。

5点目は、新型コロナウイルス感染拡大に伴う人工呼吸器や酸素濃縮器、PPE、ベッド、集中治療室(ICU)、ワクチン保管用冷蔵庫などの需要だ。多くの国々で、製品の登録には6カ月以上の時間を要する。そのため、日本企業はその特需から恩恵を得ることは難しかった。しかし、感染症とは無縁ではいられないアフリカで、中長期的に必要不可欠な製品が大半で、需要が長く続くはずだ。大陸内でこうした製品のサプライチェーンを構築していこうという動きもある。現地のパートナーとの協働で、その動きに参画できれば現地の市場に深く入り込み、競争力も高められる。

最後に、急増する糖尿病などの現代病への対応だ。特に、糖尿病のケアなどで必要な透析機器や検査機器は、大きな需要拡大を見込むことができる。今回の特集で取材したアフリカ各国の医療機器バイヤーからも最も需要のあった分野だ。また、この特集でインタビューした日本企業、ハクゾウメディカルもこの分野に高い期待を示していた。また、アフリカでも健康意識が少しずつ高まりつつある。健康食品などのニーズも、今後より一層高まっていくと予想される。

アフリカ市場に中長期的なコミットメントを

このように、アフリカの医療環境は大きく変化している。多くの国々で医療産業は成長分野となっており、外国企業も熱い視線を注いでいる。既述のとおりアフリカの人口増加は必ずしも良い面ばかりではないにせよ、その成長性は高い。

当然、日本企業にとっても大きなビジネス機会となる可能性がある。今回の各国バイヤーの声にもあるとおり、各国で日本製品は高品質といった非常に良いイメージがあることが確認できた。一方で、「機器のスペックと費用対効果がどれだけ優れていようとも、代理店に届かなければ意味がない」という厳しい声もあった。欧州は距離的な近さもあって、知名度の低い中小メーカーでもプレゼンスが高いという。

さらに欧州は、モロッコなどの国々と自由貿易協定(FTA)を締結している。アフリカとのFTAを有さない日本は、厳しい価格競争にさらされることにもなる。また中国メーカーも、価格面での優位性だけでなく、積極的な営業活動が功を奏してプレゼンスが向上しているとの声もあった。

日本企業が国際競争に勝ち抜いていくためには、この市場に中長期的なコミットメントをもって取り組んでいく必要があるだろう。


注:
PET/CTとは、PET(Position Emission Tomography、陽電子放出断層撮影)とCTの特徴を融合させた最先端の検査。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部中東アフリカ課長
佐藤 丈治(さとう じょうじ)
2001年、ジェトロ入構。展示事業部、ジェトロ・ヨハネスブルク事務所、企画部企画課、ジェトロ・ラゴス事務所、ジェトロ・ロンドン事務所、展示事業部を経て、2020年4月から現職。