特集:コロナ禍後の新時代、中国企業はどう動く急増する対ベトナム投資で事業環境悪化の懸念も

2021年3月22日

米中貿易摩擦の激化に伴い、中国企業のベトナム進出が急増した。新型コロナ禍の影響でいったんは鈍化したものの、2020年半ば以降、再び中国企業の進出は持ち直している。本稿では、中国企業のベトナム進出の傾向について、現地有識者の見方を中心に紹介し、中国企業のベトナムでの展開について展望する。

急増する中国企業のベトナム投資

2018年後半に米中貿易摩擦が激化して以降、米国による追加関税を回避することを主な理由として、中国の製造拠点をASEANに移管する動きが加速している。中でもベトナムは、タイとともに移管の主な受け皿となっている。

これまでのベトナムへの製造業投資は、米中貿易摩擦が顕在化する以前から中国に進出している韓国や日本などの外国企業を中心に進んでいたが、近年は中国企業のプレゼンスが高まっている。

ベトナム の対内直接投資額(新規・拡張、認可ベース)をみると、2014年以降、韓国、日本、シンガポールが上位を占める年が多かった。しかし、2019年は中国企業の投資が急増し、2019年は認可額で3位、認可件数では2位に躍り出た(図1参照)。

図1:主な対ベトナム投資国の直接投資認可額 (新規・拡張合計)

注:2020年は12月20時点速報ベース。
出所:外国投資庁データを基にジェトロ作成

業種別には、製造の割合が圧倒的に高い(2020年は56%、2019年77%)。このほか、ライフライン(エネルギー関連)、不動産、小売り・卸売りの3分野が大型投資案件の有無により順位が上下する構造となっている。各国・地域の主な投資分野を比較すると、韓国、中国は日本より製造の割合が高い。シンガポール、日本はエネルギーと不動産の割合が高い。

2020年のベトナムへの対内直接投資(12月20日時点速報値)は、新型コロナ禍の影響で9年ぶりに認可件数が前年を下回った。もっとも投資認可額は、シンガポールのエネルギー関連の大型案件などが寄与し、211億ドルと前年比9.9%減少にとどまった。中国は20億6,961万ドル(32.1%減)で3位だった。認可件数は、韓国が963件(41.9%減)で⾸位。中国は476件(44.3%減)で2位だった(表参照)。

表:国・地域別の対内直接投資(新規・拡張、認可ベース)
(2020年)(単位:件、100万ドル、%)(△はマイナス値)
順位 国・地域 件数 前年比 認可額 前年比
1 シンガポール 337 △ 14.9 6,828 275.1
2 韓国 963 △ 41.9 2,946 △ 47.8
3 中国 476 △ 44.3 2,070 △ 32.1
4 香港 313 △ 30.9 1,737 △ 53.2
5 台湾 209 △ 15.7 1,707 46.1
6 タイ 63 △ 6.0 1,650 152.1
7 日本 427 △ 37.2 1,219 △ 58.3
合計(その他含む) 3,663 △ 32.8 21,061 △ 9.9

注:12月20日時点速報ベース。
出所:外国投資庁

2015年以降、中国の対内直接投資が加速

外国からベトナムへの直接投資は、米中貿易摩擦が顕在化する以前から、韓国や日本など在中国の外国企業を中心に進められていた。一方で、中国企業のプレゼンスは当時、それほど大きくなかった。

そこで、中国からの直接投資の推移を見てみる。大型⽯炭⽕⼒発電所の建設が認可された2013年を除けば、2018年までは認可額が20億ドルを超える年はない。比較的小型の案件が中心となっていた(図2参照)。

図2:中国の対ベトナム直接投資(認可ベース)

