特集:コロナ禍後の新時代、中国企業はどう動く在タイ日系企業から中国企業を見ると

2021年3月18日

タイのアマタシティ・ラヨンの工業団地では、かつて入居企業のほとんどが日系だったという。しかし、近年、中国企業進出の急増によって、入居する日系企業数と中国系企業数の割合が逆転した。他の工業団地でもこのようなケースが生じているという。

中国の存在感が高まるタイで事業展開する日系企業にとって、中国とのビジネス上の関係性はどのようなものか。中国企業との接点や交流の機会はどの程度あるのか。日系企業のビジネス展開にどんな影響を及ぼす可能性が考えられるか。

本稿は、これらの問題意識をふまえながら、タイ進出日系企業の経営実態調査とヒアリング結果などに基づき、現状を報告する。

内販ビジネスが主流のタイ進出日系企業

ジェトロの2020年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)の結果を中心に、過去10年の推移を見ながら、タイ進出日系企業と中国とのビジネスの動向を概観する。

2020年のタイ進出日系企業の売り上げ構成比(回答企業の平均値)は、タイ国内向けが約7割(72.3%)、輸出が約3割(28.7%)。全体としては、主に現地市場向けのビジネスが中心といえる。輸出比率は、2015年の調査結果と比べて4.4ポイント低下。内販型ビジネス(国内市場志向)の進展がうかがえる。

2019年度に実施したアンケートでは、企業向け(B2B)販売を対象に、現地市場開拓においてターゲットとする層について聞いた。この設問で、タイの「地場企業」をターゲットと回答した企業の割合は、2019年時点で45.1%だった。一方で、将来は72.6%だ。今後、20ポイント以上増加していくことになる。


上海汽車がCPと合弁でMGブランドの自動車を生産するSAICモーターCP(ジェトロ撮影)

輸出先は大半が日本、中国向けは5%弱

次に、タイの日系企業の2020年の主な輸出先は、日本が45.6%と最大。ASEAN域内が28.4%と続く(表1参照)。これに対し、中国向けは4.7%とウエイトとしては相対的に小さい。とは言っても、タイの日系企業にとって中国は第3の輸出先だ。これら3カ国・地域の合計でタイの日系企業の輸出の約8割を占める。輸出先上位3カ国・地域の順位は、10年前と変わらない。過去10年の輸出先別の構成比の推移をみると、日本向けが上昇したのに対し、ASEANと中国は若干低下している。

表1:タイ進出日系企業の主な輸出国・地域(単位:%)
国・地域 2010年 2015年 2020年
日本 37.6 40.9 45.6
ASEAN 30.4 28.5 28.4
中国 6.0 4.9 4.7

出所:ジェトロ「海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」各年版

原材料・部品の調達の6割が国内調達

日系製造業企業の原材料・部品の調達先は、全体の約6割(59.9%)が現地調達で、残りの約4割(40.1%)が海外からの調達(輸入)だ。

タイ国内での現地調達先の内訳は、日系企業が48.8%と最大。地場企業は47.5%、その他外資企業(日系以外)はわずか3.7%にとどまる(表2参照)。10年前と比べると、日系企業からの調達比率が4.8ポイント低下する一方、地場企業の比率が5.2ポイント上昇した。その他外資企業は0.4ポイント低下と、過去10年で大きな変動はない。

地場企業からの調達比率が上昇した背景(要因)としては、地場企業が部材のサプライヤーとして競争力を高め、日系企業の調達先としての評価が高まりつつあることが考えられる。アンケート調査でも、今後1~3年の現地調達の方針について、地場企業からの調達を拡大するという回答が約8割と大きなウエイトを占める。

表2:原材料・部品の現地調達先(単位:%)
項目 2010年 2015年 2020年
地場企業(タイ) 42.3 43.4 47.5
日系企業 53.6 51.5 48.8
その他外資企業 4.1 5.1 3.7

出所:ジェトロ「海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」各年版

輸入調達先で存在感を増す中国

一方、2020年の主な輸入調達先の構成は、日本が最大で約3割(26.2%)を占める。次いで、中国5.8%、ASEAN3.5%などの順だ(表3参照)。10年前の構成比と比べると、日本の比率が15.5%減少した。その一方、中国が81.3%増と急増。2010年に輸入調達先第2位だったASEANは、その後10年間に25.5%減と大幅に減少した。その結果、2020年には中国と順位が逆転して3位になった。

表3:原材料・部品の調達先(国・地域別)(単位:%)
国・地域 2010年 2015年 2020年
現地(タイ) 56.1 55.5 59.9
日本 31.0 29.0 26.2
ASEAN 4.7 2.8 3.5
中国 3.2 5.1 5.8

出所:ジェトロ「海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」各年版

中国との自由貿易協定(FTA)を活用している日系企業の比率(FTA活用率:FTA活用企業数÷輸出入企業数で算出)は、中国向け輸出が約5割(52.3%)、中国からの輸入も約5割(49.2%)だ(表4参照)。10年前と比べると、輸出は25.3ポイント増、輸入22.7ポイント増と、いずれも大きく上昇した。