注:2020年は12⽉20⽇時点の速報値。
出所:外国投資庁のデータを基にジェトロ作成

2020年1月10日付ジェトロ地域・分析レポート「中国企業の投資が急増、ベトナム国内では警戒の声も」では、ベトナム外国投資庁の担当者のコメントとして、「中国の投資の多くは中⼩案件で1件当たりの投資額が⼩さく、500万ドル以下の案件がおよそ8割、中でも100万ドル以下の案件が半数近くを占めている」との声を伝えた。また、進出先は、北部の中越国境近辺や地⽅都市が多く、あまり目立つ存在ではなかった。

しかし、2015年ごろから、中国の対ベトナム直接投資は右肩上がりに増加。2018年から2019年にかけて、米中貿易摩擦の激化により中国企業のベトナムへの移管が急増。中国の存在感が一気に高まった。2019年の認可件数は、過去最高を記録した2018年の500件を大幅に上回る855件。認可額も30億4,800万ドルと、初めて30億ドルを超えた。国・地域別の投資認可額が韓国、香港に次いで3位、認可件数は韓国に次いで2位になるなど、中国の存在感が強まっている。

コロナ後を見据えた工業団地への中国投資

2020年には新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、中国からの投資認可額は前年比32.1%減、認可件数は44.3%減と落ち込んだ。中国での感染拡大が落ち着きを見せ始めた第2四半期以降、工業団地やレンタル工場への投資を中心とする不動産分野への投資件数が増え始めた。

工場団地やレンタル工場建設など不動産分野の新規投資件数は、従来、四半期に1~2件程度の認可件数だった。しかし、2019年第4四半期に9件と急増。2020年に入ると、第1四半期こそ1件だったが、2020年第3四半期には4件と復調した。4件のうち3件が中国資本による工業団地とレンタル工場の買収(M&A)案件だ。中国からベトナムへの生産拠点の移管に関するニーズを先行して取り込む動きとして注目される。

一方、米中貿易摩擦の影響による生産移管については、その持続性を疑問視する声もある。ベトナム商⼯会議所(VCCI)のブ・ティエン・ロック会頭は、2019年10⽉30⽇の国会で「(⽶中貿易摩擦を受けた)急激な投資の増加は持続性を⽋く。⻑期的には、ベトナムの経済成⻑に悪影響を及ぼす可能性がある」と指摘した。

中小製造案件が中心の中国企業

2010年から2020年まで各年(注1)の投資額上位3件の中国ベトナム投資案件を企業数ベースでみると、合計33社の85%が「製造・加工」分野に集中している。ちなみに、日本の35社(注2)のうち、「製造・加工」は52%にとどまる。続く「不動産」は17%あり、日本は製造・加工への集中度が相対的に低い。

中国企業の投資案件は、金額が小さいことも特徴だ。中国からの投資で10億ドル以上の案件は、33件中1件に過ぎない(3%)。日本の35件中6件(17%)と比べて少ない。また、中国の33案件のうち8件が南部タイニン省、4件が北部バクザン省に集中している。これらは、大都市からやや離れた地域だ。日本の投資案件が大都市に近接した地域(北部のハノイ市やハイフォン市、南部のドンナイ省やビンズオン省など)で目立つのと対照的だ。

タイニン省の8案件については、全て同省最大のフック・ドング工業団地内への投資だ。投資分野はタイヤ製造と繊維製造それぞれ4件となった。同省への中国企業による投資集中の背景としてベトナム商工会議所(VCCI)が指摘するのは、以下の2点だ(注3)。(1) ホーチミン市近郊に位置しながらも、他省と比べるとやや発展が遅れ土地が安価。(2) カンボジア国境に接している(カンボジアは、タイの自動車産業のサプライチェーンの一角で、繊維・服飾の製造拠点としても発展している)。

繊維分野については、中国のアパレル大手シェンジョウ・インターナショナル(申洲国際)が2013年ごろ、タイニン省に工場を建設している。同社はカンボジアにも工場を保有している。また、タイニン省は2012年、フック・ドング工業団地に「繊維・服飾裾野産業エリア」を指定し、繊維産業の集積地を目指していることも、中国企業の投資を後押しているとみられる。

迂回輸出、環境問題、事業コスト増への懸念の声も

中国企業の投資急増に対して、ベトナム側では警戒する声も広がっている。ベトナム統計総局(GSO)建設投資統計局のグエン・ビエット・フォン局長は、「中国からの投資によりベトナムが迂回輸出の拠点となる可能性がある」と述べた(注4)。また、「中国産製品をベトナム経由で欧米などに輸出することで、ベトナムが意図せず原産地規則違反となる可能性がある」とも指摘した。また、エコノミストのファン・チ・ラン氏は、ベトナム経済政策研究所(VEPR)のウェブサイトで「ベトナムの製造業は繊維、履物、木製品などの原産地認証に関して、米国、EUなどから精査されている。関税逃れのため、中国製品の輸出経由地とする目的だけでベトナムに拠点を設けると思われる案件の承認には目を光らせる必要がある」と警鐘を鳴らす(注5)。

ベトナム木材・森林製品協会(Vifores)とベトナム森林動向組織(Forest Trends Organization)が発表した報告「ベトナム木材産業への外国投資2019(現状と政策的側面)」によると、2019年の木材産業の直接投資企業数は966社。登録資本金は約63億ドルだった。台湾、香港、中国の企業の登録が多く、特に2019年はこれら在ベトナム外国企業が木材製品をベトナムに輸入した。ベトナム森林動向組織のト・スアン・フック氏はWTOと国際貿易センター(ITC)の広報サイトで、「これらの情報を総合すると、一部の中国企業で原産地を偽装する不公正な貿易取引の可能性や兆候がある(注6)」と述べている。

中国の環境規制・政策の強化も、対ベトナム投資増加の要因となっている。ベトナムの証券大手SSI証券は、「厳しさを増す中国の環境規制は、中国企業の近隣諸国への移転を後押ししている。環境汚染を引き起こす分野に対する中国内の投資抑制策が中国企業をベトナムに向かわせている(注7)」と懸念を示す。

企業の古い技術や機械(中国から時代遅れの中古設備)がベトナムに流入するのも、深刻な問題だ。ベトナム科学技術環境管理研究所の環境専門家ファン・バン・ヒエン氏は「ベトナムが中国の時代遅れとなった技術の行き場となるリスクは長年にわたって警告されてきた (注8)」と強調する。

また、米中貿易摩擦を契機としてベトナムに外国投資が増加したことで、人件費や工業団地の賃貸料の上昇、物流の逼迫などを引き起こす結果にもつながる。すなわち、日本を含む他国・地域からの外国企業の事業条件を悪化させる懸念にもなる。米国系不動産会社が発表した調査(注9)によると、新型コロナ禍にもかかわらず、2020年第1四半期の工業団地の賃貸ニーズは依然として高い。工業団地リースの平均価格は、ベトナム北部で前年同期比6.5%上昇、南部では12.2%上昇している。労働供給の増加に伴い、企業は従業員維持のために給与の引き上げを迫られ、人件費も上昇している。事業面では、中国企業は日本企業の販売先や仕入先候補となりうる一方、競合相手として価格競争に巻き込まれることも懸念される。


注1:
2020年は10月まで。
注2:
2018年は3件が同額3位のため35社をカウントしている。
注3:
VCCI:2020年6月外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
注4:
ベトナム青年連合(Vietnam Youth Union)機関紙タインニェン:2019年8月外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
注5:
VEPR:2020年11月外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
注6:
Dan Viet紙:2020年3月外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
注7:
SSI証券Webサイト:2019年12月。
注8:
Thanh Nien紙:2019年11月。外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
注9:
米不動産会社ジョーンズラングラサールの調査(2020年4月)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部主査
原 実(はら みのる)
日系金融機関を経て1999年10月、ジェトロ入構。ジェトロ・ロサンゼルス事務所、ジェトロ熊本、ビジネス展開支援部などを経て、2019年4月から現職。