中国とのFTA活用率が上昇している要因としては、ASEAN中国FTAの改訂議定書の発効などにより、利便性が高まったことなどが挙げられる。

表4:タイ進出日系企業のFTA活用率(単位:%)
中国とのFTA 2010年 2015年 2020年
中国向け輸出 27.0 42.9 52.3
中国からの輸入 26.5 36.1 49.2

注:FTA活用率はFTA活用企業数/輸出入企業数で算出。
出所:ジェトロ「海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」各年版

現地市場向けビジネスで中国系企業との競合も

ジェトロが2020年に実施したタイ進出日系企業などのヒアリング結果も利用して、日系企業と中国系企業とのビジネス上の接点、取引実績と投資環境への影響などを考察する。

まず、中国系企業との日常的な接点については、「接点が少ない」、または「ほとんどない」など、かなり限定的だというコメントが中心だった。近年、タイに進出する中国企業が増加していることを認識していたとしても、実際に中国系企業と接する機会は多くなさそうだ。

「タイでは中国資本系アライアンスと日本企業アライアンスのすみ分けができている」(日系金融業)とのコメントもある。基本的にそれぞれのアライアンスでビジネスが完結するのなら、特段の事情がない限り、日中企業間の積極的な交流という発想には至りにくいのかもしれない。

2010年の日系企業アンケート結果によると、現地市場向けに低・中価格帯の製品またはサービスを販売する際の最大の競合相手は、首位がタイ企業(30.1%)だ。ただし、続く2位の中国企業は29.3%と僅差だ。


アマタシティ・ラヨンの中国企業専用区「泰中羅勇工業園」(ジェトロ撮影)

一方、2019年の日系企業アンケートでは、現時点の競争相手として、1位が進出日系企業(72.8%)、2位は地場企業(57.8%)。3位の中国企業は22.0%で、回答企業の約5社に1社が競争相手と認識している。

具体的には、日系自動車部品企業の例がある。この企業は、中国の祝日で長期休業期間中、従来の取引先中国企業からの調達ができない時に、中国企業から引き合いを受けた経験があった。しかし、価格条件で双方の折り合いをつけるのが難しかったという。また、最近は、中国製品は安価だからといって必ずしも劣悪とはいえない。「日系企業との間に圧倒的な品質差があるというレベルではなくなってきている」といった評価もある。

ある日系金属加工企業は、中国企業を競争相手(ライバル)と位置付ける。「大規模な生産能力を有する中国企業は、欧州から熟練工を招き、最新技術で製造する。昔と比べて、中国メーカーも品質が向上し、中国の部材を購入するタイの地場メーカーや日系メーカーも増加している」とのコメントもあった。

中国系企業の競争力について「原料が安く調達できること、製造コストが抑えられることが中国企業の強みであることから、日系企業が価格で張り合うのは難しい」というコメントもみられた。

競争か協業か

ヒアリングできた限り、現在のところ、タイの日系企業は、一部業種で中国系企業との競争・競合関係がみられる。しかし、どちらかというと中国系企業との接点が乏しく、日系企業による中国製部品の購入のような売買取引を超えた深い連携や協業などを行っている企業も少数にとどまっている状況といえる。

特に多かったのが、中国系企業の商習慣やコンプライアンス意識の相違に根差す問題指摘だ。そうした習慣・意識が日系企業と異なることが、中国系企業とのビジネス推進の障壁やリスクにつながり、中国系企業との交流に慎重になることもあるという。仮に面談の機会が予定されるとしても、中国系企業のバックグラウンドを事前に確認するためには、本社に照会しなければならないという基本的な問題に直面することがあるという。

このほか、優秀な人材が将来引き抜かれるリスクを不安視する企業もある。また、今後も中国系企業の急増が続けば、将来、人件費などビジネスコストの上昇圧力や人材確保など、自社の経営に何らかの影響を及ぼす可能性が生じうることを想定しておくのが望ましい。

タイの工業団地運営企業で日系、中国系双方の企業との接点が豊富な担当者は、日系企業のサプライヤーを希望する中国系企業が多く、「マッチングのチャンネルがあればと求められている」とコメントした。タイで部品調達がスムーズにできないという課題をかかえる中国系企業が存在、タイ国内での部品の調達などは、日中企業が抱える共通の課題との見方もある。

競争か協業か、タイの日系企業にとっても中国の存在感が増しているといえる。


アマタシティ・ラヨンの主要中国企業「中策タイヤ」(ジェトロ撮影)
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部 主査
加藤 康二(かとう こうじ)
1987年、ジェトロ入構。日本台湾交流協会台北事務所(1990~1993年)、ジェトロ・大連事務所(1999年~2003年)、海外調査部中国北アジア課長(2003年~2005年)などを経て2015年から現職。